福田康夫首相が9月1日に退陣表明したのを受けて、公明党と連立政権を組む自由民主党は福田氏の後継を選ぶ総裁選を実施した。総裁選には自民党の麻生太郎幹事長、石破茂・元防衛相、与謝野馨・経済財政担当相、小池百合子・元環境相、石原伸晃・元国土交通相の5人が立候補した。自民党の所属国会議員と各都道府県連代表による投票の結果、麻生氏が投票総数527票(うち無効2票)の3分の2に当たる351票を獲得し、自民党は9月22日の両院議員総会で麻生氏を第23代総裁に選んだ。麻生氏は4度目の総裁選で、自民党総裁の座を射止めた。
福田改造内閣(「
社会をよみとくキーワード」08年8月11日号、
Z会ブログ「
社会をよみとくキーワード」の08年8月12日参照)は9月24日午前の臨時閣議で総辞職し、福田氏の首相在任期間は365日間だった。麻生氏は9月24日、衆議院本会議の首相指名選挙で59人目となる第92代首相に選出された。参議院は決選投票を経て民主党の小沢一郎代表が指名され、両院協議会が開かれたものの調整が付かず、憲法の規定による衆議院の議決優先で麻生氏が首相に指名された。麻生氏は組閣に取り組み、24日夜からの皇居での首相親任式と閣僚認証式を経て麻生太郎内閣が発足した。
麻生内閣は、財務相と金融担当相を兼務とし、中川昭一・元経済産業相を起用した。旧大蔵省(現財務省)は、検査官が金融機関から過剰な接待を受けていた事件を契機に金融監督庁が1998年に分離され、2000年に金融庁に改組された。これまで財務相と金融相の兼務はなかったが、財政と金融行政の分離に意味がないとする麻生氏の考えで兼務となった。自民党総裁選で麻生陣営の選挙対策本部長を務めた鳩山邦夫・元法務相を総務相、麻生派の森英介・元厚生労働副大臣を法務相として初入閣させた。内閣のスポークスマンである官房長官には河村建夫・元文部科学相が就任。
故小渕恵三元首相の次女の小渕優子衆院議員は、少子化担当相として初入閣した。34歳の初入閣は、消費者行政担当相に再任された野田聖子氏が37歳で郵政相として初入閣した記録を抜き、戦後最年少の閣僚となった。また、塩谷立・官房副長官は文部科学相、日本歯科医師連盟(日歯連)から自民党の政治資金団体を経由した迂回献金問題を取りざたされた佐藤勉氏は国家公安委員長、浜田靖一・元防衛庁(現防衛省)副長官は防衛相としてそれぞれ初入閣。中曽根康弘元首相の長男の中曽根弘文・元文部(現文部科学)相は外務相、甘利明・元経済産業相は行政改革担当相、タカ派として知られる中山成彬・元文科相は国土交通相にそれぞれ就任。ともに自民党総裁選で麻生氏と争った石破氏は農林水産相に就き、与謝野経財相は再任された。ほかに舛添要一厚生労働相、二階俊博経済産業相、公明党の斉藤鉄夫環境相も再任された。
麻生氏は、1940年9月20日生まれの68歳。いずれも故人で、明治維新の立役者の1人である大久保利通を高祖父、内大臣などを歴任した政治家の牧野伸顕を曾祖父、吉田茂元首相は祖父に持つ名門の家系だ。麻生氏の妻の千賀子さんは故鈴木善幸元首相の3女で、三笠宮寛仁親王妃の信子さまは実妹、麻生グループを率いる弟の麻生泰・麻生ラファージュセメント社長の妻は故武見太郎・元日本医師会会長の娘など、皇室や有力者に連なっている。
麻生氏は
学習院大学政経学部を卒業し、1973年5月に家業の麻生セメント(現麻生ラファージュセメント)社長に就任。76年にカナダ・モントリオールで開かれたモントリオール夏季五輪にクレー射撃で出場している。79年10月に衆議院議員に初当選したが、83年12月に3選を目指した衆院選で落選。86年7月の衆院選に当選して返り咲き、橋本龍太郎(故人)内閣で経済企画庁(現内閣府)長官となり、森喜朗内閣で経済財政担当相に就任。01年4月に自民党総裁選に初挑戦して小泉純一郎氏に敗北したが、自民党政調会長に就き、小泉内閣で総務相、外務相を歴任した。06年9月の総裁選で安倍晋三氏、昨年9月の総裁選で福田氏にそれぞれ敗北していた。
報道によると、国交相に就いた中山氏は就任直後の9月25日の報道各社のインタビューで成田空港建設反対運動について「ごね得というか、戦後教育が悪かった」、日本教職員組合(日教組)に絡み「日教組の子どもなんて成績が悪くても先生になる」「日教組の強い所は学力が低い。だから大分県の学力は低い」、日本を「単一民族で内向きになりがち」などと発言し、批判を受けた。26日に抗議に訪れた成田空港のある千葉県の堂本暁子知事、北海道ウタリ協会の加藤忠理事長には面会し、発言を撤回して謝罪したが、日教組との面会は「公務」を理由に拒否したという。
河村官房長官は9月26日の閣僚懇談会で「各閣僚は誤解を与えるような発言は注意すべきだ」と指示したにもかかわらず、中山氏は9月27日に選挙区の宮崎市での自民党宮崎県連会合で「(小泉(純一郎元首相)さん流に言えば、日教組をぶっ壊せ。この運動の先頭に立ちたい」と確信犯的に日教組攻撃を繰り返した。中山氏は28日に麻生首相に辞表を提出して受理され、公務をほとんどしないまま在任からわずか5日で辞任に追い込まれた。後任の国交相には、金子一義・元行政改革担当相が就いた。麻生首相は今年11月の衆院選を想定しているとされるが、民主党など野党が麻生首相の任命責任を追及していく構えだけに事態は流動的だ。
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