即席ラーメンの生みの親で、食文化に大きな影響を与えた日清食品の元社長で創業者会長の安藤百福(あんどう・ももふく)氏が今年1月5日、急性心筋梗塞(こうそく)のため死去した。96歳だった。1月4日午前の仕事始めで社員らに訓示した後、体調を崩していた。
安藤氏は台湾生まれ。繊維商社や軍用機の部品工場、貿易業、製塩業など多くの事業を手掛けた後、1948年に日清食品の前身の中交総社を設立。大阪府池田市の自宅裏の小屋でめんを油で揚げる実験を繰り返し、熱湯をかけるだけで食べられる世界初の即席ラーメン「チキンラーメン」を58年に発売し、大ヒットとなった。
さらに、業界初の容器入りスナックめん「カップヌードル」を71年に発売。当初は売れ行きが鈍かったものの、多くの国民が72年のあさま山荘事件のテレビ中継にくぎ付けになる中で、機動隊員が湯気を立てて「カップヌードル」を食べているのが契機になって爆発的ヒットにつながった。
△インスタントラーメン発明記念館を訪れた宇宙飛行士の野口聡一さん(左)と安藤百福氏(2005年10月に筆者撮影)
経営者としても手腕を発揮し、日清食品の株式を63年に上場し、即席ラーメン最大手の優良企業に成長させた。81年にいったん社長の座を長男に譲って会長になったが、新商品開発などの経営方針をめぐって対立し、2年後に再び社長を兼任。85年に次男の宏基氏に社長を譲り、95歳まで代表権のある会長を約24年間務めたが、2005年6月に創業者会長に就いて経営の第一線から退いた。
「チキンラーメン」を発明した地であり、自宅を構える池田市に、即席ラーメンの歴史を紹介する「インスタントラーメン発明記念館」を99年にオープン。さらに安藤氏の「宇宙食を開発したい」という意向から、日清食品は世界初の宇宙食ラーメン「スペース・ラム」(2005年10月31日号を参照)を宇宙航空研究開発機構と共同開発した。スペース・ラムは米国航空宇宙局(NASA)のスペースシャトル「ディスカバリー」に持ち込まれ、2005年7―8月に国際宇宙ステーションへ飛んだ日本人宇宙飛行士の野口聡一さんが食べたことで話題を呼んだ。
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