大韓民国(韓国)の大統領選は昨年12月19日に投開票があり、野党第一党である保守系のハンナラ党の李明博(イ・ミョンバク)前ソウル特別市長が圧勝して当選した。今年2月25日に韓国の第17代大統領に就く。投開票日に66歳になった李氏は貧困な家庭に育ちながら、1人の会社員としてスタートした現代建設で30歳代半ばに社長の座に就き、「コンピューター付きブルドーザー」の異名を取る実行力で社業を拡大した。1992年に国会議員に当選して政界に転身し、首都のソウル市長を経て政界トップまで上り詰めるサクセスストーリーを手中に収めた。
盧武鉉大統領が率いる韓国は国内消費が低迷しており、不動産価格が高騰しているのに加え、低賃金労働者や若年失業者が増えるなど「格差問題」の深刻化が指摘されている。李氏は大統領選で、盧武鉉政権の経済政策は失敗だったと批判し、企業経営者の経験を生かして経済を再生させると訴えた。しかし、対立陣営などから李氏をめぐる疑惑が取りざたされ、知人の実業家(起訴済み)が経営する投資顧問会社「BBK」の関連会社の株価を操作し、投資家から集めた資金を横領したBBK事件への関与が疑われた。現代建設会長時代の不正蓄財疑惑や、ソウル市長時代の公金横領の疑いも流されたが、李氏の手腕に対する評価や、景気回復への期待感から選挙戦で終始リードした。
中央選挙管理委員会が発表した最終結果によると、李明博氏が48・7%に当たる11617万4681票を獲得し、与党系の大統合民主新党の鄭東泳(チョン・ドンヨン)元統一相は617万4681票(26・1%)、元ハンナラ党総裁で無所属の李会昌(イ・フェチャン)氏は355万9963票(15・1%)を大差で破った。投票率は63・0%。
報道によると、李明博氏は当選後の記者会見で「経済を再生させ、庶民と中産階級が成長の恩恵を受ける新しい発展体制をつくる。企業が投資できる環境を整備し、雇用を生みだし、地方経済と中小企業、自営業者がうまくいくように改める」と述べた。さらに北朝鮮政策では、北朝鮮の核問題や人権問題を踏まえて「北朝鮮社会を健全にするため必要なことは指摘する。全く批判せず、北朝鮮の間違いに一方的に足並みをそろえてきた(盧武鉉政権など)今までの政権のような態度は取らない」と訴え、北朝鮮に核を放棄させて「核のない朝
鮮半島の平和時代を必ず切り開く」と語った。盧武鉉政権で悪化した米韓関係についても「米韓同盟も信頼を基礎に共通の価値を新たに築いていく」と改善を約束した。
李明博氏は太平洋戦争中の1941年、大阪府加美村(現大阪市平野区)生まれ。両親が日本の植民地時代に日本に渡ったが、日本が太平洋戦争に敗れた直後に韓国へ引き揚げた。貧しい家庭に育ち、幼少時代は母親を助けて働いたとされる。「韓国の
早稲田大学」とも呼ばれる高麗大学では学生運動に関わり、日韓国交正常化に反対するデモを主導して投獄された。
卒業後の65年に現代建設に入社。中東で大規模工事を次々と手掛けるなどの手腕が現代グループ創業者の故鄭周永(チョン・ジュヨン)氏の目に留まり、入社12年後の77年に30歳代半ばで社長の座に就いた。社長、会長を計約15年間歴任し、92年に国会議員に初当選。96年に再選を果たすものの、選挙違反で辞職した。2002年から06年までソウル特別市長を務め、都心部に清流を作る清渓川復元工事や、公共交通体系の改革などを実行した。国会副議長の李相得(イ・サンドク)氏は兄。
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