経営危機に陥り、政府が企業再生支援のために2003年4月に設立した産業再生機(今年3月に解散)の支援を受けたカネボウの日用品と薬品、食品の3事業を引き継いだカネボウ・トリニティ・ホールディングス(本社:東京都)とグループ企業が7月1日、「カネボウ」から変えた商標。同時に社名も「クラシエホールディングス」に変更し、100年以上親しんだ「カネボウ」の名前に別れを告げた。クラシエは「健やかで、快適な楽しい暮らしへ」との願いから命名されており、商品に付いているカネボウブランドも今年秋までにすべてクラシエブランドに切り替わる見通し。
社名と商標を変えたのは、産業再生機構がカネボウブランドを2008年2月以降も使えるのは、日用品大手の花王(本社:東京都)が買収した化粧品大手のカネボウ化粧品だけと定めたため。カネボウ化粧品は引き続きカネボウブランドを使い、社名も維持する。
カネボウの名前は、1887年創業の紡績会社「東京綿商社」が翌88年に有限会社の「鐘淵紡績(かねがふちぼうせき)会社」に社名変更し、さらに93年に株式会社の「鐘淵紡績」となったのがルーツとされる。繊維で業績を伸ばし、第二次世界大戦前には民間企業で売上高が首位になったこともある。
△クラシエへの社名変更を控えて鏡割りをする中嶋章義会長(左)、小森哲郎社長(左から2人目)ら(6月29日夜、東京都港区の本社)
しかし、戦後に安い輸入品に押されるようになり、1960年代から化粧品、食品、薬品などに経営多角化を推進。カネボウブランドは消費者に幅広く親しまれるようになり、キャンデーの中にガムが入った「チューイングボン」、米大リーグの球団ロゴを包装にデザインした78発売の風船ガム「プレイガム」などの大ヒット商品も生まれた。71年に社名を「鐘紡」に改称し、2001年にカタカナの「カネボウ」に変えている。本部機能は戦前に神戸市に置かれ、戦後は戦災に伴って大阪市に移って長年に渡って本部にしていたが、95年に東京都に移している。
カネボウグループの売上高はピークの91年度に約6800億円に上ったものの、化粧品事業以外の不振から経営危機に陥った。2004年に産業再生機構に支援を要請し、支援が決まったものの、巨額の粉飾決算をしていたことが発覚して05年に東京、大阪両証券取引所で株式が上場廃止となった。グループ解体も進み、日用品と薬品、食品の3事業はアドバンテッジ・パートナーズなどの3つの投資ファンド連合の支援で昨年5月に発足したカネボウ・トリニティ・ホールディングス(現クラシエホールディングス)に引き継がれた。3事業の2006年度の売上高は810億円と、規模は大きく縮小した。
一方、営業譲渡後に“抜け殻状態”になったカネボウは今年6月28日に東京都内で株主総会を開き、個人株主らが反対する声が相次ぐ中で解散することや、社名を7月1日付で「海岸ベルマネジメント」に変えることを決議した。
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