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1965年生。早稲田大学第一文学部を3か月で勇退。広告業界を経て25歳でフリーライターに。企画・編集した『日本一醜い親への手紙』はベストセラー。『完全家出マニュアル』で造語した「プチ家出」が流行語に。2007年春から東京大学(駒場キャンパス)で自主ゼミの講師を始める。著書に『親より稼ぐネオニート』(扶桑社新書)、『ゲストハウスに住もう!』(晶文社)など多数。
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お父さんの育児 (2008年06月22日)

第22回 メディア・リテラシーA[2007年11月16日(金) ]

 雑誌編集者がデスクワークの中で妄想した切り口に見合う取材対象者をライターに探させて記事を作っていくあり方には、そもそも問題がある、と前述しました。

 何が「問題」なのでしょうか?

 たとえば、「中高生の間でリストカットが流行っている」ということでライターに取材をさせるように指示する編集者は、実際にリストカッターを探させ、インタビューすることを急がせます。

 しかし、その時点では当事者であるリストカッターの声を十分に拾っているわけではなく、当事者と向き合う人にとってもどんな適切な付き合い方が望ましいのかについても、はっきり把握しているわけではありません。

 それでも、編集者側では「手首を切ることは『問題』だ。だから、辞めさせる方法を結論に持っていけるような取材をしてほしい」という取材方針を先に決めてしまい、この方針に見合う取材だけをすれば記事の執筆に十分だという判断をしがちなのです。

 ところが、現実は編集者の妄想どおりではありません。

 現実のリストカッターには、「手首を切らなかったら苦しすぎる。そこで我慢だけをしていると、衝動的に飛び降り自殺してしまうような不安がある」と言い出す人も珍しくないのです。

 そういう人にとっては、手首を切る行為は衝動的な自殺を回避する「生きていくための必要な行為」と認知されているわけです。

 こうなると、「いかに辞めさせるか」という結論を一目散に目指すことには無理が生じてきますし、どんどん現実から遠いことを記事にしてしまいかねません。

 自傷癖や家出などを繰り返す若者たちを10年以上取材してきましたが、あるとき大手新聞社の記者に「うちの紙面では『手首を切っていい』とか、『家出してもいい』とは書けませんよ」と言われたことがあります。

 つまり、自分を傷つけることや家出するという行為は「反社会的」なものだから、それを事実上容認するような記事は掲載できないという媒体(メディア)側の都合が何を「問題」としてとらえるのかについての基準を決めているわけです。

 これは、取材する前から「問題」があらかじめ決められているようなものです。

 このように、妄想でもいいから結論(=実際は仮説)を決めて取材するほうが、取材を担当する側の時間やコストを省くことができ、仕事が早く簡単に進むという現実がある以上、当事者の声よりも、取材する自分の都合を優先してもいいと思う人が少なくないのが、残念ながら新聞やテレビ、雑誌に今なお見られる傾向なのです。

 しかし、新聞社やテレビ局などに属さず、彼らの下請けとして記事や番組を制作しているフリーライターやフリーのディレクターの中には、「そういう取材の仕方こそ『問題』なのだ」と感じ、自分が貧乏になっても、時間やお金を十分にかけて真相を追おうとする人たちもわずかながらいます。

 もっとも、取材相手と実際に会い、当事者の切実な声を聞いている最前線のライターやディレクターと、編集部の机に座って妄想猛々しく次の企画をひねり出している編集者では、現実に対する認識の深さが違うのは当たり前です。

 なので、一部の良心的なフリーライターは、妄想から出発した安い記事が氾濫するのを防ぐためにも、現実を十分に知らない編集者に「こういう現実があるんですよ」と企画書を提出し、これまでに報道されていない現実の新局面を広く知らしめるチャンスを一緒に作ろうと呼びかけるわけです。

 たとえば、自殺予防策には、「早めに精神科にかかろう!」というメッセージが世の中に蔓延しています。

 しかし、こうしたメッセージも、抗うつ剤の新薬を売りたい薬剤メーカーがさんざん広告費を投入して作り上げた空気かもしれません。

 そこで、「そのメッセージに正当な根拠があるのか?」と問うのが、まさにメディア・リテラシーの基本です。

 だから、良心的なライターであれば、現実に精神科に通院している「自殺を考えてしまう人々」を取材し、精神科への通院前と通院後では明らかに自殺したい気持ちが減ったり、やわらいでいるのかを調べる必要性を痛感するはずです。

 さて、なるだけ多くの通院患者に会ってみようと取材を始めてみると、処方薬の副作用で体のだるさが取れなくなったり、クスリなしには生きられない依存症になってしまって無気力を持て余して仕事ができなくなった患者が少なくないなど、精神科に通院することの弊害も指摘せざるを得ないことがわかってきます。

 もっと取材を続ければ、30年前ではカウンセリングなどの精神療法がメインだったのに、今日ではすっかり薬物療法に偏重しており、オーバードーズ(=処方量以上の過剰摂取)で心臓や肺の機能が低下し、突然に死んでしまうケースが後を絶たないこともわかってきます。

 そこまでわかってくると、「とにかく早めに精神科へ行こう!」というメッセージは必ずしも良い結果を招くとは限らず、むしろ当事者の人生を混迷させる危険すらはらんでいることを伝えないわけにはいかなくなります。

 もっとも、ここまで時間をかけてより深い取材を目指す人は、限りなく少数派です。

 なので、新しい現実を知ってしまっても、それをテレビ局や新聞社などの編集者・プロデューサなどにはなかなか理解されないことも多々あります。

 そこで、僕自身は、マスメディアにすぐに取り上げてもらえないことは専用ブログで公表し、少なくとも取材対象になる当事者が損をしないような配慮をします。

 実際、精神科で薬物依存症になってしまう人向けには、次のようなブログを解説し、精神科に通わなくても心の安定を取り戻すチャンスが豊かにあることを伝えています。

●クスリをやめたいあなたのために
http://no-drug.seesaa.net/

(つづく)