社会をよみとくキーワード

共同通信社記者の大塚圭一郎氏執筆、Z会の人気メルマガ「社会をよみとくキーワード」(毎週月曜日配信)より、
キーワードの説明部分を、配信翌日の火曜日に本ブログにて公開していきます。
メルマガでは、筆者の見解・考察も御覧いただけます(右側の「リンク集」より登録できます)。

     
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タイ政府の非常事態宣言
[2008年10月28日(火) ]

 タイのサマック・スントラウェート首相(当時)が、今年1月の首相就任後もテレビの料理番組に出演を続けて報酬を受け取っていたのが問題になり、サマック政権打倒を目指すタイの市民団体「民主市民連合」が8月下旬に首都バンコクなどで大規模抗議行動を主催し、首相府を占拠するなどの事態に発展。9月2日未明(いずれも現地時間)に首相府近くで民主市民連合とサマック政権を支持する市民団体が衝突し、男性1人が死亡、40人以上が負傷する事態になった。タイ政府は9月2日にバンコクに非常事態を宣言し、5人を超える集会やデモを禁止した。

 また、上院議員のグループと選挙管理委員会が、サマック首相がテレビ出演で報酬を得たのは首相罷免が妥当としてタイの憲法裁判所に訴えていた裁判で、憲法裁判所は9月9日にサマック首相の行為が閣僚の兼業を禁じた憲法に違反するとの判決を下した。これに伴い、憲法の規定でサマック首相は即時失職し、内閣も総辞職となった。

 報道などによると、料理が趣味というサマック氏は2000年からテレビの人気料理番組のホストを務め、首相時代の今年4月まで出演を続けていた。サマック氏は憲法裁判所で車代として金銭を受け取ったことは認めたが、番組制作会社の継続的な雇用関係はないと釈明していた。

 タイでは、サマック政権打倒を訴える市民団体「民主市民連合」のメンバーが主導し、今年8月26日に首相府を占拠。また、政府系テレビ局「チャンネル11」も一時占拠された。さらに民主市民連合のメンバーが観光地プーケットなど南部にある3つの空港に集結し、滑走路に侵入するなどして空港が閉鎖された。サマック首相は9月2日―4日に訪日を予定していたが、こうした事態を受けて中止。サマック首相が率いるタイ政府がバンコクに非常事態宣言を発令したのに対し、軍部は静観を決め込んだ。
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スーパーカブ
[2008年10月21日(火) ]

 大手自動車メーカーで、オートバイなどの二輪車世界最大手のホンダが1958年8月に発売した二輪車で、今年8月に発売50周年を迎えた。日本では郵便配達や新聞配達、会社員の営業、そば店の出前など商用二輪車として定着しており、国民生活を支える「足」となっている。カブシリーズはこれまでに延べ世界160カ国以上で販売され、今年4月に累計生産台数が6000万台を達成した「超ロングセラー商品」となっている。

 創業者の故本田宗一郎氏は、ホンダの前身となる本田技術研究所を1946年に静岡県浜松市に設け、自転車に取り付けられる補助エンジンの製造と販売を手掛けていた。ホンダは48年9月に設立され、大きな夢を託して命名した初の本格的二輪車「ドリームD型」を49年に造り上げた。ドリームD型は排気量98ccのエンジンを搭載し、最高速度は時速50キロ。ホンダが二輪車の事業を本格化させる原点となった。

 「スーパーカブ」の初代モデル「スーパーカブC100」が発売されたのは58年8月。故本田宗一郎氏が「おそば屋の出前のお兄ちゃんが、片手で乗れる車にする」との思いを込めて開発し、クラッチ操作を省いた自動遠心クラッチによる運転のしやすさ、低燃費と耐久性など優れた実用性を発揮した。操縦安定性や未舗装道路での走行、足つきを考慮して量産していなかった17インチのタイヤを採用。排気量49ccのエンジンを積み、最高速度は時速70キロで、発売時の車両価格は5万5000円だった。

 ホンダによると、59年に米国カリフォルニア州の大都市ロサンゼルスに販売会社を設立し、米国でも「スーパーカブC100」の販売を開始。アジアでは61年に台湾でノックダウン生産を始め、ベルギーに設立した工場で欧州向けに製造を始めるなど、海外展開を加速させた。また、モデルの改良や追加投入も進めた。66年に登場した「スーパーカブC50」は方向指示器やテールランプを視認性向上のため大型化し、外観は現在販売されているモデルと大きく違わないほどの仕上がりだ。
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Posted at 00:49 | この記事のURL

「オフタイム」過去最高の1日3863アクセスを達成!
[2008年10月20日(月) ]

 Z会ブログのサイト「社会をよみとくキーワード」の10月20日のアクセス数が3863件に達し、1日のアクセス数として過去最高を記録した。これは「Yahoo!ニュース」が、大阪府の橋下徹知事が「口ばっかりで、人の悪口ばっかり言っているような朝日新聞のような大人が増えれば、日本はだめになる」と発言したことを紹介した10月19日の記事の参考記事として「社会をよみとくキーワード」の「新聞発行部数」(メールマガジン2008年2月25日、サイト2月26日参照)を取り上げ、読者からのアクセスが急増したのが要因。

 このため、10月19日のアクセス数が2799件に上って1日の過去最高アクセス数になったのに続き、20日はさらに上回るアクセスが続いて過去最高記録を更新した。サイト「社会をよみとくキーワード」は10月15日に累計アクセス数が3万アクセスを達成したばかりだったが、20日で早くも累計で3万7000アクセスを上回った。早ければ10月中に累計4万アクセスに到達する可能性があり、従来のペースに戻った場合でも今年11月には突破する見通しになった。
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Posted at 23:59 | この記事のURL

「オフタイム」15日に3万アクセス突破へ
[2008年10月14日(火) ]

 Z会ブログのサイト「社会をよみとくキーワード」の累計アクセス数が、10月15日に3万アクセスを達成する見通しになった(10月15日に3万アクセスを突破した:15日に追記)。昨年3月の開設から約1年7カ月での記録更新となる。

 サイト「社会をよみとくキーワード」は今年6月に累計2万アクセスを突破しており、約4カ月間でさらに1万アクセスが積み上がったことになる。昨年12月の累計1万アクセスは約9カ月間、続く累計2万アクセスまでの1万アクセスは約3カ月早い約6カ月間でそれぞれ達成しており、今回はさらに約2カ月早いペースで1万アクセス増えたことになる。

 アクセス数が一段と好調に推移した要因は、「雑誌の休刊」(メールマガジン「社会をよみとくキーワード」2008年9月22日号、Z会ブログ社会をよみとくキーワード」08年9月23日参照)や「高級化粧品」(メールマガジン「社会をよみとくキーワード」2008年8月4日号、Z会ブログ社会をよみとくキーワード」08年8月5日参照)といったテーマが特に読者の高い関心を呼んだため。今年5月から毎月最終週に掲載している「キーワードの、その後」も、以前取り上げたキーワードに関連したテーマを紹介し、その後の動向も検証するというコンセプトが読者に受け入れられ、新たな名物企画として定着してきた。

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麻生太郎内閣
[2008年10月07日(火) ]

 福田康夫首相が9月1日に退陣表明したのを受けて、公明党と連立政権を組む自由民主党は福田氏の後継を選ぶ総裁選を実施した。総裁選には自民党の麻生太郎幹事長、石破茂・元防衛相、与謝野馨・経済財政担当相、小池百合子・元環境相、石原伸晃・元国土交通相の5人が立候補した。自民党の所属国会議員と各都道府県連代表による投票の結果、麻生氏が投票総数527票(うち無効2票)の3分の2に当たる351票を獲得し、自民党は9月22日の両院議員総会で麻生氏を第23代総裁に選んだ。麻生氏は4度目の総裁選で、自民党総裁の座を射止めた。

 福田改造内閣(「社会をよみとくキーワード」08年8月11日号、Z会ブログ社会をよみとくキーワード」の08年8月12日参照)は9月24日午前の臨時閣議で総辞職し、福田氏の首相在任期間は365日間だった。麻生氏は9月24日、衆議院本会議の首相指名選挙で59人目となる第92代首相に選出された。参議院は決選投票を経て民主党の小沢一郎代表が指名され、両院協議会が開かれたものの調整が付かず、憲法の規定による衆議院の議決優先で麻生氏が首相に指名された。麻生氏は組閣に取り組み、24日夜からの皇居での首相親任式と閣僚認証式を経て麻生太郎内閣が発足した。

 麻生内閣は、財務相と金融担当相を兼務とし、中川昭一・元経済産業相を起用した。旧大蔵省(現財務省)は、検査官が金融機関から過剰な接待を受けていた事件を契機に金融監督庁が1998年に分離され、2000年に金融庁に改組された。これまで財務相と金融相の兼務はなかったが、財政と金融行政の分離に意味がないとする麻生氏の考えで兼務となった。自民党総裁選で麻生陣営の選挙対策本部長を務めた鳩山邦夫・元法務相を総務相、麻生派の森英介・元厚生労働副大臣を法務相として初入閣させた。内閣のスポークスマンである官房長官には河村建夫・元文部科学相が就任。

 故小渕恵三元首相の次女の小渕優子衆院議員は、少子化担当相として初入閣した。34歳の初入閣は、消費者行政担当相に再任された野田聖子氏が37歳で郵政相として初入閣した記録を抜き、戦後最年少の閣僚となった。また、塩谷立・官房副長官は文部科学相、日本歯科医師連盟(日歯連)から自民党の政治資金団体を経由した迂回献金問題を取りざたされた佐藤勉氏は国家公安委員長、浜田靖一・元防衛庁(現防衛省)副長官は防衛相としてそれぞれ初入閣。中曽根康弘元首相の長男の中曽根弘文・元文部(現文部科学)相は外務相、甘利明・元経済産業相は行政改革担当相、タカ派として知られる中山成彬・元文科相は国土交通相にそれぞれ就任。ともに自民党総裁選で麻生氏と争った石破氏は農林水産相に就き、与謝野経財相は再任された。ほかに舛添要一厚生労働相、二階俊博経済産業相、公明党の斉藤鉄夫環境相も再任された。

 麻生氏は、1940年9月20日生まれの68歳。いずれも故人で、明治維新の立役者の1人である大久保利通を高祖父、内大臣などを歴任した政治家の牧野伸顕を曾祖父、吉田茂元首相は祖父に持つ名門の家系だ。麻生氏の妻の千賀子さんは故鈴木善幸元首相の3女で、三笠宮寛仁親王妃の信子さまは実妹、麻生グループを率いる弟の麻生泰・麻生ラファージュセメント社長の妻は故武見太郎・元日本医師会会長の娘など、皇室や有力者に連なっている。
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Posted at 01:10 | この記事のURL