社会をよみとくキーワード

共同通信社記者の大塚圭一郎氏執筆、Z会の人気メルマガ「社会をよみとくキーワード」(毎週月曜日配信)より、
キーワードの説明部分を、配信翌日の火曜日に本ブログにて公開していきます。
メルマガでは、筆者の見解・考察も御覧いただけます(右側の「リンク集」より登録できます)。

     
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新銀行東京
[2008年04月29日(火) ]

 東京都の石原慎太郎知事(75歳)が2期目の2003年4月の東京都知事選挙で銀行創設の公約を掲げ、「貸し渋りで資金繰りに苦しむ中小事業者への安定的な資金供給を図る」として東京都が外資系信託銀行「BNPパリバ信託銀行」を買収し、1000億円を出資して2005年4月に開業した。金利が割高な代わりに無担保・無保証融資を手掛けるのが目玉だったが、ずさんな融資審査が響いて不良債権が膨れ上がるなど業績不振が続いている。

 トヨタ自動車出身で元トーメン(現豊田通商)副社長の仁司泰正氏が初代の代表執行役を務めたが、07年3月期決算は純損益は547億円の赤字、累積損失は849億円となり、仁司氏を含めた経営陣を07年6月に刷新。りそな銀行出身の森田徹氏が代表執行役に就任したものの約5カ月で辞任し、後任に元東京都港湾局長の津島隆一氏が昨年11月30日に就いた。08年3月期の累積損失は1000億円を超えた見通しで、金融庁は4月25日、設立以来初めてとなる新銀行東京の金融検査に着手した。

 新銀行東京は今年2月に東京都に対して400億円の追加出資を要請し、東京都議会予算特別委員会は3月26日に与党の自由民主党、公明党の賛成多数により可決した。野党の民主党、日本共産党などは反対した。続いて3月28日の東京都議会本会議で記名投票によって採決され、自民党と公明党の賛成67、民主党と共産党などの反対55により可決、成立した。銀行設立を発案した石原知事の責任は極めて重いとして民主党が問責決議案を出し、共産党は不信任決議案を出したものの、ともに否決された。

 当初出資した1000億円を含め、これで東京都の新銀行東京に対する出資総額は計1400億円となった。都民1人当たりの負担額は約1万1000円となる計算で、都民からは「多くの都民にとって新銀行東京は不必要な存在であり、巨額の追加負担を強いられるのは納得できない。教育や福祉に回してほしい」(40歳代の女性会社員)といった批判が出ている。石原知事は仁司元代表執行役ら「旧経営陣の経営責任が厳しく問われなければならない」と訴えたが、都民からは「新銀行東京の発案者である石原知事こそ元凶であり400億円の追加支出の責任を取って知事を辞めるべき」(40歳代の男性会社員)、「新銀行東京の津島代表執行役は(東京都が2004年に策定した基本計画)『新銀行マスタープラン』のマスタープラン作成に関わっており、仁司元代表執行役と同様に責任が重い。石原知事の責任は当然として、津島氏も代表執行役を引責辞任すべきだ」(60歳代の会社役員男性)といった反発の声が聞かれる。

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「オフタイム」旧国鉄の人気車両が完全引退へ
[2008年04月27日(日) ]

 旧日本国有鉄道(現JR)の首都圏や関西の路線で高度成長期の主力だった通勤電車「101系」が、2013年ごろに営業運転から完全に退く見通しになったことが27日、明らかになった。101系の譲渡を受けて唯一走らせている埼玉県北部の私鉄の秩父鉄道(埼玉県熊谷市)が私の取材に対し、保有する全車両を今後5年程度でほかの車両と置き換え、廃車にする計画を明らかにした。101系は登場から半世紀がたち、老朽化が進んでいるのが理由だ。旧国鉄で“高性能通勤電車の草分け”として通勤通学の足として活躍した名車で、鉄道愛好家らに人気があるだけに引退を惜しむ声も出てきそうだ。
(文・写真:大塚 圭一郎)

 ○JRからは03年に消滅
 101系は1957年に当初は「90系」の呼称で登場し、58年から量産が始まった。とりわけ通勤通学時の大量輸送で力を発揮するため、片側に両開きの4扉を備えており、旧国鉄で初めて中空軸平行カルダン駆動を採用するなど画期的な高性能電車だった。主に路線別に色とりどりに塗装され、首都圏の中央線はオレンジ色、山手線はウグイス色、京浜東北線はスカイブルー、関西の大阪環状線や桜島線はオレンジ色、関西線は視認性を高めるために正面の窓の下に黄色のラインを入れたウグイス色がそれぞれ採用された。

 101系は1969年にかけて1500両強が生産されたが、冷房がないことや老朽化したのが響き、主要路線では70―80年代から後継車両の103系や201系に置き換えられた。87年の分割民営化後、JR東日本が南武線の支線である浜川崎―尻手間(神奈川県)でワンマン化と冷房化改造を受けた2両編成、3編成が営業運転を続けていたものの、2003年11月に引退したためJRから一掃された。

 これに伴い、秩父鉄道は旧101系の“最後の牙城”になった。秩父鉄道は85年から89年にかけて101系を購入し、「1000系」と呼称して3両編成、12編成を保有している。当初の塗装は正面の窓の下に茶色のラインを入れた黄色だったが、現在は白地に青や赤のラインを入れた塗色に改めている。また、12編成のすべてについて、3両編成のうち中間車を除く2両に94年から98年にかけて冷房を取り付けた。
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Posted at 01:47 | この記事のURL

コソボ
[2008年04月22日(火) ]

 南東欧のバルカン半島に位置するセルビア南部にあり、コソボの議会は今年2月に「コソボ独立宣言案」を採択してセルビアからの独立を一方的に宣言した。セルビアは人口が約940万人だが、コソボは人口約200万人のうちアルバニア系住民が約90%を占めるとされる。言語と宗教はアルバニア系住民のアルバニア語、イスラム教に対し、セルビア人はセルビア語とセルビア正教であり異なる。

 関連サイトによると、中世セルビア王国の中心地だったが、14世紀末にオスマン帝国に占領されてからアルバニア系が住民が多く住むようになった。第二次世界大戦後は旧ユーゴスラビアを構成する自治州の1つとなったが、1980年代以降に独立の機運が高まった。1990年代後半からアルバニア系住民がコソボ自治州の分離独立を求め、アルバニア系住民とセルビア系住民との民族紛争が激化。武装組織「コソボ解放軍」と旧ユーゴスラビア軍との戦闘が本格化し、多くの死傷者を出した。

 1999年3月から北大西洋条約機構(NATO)が「コソボの人道的な危機的状況」などを理由に掲げて、空爆などで軍事介入。旧ユーゴスラビアは99年6月に米国とロシア、欧州連合(EU)による和平案を受諾し、その後旧ユーゴスラビア軍はコソボからの撤退を始めた。コソボは国際連合の暫定統治下に置かれた。

 2002年3月にコソボ自治政府が発足し、自治権を回復。03年2月に「ユーゴスラビア」の国名が消滅して国家連合の「セルビア・モンテネグロ」となった後、06年6月にモンテネグロが独立を宣言してセルビアとなった。

 前フィンランド大統領のマルティ・アハティサーリ国連事務総長特使が07年2月2日、コソボの独立を事実上認める仲介案をセルビアとコソボの双方に提示。アハティサーリ仲介案はコソボを「民主的、世俗的で多民族の社会」と位置付け、独自の旗や記章の制定、早期の憲法採択、国際機関への加盟などを盛り込み、事実上の独立を容認した。その上で事実上独立するコソボが国際的な責任を引き継ぎ、地域の平和と安定に努めるとして、隣国との国境を保証するとともに、紛争解決の手段としての暴力行使を慎むように求めている。

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Posted at 02:02 | この記事のURL

「オフタイム」 つち音の上海、菜の花の常熟
[2008年04月18日(金) ]

 私は現在、中国東部・江蘇省の「第4の都市」である常熟市に滞在している。今は仕事も一段落して「オフタイム」を迎えていることと、読者の方から「北京五輪を控えた中国についてのキーワードを取り上げてほしい」との要望を頂いていたのを踏まえて、現地の様子を簡単にご報告したい。

 中国を代表する空の玄関の1つ、上海市の浦東国際空港に降り立ったのは4月17日午後のこと。上海市を前回訪れたのは2001年2月から7年余りがたち、中国の激動ぶりをあらためて認識した。変わったことと言えば、浦東国際空港には第2旅客ターミナルもできあがって一段と巨大化し、世界初の営業運転となったドイツ製のリニアモーターカーが上海市中心部との間を約8分で結んでいる。上海市中心部の金融街「浦東新区」には、高級ホテル「グランドハイアット上海」やオフィスが入居する88階の超高層ビル「金茂大厦」がそびえ、隣接地には森ビルグループが手掛ける101階、高さ492メートルの「上海環球金融中心」が完成を待つ。

 前回訪れた01年も摩天楼が林立する一大都市になっており、急速に発展している熱気に圧倒されたのを覚えている。しかし、2010年の上海万博を控えた今日の姿は、以前にも増して街の至る所でつち音が響いており、“新陳代謝”の活発な都市像を見ることができる。

 そんな様子を一望すべく、球体を組み合わせたような形状のテレビ塔「東方明珠電視塔」の上層階へ。この高さ約468メートルのテレビ塔は、東京タワー(約333メートル)よりも高くて東洋一、世界でもカナダ、ロシアの塔に次いで3位だ。眼下の街並みは最新鋭のビルと、洗濯物を軒先につるしている昔風のアパートが混在しており、上海市の持つ多面性を象徴しているかのようだ。上海市は既に、人口は1800万人程度に達する世界有数の大都市になっている。同じ中国国内の北京五輪の開催、さらに続く上海万博という一大イベントに向けてどのように変貌を遂げるのだろうか。

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Posted at 00:15 | この記事のURL

MRJ
[2008年04月15日(火) ]

 三菱重工業が開発を進めている国産初の小型ジェット旅客機。短・中距離の地域間輸送向けジェット旅客機である「リージョナルジェット」で、正式名称の「三菱リージョナルジェット」(Mitsubishi Regional Jet)の頭文字を取って「MRJ」と呼ばれる。三菱重工は、全日本空輸(ANA)が購入を決めるなど着実な受注が見込めると判断し、MRJを事業化して2013年の就航を目指すと3月28日に発表した。日本では、国産プロペラ旅客機「YS11」が1973年に生産中止となって以来、約40年ぶりに国産旅客機が復活する見通し。

 三菱重工の発表資料などによると、リージョナルジェットは今後20年間に世界で約5000機の需要が見込まれるとの予想もある。日本の大手メーカーは、米ボーイングや欧州エアバスなどの下請けとして旅客機への素材や部品の供給で実績があるだけに、MRJでは日本メーカーの最先端技術を採り入れていく方針だ。

 MRJは、客室の座席が70―90席程度となり、1機で30億―40億円。軽量化のために主翼と尾翼に複合材を使い、米プラット・アンド・ホイットニー製の最新鋭エンジンを搭載するなどして燃費の低減や快適性向上を目指す。また、油圧システムは米パーカー・エアロスペース、飛行時のフライト・コントロール・システムはナブテスコ(東京)と米ロックウェル・コリンズ、降着システムは住友精密鉱業(兵庫県尼崎市)、燃料タンク防爆や防火などのシステムは米ハミルトン・サンドストランドがそれぞれ供給することが決まっている。生産は三菱重工の小牧南工場(愛知県豊山町)が有力視されている。
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Posted at 01:14 | この記事のURL

印刷用インキ
[2008年04月08日(火) ]

 印刷用インキは、雑誌やポスター、チラシなどに幅広く使う「平版インキ」、新聞の印刷に用いる「新聞用インキ」、菓子の袋や通信販売用カタログに使う「グラビアインキ」、紙袋や包装用紙向けの「樹脂凸版インキ」、看板やCD、DVDなどに使われる「スクリーンインキ」、薄型テレビや電子基盤向けの「特殊機能インキ」などに大別される。印刷用インキの原材料は顔料と、合成樹脂や油脂類、溶剤といったワニス、滑剤や硬化剤などの添加剤で構成されている。

 業界団体である印刷インキ工業連合会(東京)の統計によると、2006年の印刷用インキの出荷量は前年比0・8%増の50万1274トン、出荷額は1・7%増の3371億5600万円で、近年は頭打ちになっている。日本の大手メーカーにはDIC(旧大日本インキ化学工業、4月1日に社名変更)や東洋インキ製造、サカタインクスなどがある。環境に配慮した製品には、石油系溶剤などの配合率を一定水準以下にした製品に認定する日本環境協会の「エコマーク」や、大豆油の比率を一定以上にした製品にアメリカ大豆協会が認定している「ソイシール」などが付けられている。

 製紙会社が再生紙(「社会をよみとくキーワード」08年2月4日号と翌日のブログ参照)の古紙配合率を偽装していたのが発覚後、ザ・インクテックが2月1日にエコマークやソイシールを表示した製品で偽装しており、昨年4―12月にソイシールの月平均300トン、エコマークの月平均84トンが基準を満たしていなかったと公表。これを受けて経済産業省は、印刷インキ工業連合会に対して調査を指示した。
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Posted at 01:21 | この記事のURL

ひたちなか海浜鉄道
[2008年04月01日(火) ]

 赤字経営が続いており、いったん廃止が検討された茨城県ひたちなか市を走る茨城交通(水戸市)の湊線を引き継ぎ、ひたちなか市と茨城交通が出資して4月1日にスタートする第三セクターの鉄道会社。茨城交通は1944年に合併で誕生しており、60年以上続いた「茨城交通湊線」の名称は3月31日に幕を下ろす。茨城交通は路線バスや高速バス、不動産などの事業に集中して収益力改善を目指す。

 湊線はJR常磐線と接続する勝田駅―阿字ケ浦間の14・3キロを結ぶ非電化路線で、4月からは「ひたちなか海浜鉄道湊線」となる。ひたちなか市によると、市民や利用者から社名を公募したところ150通の応募があり、ひたちなか市を走る鉄道であり、阿字ケ浦駅の近くにある国営ひたち海浜公園や海水浴場を思い起こさせるとして「ひたちなか海浜鉄道」が選ばれた。湊線の名前や駅名、運賃は変わらない。

 また、ひたちなか市が新会社の社長を年俸700万円程度で公募したところ、58人の応募があり、富山県で路面電車を運行する第三セクターの「万葉線」(富山県高岡市)の総務課次長だった吉田千秋氏(43歳)に決まった。吉田氏は、地方鉄道の再生についての経験やノウハウがあり、観光やまちづくりなどの関連団体と連携して鉄道を含めたまちの活性化に幅広く取り組んだ実績が評価された。

 ほかに経営不振のために廃止が検討され、第三セクターとして存続した地方私鉄には、京福電気鉄道の福井県内の路線を引き継いだ「えちぜん鉄道」(福井市)、ともに旧近畿日本鉄道養老線の運営を引き継いだ「養老鉄道」(岐阜県大垣市)、旧伊賀線の運行を引き継いだ「伊賀鉄道」(三重県伊賀市)などがある。
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Posted at 01:58 | この記事のURL