日本の製紙業界は、首位の王子製紙と2位の日本製紙グループ本社がともに連結売上高(グループ全体の売り上げ)が1兆円を超えて他社を引き離して「2強体制」になっている。日本で製紙業が本格化したのは、実業家の渋沢栄一(1840―1931年)が東京都北区王子に1873年設立した王子と日本製紙の前身である「抄紙会社」がルーツ。第二次世界大戦後の財閥解体で王子が3社に分割された後、高度成長期の需要拡大で多くの中小メーカーが誕生していた。しかし、バブル崩壊後は販売不振から生産設備過剰が深刻化した。
王子は1990年代以降に、旧神崎製紙、旧本州製紙との合併や、森紙業グループなどの買収を繰り返して規模を拡大。日本製紙は、前身の旧十条製紙と旧山陽国策パルプが合併後、2001年に旧大昭和製紙と経営統合していた。製紙業界の最大の団体である日本製紙連合会(東京)の会員企業は38社あるが、最近は価格の安い輸入紙が押し寄せ、原油価格も高騰しているため収益が悪化している。
そんな中で王子は、業界6位の北越製紙に対して経営統合提案書を7月3日に手渡し、友好的な株式公開買い付け(TOB:英語のTake Over Bidの頭文字の略。2005年3月7日号参照)を目指した。王子は、北越の主力工場である新潟工場(新潟市)を印刷用紙の生産拠点にして競争力を高め、主にアジア向けの紙販売を強化する戦略を描いた。しかし、北越の経営陣は「自主独立路線」を貫くとの方針から提案を拒否。王子は、北越株の50%超の取得を目標に、経営陣の賛同を得ていない敵対的TOBに踏み切り、8月2日から9月4日まで買い付け価格を1株当たり800円で募集した。王子が北越株の過半数の株式を握った場合、北越の経営権を握ることができ、王子の連結売上高に北越分が加わるため世界5位の製紙会社になることができた。