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ほかの東大生からは、こんな感想も聞かれました。
「僕は『3年になって就職活動の時期が来たら就職活動を始めよう』みたいに感じて、今は4年生で、就職先も決まった状態でなんですね。
就職を大前提にしてて、起業するとかを選択肢に入れてない気がしました。
でも、リスクとは雇用されても自営してもどこに行ってもあるわけで、選択肢が見えてなかったこと自体が怖いなと感じました」
会社に就職することのリスクと、自分で起業することのリスクの違いを、十分に説明されないまま、周囲の空気に流されるように就職活動や進学を考える人が大半ですが、それは従来の教育が会社に雇われることを前提にしたものだったからです。
会社員になれば、会社都合でリストラされるリスクがありますが、自営業にはそんなリスクはありません。
また、自営業には新しい仕事を自分で作り続けていけなくなったら収入が途絶えるリスクがありますが、会社員にはすぐさまそういうリスクに直面することがありません。
他にも、たとえば会社員として働く場合は安定生活を前提に薄給も覚悟しなければなりませんが、自営業なら不安定生活を覚悟すれば、自分の能力とやる気次第でいくらでも年収をアップさせていけるチャンスがあります。
正社員が60歳の定年まで働くことを前提とした人生設計をしているのに対し、自営業者はもっと若い年齢までに蓄財できるだけの資産を稼ぎ出し、労働から解放されることを目指すことも自由です。
このように、働き方の異なる2つのあり方を選ばせるようなプログラムが、これまでの教育課程にはありませんでした。
しかし、今日では、公立の小・中・高校では「キャリア教育」と称して自営業のセンスを小さい頃から習得させるプログラムが始まっています。
そもそも会社に雇われるという選択肢は、自分で事業を起こせない人向けのものであって、自分で仕事を作り、収入を得られる能力を持っている人には、狭き門の就職戦線を勝ち抜くような競争に参加する必要がないんですね。
矢代さんは言いました。
「リスクを恐れて事業を起こさないほうがやばいかな」
すると、専業主婦のゼミ生が、こう言いました。
「学校は行くもんだ、就職はするもんだ、というのがみなさんの中にすごくあるんだって感じました。世
の中の普通路線に刷り込まれちゃって、外れた時にどうしていいかわからなくなっちゃうんだろうなと」
これにうなづく東大生も現われました。
「自分で稼ぐ力を日ごろから考えておかなきゃ、と思いました。
矢代さんはネット以外の収入を考えていくつもりはないんですか?」
「今はネットを使ってしか考えてないです。
なんらかの形でネットを使ってビジネスをすると思います」
「矢代さんの成功は、ご自身の能力だと思いますね。
それは、みんなができることだと思いますか?」
「人よりちょっと努力できるかどうかってことだと思います」
もっとも、小遣い稼ぎの感覚だけだと、矢代さんの得ている収入を実現するほどまで動かないのではないかと思います。
僕には、矢代さんが100社に入社を断れて「あせり」があったことが、自ら収入手段を作る大きな契機だったように思うのです。
すると、IT会社の専務を務めるゼミ生が、面白い質問をしました。
「5年前からIT企業の専務をやってます。
前は2年間ヒモで生活してました。
矢代さんは、『天然キャラですね』と言われたことありますか?」
「けっこう言われます」
「そういうのほほんとしたところが、経営者向きだなと思いました。
すごいなと思うのは、何もないところからお金を産むことを経験値として積み上げていって、その方法を他の人にチャンスに与え、利益を分配していますね。
矢代さんを見てニートがネオニートになっていけば、それは社会貢献としていいことだろうと思いました」
事実、拙著『親より稼ぐネオニート』を読んでからブログを作り、アフィリエイトを始めたニートたちが続出しています。
それは、Yahoo!のブログ検索などで検証すれば、わんさか出てくるので、どれだけ「ネオニート」の存在がニートの当事者たちに勇気を与えたかが理解できるでしょう。
労働者全体に占める正規雇用の割合(正社員率)が年々低下している現状を思えば、現在中高生の世代が大人になる頃には、「2人に1人が正社員」の時代が到来しているかもしれません。
しかし、働き方には、自営業や会社を作ることさえあるのだと気付けば、学歴や受験学力よりも、早いうちから「稼ぐ力」を身につけることこそが生き方の選択肢を広げていけます。
さまざまなネット・ビジネスを始めて親より稼げるようになった先輩たちの動向を見れば、働くこと=自分の能力で仕事を作れることの面白さに気づく人も増えるように思いますし、それが正社員に多くの人があぶれてしまう時代でも生きていける切り札になっていくだろうと思うのです。
ゼミ生からの質問が続きます。
「やる気のない人をニートと呼んでる風潮があるけど、ネオニートとカテゴライズされるのを矢代さん自身はどう思ってますか?」
矢代さんは既に会社を設立しているので、「ネオニート」ではありません。
「ネオニート」は、あくまでもニート同然の暮らしから自営業を意識し、不労所得から自覚された営業収入に移行するまでの一定期間の呼称なのです。
そもそも、「ニート」の定義自体には、「やる気」を問う条件はありません。
本来、雇用されておらず、就職のための訓練をする学校にも通っていない状態のことを「ニート」と呼んでいるのであって、その状態から就職(雇用)を目指さなくても、自営業として自立してしまえば、「やる気」を問われる必要すらなくなるんですね。
「では、実際にアフィリエイトなどに要する実働時間は?」
矢代さんが答えます。
「アフィリエイトで儲けるためのサイトを構築する日数は、1サイトで1か月程度です。
『冬ソナ』のサイトを作った時は、関連のDVDや書籍を全部見てサイトを作ってたんで、1日がかりでした。
それを1週間に一度くらいメンテナンスして、更新情報を足していくので、だいたい1か月くらいになるんです」
「せどりからアフィリエイトなどへ収入手段が変わってきていますが、会社を興した後で、また新たなビジネスに関心が移ったら、どうするんですか?」
「今は一人じゃなく、スタッフを雇っているので、新規事業は一緒にやってるスタッフと話をして決めます」
自営業あるいは法人での営業では、多角経営を志向するのは自然の流れです。
たとえば、雑誌記者を長く続けていけば、ライティング(執筆)以外に、編集のノウハウも身に付きますから、編集業務を請け負うこともできますし、出版には他にもデザインや写真撮影など他の職務もありますから、それを自前でできるだけのスキルを身につけていけば、ライターから出発して編集者、カメラマン、デザイナーなどと職域を増やし、同時に自分が職業能力を売り込める分野が増えることになります。
矢代さんの場合も、せどり、アフィリエイト、それらのノウハウの情報販売(データの有料ダウンロード)、そして現在ではライター仕事の仲介サイトを運営してマージン収入を試みたり、講演や書籍の執筆など、営業分野を開拓してきたわけです。
しかし、自営業を試みたことのない人にとっては、不安に映る人もいるでしょう。
世間を知らない学生からは、当然のようにこんな質問が出ました。
「バイト代わりにアフィリエイトなどをやったり、事業を大きくするという動機は、最初の頃は遊び代などの短期的な視野で働いてきたと思うんですけど、10年先の長期的な視点に立つと、そのつど新規事業を考える必要に迫られますよね。そんな新規事業を次々に生み出せるか、少し不安を覚えるんですけど」
「長期的に見たらまったくわかりませんし、アフィリエイトが1年後に無くなってもおかしくない流れなので、そうなったらまったく別のことをしなきゃいけないと思ってます。
ネットは半年で激変するので、あまり細かな動向を読まないようにしてます。
大局的な流れは考えますが、そうじゃない取り越し苦労は足かせになるだけで、考えてもしょうがないと思っちゃいますから」
「そんな不確定な中で、雇っている人の生活を守る社会的な責任があると思うんですけど、どう考えていますか?」
「10年は続かないビジネスかもしれないとは、スタッフに言ってます。
安定はわからない、リスクを背負って働くことに納得したうえで働いてくれと言ってます」
学生と矢代さんの問答を聞きながら、僕自身はいらだっていました。
というのも、質問した学生には、自分がこれから入っていくだろう大企業や官庁に問うべきことを矢代さんにぶつけているような気がしたからです。
僕は質問者にこう言いました。
「君がこれから入る会社だって、10年後はわからないんだぜ。
君が就職したい企業は、それをちゃんと君に言ってる? 言ってないだろう。
うちはこんなに歴史がある会社ですよと言うことはあっても、誰も10年後のことなんてわからない。
矢代くんはそれを素直に言ってるだけマシだよ。
会社に入れば、君は自分の運命を会社に預けるようなものなんだよ。
地方に左遷されようが、減給されようが、リストラ対象になろうが、君が拒む権利はほとんどないし、会社と談判できるだけの力を君が持てる保証すらないわけだからさ」
逆に、自営業から出発し、会社の経営者になれば、苦境に陥った時に自分の責任で自由に解決法を生み出し、突破していけます。
誰かに自分の身の振りの決定権を預けなくていいわけです。
こういうリスクヘッジの方法に鍛えられている自営業に対して社会的責任を問うあたりは、自分の頭の上のハエも追えないのに他人に口を出すという恥ずかしい行為であることを、この学生は学んでこなかったのでしょう。
しかも、年収が4000万円近い矢代さんに対して、「10年後」の責任を問う前に、年間3千万円を3年以上キープすれば約1億円の蓄財になり、サラリーマンの生涯賃金である3億円の3分の1を達成してしまう点に気づくべきでしょう。
少なくとも、質問した学生が定年退職をするより短い期間で、矢代さんは労働そのものから解放される可能性が高く、一度の作業で自動的に入金が続くインセンティヴ収入の爆発力を正視する必要がありそうです。
もっとも、就職する(=雇用される)しか収入手段を得られないと思っている学生ならば、むしろ自分自身が就職先の会社にとって手放したくないほどの有益な人材になることを目指すか、官僚になっても中年になる頃に簡単に天下りできるような時代状況になっていくかどうかを調べたほうが身のためでしょう。
もちろん、こんなことを言ったところで、東大生ですらピンとこないだろうことは先刻承知です。
「大学新卒者の3割は最初の就職先を20代で離職する」なんて統計数字を言っても、自分が失職者になるなんてどうしても信じられず、想定外のことにしたいのだろうと思うのです。
おそらく、東大生という自分の身分が、国民の税金を投入された国策の大学として、どこの大学の学生よりも社会的責任を負わされている立場であることにも鈍感なのかもしれません。
しかし、自分よりいろんな面で弱者である存在が社会には多いのだ、ということに気付かないことは、とても罪深いことです。
矢代さんにぶしつけな質問をした学生は、ニート不安から這い上がってきたという事実の重みに関心を寄せることもないまま、また同時に自分自身の職業能力についての自身の有無を語らないまま、いきなり相手に「社会的責任」なんて言葉を出すくらいに、自分の問題としてとらえていませんでした。
世の中に出てもいないのに、「社会的責任」なんて青臭い言葉を持ち出してしまうのも仕方ないのでしょう。
しかし、世の中には中卒で大工見習いになり、20歳の頃には「この足場をちゃんと作らないと建物の構造が乱れて、住む人が困るからちゃんと仕事をしよう」と思いながら鉄骨を組み立てている人間だっていることを知る必要があるように思います。
それが社会的責任の実感であることを知るには、時間がかかるでしょう。
今はまだ頭でっかちな教育環境しか知らないからです。
でも、就職にあぶれて社会的弱者に陥り、そこから自分の力で稼ぐ力を身につけて這い上がってきた人間が目の前に来た時に、「この人は自分の知らない苦労を負ってきたのかもしれない」と想像できないようでは、人を思いやるという気持ちの点であまりに劣っているとのそしりを免れません。
働き方とは、生き方そのものです。
学生だからそれを知らなくていいという理屈は、世間では通りません。
家庭でも学校も教わらない世の中の仕組みを知ることを、僕のゼミでは大事にしたいと思うのです。
(つづく)
ゼミ生から質問の手が挙がりました。
「僕もアフィリエイトをやっていて、一つのブログで月に5万ほどの収入になっているんですけど、アフィリエイトで儲けるにも、広告単価の高いところって怪しい会社が多いのでは?」
矢代さんが答えます。
「確かに薦めたくないところもありますよね。もっとも、儲かっているFX(外国為替)のようなところは、本業で儲かっているから成功報酬も高いんだろうとは思います」
「みんなが就職活動をしている中で、一人でせどりとか始めて不安じゃなかったですか?」
「面接で落ちると、さすがにへこむじゃないですか。
だから1年休学したんですね。
『就職しなくてもバイトを週5でも入れれば自分は大丈夫かな』と思ってましたし、やりたいジャンルしか受けなかったので、自分の働きたいクリエイター業界に行けなかったからしょうがないと思ってたのかもしれません。
不安というより、コンプレックス的なのはありました。
同期の友達はみんな1年前に卒業して就職してましたし。
だから、新卒で就職していった人よりも絶対稼ぐぞという気持ちはありましたね」
「ネオニートになって、さらに金を余らせているぐらいの人は少ないと思うんです。
一つのことにどれだけエネルギーを集中できるかってことなんですけど、他の人と比べて自分はどう違うと思いますか?」
「1点集中はすごい大事なんですけど、月収20〜30万円に達する頃までは、コンプレックスだけで頑張ってましたね。
同期に負けられないみたいな気持ちでした。
サークルの飲み会に出ても、アフィリエイトで生活しているというあり方は、やっぱり説明しにくかったですからね。
ライバルがいると強いかも」
「せどりは、稼ぎ方がうさんくさいと思いました。
古本屋ならいいのだけど、ふつうの人が買える場所で買って転売するのが、どこかうさんくさい感じが抜けないです」
中古市場にも、一定の売買のルールがあります。
しかし、それはネットでの売買を想定したものではないため、昨今のようにネット上で中古品を売買する人が増えてしまうと、市場が荒れ、既存の相場価格にも影響が出かねません。
それでは、中古品売買で生計を立てている人の生活を圧迫し、ひいては価値のある商品も品薄になったり、原型のまま保存する経費も捻出できなくなり、最後は処分を余儀なくされ、貴重な本やお宝グッズが失われてしまうことにもつながりかねないのです。
もっとも、矢代さんは、せどりで儲け始めてほどなく、古物商の免許を取り、会社法人化も済ませて税務処理もきちんとできる体制を整えていました。
「ブックオフは一部のエリアにしか店舗がなくて、amazonはネット上ですから全国どこでも買えるわけです。
せどりは、欲しい本を欲しい人に届けるビジネスなんですよ。
読みたい人に届けているという点では役立っていると考えています」
確かに、小売店の古書店よりも安く本を売るチェーン店のブックオフで105円コーナーに置かれた本が売れ残れば、最後は断裁してゴミにするしかないでしょう。
「それでも、良い本を見つけて売らないといけないわけでしょ?
売り先を見つける情熱って、どこから来てるのですか?」
「がんばって売り上げの数字を上げれば、がんばっただけの成果(収入)があるので、それがやりがいですね」
「自分の仕事がどう社会と関わっているのかについては、考えませんか?
たとえば、パチンコ屋を営んで生活させてもらっていても、客の中には借金してまでギャンブルをやって、身を持ち崩す人もいますよね。
すると、なんだか社会的に悪いことをしているような…」
自分の仕事が社会的にどんな影響があるのかは、経営者はもちろん、雇用されている人も考えてほしいことです。
たとえば、精神科医は「医者だから悪いことはしないだろう」という世間のまなざしに支えられていますが、現実には医者の処方する薬を自己管理できずに薬漬けになって死んでしまっている患者も少なくないのです。
逆に、新しい稼ぎ方であるがために誤解も多く、世間的にはうさんくさく見られる「ネオニート」も、ニート自身に希望を与えています。
世間や2ちゃんねるなどからの評判よりも、その当事者のありのままの姿をちゃんと自分の目で見ることが大事でしょう。
矢代さん自身は先の質問にこう答えました。
「たとえば、アフィリエイトで儲けるノウハウとして(成約すればキックバックの大きい)消費者金融を多くの人に勧めたとして、その広告を見て消費者金融でお金を借りて不幸になる人が出てくるのを辞めさせられるかどうかと考えると、難しいですね」
インターネット上にある情報を利用する際には、その結果起こることをすべて利用したユーザの責任として引き受けなければいけません。
そもそも、ネット利用には自己責任という基本原則があるため、自分の能力の範囲を超えて借金できてしまうような消費者金融に手を出して問題が生じても、それはユーザ自身が情報の吟味を怠ったことにすぎないのです。
ネット上には、合法の顔をした広告もあれば、一見違法な顔をしているまともな主張もあります。
それを吟味し、自分の利害を考えることは、すべてのネット・ユーザに課せられた最低限度のルールといえるでしょう。
もっとも、そういうルールを知らない子どもやネット初心者をわざわざ消費者金融に導きたくない気持ちがあれば、消費者金融のアフィリエイトがたとえ儲かるものであっても自粛するという選択肢も採用できるはずです。
それはアフィリエイター各自に課せられた厄介な問題ですが、自分の返済能力を超えた借入をする人まで想定しなければ、広告やパチンコ店の営業などが許されないのだとしたら、それはそれで問題なのかもしれないという点に気付いてほしいと、僕は思いました。
(つづく)
「せどりのノウハウは当初メール・マガジンで情報配信してたんですが、『サイトに表示させておけばいつでも見られる』と思って、サイトの作成の仕方を本で学びながら作ったんですね。
それが2005年頃です。
大変でした。
しかも、SEO対策(※検索エンジンの上位に表示されるための工夫)をやるのとやらないのとでは、少なくとも3倍は成約率が変わるんですよ」
ここでいう成約率とは、情報販売のサイトを観る人が実際にその情報商材を買う確率のことです。
矢代さんは、試行錯誤の果てに独自のSEO対策を生み出し、それをネット上で売る以外に、翔泳社からノウハウ本も出版し、印税による収入も確保しました。
「大学を卒業する頃には、せどりで月に20万、情報販売で10〜20万の売り上げはコンスタントに出していました。
そこで、本腰入れて1年間くらいやってみようと思っていたんですね。自分が働きたい業界の会社には入社面接を断られていたけど、ネットビジネスのほうが面白く感じてきたので。
それから1年間が経ったら、月収で300万くらい儲かるようになってたんですよ」
この「月収300万」に至るまでには、せどりと、せどりのノウハウの情報販売以外に、アフィリエイト、そして、アフィリエイトのノウハウの情報販売を加味してきた経緯がありました。
アフィリエイトは、リンクをクリックしたり、リンク先の商品を買うとポイントや現金が配当される「成功報酬型広告収入」のことです。
メール・マガジンでもサイトでも、それを観る人が多ければ、そこに貼り付けたアフィリエイトのリンクに飛んでくれる人も比例して多くなります。
しかも、アフィリエイトには、リンク先の商品を購入した人が1人いるだけでアフィリエイトを貼り付けた人に1万円ほど配当されることも珍しくないので、SEO対策を万全にし、購買欲のある読者を増やせるような内容のサイトを作っていく必要があります。
「当時は韓流ブームで、『冬ソナ』(※韓国の人気ドラマ『冬のソナタ』)が日本で流行っていたので、『冬ソナ』の紹介ブログを作って、そこに本やネットから集めた情報を集めて、総合サイトにしたんですね。
すると、『冬ソナ』ファンの人はちゃんとそのサイトを見てくれると見込めるので、そこに『冬ソナ』の関連商品の広告バナー(=アフィリエイト・リンク)を貼ったんです。
そこでそのブログの読者がバナーをクリックして、リンク先の商品を買ってくれれば、僕の銀行口座に売り上げの一部である配当金がちゃんりと入ります。その仕組みがアフィリエイトなんです」
アフィリエイトを始めると、矢代さんにとって「せどり」が効率の悪いものに見えてきたようです。
「最初はせどりを面白い収入手段として見ていたんですが、せどりでは、仕入れを止めると売り上げも止まってしまいます。
つまり、稼ぎ続けるためには、何度も延々と仕入れ作業を続けなければいけないわけです。
その点、アフィリエイトのほうが、1度バナーを貼れば、あとは自動的に稼いでくれますから、2度手間がない。
そこで、アフィリエイター(※アフィリエイト・バナーを貼る人)に移行していったんですね。
しかも、アフィリエイトは、必ずしも単価1万円の収入を狙わなくてもいいんです。
読者が1個買えばアフィリエイターに100円が入る商品で、1万クリックさせた人もいるので、額面がすべてじゃないんです」
矢代さんの方法は、理にかなったものです。
まず、世間に流行っている話題をテーマにブログを作れば、確実にそこに市場があると見込めますから、どんな人がその流行を支えているのかが見えていれば、amazonアソシエイトやGoogle Adsなどのアフィリエイト契約し、彼らの欲しい情報や商品の広告を自分のブログに貼り付けておけばいいだけです。
しかも、いま流行っているものに関する既存のサイトが、多くのユーザを満足させるサイトとは限らないことはよくあるもの。
そこで、多くの人に有益なサイトを作ってしまえば、アフィリエイトで儲けられるかもしれない、というわけなんですね。
「検索していって、自分のほしい情報がない場合、自分と同じように困っている人が少なからずいると思ったほうがいいんですよね。
困った時に、それに応えられるサイトを作るのが一番いいってことですよね。
情報がありそうでないサイトがいいんです」
このようにして、せどり、情報販売、アフィリエイトなど、収入手段そのものを増やしていくのが、自営業者の収入アップの基本です。
ネオニートは、まさに、この自営業の基本をなぞることで収入を短期間にアップさせ、「自営業者」としての自覚が生まれてくるわけです。
実際、ニートと同様の暮らしでも、「不労所得」に相当するネット・ビジネスによる収益にも税金はかかりますから、あまりに莫大なものだと、節税対策が必要になってきます。
「個人でやってたら収入が増えてきて、税金対策もあるし、社会的に親を安心させられるので会社にしたんです。
ネット・ビジネスの可能性も考えていたので、有限会社を作ったんです。
会社の事業としては、『ウェブライター.jp』という、ライターと企業をマッチングさせるサイトを作りました。
全国のライターと、発注する出版社などを結び付けるサイトで、執筆契約が結ばれると、紹介マージンをいただいています。
将来的にはクリエイティヴな仕事もしてみたい。
ライターさんも含めていろいろ会えるのも財産だなと思います」
(つづく)