自動車レースの最高峰で、正式名称である「フォーミュラ・ワン世界選手権」(Formula One World Championship)の略称。国際自動車連盟(FIA)が統括する。タイヤが外側にむき出しになり、最高速度が時速300キロを超える高性能マシンで勝負する。世界各国のサーキットを舞台に熱戦が繰り広げられ、日本では1970年代から日本グランプリが開催されている。2007年に富士スピードウェイ(静岡県小山町)で日本グランプリが30年ぶりに開催され、08年は10月12日に実施された。09年は鈴鹿サーキット(三重県鈴鹿市)で開催される。08年は富士スピードウェイを含めて世界18カ所で開催され、チーム「マクラーレン・メルセデス」のルイス・ハミルトン選手(英国)が年間総合優勝を果たした。
日本の自動車大手のトヨタ自動車、ホンダ、フランスのルノー、スーパーカーを手掛けるフェラーリ(イタリア)が車体とエンジンを開発して自社で参戦してきたほか、他社のチームにもエンジンを供給。ドイツの高級車メーカーのBMWは車体とエンジンを開発して自社で参戦し、傘下に高級車ブランド「メルセデス・ベンツ」を持つダイムラー(ドイツ)は「マクラーレン・メルセデス」にエンジンを供給している。また、タイヤ大手のブリヂストンは、07年から全チームにタイヤを供給している。
ホンダは12月5日、F1シリーズから2008年をもって撤退し、チーム「ホンダ・レーシングF1チーム」を売却するか、売却先が見つからなければ解散することを発表した。他のチームへのエンジン供給も実施せず、完全撤退となる。ホンダは「ホンダ・レーシングF1チーム」を売却できる場合は「(売却額は)非常に低い金額でも良いのではないか」(大島裕志常務執行役員)との姿勢を示しており、複数から買収のオファーが寄せられているという。買収の有力候補として、かつてチームの前身「B・A・R」代表を務めたデビッド・リチャーズ・プロドライブ会長の名前が浮上している。
ホンダは米国とカナダ、メキシコの「北米」で連結売上高の約半分を稼ぎ出しており、金融危機(「
社会をよみとくキーワード」2008年11月17日号、翌18日のブログ参照)に伴って本業の自動車販売台数が低迷。09年3月期連結決算の業績予想を08年10月に下方修正し、売上高を7月公表より5300億円少ない11兆6000億円、営業利益を800億円少ない
5500億円に変えていた。また、2008年度に埼玉製作所(埼玉県狭山市)と米国、カナダ、英国の生産拠点で計26万台の減産を決めており、埼玉製作所など国内4工場で来年1月末までに計約760人の期間従業員を削減するほか、英国の生産拠点でも12月に社員の希望退職募集を始めた。
△富士スピードウェイ(静岡県小山町)で開催された2008年の日本グランプリに並んだ「ホンダ・レーシングF1チーム」のマシン(08年10月12日、筆者撮影)
「ホンダ・レーシングF1チーム」は2006年にジェンソン・バトン選手がハンガリーグランプリで優勝したのを最後に、成績は低迷が続いていた。F1関連経費は年間で500億円を超えるとみられており、ホンダの福井威夫社長は12月5日の東京・南青山の本社での記者会見で「金融危機と、それらに伴う信用危機、各国に広がった実体経済の急速な悪化により、ホンダを取り巻くビジネス環境は急速に悪化している。将来への投資も含め、さらに経営資源の効率的な再配分が必要との認識から、F1活動からの撤退を決定した」と語った。福井社長は、かつて担当役員としてF1に関わったこともあり「今でもやりたいという気持ちはあるが、環境が許さなかった」と無念さをのぞかせた。
ホンダは、自動車レースの「インディカー・シリーズ」や、二輪車の世界選手権シリーズの最高峰クラス「モトGP」への参加は続けるが、ほかのレースへの参加は縮小する方針。ホンダは、F1に参戦しているトヨタ、ルノー、BMWなども自動車販売台数の不振が続いており、生産台数の当初計画より減産。トヨタは国内工場で働く期間従業員を2009年3月で約3000人と、08年1―3月平均の約9200人より約6200人も削減する。ルノーは欧州で5000人の社員を削減する計画など、経営環境は厳しさを増している。このため、“金食い虫”になっているF1などの自動車レースからの撤退は今後も続きそうだが、トヨタは「今のところ撤退の予定はない」という。
ホンダは、創業者の故本田宗一郎氏がF1への参戦を決断しており、F1は自動車開発のための「走る実験室」とも呼ばれる。軽トラック「T360」とスポーツカー「S500」を発売して自動車に進出した翌年の1964年、F1初出場となるドイツグランプリで9位。68年にかけて参戦し、車体とエンジンの両方を手掛けた。83年に復帰するとチーム「マクラーレン」にエンジンを供給し、トップドライバーの故アイルトン・セナ氏、アラン・プロスト氏を擁して全盛期を迎えたが、バブル崩壊後の92年に撤退した。
2000年に3回目となるF1参戦を果たし、チーム「ブリティッシュ・アメリカン・レーシング」(その後の「B・A・R」にエンジンを供給。車体開発にも参加するようになった後、06年に「B・A・R」の全株式を取得して「ホンダ・レーシングF1チーム」とした。F1で勝利を重ねて「皇帝」とも呼ばれたミハエル・シューマッハ選手(現在は引退)の快進撃を支えたロス・ブラウン氏を代表に迎え、最近はドライバーにバトン選手のほか、ルーベンス・バリチェロ選手を擁していた。
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