2008.06.06 18:01

 約1年続けてきたこのブログも、今回で最終回となります。

 そこで、東大自主ゼミで僕が社会起業をテーマに取り上げる前に、なぜさまざまな「社会的弱者」(ニートやユニークフェイス、精神科通院者など)の当事者たちをゲスト講師に招いたのかについて、説明しておきます。

 その理由は、社会の仕組みが悪いために「社会的弱者」にさせられている立場の人に共感できる能力がないと、社会起業は成り立たないからです。

 たとえば、何不自由なく育てられ、受験勉強のための塾や通信添削などの費用も無理なく調達できる富裕層の親に育てられた人ほど高学歴になっている現実は、端的に貧乏な家に生まれた不幸な子は低学歴の人生を余儀なくされるということを同時に意味します。

 幼稚園や小学校の頃から私立に通い、中高一貫教育を受けている高校生が、自分と同じ年齢でも貧乏な家の子が高学歴の人生を手にできず、気がつけば、「社会的弱者」の大人になってしまうという現実に対して、ただ「かわいそうな運命ね」と片付けてしまうのを見る時、僕はやりきれない気持ちがします。

 恵まれた環境に育った以上、それによって育まれた知恵や人脈、資産を低学歴の子たちともシェア(共有)していくことはできないのでしょうか?

 僕の自主ゼミでは、常にそうした問いかけを行いました。
 すると、東大をめざしていた女子高生が社会起業家を多く輩出している慶應大学湘南・藤沢キャンパス(SFC)に志望校を変え、見事合格しました。

 成績優先で進路を決めるのではなく、本当に学びたいものを学べる大学へ進学したいから受験勉強にも身が入ると思うのです。
 
 大学は長い人生の中ではただの通過点にすぎませんし、卒業後の進路はみんな「社会人」になるわけですから、会社から雇用されるか、自分でビジネスを始めるかのどちらかを選んでいるわけです。

 会社という組織では、どの社員も「取り換えのきく存在」です。
 誰かが今日抜けても、明日から業務が止まるわけではありません。

 しかし、世の中には、誰かが手を差し伸べないと問題に苦しみ続ける人がたくさんいます。

 だからこそ、「俺がやらねば誰がやる?」と意気に感じて社会起業家になり、毎日生き生きと働いている人がいるわけです。

 その一方で、心を病んで自殺してしまう人もいます。

この両者は、どこでどう差がついてしまったのでしょうか。

それは、連帯できる仲間を見つけられたかどうか、です。

 自殺を選んでしまう者の多くは、下流資産層から中流層に成り上がった低学歴の親に育てられたため、「食えれば仕事は何でもいいんだから。夢なんか追わずにとにかく働け」「夢なんか持ってもお前なんかにできるわけがない」などと言われ続けてきました。

 簡単に言えば、自分の生きがいを親にも教師にも応援されてこなかったのです。

 しかし、それだけに「この社会には生きやすくなるための風穴が必要だ」という直感だけは冴えていました。

 まさに、それは社会起業家であるジェッド・エマソン(※渡邊奈々・著『チェンジメーカーⅡ』参照)のいう「パンクロック」の精神そのものです。

 NHKのワーキングプア層を取材したドキュメントの番組でも、若年ホームレスが行政の仕事で草むしりをしたら市民から感謝されて自尊心を取り戻し、復職への意欲につながったという実例が紹介されていました。

 このように、下流資産層は自分が必要とされる体験に飢えていますし、それは同時に社会起業家の存在意義にもピンと来ることを意味しているのです。

 言い換えれば、自殺にまで追い込まれているようなニートやフリーター、ネットカフェ難民の若者ほど、社会起業家として成功するポテンシャル(潜在的な勝算)が高いのです。

 事実、自身のホームレス経験から起業した「エム・クルー」の社長・前橋靖さんは、建設軽工事請負業を通して「社会的弱者にやさしい社会を作りたい」と考え、街をさまようホームレスの若者に声をかけては、自身が作った短期宿泊施設に泊まらせました。06年度の売り上げは約9億円に上るといいます。

 「2015年には正社員が労働者全体の半分になる」と試算される今日、2人に1人は雇用されないのですから、自営業者になるか、自分で会社を立ち上げる以外に、まともな暮らしは望めなくなります。

 その時、ホームレス生活のようなどん底を経験したことは武器になります。

 社会的弱者だった経験は、自分と同じような社会的弱者が何を切実に求めているかがわかるので当事者意識を分かち合えますし、支援対象である顧客と連帯できるからです。

 山口県で生まれた地域活性化のための社会起業家「地域維新グループ」でも、「自称ニート」の青年たちが荒れ果てた茶園にレゲエを聞かせながら再生に挑んでいるといいます。
みんなが放置してしまった場所は、彼らの愛しい楽園なのかもしれません。

 社会起業は、ともすれば死んでしまいかねない社会的弱者にも居場所を与えるのです。

 自分自身の働きが社会問題を解決することに貢献できることは喜びであり、ふつうに会社に就職してもそうした喜びや働く意味が得られない若者にとっては、目の前の社会問題を解決できる仕事こそが働く意欲をそそるものになるでしょう。

 働く意欲を得れば、人は「今」という時間を楽しく生きられます。

 自分の仕事だと胸を張れるものが見つかれば、それがすぐには人並みの暮らしを約束しないものであったにせよ、人は笑って死ねるのだと思うのです。

 読者のあなたにこう問いかけて、このブログを終わります。

「今日で人生最期でも、あなたは今の仕事をやりますか?」


《了》
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今一生
現在開講中の東大自主ゼミ「オルタナティヴ・スタディーズ ~『私』を知るための当事者学」をダイジェスト版でお送りします。 毎週金曜日更新!

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