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1965年生。早稲田大学第一文学部を3か月で勇退。広告業界を経て25歳でフリーライターに。企画・編集した『日本一醜い親への手紙』はベストセラー。『完全家出マニュアル』で造語した「プチ家出」が流行語に。2007年春から東京大学(駒場キャンパス)で自主ゼミの講師を始める。著書に『親より稼ぐネオニート』(扶桑社新書)、『ゲストハウスに住もう!』(晶文社)など多数。
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お父さんの育児 (2008年06月22日)

第12回 ネオニートA[2007年08月31日(金) ]

 矢代さんは、自身の就職活動の頃の話から話し始めました。

「ひと夏、就職活動が全滅して、翌年から『ヤバイ、やることないな』と思ってたんですが、バイトのひとつもしなくちゃいけないのに、また来る夏の採用枠もちょこちょこあるし、長期バイトを入れることができなかったんです。
 それで、コンサ−トスタッフやティッシュ配りなどの短期バイトをやりつつ、ネットで稼ぐことを考えたんですね。
 ネット検索で『ネット』『稼ぐ』『簡単』という単語を入力して検索していったら、ポイントサイト(※メールを読んでクリックしたらポイントを稼げる)があって、やってみたんですけど、全然稼げなかった。
 『でも、まだ何かないかな』ともっと探してみたら、そのリンク集の一つに『せどり』というのがあって、とりあえず始めてみることにしたんです」

 この「とりあえず始めてみる」ということをやるかやらないかで、その先の人生は大きく変わってきます。

 それは、経験だけが具体的なノウハウを知る契機になるからです。

「せどりというのは、言わば古本などの転売です。ブックオフの105円コーナーやCDの250円コーナー、DVDの750円コーナーあたりの値段に下げられた中古品を買ってamazonの中古もの(used)として転売すると、利ザヤが出るとわかったんですね。
 やってみると、最初は、大学の参考書が不要になったので、捨ててもいいと思ったものを売っただけなんですが、1万円ほど稼げたんですね。
 なので、頻繁にブックオフに行くようになって、本腰を入れるになると、(ブックオフで)100冊買って、amazonで転売するとだいたい1万円くらいの利益になることがわかったんですね。 そこで、ブックオフでの仕入れを進めて、300冊,500冊と自分の部屋が本で埋め尽くされていったんです。
 かなり家族に怪しまれたんですが(笑)、ネット上では既に月に20万以上になっているせどり経験者は普通にいたので、どうすればいいのかと思って、1000冊を目標にして仕入れて売るようになったら、20万くらいになったんですね。
 仕入れを続けていくと、意外に安く出回っているプレミアもののあって、1000円で買って2万円で売れたものもありました。1回の仕入れでリュックに1個、自転車のかごに1個、さらに後ろに積んで1個を店から運搬するので、肉体労働っすよ(笑)」

 中古品をブックオフで仕入れては自宅に持ち帰り、それをamazonにアップして、買い手がついたら郵送するという作業を繰り返しているうちに、矢代さんはだんだん「もっと売れるコツ」をつかんでいきました。

「ブックオフに行くとわかるんですけど、『失楽園』などの大変よく売れた商品はアマゾンでも数多く出回っているので、売りにくいんですね。つまり、流通数が少ないモノが転売向きとしてはいいってことなんです。
 しかも、そうした収入アップのノウハウを『情報販売』と称して有料メール・マガジンにして売っている人もネット上にいたんです。
 そこで、『じゃあ、自分もメール・マガジンを出してみよう』と思って、情報を販売するメール・マガジンを発行したんですね。
 せどりの方法や、高額本が多いジャンルとか、オークションで買ってアマゾンで売る方法とか、プレミア商品の見つけ方などを無料メール・マガジンにしておいて、そこに書いた内容よりもっと具体的で役に立つ内容は、データをダウンロードさせる形で情報販売するようにしたんです」

 ネット上にはさまざまな情報販売が行われており、たとえば、風俗嬢を経験した女性が「女の子を10分間で気持ち良くさせる方法」を情報販売し、売り上げランキング6位に食い込む売り上げを達成していたりします。

 このように自分が作成した文章などを売る商用のデータを「情報商材」と言い、1回のダウンロードに数万円の値段がついていることも珍しくありません。
 つまり、1人でもダウンロードしてくれれば、数万円が得られるわけですから、お小遣い稼ぎに適していることは言うまでもありません。

 自分の経験に価値を感じれば、それをネット上から手軽に売ることができる時代になっているんですね。

 これは、言わば、本やCDの印税収入と同じ「インセンティヴ収入」です。
 一度、情報商材のサイトを作ってしまえば、あとはその商材自体が勝手に稼いでくれるのです。

 アルバイトであれば、時給800円であれば、800円を得るのに新たに1時間働かなければなりませんが、インセンティヴ収入であれば、一度のホームページ作成作業であとは自動的に続々と入金がなされるわけです。

 商材があれば、いくつでもネットで売れます。
 商材の数が増えれば、その分、収入も増えるわけです。

 それは、自作のCDを何枚もリリースするミュージシャンが、CDの売れた分だけ印税が入ってくるのと同じ収益構造です。

 そうしたインセンティヴ収入の手段が、ネット・ビジネスでは豊富にあり、今日では十代でも親より稼ぐ人が一部で現われてきています。

 そこで矢代さんも、そういう時代に乗って、文系なのに自らホームページを作る技術を学ぼうとしたのです。

(つづく)

第11回 ネオニート@[2007年08月24日(金) ]

 大人になると、生活を維持していくために収入を得る手段を持つことが必要になります。

 その収入手段には、主に4つあります。
 一つ目は、会社に就職し、雇用されること。
 二つ目は、自分で起業し、自営業になること。
 三つ目は、自分で会社を興し、人を雇って働かせて稼ぐこと。
 四つ目は、親や配偶者などから扶養されること。

 しかし、この4つのうち、最初の「雇用」しか、これまでの教育では教えられてきませんでした。

 いや、むしろ収入手段を得ること=「会社に入ること」という刷り込みに毒されたまま10代を過ごし、高校や大学を出る頃には、「みんなと同じように会社に入らないとダメ人間」という強迫観念にとらわれている人は少なくありません。

 現実には、若年層の失業率は年々高まり、また最初に働いた会社を辞めてしまう20代の若者も、大学新卒者ですら3人に1人もいるという今日において、会社に入ることしか収入手段として考えていないのだとしたら、会社を辞めてしまった後、フリーターとして自分探しを始める若者の人生設計は厳しいものになります。
 
 経団連に属する大企業(とその傘下の中小企業)の9割は「フリーターを正社員にしたくない」と答えていますし、実際にフリーター生活を続けた果てにネットカフェ難民やニートになる人も増えています。

 そんな時代に、ひときわ元気良く稼いでいる若者たちがいます。
 その一つのあり方が「ネオニート」という若者たちです。

 彼らは、ニートそのものの暮らしぶりでありながら自営業を起こし、同年代のサラリーマンや自分の親の年収さえ越えてしまった現代の成功者たちです。

 その収入手段は、ネット・ビジネスによる不労所得、ゲストハウスの経営(家賃収入)などいろいろありますが、詳細は拙著『親より稼ぐネオニート 〜「脱・雇用」時代の若者たち』(扶桑社新書)をご一読ください。

http://www.amazon.co.jp/dp/4594052452?tag=neoneet-eva01-22&camp=243&creative=1615&linkCode=as1&creativeASIN=4594052452&adid=0QTCDCDZF3BV1XGNN8EJ&

 東大でも2割の学生がニートになる不安を感じている(※全国平均では3割)ことから、僕のゼミでも「ネオニート」として人生を建て直し、月収300万円になってしまった20代前半の若者をゲスト講師として迎えることにしました。

 『アフィリエイトSEO対策テクニック 』(翔泳社)の著者・矢代竜也さんです。

http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4798113204/249-5803769-8820343?SubscriptionId=06RZ6MHVB0DJF8YXD202

 1981年生まれの矢代さんは、公立の中学・高校を経て、千葉大学に入学します。

 毎回、ゲスト講師の方々に書いていただいている「自分史年表」から、矢代さんの大学生活を見てみましょう(※以下、カッコ内は自分史からの引用)。

 2000年春(18歳)、国立千葉大学法経学部経済学科に入学。

「授業を受けるも、ほとんど興味が湧かないので、ほとんど出ず、もっぱら麻雀か部活に。部活はクラシックギター部と放送研究会(映像制作)、アニ研に所属。(アニ研は半年ほどで自然退部)。
 放送研究会の先輩の自主制作映画を見て、クリエーターに憧れをもつようになる。
このころから、『職業に就くなら、何か作り出す仕事がしてみたい』と漠然と思うようになる」

 大学の授業以外にも、街には自分を刺激するイベントや人との出会いがいっぱいあります。
多くの学生はそうした学外の経験から自分の進路を決めているようです。

 2002年春(20歳)。

「友人が『東海道五十三次をやった』という話を聞き、自分もやってみることを決意。
 東京日本橋から京都まで歩く・・・・・決意をするも、名古屋で挫折。
 14日間で東京〜名古屋450km近くを歩く。
 すべて野宿で過ごし、このとき、『自分一人だったら、どんな状況でも生きてはいけるな』と感じる」

 たった一人だけの力でもやれることがあるという実感は、矢代さんの心に自分の人生を自分で決めて歩いていく自信を育てたようです。

 2004年(22歳)

「大学4年になる直前に、一年間の休学を決意する。就職活動をどうしてもする気になれず、一年間何かを決めてやってみよう、と思い、決意。
 ずっと実家暮らしだったが、休学を期に一人暮らしを始める。
 1年間何かをやりたい、ということで、その頃好きだったゆずの影響もあり、音楽をやってみたくなり、千葉県柏市に住む。
 一人暮らしをしながら、色々なバイトをしながら、生活する」

 バイト生活を経験した人は、時給単価が低いことで労働時間を増やすしかない不自由さをつらく感じることがあるでしょう。
 そこで、あきらめず、どうしたらいいのかと、矢代さんは考え始めたようです。

「途中から、大学卒業が目前になり、就職活動開始。
 何か作りたいと思い、就職活動は、テレビ制作会社、音楽制作会社、大手音楽会社、CM制作会社などに絞る。
 最終面接まで進むものもあるも、全滅。
 就職活動をしている時も、『自分がやりたいと思ってない会社にはいかない!』という妙なこだわりがあり、他社はほとんど受けなかった。
 今年ダメでも来年また受けよう、という気持ちもかなり大きかった」

 あくまでも自分のやりたいことにこだわったために、100社に入社を断られる結果になったそうです。

 しかし、100社にエントリーシート(応募書類)を送りつけるあたり、矢代さんがどれほどクリエイティヴな業界で働きたかったのかの気持ちが伝わってきます。

「このとき、夏の就職活動が終わり、時間が空いた時にネットサーフィンをしていて、『せどり』というものの存在に気づく。
 もともとブックオフに通っていたので、自分に合っているお小遣い稼ぎとしてやり始める」

 「せどり」とは、中古グッズを安く買い、高く売れる場所で売り抜けて利ザヤを稼ぐ転売商売のことです。

 前述の『親より稼ぐネオニート』にも、その詳細が載っていますが、どこで安く買い、どこで高く売るかを見つければ、必ず利益が出るわけですから、これは新商品を開発するより、一番手軽な商売と言えるでしょう。

 矢代さんは、それをネットで行うことで、稼ぎ出せることに最初に目を付けたのです。

「同時に、HP作成、アフィリエイトにも興味を持ち、HPを勉強し始める。
 このHPを学んでいく内に、インターネットビジネスという存在が大変面白く感じ始め、可能性を感じ始める。
 当初はメールマガジンが全盛の時代で、間もなくブログ全盛の時代、SNS全盛の時代へと移行していく。
 当然のように、ブログ、メルマガなどすべてを実践してみる」

 そして、月収300万円を達成し、それを元手に有限会社を作り、現在では人を雇う立場になった「社長」の矢代さんに、レクチャーを始めてもらうことにしました。

(つづく)
 

第10回 ユニークフェイスE[2007年08月17日(金) ]

第10回 ユニークフェイスE



 ユニークフェイスについて話を重ねていくと、「いざユニークフェイスの人に会ったら」という場面を想定した質問が当然のように出てきます。

「話を聞きながら、どのくらい気を遣えばいいのか、どれくらい深く突っ込んでいいのか、難しいなと思ってたんですね。
 当事者が家から出ないような感じでは、そもそも何もしたくないんですか?
 顔に問題がなければ、解決だと思っているんですかね?」

「ユニークフェイス当事者のほとんどが、一通り病院の治療を受けたけど、治らないんです。
 今後、この顔で生きていくしかない、と気づいた人。
 だから治療に希望をもっている当事者はほとんど参加してこない。
 NPO法人ユニークフェイスの会員は、30代から40代が多い。
 年齢が高めなんですね。
 うちの団体に来る当事者は、『同じ症状の人間とゆっくり本音でしゃべりたい』人なんですね。
 そんな経験がそれまでに1回もないから、ユニークフェイスに期待して参加してくれる。
 『ユニークフェイス当事者にどう接したらいいのか?』とよく質問されます。
 どうしたらいいのか、ひとりひとりが考えて欲しい。
 解決方法は、その当事者と、声をかける人との関係によって違う。
 ひとつのマニュアルのような答えはないよ。
 自殺したいという人にどんな言葉をかければいいのか? こう答えたら大丈夫、という魔法の決め台詞はないのと同じ」

 初回のテーマに「ユニークフェイス」を選んだのは、ふだん出会うことがなく、「彼岸の人」と思いがちのマイノリティ(少数派)の存在や彼らの抱える問題を他人事にしてしまうことが、当事者たちを孤独に追いやっている現実をそのままにしてしまっていることに気付いてほしかったからです。

 現代では、誰もがマイノリティになりえます。
 それは、「うつ病患者」かもしれないし、「ニート」かもしれない。

 そうしたマイノリティとして社会から疎外され、自分自身も社会に出ていくことが怖くなってしまった時に、初めてこの国の市民活動や福祉体制の貧しさに直面し、自分自身が当事者であることに思い当っても、マイノリティとして生きる先達に関心を及ばなければ、孤独を延々と抱えることになるでしょう。

 ユニークフェイスは、自分のせいでもないのに、社会から疎外される憂き目に遭う人々が少なからずいます。
 しかも、自助努力で社会に参加し、生きていくための収入を得る手段は乏しいのです。
 石井さんが活動自体をビジネスとして再構築しようとしているのも、その切実さを自分の体験から知っているからだ、といえるでしょう。

 かといって、彼らと同じ体験の持ち主ではないからといって、彼らと関わるうえでなにか特別な構えが必要かといえば、それも違う気がするのです。

 そこで僕はゼミのまとめで、こんな話をしました。

「僕はマイノリティとの正しい付き合い方なんてものはないと思っていて、自分の言動に対する当事者のリアクションから学ぶしかないと思っているのね。
 10年ほど前、僕は毎月イベントを都内でやっていて、その中で『クイズ障害商売』という非常にふとどきと思われるタイトルのイベントをやったことがある。
 ドッグレッグスっていう障害者プロレスの若者や、身障者芸人のホーキング青山にイベントに出演してもらおうと思ったのね。
 結局、青山くんは来れなかったんだけど、乙武くんと同じ体をしているんだけど、青山くんはお笑い芸人なのでエロ話もお笑いにするわけ。
 打ち合わせで『1日何回オナニーしてますか?』と聞いたら、『毎日1万回!』なんて、できるはずもないのに言うわけ。
 これは、身障者というスペックよりも、お笑い芸人という個人の尊厳で付き合いたいっていう意志表明だなって思ったんだよ。
 一方、ドッグレッグスの浪貝くんに『最近女の子のほうはどうよ?』と聞くと、『店以外で?』と素で答えるわけ。
 つまり、ふだん周囲に付き合える女の子がいないのが彼らにとって当然のことなので、女の子=風俗店で考えるっていうのが、そこでわかる。そういうちょっとしたことから、僕は彼を面白いと感じたし、彼の人となりに興味を持てたんですよ。
 『A』というオウム真理教の広報副部長の荒木くんを追ったドキュメント映画を試写会で初めて見た時ね、荒木くんが童貞だと告白するシーンがあって、『カルト宗教の信徒』というマイノリティな部分以上に、『荒木も昨今の弱っちぃ若者の一人なんだな』と受け入れられるような文脈が生まれたりするんだ(※『A』ではそのシーンが削除されて編集されている)。
 だから、僕はマイノリティに対してよく言われる『好意ある無関心』(『顔面漂流記』石井政之から)という言葉がよくわかるんだよ。
 ユニークフェイスの人も、ジロジロ見られたら嫌だろうけど、『就職は大丈夫?』という普通の質問を投げかける分には、嫌がらないと思うんだよね。
 人によっては結果的に怒られるかもしれないけど、そこで相手が嫌な顔をしたりするのを見て学ぶこと自体が『付き合う』ってことじゃないかな。
 逆に、優等生的に『マイノリティにはこう気を遣うのが正解』みたいな一般的なマニュアルを持つこと自体が、ややもすると偏見を助長することになりかねない気がするよ。
 そういう教科書的な気の回し方って、マイノリティの当事者自身にとっては『ああ、この人は自分を遠ざけている』と感じさせてしまうんじゃないかな。
 僕やみんながそうであるように、マイノリティの人だって殴られれば痛いよね。切れば血の出る体なんだよ。
 マイノリティならではの特異性を知ることは必要だろうけど、それ以上に、普遍性のある共通点を忘れてしまうことのほうが怖いと思うんだ」

●NPO法人ユニークフェイス
http://www.uniqueface.org/

●石井政之さんの公式サイト(ユニークフェイス研究所)
http://uniqueface.biz/

第9回 ユニークフェイスD[2007年08月10日(金) ]

第9回 ユニークフェイスD



「顔に問題ない人でも、ユニークフェイスのお茶会に行っていいんですか?」

「その判断は微妙。
 ユニークフェイスでは、当事者だけが集まるピアカウンセリングをやっている。
 そこでは非当事者は参加できない。
 もし、一般の人が参加すると当事者が『知らない人と会いたくない』と言って来なくなるんだ。
 ユニークフェイス当事者でピアカウンセリングに参加したいという人は、一般の人に自分の悩みを語る必要を感じていない。
 このあたり、ピアカウンセリングという手法をよく勉強してもらうしかない。
 一般参加型のお茶会を企画しようとしたことはあるけれど、当事者のほとんどは反対しました。好奇心の視線を避けたいんだよね」

「僕にはどう接したらいいかわからなくなってしまった友達がいるんですね。
 ニートになってて。
 精神的にダメージを負ってきた人間にどうつきあえばいいのか?
 家の人が出そうとしないんです」

「その人がこの場にいないから一般論しかいえないんですけど、無視しないってことでしょうね。
 ユニークフェイスの人にも、ひきこもりやニートになってしまう人がいっぱいいますが、周りの人が『どうしたらいいかわかんない』といって引いてしまう。
 落ち込んでいる人間を見ると、引くんですよ。
 それが普通の人の反応でしょう。
 友人ならば、いつもどおり遊びにいってほしいと思うよね」

「当事者は孤独だろうと思うんですが、団体に接触を持たない人も少なくないんですか?」

「うん。とにかくみんな自分のプライバシーが誰にも知られたくないという思いが非常に強い。
 顔にあざがあってそれに悩んで自殺未遂したことがあったなんてことを、当事者もその親も隠したがる。
 『あなたの苦しみを若い人に伝えてほしい』と毎度のように僕はユニークフェイスの当事者に言っているんですよ。
 すると、『でも私はもう関係ないんです』と言う人いますよ。珍しくありません。
 『うちの子の問題は解決した。もう終わったこと』と言う親もいます。
 当事者だからといって助け合いの精神があるわけではない。
 これってユニークフェイスに限らない、日本社会の問題でしょう。
 団体に入るということは、自分の体験を話してシェアするってこと。
 みな悩みぬいて参加するのが普通です。
 1999年にユニークフェイスを設立してすぐに入ったメンバーは、ためらいなく入るタイプばかり。
 『面白そう』、『石井さんがかっこいいから』とか(笑)。
 1年目に入った人たちはすごく元気ですよ」

「石井さんご自身は、ユニークフェイスの活動を通じて何を求めているんですか?」

「僕と同じように活動的な当事者を、僕が生きている間に育てたいですね。
 僕は当事者の社会起業家、ジャーナリスト、専門家が登場することを心から願っている。
 日本の顔面問題は極めて複雑。
 海外と比べて顕著な違いは、当事者がカミングアウトしないこと。
 カミングアウトしたら、プライバシーのない生活がはじまる。それは恐怖。
 日本では、カミングアウトした人を守るような仕組みもない。
 自分で自分の顔の尊厳を守らないといけないわけです。
 このカミングアウトの少なさを象徴するのが、美容整形被害だと思う。
 美容整形の被害者の会は日本にはないんですよね。
 有志の弁護団はある。美容整形の被害者は多い。でも当事者の会がない。
 ユニークフェイス問題も同じ。
 ユニークフェイス設立前から、病気別の患者会があったけれど、そのマスコミ露出はゼロに等しかった。
 当事者が社会的発言をすること自体、ひじょうに珍しかった。
 この国ではユニークフェイス当事者は、見えない。
 研究分野でも同様です。
 欧米では1940年代から顔のあざのある人の精神病理の英語の論文が出ているのに、日本では世界的に通用する研究論文がない。
 ユニークフェイスは年間で2,3本、大学の研究者への研究協力をしてきました。
 この会場にいる学生のみんなにいいたい。
 ユニークフェイスの問題を研究すると、ライバルがいないから、絶対ビッグになれますよ。
 すぐにアジアでナンバー1になれる。
 10年くらいやればOK。
 いまどきこれくらい成長が見込める分野はないんじゃないかな」

「私もアトピーがあるんですが、不潔にするとフケが出ている時があって、『ゴミがついているよ』などと気を遣われると本人はへこむわけですが、逆にそういう人に対してどう気を使っていいかわからなくて。
 たぶん親があまり気にしてなかったんですね。
 『君はニコッとしたときに人から殴られたことない人だよね』と社会学の先生に言われたことがあるんですけど、自分がポジティブなことをした時にネガティヴなリアクションを受けたことがないんですね。
 だから、人前でしゃべれると思うんです。
 ユニークフェイスの人が安心して自己主張できるといい。
 すると病院と提携することになっちゃうんでしょうか?
 小さいうちからなんとかすれば、もっと自己主張できる人が増えてくるのかな?」

「日本では、普通の人のなかに、自己主張するという文化が育っていない。
 インターネットの普及と、自己責任の必要が説かれるようになって、だいぶ変化するようになったとは思うけど、静かで目立たないことはよいことだ、目立つといじめられる、という文化は強い。
 それから日本の患者さんは、医者に頼りすぎていると思う。
 日本の医者は治療で忙しくて、退院した後まで面倒をみる余裕はないです。求めすぎじゃないかな。
 患者会のリーダーと話していると、医師の協力がないとダメだ、という人がいますけど、患者会には医師と対等に交渉する人が育っていないのが現実。
 交渉力がないまま医師と連携しても、病院の業務の下請けになるだけだと思う。
 ボランティアとして労働報酬ゼロで働いても続かないですよ。
 医者に身も心も依存する日本人の体質は変わると思います。
 それが時代の流れでしょうね。
 だから、日本中の患者会の情報交換の場として、『患者学会」を設立しようと思っている。若い人たちを応援していきたいし、ユニークフェイスの活動で学んだノウハウと失敗を伝えていきたい」

患者学会
http://patients.umin.jp/

(つづく)

第8回 ユニークフェイスC[2007年08月03日(金) ]

第8回 ユニークフェイスC



石井
「NPOでお金を持っているのは障害者団体に多いんです。
 親が自分の預金を取り崩して、自分が死んだ後でもNPOに子どもを託す共済的なお金の出し方になってる。
 日本ではまだソーシャルビジネス(※ビジネスの手法で社会問題を解決する市民運動)ですごく成功した例が少ないので、銀行はNPO法人を不良債権と見なしている。
 融資をとれるようなNPOはほとんどないはずです。
 『チェンジングフェイス』なんか、寄付金で資産運用してるぐらいなのに。
 この日本国内外の格差についてはもっと知られて欲しいと思う。
 とくにこれからNPO法人をつくろうとしている若い人には」


「顔にひどいアザがあると、昔は見世物小屋に雇用を求めていった人たちもいたよね。
 でも、人権問題を言い出す人や放送自粛するような人が出てくると、仕事自体が得られなくなってしまう。
 ふつうの仕事をしようにも、面接段階で断られてしまうんだから」

石井
「小人プロレスも人権問題で失職していったね。
 小人の当事者が、厳しいトレーニングをしてつくりあげたエンターテインメントを、一般の人たちが否定したわけです。
 小人は哀れみの対象であって、職業選択の自由がある人間とみなされていないのかな。
 2年前までユニークフェイスはカモフラージュメイク事業を始めようとしていたり、映画をつくろうもしていたんだけど、一時的な支援金じゃダメ。ビジネスをしないと。
 アメリカの支援団体に『アバウトフェイス』っていうのがあるんだけど、そこのスポンサーが有名なロックバンドのKISSのボーカリスト、ポール・スタンレーなんです。
 どうも彼自身が生まれつき顔に問題があるらしくて(注:生まれつき片方の耳が無く、整形手術で再生した)、名前も出して協力しているそうなんですね。
 日本でも、たとえば顔面麻痺の経験のあるビートたけしが支援するというソーシャルビジネスがあってもいい。
 でも、まだ今は当事者どうしによるピアカウンセリングをする程度の小さな活動になっています。
 どういうサービスをしたらお金を払いたいと思うのか、僕は当事者に聞き取りをしています。 仕事がないってことなんですね。
 メイクアップをした、病院に行った、でも、『その顔では就職できない』という現実がある。
 アメリカやイギリスでは障害者を差別するのを禁止する法律があって、国際的にすべての国にそういう法律を作ろうという動きがあります。
 『チェンジングフェイス』が英国の厚生労働省みたいなところに働きかけて、顔にあざややけどのある人間に対する就職差別のある会社を罰する法律を勝ち取ったと聞いています。
 日本でも千葉県では障害者を差別するのを禁止する条例ができて、議論がじわじわと広まっている感はあります」

 ゼミ生たちもどんどん質問を投げかけます。

「アーチスト志向の人たちっていないんですか?
 一人でできるアーチストのような仕事で自営していくという道はあるのでは?」

「あまりいないですね。
 僕のように文章を書いている人っていない。
 実際に当事者で文章を書く仕事で食ってるのは僕くらいだと思う。
 当事者は『普通の仕事、普通の収入、普通の友達が欲しい』って言いますね」

「私はアトピーなんですが、友人に砂漠みたいなボロボロ顔の重度のアトピーの人がいて、やはり就職の時に困ったんですね。
 父親が電気技師だったので、同じように資格を取って、現場に入るようになってそこから普通の生活をして、今は結婚したんですが、そういうことも知られない事実なんですね。
 心理学の点からのフォローって必要なんですが、世の中に出てから『社交性を持ちなさい』と言われても困りますよね」

「この講座には優秀な学生がたくさんきていると思う。
 だから考えて欲しいことがあります。
 ユニークフェイスをテーマに研究したり、留学してほしいですね。
 イギリスはいいよ。世界最先端のユニークフェイス研究ができる。
 欧米は研究の歴史が長いから留学するには最高の環境がある。
 当事者グループも力強い。
 顔面問題で一生がんばろうという研究者や専門家が10人くらい必要。
 もっとユニークフェイスの研究に挑戦してほしい。
 全面的に応援します」

「石井さんご自身は、化粧品開発に携わったり、ジャーナリストだったり、顔に関わる仕事をしてますが、顔の問題とは関係ない仕事にはつきたくなかったんでしょうか?」

「ユニークフェイス問題は、日本では誰も本気でやってなかったから挑戦してみたかったんですね。
 誰かがやってたら、やってませんよ。
 もっとうまくできる人がいればいいけど、まだ現れていない。
 ニートやフェミニストなどをテーマにした他のNPO法人や市民団体をみててうらやましいのは、たくさんの団体があることです。
 インチキも多いけど、それだけ活動の層が厚いのはいいこと。
 ユニークフェイス代表として講演に呼ばれて全国を歩いています。
 そこで当事者がいたり、当事者のお母さんが話しかけてくれたりして、当事者にとってユニークフェイスの石井政之という存在は刺激にはなっていると思う。
 新しいことをするのは面白かった。
 『そんなことできるわけない』、『石井には人をまとめる力がない』という声もさんざんあった。
 そういう批判者は傍観者。批判は聞き飽きた。
 どんな困難があったとしても、必要なこと、自分にしかできないことだ、という確信があるなら、やったほうがいいんだ。
 映画も作れたし、本もたくさん書けた。
 こういう顔でも幸せに暮らせることを知らない人もまだまだ多い。
 僕の映像をテレビを見て驚く人は多い。
 やはり絶望的な状況にいるのだろう、という先入観は強い。
 僕のように元気で働いている人がいることを伝えるだけでも意味がある」

(つづく)