日本は人口の減少傾向で経済成長が鈍化しており、ある新年会に出席すると経済産業省幹部があいさつで「今年の元日はどの新聞の論調も悲観論ばかりだった」と新年早々に嘆いていた。ゆえに今日の日本人の平均水準ほど満ち足りた生活ではなかったものの、「明日があるさ」と言うべき夢があって高度成長期もあった戦後に思いをはせるレトロブームが起きているのだろう。高度成長期の東京を舞台にしたヒット映画の続編「ALWAYS 続・三丁目の夕日」も人気を呼んでいるという。
私も古い町並みや自動車、列車などを眺めて往年を想像するのが好きで、先日は東京都内の自宅から日帰りできる小湊鉄道に乗ってきた。小湊鉄道は、JR内房線と接続している五井駅(千葉県市原市)から上総中野駅(千葉県大多喜町)までの計18駅で、クリーム色と赤のツートーンカラーのディーゼルカー「キハ200形」が39・1キロを約1時間で結ぶ。この200形は日本国有鉄道(現JR)の「キハ20」を基本に1961年から77年まで製造された車両で、正面の窓に「冷房車」とアピールしている通り年代を感じさせる。しかも現役の車両はすべて200形のため、新しい形式の車両に当たってしまうことのない「ハズレなし」というのも大きな魅力だ。
五井駅から上総中野駅まで乗車すると大人で片道1370円かかるので、割安な1700円の1日フリー乗車券を購入する。市原市の臨海部には石油化学コンビナートが広がっているが、小湊鉄道が発着する五井駅の片隅のプラットホームはひっそりとしたたたずまいで「ここが千葉駅からたった5駅で、人口が約28万人の市の主要駅だとは!」と驚きを隠せない。キハ200形は女性の車掌さんの「発車しまーす」という掛け声とともに扉が閉まり、重厚感のあるディーセルエンジンの音を轟かせながら出発し、内房線の線路から分かれて房総半島の中央部を目指す。暖房が効きすぎの感すらあるロングシートに揺られ、新興住宅地になっている光風台駅を過ぎると、やがて田畑に囲まれたのどかな景色が広がる。上総鶴舞駅や、高滝ダムに近い高滝駅をはじめ風格がある木造駅舎も多く、長年働いてきたディーゼルエンジンの「グオーン」という音が響き、土ぼこりで汚れた車窓から眺めるとまるで1970年代あたりにタイムスリップしたような感覚だ。
△郷愁を誘う小湊鉄道のディーゼルカー「キハ200形」の力走(千葉県市原市の養老渓谷駅で筆者撮影)
さらに名所の養老渓谷に近づくと、線路は森林のトンネルの中を曲折しながら伸びていく。とりわけ1日に5往復しか走らない養老渓谷駅(市原市)―上総中野駅の4・2キロは“やぶの中”と評するべきで、路盤が決してよくないので車体が左右に揺れ、曲線部では「ぎしっ」と車体のきしみ音が聞こえてくる。大都市圏の主要路線のスムーズな走行シーンとは対照的に、道なき道を切りひらくようなキハ200形の力走がノスタルジーを呼び起こしてくれる。鉄道ファンの息子さんを連れた女性も「昔はこんな所も結構ありましたねえ」と懐かしんでいた。
養老渓谷駅に折り返すと、駅の改札口の隣にネコが寝っ転がり、のんびりと日なたぼっこを楽しんでいた。駅員さんは「1年くらい前からエサをやるようになったら居ついてねえ」と話していたが、まるで“駅長”のように堂々とした風格のネコの姿が情緒をさらに深めてくれた。駅の窓口で2005年の開業80周年記念乗車券(1000円)を買おうとしたら、「こっちのほうが格好いいわよ」と全18駅の入場券が創立90周年記念入場券(2520円)を薦められたので両方買うことに。
ともにきっぷとしての有効期限は切れているが、しめて3520円也。1日フリー乗車券を家内の分と合わせて2枚購入し、記念券を含めるとこの日だけでおよそ7000円を小湊鉄道に気っぷ良く支払った。小湊鉄道はマイカーの普及などで近年は乗客数が減り続けているといい、経営環境は決して楽ではなさそうだ。そんな逆風下でも“老兵”が地元住民や観光客らの足として活躍し続けている小湊鉄道は、東京近郊で手軽なノスタルジーを味わえる貴重な存在と言えよう。「この光景が受け継がれていってほしい」との期待を胸に記念きっぷを握り締めると、心地よい重みが伝わってきた。
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