2007年春から2008年1月末まで開講してきた東大自主ゼミ「自分を知るための当事者学」は、下半期では社会起業家に重点を置き、社会起業の担い手をゲストに毎週招いて、ゼミ最終日にはレギュラー受講生を2班に分けて発表を行いました。
社会起業とは、社会問題を解決するためのビジネスを開発し、働きながら問題解決を進めることに存在意義があるわけですから、それぞれ取り組みたい課題を設けたわけです。
男子学生の多い班は、人手不足の地方の農家に都市部のワーキングプア層の若者を派遣することはできないかと考え、実際に農作業の現場を視察し、その作業の様子をビデオに収め、YouTubeのような動画共有サイトにアップしました。
また、ワーキングプア層の若者の当事者たちにヒアリングするために、深夜の公園でホームレスに声をかけたり、ネット喫茶で長時間滞在してそうな「ネットカフェ難民」を探すなど、「ワーキングプア層は仕事がほしいはずだ」という自分たちの立てた仮説を実証しようと務めました。
こうして実際にリサーチに動いてみると、農作業の現場は意外に軽作業だとわかったものの、ワーキングプア層の若者は農作業の現場にあまり興味を示せず、仕事があるとわかっただけでは一人では決して農作業へ赴かないというところまではわかってきたのです。
一方、女子学生の多かった班では、「痴漢撲滅キャンペーン」と称し、通勤・通学で利用する電車内での痴漢を減らすために、どんな工夫が必要で、そのための活動経費をどう作るのかについて発表を行いました。
いずれの班の活動もその後から展開が進んではいませんが、大事なのは目の前にある見過ごせない社会問題を行政や政治に解決を任せているばかりではなく、自分の力で解決するためにビジネスモデルを開発していくという発想とノウハウを学ぶことだろうと思います。
僕自身、長年働いてきたマスメディア業界(新聞、雑誌、テレビ、ラジオなど)にも、解決すべき問題が少なからず横たわっていることを痛感しています。
多くの人に影響を与え、世の中の「空気」さえ変えかねないマスメディアを担う企業こそCSR(企業の社会的責任)について最も敏感になってほしい業界です。
しかし、現実は、他社・他分野のメディアを責め落しても、自社のコンテンツの質については吟味が行き届いているとは言えませんし、インターネットと既存メディアを有機的に活かしている段階でもないんですね。
そして、何よりも、「問題提起型」の報道が支配的であるために、社会問題の多さによる無関心さえ国民に刷り込ませてしまった感があります。
現実には、それぞれの社会問題に対してその解決に取り組んでいる人たちが少なからずいて、解決方法を次々に開発しています。
それこそが今を生き、明日も生きる僕らにとって勇気と希望を与えるのに、日本のマスメディア業界は「社会問題の解決は政治家や役人に任せておけ」という風潮が支配的だった時代の報道のあり方をいまだに引きずっているのです。
だから、問題に対して議論はしても、問題の当事者の立場に身を置いて解決策を提示するという感覚そのものが薄いんですね。
ドキュメント映画『靖国』の上映拒否問題が、いい例でしょう。
新聞各紙は、「これは言論の自由の危機だ」「映画を見てから論議せよ」などと社説で書きました。
でも、各社が保有している多目的ホールで試写会を開くようなアクションは起こさないんですよねぇ。
上映を自粛した他の映画館と同様に、自社のホール前に右翼の街宣車が来るのが面倒だからだろうし、新聞社が保有しているホールも商業施設だから、コストに見合わない上映はしたくないというのが本音でしょう。
三つ目の理由として、社として有言不実行でも、自分がコントロールできるマスメディアでは叩かれることはないし、他社の部数の多い雑誌社もホールを持っている手前、叩かれることがないからだともいえると思います。
結局、マスメディアには、組織の内側から変革できるだけの自浄作用はないんです。
というか、そもそも社内変革をしたい気持ちが起こりえないほど、そこに正社員として働いている人たちは高給取りなんですね。
ちなみに、フジテレビの平均年収は1574万円(従業員数1384人、平均年齢39.7歳)で、日本人全体の平均年収437万円(2005年度4,494万人※国税庁民間給与の実態調査結果より)の3倍以上。
言わば、札束に横っ面を張り倒されながら仕事をしているわけです。
そういう人たちに、「会社員である前に市民だし、市民である前に個人としての人間だ。その個人としてのプライドとして、問題提起型の報道に終始してていいのか?」と詰め寄ったところで、蛙の面に小便でしょう。
「どうせうちの会社を飛び出しても、お前一人じゃこんな金、つかめないだろ。その暮らしを維持したいなら、お前も波風立てずにおとなしくいい子にしてろ」というわけ。
働けど働けど年収300万円に満たないワーキングプア層のネットカフェ難民の報道をしていても、結局は他人事だから解決策に取り組む人たちまでは取材しないのも当然。
公益に敏感な人材に優秀な人が多いと気付いたアメリカ企業の波は、遅かれ早かれ、日本にも来るでしょう。
その時に、自社の利益や自分の収入にしか目のない人間を集めている組織は、やがて自滅していくと思います。
政治や行政、既存の企業の力では解決できない問題に社会起業家は取り組んできたけれど、第4の権力であるメディアこそ手つかずの病巣なのです。
(つづく)