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いう傾向が見られる。本質は難解であるから、初期段階では隠蔽した方が
理解しやすいとの配慮であろうが、全くの見当違いである。
初期段階でゴマカシの理解を植えつけられてしまっては、後に本質を教え
ようとしても簡単には移行できないのである。初期段階から本質を教えた
ほうが、後々のためにも遥かに合理的である。
例えば割り算の本質は「分ける」ではなく「大きさを比べる」なのである。
分母を「1」としたとき、分子はいくらに当たるのか。「大きさを比べる」
が本質であり「分ける」というのは間違った考えなのである。「分ける」
という考えは分数・少数の出現により、即座に破綻する。
また何を「1」として大きさを比べているのかという本質も掴めなくなる。
「分ける」 では分数・少数の割り算は理解不能である。1.23/4.56で
1.23を4.56に「分ける」とはどういう事か。また通分とは何を「1」
として大きさを比べているのか、基準となる数を同じにすることである。
基準となる数が同じになっていなければ足し引き不可である。通分も「分ける」
では理解不能である。
また、数学で「割り切れない」と言いながら理科で「割り切れない」とすると
不正解になる。「分ける」という考えは百害あって一利なし、後々まで悪影響を
及ぼす、全くの「害算」である。割り算のイカサマこそ理数嫌いへの第一歩なの
である。あくまで「分ける」で押し通すのであれば、分数・少数は一切教えるべきではない。
割り算が最初に導入されたのは小学校2年次だと記憶しているが、それから小学校6年次で
ようやく「大きさを比べる」が導入される。しかしこれでは手遅れである。それまで散々
「分ける」という考えが浸透してしまっているため簡単には移行できないのである。やはり
小学校2年次の段階で最初から「大きさを比べる」とするべきである。
ところで、ジブリのアニメ映画「おもひでぽろぽろ」では主人公が割り算のイカサマに
悩む場面があり、大変印象的であった。最初から「大きさを比べる」とすればこんなこと
で悩まずに済んだはずであるが。
初期段階で本質を隠蔽することに何の意味がある。
初期段階から本質を教えてこそ真の教育の姿であると言える。