サッカーJリーグ1部(J1)の「ジェフユナイテッド市原・千葉」前監督で、サッカー日本代表の新監督。65歳で、190センチを超える長身。知将として知られ、「頭を使い、走るサッカー」を持ち味とする。2010年のワールドカップ(W杯)南アフリカ大会に向けて日本代表の再構築を担う。
1941年5月6日、旧ユーゴスラビア(現ボスニア・ヘルツェゴビナ)のサラエボ生まれ。60年にサラエボのクラブ「ゼレズニチャル・サラエボ」でプロ選手生活を始め、64年の東京オリンピック(五輪)にユーゴスラビア代表として出場。その後、フランスのクラブを渡り歩いて活躍した。
ゼレズニチャル・サラエボのコーチを経て、86年に旧ユーゴスラビア代表監督となり、90年のW杯イタリア大会では8強となる快挙を成し遂げる。しかし、92年にボスニア・ヘルツェゴビナの離脱に対して旧ユーゴスラビア軍がサラエボを侵攻すると、抗議の意味を込めて代表監督を辞任。ギリシャ、オーストリアのクラブで指揮を執った後、2003年にJ1の「ジェフユナイテッド市原」(現ジェフユナイテッド市原・千葉)の監督に就任。ジェフは戦力的に十分ではなかったが、03年に年間通算成績3位とクラブで過去最高の成績を残し、05年の「ヤマザキナビスコカップ」で優勝をもたらした。
2002年から日本代表の監督を務めてきたジーコ氏(53歳)は、1次リーグで敗退したW杯ドイツ大会をもって辞任。日本サッカー協会の川淵三郎会長が、W杯敗退後の記者会見で次期監督候補を「オシム」と漏らし、オシム氏はジェフ監督の職にあっただけに騒ぎとなった。日本サッカー協会とジェフ、オシム氏の3者会談を経て、日本サッカー協会は7月21日にオシム氏の監督就任を決定。外国人監督は5人目となり、Jリーグのクラブからの「引き抜き」という異例の形になった。ジェフの後任監督には、オシム氏の息子のアマル・オシム氏(39歳)がコーチから昇格した。
また、08年の北京五輪を目指す21歳以下のU―21日本代表監督には、J1「アルビレックス新潟」前監督の反町康治氏(42歳)が就いた。反町氏は日本代表コーチも務め、オシム氏をサポートする。オシム氏、反町氏とも契約は4年間を前提にし、1年ごとに更新する。
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