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Z会もプログラミング教育、始めます。
ぼちぼちとプログラミングについて書いていきます。

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2017.05.24 08:20

こんにちは。プログラミング担当のツルミです。

さて、「コンピュータの仕組みを教える」と言っても、どんなことをどのように教えるべきなのでしょうか。

……まあこれをきれいにまとめれば1冊本が書けてしまうでしょうから、そんな簡単にまとめることはできません。今ここに書いているのも、所詮思いつきのアイディアでしかないですし。

とは言っても、次のようなことを教える必要があるでしょう。

 ・いわゆる「パソコン」は、どこかに保存してあるプログラムをメモリ上に呼び出して実行している
 ・入力と出力を司る仕組みがある
 ・何が入力で何が出力か?
 ・データを保存しておく装置あれこれ
 ・OSって何だ
 ・OSで制御できるものは何か

このあたりは、具体例とたとえ話と演習とで理解させていくべきものでしょう。もちろん理論を言い出せばキリはありませんので、まずは概論的にわかっていればよいでしょう。

そして、この「具体例とたとえ話」の部分にこそ、アンプラグド・コンピューティングが必要になってくるはずです。学校ではよく「FAXの原理」あたりが「アンプラグド・コンピューティング」の例として出されます。それはそれでよいのですが、その前に「何をアンプラグドで教えるか」という議論がなければ、単発のネタで終わってしまいます。

とまあ、これは自分の教員時代を振り返ってそう思うところでもあるんですけど。とりあえずそれっぽいネタをアンプラグドで教えてみよう、としていたことへの反省です。

その点、『ルビィのぼうけん』は、「プログラミングへの入り口」という思想できちんと書かれた本だなあと感じています(きちんと読んでいないので、深くはコメントできませんが)。ただ一方で、これだけではダメなのも事実です。その次の一歩がなければ、特別な世界のおはなしで終わってしまう。読み物として、考えるための本として秀逸なだけに、こういった本を読むときにこそ、伴走者が必要なのかもと思ってしまいます。
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2017.05.23 08:08

こんにちは。プログラミング担当のツルミです。

なんだかこのテーマ、長くなりそうな気がしています。典型的な「アンプラグド・コンピューティング」の話にたどり着くまでに、もう少しかかりそう……。

さて。

WordやExcelを「使える人」たちは、なぜ、これらのソフトを使えるのでしょうか。あるいは、似たようなソフトをなぜ使えるのでしょうか。初見でもある程度使えるのは、なぜなのでしょうか。

基本がわかっているから

ではないかと思うのです。たとえば、当然ですが(でもこれを当然と言い張るには実はハードルが高い!)書いた文章は保存をしなければ消えてしまいます。印刷をしても失敗することもあるし、印刷したあとに修正したくなることもある。だから「保存」という命令がある。一方、保存したものを呼ぶ出す命令だってあるはずです。

じゃあ、作った書類を保存するとなると、どこに保存する? 他の人と共有するには?

また、文章を書くときには、ただ文章をベタうちすればいい、というものではないでしょう。文字の大きさを変えたり、下線をつけたり……といったことも必要です。このように、文章を「修飾」するための機能が、ワープロソフトにはあるはずです。

そのときにフォントという概念もあるべきでしょう。どのような印象を与えるフォントなのか、あるいは日本語の場合、等幅フォントとプロポーショナルフォントという違いもあります。

……結局、使いこなしていると思われている人は、ある程度のコンピュータのしくみがわかっている人、ということになるように思うのです。

「文字の入力ができない!!」

なんてことも、ワープロソフトを使っていればあることでしょう。では原因は?
ハードウェア的なものなのか、ソフトウェア的なものなのか。
あるいは、ワイヤレスのキーボードで電池切れかもしれない。
あるいは、直前にインストールしたソフトが悪さをしているのかもしれない。

そんなことも、ある程度コンピュータのことがわかっていれば、対応できるはずです。

だとすればやはり、ある程度はコンピュータのしくみを、特に若年層には教えるべきでしょう。

「そんなもの、誰に教えてもらったこともないけれど?」

という人もいるでしょうが(私もその一人ですが)、それは一部の人だけが使えればよかった時代だからこそです。誰もが洋服を着るように、誰もがコンピュータを使えなければならない時代、ある程度は教えてあげる必要があるものと、ツルミは思います。
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2017.05.22 09:05

こんにちは。プログラミング担当のツルミです。

さて。ここで、ふと、こんなことに気づきました。

「コンピューティングとはいうけれど。どこまで使えるようになることを想定しているか、そこがはっきりしないから議論が迷走するのではないか?」

考えてみればその通りで、WordやExcelが使えればいいと思っていれば深いことは不要です。

ただ、これからの世の中、それではダメだと思うのです。というのは

WordやExcelがいつまで業界標準(デファクトスタンダード)であるかなんてわかったものではない

ということ。例えば今から30年前の日本であれば、ワープロソフトの標準は「一太郎」か「松」で、表計算ソフトは「Lotus 1-2-3」だったわけです。いま、現役でアップデートが続いているのは一太郎だけです。けれども、シェアは奪われて……。日本人なら一太郎を使え!(暴論。でもわたしは家では一太郎を使い続けています)。

それはともかく。WordやExcelが、あと30年続くのか。5年くらいで別のアプリになっていくのか。それは誰にもわかりません。しかし確かに言えることは技術だけを身につけてもいずれは使えなくなるということ。

だから私は、教員として教科「情報」の授業を教えていたときに、生徒のこの言葉が大嫌いでした。

「先生、やり方教えて。」

やり方は意味がありません。まず、このことは最低限認識されないといけないでしょう。

しかし、誰もがコーディングをできるようにする、というところは不要のはずです。着地点としては、「初見でもある程度アプリが使えて、OSが何をしているのかがわかって、トラブルにある程度対応できる程度の知識があり、簡単なコーディングができ、本格的にコーディングをやりたいと思ったときには対応できる、といった素養が全員に身につく」くらいなのでしょうか。

でもなあ……。おそらく、その程度のレベルの知識であるだろう、自動車教習所の知識がまったく身についていない人が多い現実を考えると、ちょっと気が重いのですが……(それでなければ、『軽自動車だから軽油を入れればいいのね』とか考える人がこんなに多くはないはず!)。まあ、それはそれとして考えましょうか。
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2017.05.21 19:21

こんにちは。プログラミング担当のツルミです。

あああ、はじめて、1日間が開いてしまった!
「毎日更新してやるぜ!」と思っていたのに。

それはともかく、「アンプラグド・コンピューティング」の3回目です。

繰り返しになりますが、まずは「慣れ」が大事です。
プログラミング教育関係のセミナーや講演会で必ず言われるのは、
「日本の子供たちはキーボードが打てない」
ということ。もちろん全くダメということではなく、平均を取れば、海外の同年代に比べてできない率が高いと考えてよいでしょう。

それはなぜか?

使っていないからに他なりません。
家庭ではスマホやタブレットで事が足りてしまい、学校でもそこまでの時間を確保できない。キーボードが打てなくても全く困っていないということです。

だから、何よりもまず、キーボードに対する抵抗感をなくすことから始めなければならないでしょう。タブレットを使ったっていい、スマホを使ってもいい。実際のキーボードでなくても、iPadの(ソフトウェア)キーボードでもいい。QWERTY配列で文字を入力することが、まずは必要です。

しかし個人的には、テストをすることはダメだと思っています。なぜならば、いやになるから。「英語に慣れるために小学生から英語の授業を導入」というときにも言われていたことですが、慣れるどころかイヤになってしまえば本末転倒です。テストをする、ということは、イヤになるきっかけになりがちです。

インセンティブがないとダメじゃないのかな、と思うのです。自分の場合は、「かちかち打てれば格好いいじゃないか」程度でインセンティブになりましたが、今の子はどうなんでしょうね。

ゲームがいいのか、何がいいのか……。

いずれにせよ、何かしらの形でまず、キーボードに慣れることが必須でしょう。
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2017.05.19 10:20

こんにちは。プログラミング担当のツルミです。

コンピュータ教育の場面では、「慣れる」段階と、「知る」段階の両面があると思っています。たとえば、ある程度の操作をする必要がある場面では、キーボードで入力できなければなりません。ここでは、どう考えても「実習」が必要でしょう。

ここに座学は必要か?
不要とは言いません。「こんなキーボードなんですよ」「基本的にアルファベットは世界中どこでもこの順序で並んでいるんですよ」「ホームポジションってのがあってね、ここに指を置くといいよ」くらいは教えても構わない。というか、教えてあげるべきでしょう。

「ほかにも英語だとDvorakとか、日本語だと親指シフトっていうキーボード配列があってね」「よくあるキーボードの配列は、元々はタイプライターでアームがジャムしないように決まったんだよ」

みたいな話は不要ですが、まあ小ネタとしてはよいでしょう。けれども

「キーボードの動作原理」「入力された文字を(例えば)Windowsはどのように内部処理しているか」

なんて話はここですべきではありません。教えるにしても、もっともっと先の話です。

けれども一方で、「知る」段階で実習のみということはあり得ません。高校の教科「情報」の授業でも、ハードウェアとソフトウェアの関係を教える場面があります。ここで、実際のモノを見せることがあったとしても、ただ「見ておけ」ということにはなりません。知識として「教える」場面です。

使うのに知識が必要なのか、という議論はあります。ツルミは、基本的な動作原理は知っておくべきと思います。

パソコンがバグった。直して。

などと言われることがあります。そもそもこの表現自体わたしは不自然に感じますし、こう言われると意地悪な対応をしたくなってしまう……(心が狭い)。というのも、これでは何の情報もないし、助けてもあげられないからです。

果たして、この言葉を発した人は何を言いたかったのでしょうか。

「なんかさ、使ってたら急に画面が黒くなって、電源がつかなくなったの。」

足下を見ると、コンセントがプラグから外れているかもしれない。その先には、足下を走り抜けていった猫がいるかもしれない。これはバグもなにも、単にコンセントが抜けただけです。

パソコンのケースを開けたら焦げ臭いにおいがしているかもしれない。あらら、コンデンサが溶けている。こりゃ、修理だね。そんなこともあるかもしれない。でもこれも、バグなんかではありません。

もう一度電源ボタンを押したら、普通に電源が入るかもしれない。直前まで使っていたソフトを立ち上げ、直前までしていたのと同じ操作をしてみたら、また電源が落ちるかもしれない。だとすれば、これはソフトのバグです。が、わたしにはどうしようもできません。

知識を持つことで問題の切り分けができる。そのことによってどのような対処をするかがわかる。自分でできることとできないことがわかる。これらはどれも、コンピュータをツールとして使うからには必要なことでしょう。だから、知識は必要と思うのです。

話が少し脱線しました。が、コンピュータ教育には座学も必要と、ツルミは思っているということです。
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2017.05.18 09:50

こんにちは。プログラミング担当のツルミです。

コンピュータ教育の場面で「アンプラグド」と呼ばれる考え方があります。一言で言えば

コンピュータを使わずにコンピュータのことを教える

ということになるのでしょうか。

この考え方、もちろん否定的な見方をする人もいます。たとえば「畳の上で水泳が教えられますか?」「やっぱりコンピュータを使わなければ面白くない」「習うより慣れよでしょう」等々。

一方で、肯定的な見方も当然あります。たとえば「自動車教習所だって学科があるのと同じこと」「道具は使うだけではなく仕組みを知ることも大事」「コンピュータが、そもそも整備されていないところもあるから……」。最後の意見は消極的なものですけども。

どちらも正しいと思っていますし、どちらも一面的な見方しかしていないとも思っています。大事なのは、両面必要だということ。座学だけに偏るのも危険ですし、実習だけに偏るのもまた、危険。もっと言えば、何を指導するのかをきちんと考えなければ、この議論には意味がありません。

そんなことも考えながら、「アンプラグド・コンピューティング」について考えていきます。
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プログラミング教育
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2017.05.17 07:50

こんにちは。プログラミング担当のツルミです。

きょう17日から、東京のビッグサイトで「教育ITソリューションEXPO」、通称EDIXが始まります!
http://www.edix-expo.jp/

Z会も出展します。プログラミング担当の関係する商材も出ますので、教育関係の方は是非いらしてください!

きょうは私はこれからビッグサイトに向かいます!
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2017.05.16 10:40

こんにちは。プログラミング担当のツルミです。

ツルミ実家の隣の敷地に、夏みかんの木があります。先日、「たくさんなったから」と、夏みかんをいただきました。

ふと、小学校の頃の教科書を思い出しました。

出版社によって違いますが、ある出版社の教科書には、4年生だった5年生だったかのときに『小さなぼうし』という話がありました。タクシー運転手の松井さんが田舎から送ってきてくれた夏みかんをタクシーに乗せていて……というところからおはなしが始まります。

そして、ツルミの記憶には、途中を飛ばして最後の、このフレーズが印象に残っていました。
「よかったね」
「よかったよ」
「よかったね」
「よかったよ」
それはシャボン玉のはじけるような小さな小さな声でした。


先日久しぶりに全文を読み、ああこんな話だったんだな、と改めて思い出しました。

この話を深読みする人の中には、同じ作者(あまんきみこさん)の『ちいちゃんのかげおくり』とあわせて、反戦のストーリーだ、という人もいるようです。あるいは、「この話は恩返し系の話なのかどうか」ということを考える人もいるようです。

それぞれの考え方になるほどなあと思いながら、それでも、正確に覚えてはいなくとも印象に残る話を書いたあまんきみこさんって、すごいなあ、と改めて思いました。
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2017.05.15 10:10

こんにちは。プログラミング担当のツルミです。

われわれの仕事もそうなのですが、世の中では「プログラミング教育」が流行です。
そして最近、やっと少しずつ認知されてきたようにも思うのですが、特に小学校でのプログラミング教育は、「プログラムを書く」という教育ではなく、「プログラミング的思考」を高めるための教育である、ということは忘れてはいけないポイントです。

ただ、最近思うのです。

何でもかんでもプログラミング的思考で解決すると思うなよ!

ということ。

プログラミング的思考が大事なのは間違いありません。しかし一方で、これまでに教えられてきたこともやっぱり、大切なのです。

たとえば「道徳心」。モラルジレンマなどという言葉があります。「10人を助けるために1人を殺すか」という話ですね。でもこれを、「論理的」に考えても仕方ないのです。答えはないし、それぞれの道徳心にゆだねられるところが大きい。

数学の(というか経済学などでよく使われる)理論で「ゲーム理論」というものがあります。この理論を勉強していると、

登場人物は、必ずしも合理的な判断をするわけではない

ことをイヤというほど思い知らされます。そしてそれこそが、人間の姿なのでしょう。

「これだけ教えればOK」のような考え方は存在しません。このことを忘れずにいたいな、と思う今日この頃です。
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2017.05.14 13:14

こんにちは。プログラミング担当のツルミです。

忘れていた訳ではないですが、私は、もともと教員でした。
教員を辞める頃に「アクティブラーニング」がはやりだして、そういえば昔の職場でもやたらその言葉が聞かれるようになったのを覚えています。

この「アクティブラーニング」的な学び方、非常に大事だと思っています。しかし一方で、50分の授業のなかに取り入れるのは非常に大変であるということ。「気づき」を得られるかどうかは教員がコントロールしきれない部分ですので、生徒によっては5分ですむところが、別の生徒では30分かかることも考えられる。そしてそれは、成績の善し悪しではなく、その生徒のこれまでに経験してきた「人生」によるところが大きいはずです。

こうした「学び」は放課後の、たとえば友人たちとその日の復習をする中で、お互いに疑問をぶつけ合いながらより学びを深めていく……といった場面が一番イメージしやすいのではないでしょうか。それを授業の中に取り入れるとなると、よほど考えて、課題を小さく設定して……としなければ、「授業時間」という枠には収まり切らないほどの広がりを持ったものになってしまいます。あるいは、実践事例を見ても

「これって、ただのグループ学習じゃん?」

というものも見られます。試行錯誤が繰り返されているというところでしょうか。生徒にとって有効な学習活動であることは間違いありませんので、どうにか定着してほしいと願っています。

……いえね、なんでこんなことを考えたか。

プログラミング教育にはアクティブラーニングが似合う

と、ツルミは思っているのです。これをどうやって規定の授業時間の中に落とし込めばいいのかな、とつらつら考えています。もちろん、敢えて納めないというのも選択肢です。消化不良にしておいて、自主学習や放課後の友人たちとの教えあいに任せるのも、ひとつの手です。ただ、本当にそれでいいのかなと思うのも、一方の気持ちとしてあります。

特に複数人で行う「アクティブラーニング」型の学習って、三人寄れば文殊の知恵だと思うのです。もしかしたら「正解」にはたどり着かないかもしれないけれども、少なくとも一人で考える以上の何かが得られるはずだと。そうしたものを観察しながら、知識面では正しい方向に導いていくのが、これからの時代に求められる「アクティブラーニング」であり、それができる教員が求められていくのでしょう。

先生方、大変だあ。

ここでは「アクティブラーニング」を複数人で行うものという想定で書いてしまいましたが、一人の学習のなかでも「アクティブラーニング」はあり得るようにも思います。

うーん、混乱してきた。そもそも「アクティブラーニング」って、何だ?

文科省も指導要領の中に入れるのをためらった言葉。
結局のところ、この言葉をどう捉えるのかを考えるところから始めないといけないのかもしれませんね。
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Z会プログラミング担当
賛否両論の「プログラミング教育」。Z会としてどう提供していくのか!!

……なんて堅苦しい話題はこちらにおいといて、「プログラミング」のいろいろなおはなしを書いていきます。も、もちろん、ときには真面目な話もしますよ?

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