社会をよみとくキーワード

共同通信社記者の大塚圭一郎氏執筆、Z会の人気メルマガ「社会をよみとくキーワード」(毎週月曜日配信)より、
キーワードの説明部分を、配信翌日の火曜日に本ブログにて公開していきます。
メルマガでは、筆者の見解・考察も御覧いただけます(右側の「リンク集」より登録できます)。

     
「オフタイム」外語祭でタイプスリップ
[2008年11月25日(火) ]

 雨が降りしきる11月24日午後、この日まで東京都府中市朝日町のキャンパス開かれていた母校の東京外国語大学の文化祭、外語祭へ足を運んだ。外語大には26専攻語があるが、2年生が手掛ける専攻語の「語劇」と並び、あるいはそれ以上に外語祭の名物として定着しているのが1年生の「料理店」だ。スペインやトルコなどの料理店を回って買い食いすれば、手軽な世界旅行気分を味わえるのだから“懐に優しい味巡り”と言えよう。

 私がフランス語学科(現欧米第二課程フランス語専攻)の1年生としてフランス料理店に参加した舞台は、移転前の東京都北区西ヶ原の手狭なキャンパスだった。といっても、恥ずかしながら1年生を2回経験しているので、2度にわたって料理店に携わったことになる。1度目の1992年11月は人任せにして過ぎ去ってしまったが、93年11月に訪れた2度目になると変なベテラン意識が働いてあれこれと口出ししたくなる。私は広告宣伝を担当したのだが、目的であるお客さん集めにとって絶好の機会が到来し、それが一瞬にして吹き飛びそうになる事態を味わった。

 店長がくじ引きで校舎入り口の“一等地”を引き当て、「これは大流行間違いなし」と確信した。しかし喜んだのもつかの間、別の学科から「うちはその位置で代々出しており、位置を交代してほしい」との申し入れがあった。隣接する位置か、通行量が多いポジションならば応じてもいいだろうが、なんとその学科が引き当てたのは別棟の2階という“へき地”だった。応じれば来場者数が大きく減るのは必死なだけに、私や一緒に広告宣伝担当の学生は猛反対したが、店長は要求を受け入れてしまった。おそらく私が店長ならば、交代する学科の売上高から一定金額を損失補てんしてもらうか、それに応じてもらえないのならば店頭にその学科の料理店を知らせて誠意を見せるかで決着させたであろう。私たちの仲間は「お人よしすぎる。赤字になって、出資金も返ってこないのではないか」とあきれ返った。

 ただ、悪条件になったのならば、その条件でも話題性を高めるしかない。まずは覚えやすい店名を考案し、目薬の商品にも使われているフランス語で「健康」を意味する「サンテ」に決めた。ただ、店の看板を作成した人が気を利かせたのか「ア・ボトル・サンテ」(「あなたの健康を祝して」の意味で、乾杯のときに使う)と表記し、私はそれが不満だった。「ア・ボトル・サンテ」のほうが飲食店に似つかわしい名前なのは同感だが、フランス語になじみのない来場者ならば記憶しづらいだろう。そこで、私は広告するポスターは「サンテ」で統一した。

 そして、ポスターを大量に印刷した上で、上部に大きな余白を設けた。ここに広告宣伝担当が各自思い付いたキャッチフレーズを記入していき、ポスターごとに独自のキャッチフレーズを記して「個性」を持たせたのだ。私が初代代表を務めた文化系サークル「東京外国語大学メディア研究会」の仲間だった矢木繁くん(現SMK勤務、東京外国語大学メディア研究会相談役)が「男は黙ってサッポロビール」と引っ掛けて「男は黙ってフランス料理」と書くと、別の女子が「女も黙ってフランス料理」と対抗するのを見て、手応えを感じた。われわれはさらには調子に乗り、「鬼畜米英」と挑発するポスターまで登場。それを一瞥した英米語学科の学生は「やってられへんわ」とあきれ返っていたそうだ。
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金融危機
[2008年11月18日(火) ]

 米国のサブプライム住宅ローン問題を発端とする金融危機は、日本や欧州などを含めた世界の株式市場や経済活動にマイナス影響を及ぼしている。特に今年9月15日の米国証券会社4位リーマン・ブラザーズの破たん後は「リーマンショック」が世界を駆け巡り、世界の証券取引所で同時株安が起きた。9月16日の東京株式市場は、日経平均株価(225種)の終値は前週末比605円04銭安の1万1609円72銭と年初来安値を更新し、3年2カ月ぶりの安値となった。その後も、株式市場は低調に推移している。個人消費の低迷や、企業の設備投資抑制や採用の手控えなどが出ており、世界的な景気悪化が顕在化してきている。

 日本では経済活動の水準を表す景気が2002年2月から拡大してきたが、その背景には米国での需要堅調や、東南アジアなど新興国の経済成長にけん引され、日本企業の輸出や海外での生産、販売が好調だったことが大きい。今年になると、原油価格高騰の影響や個人消費の低迷も鮮明になり、日本政府は今年8月の月例経済報告で景気の基調判断を「弱含み」とし、景気後退が始まったことを事実上認めていた。さらに金融危機の影響で株価の大幅下落に加え、為替の円高傾向や海外需要の落ち込んできており、銀行や証券会社といった金融機関、輸出関連企業などの業績悪化が顕著になっている。

 金融関係者などによると、サブプライム住宅ローンは、クレジットカードによる借金の返済が何度も滞っているような信用力の低い人や、所得の低い人に融資する住宅ローンで、主に米国の中小銀行や住宅ローン専門会社が2004年ごろから融資を拡大した。当初の2年間程度は低金利とするが、返済されないリスクが通常より高いため、その後は一般のローンである「プライムローン」と比べて高い金利を設定している場合が多い。米国では住宅着工件数が伸び、家を持つことで資産価値が高まる“住宅バブル”と呼ぶべき現象が起きていた。

 サブプライム住宅ローンの債権は証券化され、さまざまな金融商品に小口に分けて組み入れられ、世界中の機関投資家などに販売された。米国では過熱していた住宅着工件数の冷え込みや金利上昇を受け、サブプライム住宅ローンの貸し倒れや返済の滞納が増加。ローン債権を証券化した金融商品の価格が値崩れし、投資していた主に米国や欧州の金融機関やファンドなどが多額の損失を抱えた。投資家に不信感が広がったことから、証券化した他の商品にも影響が及び、日本も含めた金融機関の損失が拡大した。
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新幹線0系
[2008年11月11日(火) ]

 旧日本国有鉄道(現JR)の東海道新幹線が開業した1964年から活躍している初代型車両で、唯一残っているJR西日本の山陽新幹線(新大阪―博多〈福岡市〉)も今年11月30日をもって各駅停車の「こだま」として定期運転を終える。12月に臨時の「さよなら運転」を実施し、12月14日に新大阪―博多間を臨時の「ひかり」として1往復するのが最後となり、すべて廃車になる。丸みを帯びた先頭形状は愛きょうがあり、日本の高度成長期を象徴する「夢の超特急」として人気を集めただけに、引退を惜しむ向きは多い。

 JR西日本や鉄道関係の資料によると、0系の車体は全長が約25メートル、全幅が3・38メートル、全高が約3・98メートル。登場時は、クリーム色に窓回りと車体下部を青くした塗装だった。線路同士の間隔は「標準軌」と呼ばれる1435ミリと、高速走行のために「狭軌」といわれるJRの在来線(1067ミリ)より広くした。最高速度は時速220キロ。1964年から旧国鉄が分割民営化された86年4月まで計3216両が製造され、窓の形状や座席などにマイナーチェンジは施されたものの基本設計は変わらなかった。82年6月に大宮(さいたま市)―盛岡間に部分開業した東北新幹線(「社会をよみとくキーワード」2007年7月2日号、翌7月3日のブログ参照)の初代型車両「200系」も、0系と似た外観を採用している。

 東海道新幹線は東京夏季五輪の開幕直前の1964年10月1日に開業し、「0系」も営業運転を始めた。当初は最高速度は時速200キロで、東京―新大阪間を4時間で結んだが、翌65年に最高速度を時速210キロに引き上げて所要時間を3時間10分に縮めた。在来線の特急「こだま」も東京―大阪間は6時間以上かかっていたのを大幅に短縮し、日帰り出張も可能にした当時世界最速の超高速列車となり、世界中から注目を浴びた。

 デビュー時は1編成当たり12両だったが、1970年に大阪府で開催された日本万国博覧会(大阪万博)の輸送力増強のために4両追加され、16両編成となった。JR西日本によると、大阪万博の入場客数約6421万人のうち、約1000万人が東海道新幹線を利用したという。71年に山陽新幹線の新大阪―岡山間、75年に岡山―博多間も開業し、全線が出来上がった。東京と博多の間を6時間56分でつなぐようになり、列車名の「ひかり」と引っ掛けて「ひかりは西へ」のキャッチフレーズが付けられた。
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Posted at 02:19 | この記事のURL

「オフタイム」今月中に4万アクセス突破へ
[2008年11月10日(月) ]

 Z会ブログのサイト「社会をよみとくキーワード」の累計アクセス数が、11月中に累計で4万アクセスを達成するのが確実な情勢になったことが10日、明らかになった(11月20日に累計4万アクセスを突破した:20日に追記)。昨年3月の開設から約1年8カ月で、アクセス数は4万件の大台を突破する。

 サイト「社会をよみとくキーワード」は今年10月15日に累計2万アクセスを突破したばかりで、約1カ月という異例の早さで1万アクセスが積み上がる見通し。これは「Yahoo!ニュース」が、大阪府の橋下徹知事が「口ばっかりで、人の悪口ばっかり言っているような朝日新聞のような大人が増えれば、日本はだめになる」と発言したことに絡む10月19日の記事の参考記事として「社会をよみとくキーワード」の「新聞発行部数」(メールマガジン2008年2月25日、サイト2月26日参照)を紹介し、読者からのアクセスが急増したのが要因。

 紹介された後、Z会ブログのサイト「社会をよみとくキーワード」は10月19日のアクセス数が2799件に上って1日のアクセス数として過去最高になったのに続き、続く10月20日のアクセス数が3863件に達して過去最高を更新した。
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Posted at 23:32 | この記事のURL

タイ政府の非常事態宣言
[2008年10月28日(火) ]

 タイのサマック・スントラウェート首相(当時)が、今年1月の首相就任後もテレビの料理番組に出演を続けて報酬を受け取っていたのが問題になり、サマック政権打倒を目指すタイの市民団体「民主市民連合」が8月下旬に首都バンコクなどで大規模抗議行動を主催し、首相府を占拠するなどの事態に発展。9月2日未明(いずれも現地時間)に首相府近くで民主市民連合とサマック政権を支持する市民団体が衝突し、男性1人が死亡、40人以上が負傷する事態になった。タイ政府は9月2日にバンコクに非常事態を宣言し、5人を超える集会やデモを禁止した。

 また、上院議員のグループと選挙管理委員会が、サマック首相がテレビ出演で報酬を得たのは首相罷免が妥当としてタイの憲法裁判所に訴えていた裁判で、憲法裁判所は9月9日にサマック首相の行為が閣僚の兼業を禁じた憲法に違反するとの判決を下した。これに伴い、憲法の規定でサマック首相は即時失職し、内閣も総辞職となった。

 報道などによると、料理が趣味というサマック氏は2000年からテレビの人気料理番組のホストを務め、首相時代の今年4月まで出演を続けていた。サマック氏は憲法裁判所で車代として金銭を受け取ったことは認めたが、番組制作会社の継続的な雇用関係はないと釈明していた。

 タイでは、サマック政権打倒を訴える市民団体「民主市民連合」のメンバーが主導し、今年8月26日に首相府を占拠。また、政府系テレビ局「チャンネル11」も一時占拠された。さらに民主市民連合のメンバーが観光地プーケットなど南部にある3つの空港に集結し、滑走路に侵入するなどして空港が閉鎖された。サマック首相は9月2日―4日に訪日を予定していたが、こうした事態を受けて中止。サマック首相が率いるタイ政府がバンコクに非常事態宣言を発令したのに対し、軍部は静観を決め込んだ。
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Posted at 00:37 | この記事のURL

スーパーカブ
[2008年10月21日(火) ]

 大手自動車メーカーで、オートバイなどの二輪車世界最大手のホンダが1958年8月に発売した二輪車で、今年8月に発売50周年を迎えた。日本では郵便配達や新聞配達、会社員の営業、そば店の出前など商用二輪車として定着しており、国民生活を支える「足」となっている。カブシリーズはこれまでに延べ世界160カ国以上で販売され、今年4月に累計生産台数が6000万台を達成した「超ロングセラー商品」となっている。

 創業者の故本田宗一郎氏は、ホンダの前身となる本田技術研究所を1946年に静岡県浜松市に設け、自転車に取り付けられる補助エンジンの製造と販売を手掛けていた。ホンダは48年9月に設立され、大きな夢を託して命名した初の本格的二輪車「ドリームD型」を49年に造り上げた。ドリームD型は排気量98ccのエンジンを搭載し、最高速度は時速50キロ。ホンダが二輪車の事業を本格化させる原点となった。

 「スーパーカブ」の初代モデル「スーパーカブC100」が発売されたのは58年8月。故本田宗一郎氏が「おそば屋の出前のお兄ちゃんが、片手で乗れる車にする」との思いを込めて開発し、クラッチ操作を省いた自動遠心クラッチによる運転のしやすさ、低燃費と耐久性など優れた実用性を発揮した。操縦安定性や未舗装道路での走行、足つきを考慮して量産していなかった17インチのタイヤを採用。排気量49ccのエンジンを積み、最高速度は時速70キロで、発売時の車両価格は5万5000円だった。

 ホンダによると、59年に米国カリフォルニア州の大都市ロサンゼルスに販売会社を設立し、米国でも「スーパーカブC100」の販売を開始。アジアでは61年に台湾でノックダウン生産を始め、ベルギーに設立した工場で欧州向けに製造を始めるなど、海外展開を加速させた。また、モデルの改良や追加投入も進めた。66年に登場した「スーパーカブC50」は方向指示器やテールランプを視認性向上のため大型化し、外観は現在販売されているモデルと大きく違わないほどの仕上がりだ。
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Posted at 00:49 | この記事のURL

「オフタイム」過去最高の1日3863アクセスを達成!
[2008年10月20日(月) ]

 Z会ブログのサイト「社会をよみとくキーワード」の10月20日のアクセス数が3863件に達し、1日のアクセス数として過去最高を記録した。これは「Yahoo!ニュース」が、大阪府の橋下徹知事が「口ばっかりで、人の悪口ばっかり言っているような朝日新聞のような大人が増えれば、日本はだめになる」と発言したことを紹介した10月19日の記事の参考記事として「社会をよみとくキーワード」の「新聞発行部数」(メールマガジン2008年2月25日、サイト2月26日参照)を取り上げ、読者からのアクセスが急増したのが要因。

 このため、10月19日のアクセス数が2799件に上って1日の過去最高アクセス数になったのに続き、20日はさらに上回るアクセスが続いて過去最高記録を更新した。サイト「社会をよみとくキーワード」は10月15日に累計アクセス数が3万アクセスを達成したばかりだったが、20日で早くも累計で3万7000アクセスを上回った。早ければ10月中に累計4万アクセスに到達する可能性があり、従来のペースに戻った場合でも今年11月には突破する見通しになった。
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Posted at 23:59 | この記事のURL

「オフタイム」15日に3万アクセス突破へ
[2008年10月14日(火) ]

 Z会ブログのサイト「社会をよみとくキーワード」の累計アクセス数が、10月15日に3万アクセスを達成する見通しになった(10月15日に3万アクセスを突破した:15日に追記)。昨年3月の開設から約1年7カ月での記録更新となる。

 サイト「社会をよみとくキーワード」は今年6月に累計2万アクセスを突破しており、約4カ月間でさらに1万アクセスが積み上がったことになる。昨年12月の累計1万アクセスは約9カ月間、続く累計2万アクセスまでの1万アクセスは約3カ月早い約6カ月間でそれぞれ達成しており、今回はさらに約2カ月早いペースで1万アクセス増えたことになる。

 アクセス数が一段と好調に推移した要因は、「雑誌の休刊」(メールマガジン「社会をよみとくキーワード」2008年9月22日号、Z会ブログ社会をよみとくキーワード」08年9月23日参照)や「高級化粧品」(メールマガジン「社会をよみとくキーワード」2008年8月4日号、Z会ブログ社会をよみとくキーワード」08年8月5日参照)といったテーマが特に読者の高い関心を呼んだため。今年5月から毎月最終週に掲載している「キーワードの、その後」も、以前取り上げたキーワードに関連したテーマを紹介し、その後の動向も検証するというコンセプトが読者に受け入れられ、新たな名物企画として定着してきた。

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Posted at 01:58 | この記事のURL

麻生太郎内閣
[2008年10月07日(火) ]

 福田康夫首相が9月1日に退陣表明したのを受けて、公明党と連立政権を組む自由民主党は福田氏の後継を選ぶ総裁選を実施した。総裁選には自民党の麻生太郎幹事長、石破茂・元防衛相、与謝野馨・経済財政担当相、小池百合子・元環境相、石原伸晃・元国土交通相の5人が立候補した。自民党の所属国会議員と各都道府県連代表による投票の結果、麻生氏が投票総数527票(うち無効2票)の3分の2に当たる351票を獲得し、自民党は9月22日の両院議員総会で麻生氏を第23代総裁に選んだ。麻生氏は4度目の総裁選で、自民党総裁の座を射止めた。

 福田改造内閣(「社会をよみとくキーワード」08年8月11日号、Z会ブログ社会をよみとくキーワード」の08年8月12日参照)は9月24日午前の臨時閣議で総辞職し、福田氏の首相在任期間は365日間だった。麻生氏は9月24日、衆議院本会議の首相指名選挙で59人目となる第92代首相に選出された。参議院は決選投票を経て民主党の小沢一郎代表が指名され、両院協議会が開かれたものの調整が付かず、憲法の規定による衆議院の議決優先で麻生氏が首相に指名された。麻生氏は組閣に取り組み、24日夜からの皇居での首相親任式と閣僚認証式を経て麻生太郎内閣が発足した。

 麻生内閣は、財務相と金融担当相を兼務とし、中川昭一・元経済産業相を起用した。旧大蔵省(現財務省)は、検査官が金融機関から過剰な接待を受けていた事件を契機に金融監督庁が1998年に分離され、2000年に金融庁に改組された。これまで財務相と金融相の兼務はなかったが、財政と金融行政の分離に意味がないとする麻生氏の考えで兼務となった。自民党総裁選で麻生陣営の選挙対策本部長を務めた鳩山邦夫・元法務相を総務相、麻生派の森英介・元厚生労働副大臣を法務相として初入閣させた。内閣のスポークスマンである官房長官には河村建夫・元文部科学相が就任。

 故小渕恵三元首相の次女の小渕優子衆院議員は、少子化担当相として初入閣した。34歳の初入閣は、消費者行政担当相に再任された野田聖子氏が37歳で郵政相として初入閣した記録を抜き、戦後最年少の閣僚となった。また、塩谷立・官房副長官は文部科学相、日本歯科医師連盟(日歯連)から自民党の政治資金団体を経由した迂回献金問題を取りざたされた佐藤勉氏は国家公安委員長、浜田靖一・元防衛庁(現防衛省)副長官は防衛相としてそれぞれ初入閣。中曽根康弘元首相の長男の中曽根弘文・元文部(現文部科学)相は外務相、甘利明・元経済産業相は行政改革担当相、タカ派として知られる中山成彬・元文科相は国土交通相にそれぞれ就任。ともに自民党総裁選で麻生氏と争った石破氏は農林水産相に就き、与謝野経財相は再任された。ほかに舛添要一厚生労働相、二階俊博経済産業相、公明党の斉藤鉄夫環境相も再任された。

 麻生氏は、1940年9月20日生まれの68歳。いずれも故人で、明治維新の立役者の1人である大久保利通を高祖父、内大臣などを歴任した政治家の牧野伸顕を曾祖父、吉田茂元首相は祖父に持つ名門の家系だ。麻生氏の妻の千賀子さんは故鈴木善幸元首相の3女で、三笠宮寛仁親王妃の信子さまは実妹、麻生グループを率いる弟の麻生泰・麻生ラファージュセメント社長の妻は故武見太郎・元日本医師会会長の娘など、皇室や有力者に連なっている。
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Posted at 01:10 | この記事のURL

北京五輪
[2008年09月30日(火) ]

 中国の首都・北京市で第29回夏季オリンピック(五輪)北京大会が8月8日から24日まで開催され、柔道や体操、水泳、陸上、野球など28競技、計302種目で熱戦が繰り広げられた。五輪史上最多となる204カ国・地域が参加した。アジアで夏季五輪が開催されたのは、韓国で1988年に開かれたソウル夏季五輪以来20年ぶり。

 開会式と開幕式などが開かれたメーン会場の「国家体育場」は9万1000人を収容し、その形状から「鳥の巣」の愛称を持つ。また、水泳競技の会場となった「国家水泳センター」は「ウォーターキューブ」の愛称を持ち、3つのプールを設けており、1万7000人を収容できる。それらの充実した競技施設は、経済成長を続けてきた中国の発展ぶりを見せつけた。

 中国政府にとって自国での五輪開催は、経済発展を遂げた中国の様子を世界にアピールする好機となった。しかし、五輪開幕前に世界を巡った聖火リレーでは、中国チベット自治区での暴動を鎮圧した中国政府に対する抗議行動が起き、4月7日のフランス・パリでは妨害の激しさから途中で打ち切りになった。また、開会式を控えた8月4日に新疆ウイグル自治区で「五輪妨害テロ」とみられる警察官襲撃事件が発生し、報道によると16人が亡くなった。中国政府の弾圧に対する不満や、人権問題など中国の抱えるさまざまな課題が露呈した。

 前回の夏季五輪である2004年のアテネ五輪を取り上げた「社会をよみとくキーワード」(2004年9月20日号)の「キーワードの解説」で、このようにご説明していた。

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 五輪発祥の地であるギリシャの首都アテネで第28回夏季オリンピック(五輪)アテネ大会が8月13日から29日まで開かれ、28競技、301種目の熱戦で日本は37個とこれまでで最多のメダルを獲得した。1984年の米ロサンゼルス大会の32個を記録更新し、一時は低迷していた日本の復活を印象付けた。

 37個のうち金メダルが16個を占め、64年の東京大会と並んで最も多かった。銀メダルは9個、銅メダルは12個だった。選手の数で初めて男子を上回った日本の女性選手が9個の金メダルを手にし、男子の7個を上回った。銀、銅メダルも4個ずつと「なでしこジャパン」の健闘が目立った。

 それぞれの選手で見ると、柔道では野村忠宏選手は日本選手で初めて個人種目3連覇を達成し、谷亮子選手は日本の女子選手で初の2連覇となり、4大会連続のメダル獲得となった。シンクロナイズドスイミングの立花美哉、武田美保の両選手は、通算獲得メダル5個の日本女子最多記録を作った。また、マラソン女子を野口みずき選手が制し、前回2000年のオーストラリアのシドニー大会に続いて2大会連続の金メダルとなった。

 五輪は「平和の祭典」と言われており、アテネでの開催は第1回以来108年ぶり。戦後の混乱が続いているイラクも含めて史上最多の202カ国・地域から選手、役員ら約1万6000人が参加。金メダル争いでは、米国が35個を手中に収めて3大会連続の首位。次いで中国が32個と、大幅に伸ばした。3位はロシア、4位はオーストラリアで、日本の16個は5位。日本は96年の米アトランタ大会の21位、シドニー大会の15位から急上昇し、「ベスト5」入りは76年のカナダ・モントリオール大会以来。

 一方、ネガティブな五輪最多記録もあった。閉幕した8月29日時点でドーピング(薬物使用)の違反件数は24件と、これまで最多だったロサンゼルス大会の12件の2倍に達する。日本勢のドーピング違反はなかった。陸上男子ハンマー投げでは、優勝したハンガリーのアドリアン・アヌシュ選手が金メダルをはく奪され、室伏広治選手が繰り上がり優勝した。違反が急に増えたのは、検査を実施したのが史上最多の3000件に上ったことや、薬物の検出精度が向上したことなどが理由とみられている。

 次回2008年は経済の急成長が続いている中国の首都、北京で開かれる。アジアで開催されるのは20年ぶりとなる。

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