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1965年生。早稲田大学第一文学部を3か月で勇退。広告業界を経て25歳でフリーライターに。企画・編集した『日本一醜い親への手紙』はベストセラー。『完全家出マニュアル』で造語した「プチ家出」が流行語に。2007年春から東京大学(駒場キャンパス)で自主ゼミの講師を始める。著書に『親より稼ぐネオニート』(扶桑社新書)、『ゲストハウスに住もう!』(晶文社)など多数。
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お父さんの育児 (2008年06月22日)

第7回 ユニークフェイスB[2007年07月27日(金) ]

第7回 ユニークフェイスB

 顔にちょっとした傷があるだけでも周囲の目が気になってしまうのが、人情というものでしょう。
 生まれつき顔にアザのある石井さんは、10代の頃から自分と同じように顔に問題のある人の情報を探していたといいます。

「僕が高校・大学の頃には、顔にアザがある自分自身の人生を考えるための本が1冊もなかった。だから自分で書こうと思った。33歳の頃に発表したんです。
 日本初の本でした。ユニークフェイス問題を取り上げたこと、顔にアザのある当事者が書いたこと、それが商業出版物だったこと、すべてが日本初だった。
 同時に市民団体ユニークフェイスを立ち上げたんです。
 僕が読者だったら集まりたいと思ったから。
 最初は少人数のお茶飲み会になるかと思ったら、毎日のように手紙やファクスが届いて、あざだけでなく、重傷のやけどの人とか、僕も知らないような不思議な病気の人もいて、ユニークフェイスは顔に問題のある人全般を受け入れる形で始めたんです。
 会員数はピーク時で200−300人。
 同じような団体はイギリスのロンドンにもあって、『チェンジングフェイス』というんですが、年間の予算は1億円以上。
 収支決算書も見たんですが、8割方の8000万円が一般市民からの寄付。寄付をする習慣がない日本では、イギリスのありかたをいますぐ目指しても無理なんです」

 そこでゼミ生から質問の手が挙がりました。

「ユニークフェイスの方はどのくらいいるんですか?」

「推定ですが、イギリスの人口が6000万人で40万人のユニークフェイスの当事者の方がいるということなので、人口がその2倍の日本では80万程度いると思われます」

「イギリスでは、なぜ寄付金が集まるんですか?」

「キリスト教の団体が長い歴史の中で寄付することをずっとやってきたからね。
 教会の力はあなどれない。ビジネスもするし、政治運動もするしね。
 日本では、社会貢献をする金を入れる習慣がない。
 イギリスでは、寄付には税金をかけないという制度がある。
 だから税金を払うくらいなら、寄付をしようと」

 すると、ゼミ生からこんな反応がありました。

「日本では国立の新国立劇場で『芸術に対する寄付金への課税を辞めましょう』と配られるチケットケースに書かれているんですよ。おかしいですねぇ」

 このように、福祉だけでなく、文化への寄付にも課税する日本のダメぶりを自分の趣味の演劇から思い当たる学生が出てきたことは、石井さんの話を他人事にしない(=当事者に向き合う当事者として語る)構えを自覚する良いきっかけになるように思いました。

質問が続きます。

「イギリスの団体が年間1億円も寄付を集められるようになったのはいつ頃ですか?」

「1億円という数字は3,4年前のデータです。
 10周年パーティがあって、ロンドンに行ったんですよ。
 代表者は全身やけどの男で、美しい妻がいて、別荘まで持っていてね。
 うらやましいじゃん! なんで日本でできないんだって思った」

「なんで日本ではできないんですか?」

「日本は海外のNPOの法律のマネをしているけど、寄付に税金をかけないという根本的なところは輸入していないんだ。
 日本では、国民が行政や国に頼る傾向が強い。
 市民が自前で、組織をつくってソーシャルサービスを提供するということが、どういうことかわからない。
 何かというと『保険適用でやってほしい』という人が多い。
 『ユニークフェイスの活動も無料でやってほしい』とよく言われましたね。
 活動資金のために年会費を徴収することさえも理解されない。
 で、僕の人件費も出ない。
 専従スタッフに給与を出すべきだ、という議論をしようとすると、ボランティア団体なのにヘンだ、金儲け主義だ、という反応が出てくる。
 日本社会はソーシャルビジネスがしにくい環境にあると思う」

 確かに、現状では日本で福祉活動に携わると、貧乏になってしまいます。
 活動をすれば、広報費や事務所の維持費など、お金が出ていくのに、ただの無賃労働でコストがないかのように「ボランティア」と言われてしまい、このままだと福祉は金が余った人たちの道楽としてしか存在しないことになりかねないのです。
(つづく)