社会をよみとくキーワード

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コソボ
[2008年04月22日(火) ]

 南東欧のバルカン半島に位置するセルビア南部にあり、コソボの議会は今年2月に「コソボ独立宣言案」を採択してセルビアからの独立を一方的に宣言した。セルビアは人口が約940万人だが、コソボは人口約200万人のうちアルバニア系住民が約90%を占めるとされる。言語と宗教はアルバニア系住民のアルバニア語、イスラム教に対し、セルビア人はセルビア語とセルビア正教であり異なる。

 関連サイトによると、中世セルビア王国の中心地だったが、14世紀末にオスマン帝国に占領されてからアルバニア系が住民が多く住むようになった。第二次世界大戦後は旧ユーゴスラビアを構成する自治州の1つとなったが、1980年代以降に独立の機運が高まった。1990年代後半からアルバニア系住民がコソボ自治州の分離独立を求め、アルバニア系住民とセルビア系住民との民族紛争が激化。武装組織「コソボ解放軍」と旧ユーゴスラビア軍との戦闘が本格化し、多くの死傷者を出した。

 1999年3月から北大西洋条約機構(NATO)が「コソボの人道的な危機的状況」などを理由に掲げて、空爆などで軍事介入。旧ユーゴスラビアは99年6月に米国とロシア、欧州連合(EU)による和平案を受諾し、その後旧ユーゴスラビア軍はコソボからの撤退を始めた。コソボは国際連合の暫定統治下に置かれた。

 2002年3月にコソボ自治政府が発足し、自治権を回復。03年2月に「ユーゴスラビア」の国名が消滅して国家連合の「セルビア・モンテネグロ」となった後、06年6月にモンテネグロが独立を宣言してセルビアとなった。

 前フィンランド大統領のマルティ・アハティサーリ国連事務総長特使が07年2月2日、コソボの独立を事実上認める仲介案をセルビアとコソボの双方に提示。アハティサーリ仲介案はコソボを「民主的、世俗的で多民族の社会」と位置付け、独自の旗や記章の制定、早期の憲法採択、国際機関への加盟などを盛り込み、事実上の独立を容認した。その上で事実上独立するコソボが国際的な責任を引き継ぎ、地域の平和と安定に努めるとして、隣国との国境を保証するとともに、紛争解決の手段としての暴力行使を慎むように求めている。

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