JRグループは、2010年3月13日に実施するダイヤ改正に伴い、東京都心部の上野と金沢(金沢市)を結ぶブルートレイン(※1)の寝台特急「北陸」、夜間急行「能登」を3月12日出発列車をもって廃止すると09年12月18日に発表した。寝台特急や夜間急行は、高速バスや新幹線、航空機などとの競争により利用客数が低迷している上、車両の老朽化も進んでいるため廃止が相次いでいる。
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社会をよみとくキーワード」の「はやぶさ・富士」(メールマガジン09年1月26日号、翌27日のブログ参照)の「キーワードの解説」で私が記していた「上野―金沢間には「北陸」のほか、先頭部がボンネット型になった電車「489系」を用いた夜行急行「能登」も運行されている。しかし、14年度に長野新幹線の長野―金沢間が延伸開業するのに加え、車両の老朽化も進んでおり、ともに廃止される可能性がある」という予想が的中した。
これで東京都心部と北陸を結ぶ寝台特急、急行の定期列車が消滅する。また、「能登」の廃止に伴い、ボンネット型車両で運転する定期列車から消えることを残念がる声が出ている。JR東日本とJR西日本によると、上野―金沢間では週末や夏休みなど利用の多い時期を中心に臨時列車を運転する。
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社会をよみとくキーワード」の「はやぶさ・富士」の「キーワードの解説」では、次のようにご説明していた。
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JRグループが09年3月14日に実施するダイヤ改正に伴い、ともに寝台特急の「はやぶさ」(東京−熊本間)と「富士」(東京−大分間)を09年3月13日の出発列車をもって廃止する。青い塗装の寝台客車をけん引する「ブルートレイン」は、航空機や高速バスなどの競争による乗客数低迷や、客車の老朽化を受けて近年は廃止が相次いでおり、これで東京駅を発着するブルートレインは消滅する。
ほかに指摘されている背景としては、JR東日本が山手線の品川―田町間の車両基地がある場所に新駅設置と再開発を計画しており、JRグループ会社の幹部は「JR東日本は車両基地の一部を活用するため、寝台特急用の車両を追い出したい考えもあるようだ」と語っていた。
私は「
社会をよみとくキーワード」の「ブルートレイン」の「キーワードの解説」で、「JR西日本幹部によると、JRグループは乗客が低迷しているブルートレインの廃止について検討を続けており、東京と熊本を結ぶ『はやぶさ』と、東京駅と門司駅(北九州市)の間を併結運転している『富士』(東京―大分間)も数年以内に廃止になる可能性もある」と記していた。
「はやぶさ」と「富士」は東京―門司間を1つの編成として東海道・山陽本線などを併結運転しており、門司駅で下り列車は両列車を切り離し、上り列車は両列車を連結して東京へ向かう。鉄道関連資料によると、「はやぶさ」は1958年に東海道・山陽本線や鹿児島本線経由で東京―鹿児島間で運転を開始し、60年に発着駅が鹿児島駅から西鹿児島(現鹿児島中央、鹿児島市)に変更。97年に運行区間が短縮されて東京―熊本間に変わり、99年から東京―鳥栖(佐賀県鳥栖市)間は寝台特急「さくら」(東京―長崎間、2005年3月のダイヤ改正で廃止)との併結運転となった。「さくら」の廃止に伴い、東京―門司間を「富士」とつないで運行するようになった。
「富士」は、第二次世界大戦前に日本を代表する特急列車にも使われていた由緒ある列車名で、戦後は東京―神戸・宇野(岡山県玉野市)間を走る特急に名称が使われていた。64年から東海道、山陽、日豊本線経由で東京と大分を結ぶ寝台特急「富士」となり、65年からは運行区間が延長されて東京―西鹿児島間となった。80年に宮崎駅に短縮された後、90年に南宮崎(宮崎市)まで1駅延伸。97年に東京―大分間に短縮された。