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Z会もプログラミング教育、始めます。
ぼちぼちとプログラミングについて書いていきます。

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2017.04.26 10:10

こんにちは。プログラミング担当のツルミです。

「日常」「非日常」は、表裏一体なのではないかと思うのです。

いえね。昨日書いた、OB会の話。読み返しながらふと、そんなことを思ったのです。

大学4年生のとき、教育実習で母校に行きました。実習が終わるころに、ツルミは
「大学生になって非日常となっていた『高校での生活』が、もし教員になればまた『日常』として戻ってくるんだろうなあ」
なんてことを感じていました。

そしてその後、大学院や塾での講師経験を経て「学校の教員」になると、まさにそうした生活が「日常」となりました。チャイムの音で生活をし、授業があり、部活があり、時々行事があり。入試があり、入学という出会いと卒業という別れがあり。オトナになってしまうと、基本的には体験することができない「日常」です。

Z会も「教育」を仕事とする会社ですが、やはり、Z会でもこうした「日常」は体験することができません。体験できないでいると、「物事のとらえ方」や「感覚」も変わってきます。

そのことに気づいたのは、「春休み」を迎えたときでした。頭の中ではわかっています。3月下旬になれば春休みになり、4月になれば新年度になり。ただ、教員だった頃に感じていた感覚と、違うのです。見えている風景が違うように感じるのです。教員だった頃には、自分自身が中高生だったころに感じていた「年度の移り変わり」のわくわく感やドキドキ感のようなものを、やはり感じていました。しかし今は……?

善し悪しの問題ではなく、環境によって見える「景色」が違うのだということに、この年齢になって改めて気づきました。人よりも遅い気づきだったかもしれません。

「日常」は、ある瞬間に「非日常」となり得るということ。これまで「非日常」だと思っていたものも、それが続けば「日常」となってしまうということ。アタリマエのことなんですけどね。ただ、その「アタリマエ」を実感できること、しみじみと感じられることは、そうあることではないのかもしれません。

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昔話
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2017.04.25 10:00

こんにちは。プログラミング担当のツルミです。

今週に入り、世間では「ゴールデンウィークが待ち遠しい」という雰囲気が日に日に増しているように感じています。この時期になると、ツルミは楽しみなことが2つあります。ひとつは地元のおまつり(今年は諸事情で参加しませんが)、もうひとつは、大学で所属していたサークルのOB会を、毎年この時期に行っているからです。

ツルミは大学時代、複数のサークルに所属していました。そのうちの一つが、学園祭の実行委員会。毎年11月に行われていた学園祭の準備を、6月くらいから始めて、一切が終わるのが年明けくらいになるという感じでした。それが終わると新入生歓迎会の準備~実施があり、また翌年度の学園祭の準備を始めるといったスケジュールだったのです。

しかし大学生のサークルなので、当然、羽目を外していた部分もありました。
部室にはパソコンやプリンタのほか、大型テレビ、ゲーム機、マンガ、冷蔵庫などがあり、比較的仕事の少ない時期などは部室でゲームをしている、といったことも、ある意味「日常」でした。「青春の無駄遣い」なのかもしれませんが、一方で、そうした一コマもまぎれもない「青春」でした。

というわけで、OB会(といっても私が所属していた前後数年間のOGOBの集まりですが)では、「当時の部室を再現しよう」がコンセプト……のようです。小さめの旅館を借り切って1泊2日で行われるこのOB会、「三々五々集まり、だべるもよし、ゲームをするもよし、マンガを読むもよし、こういうときだから昼間から飲むのもよし」という、端から見たら何をしに集まったのかよくわからない集団です。

が、これは、今では「非日常」となってしまった当時の「日常」であり、ものすごく贅沢な時間だと思うのです。ほんの少しだけ当時にタイムスリップしたような。

今年は何をしようか。悩ましいところですが、まあ悩むことなく、ぶらっと部室に立ち寄る感覚で参加してこようと思います。

みなさんはこのゴールデンウィーク、何をしますか?
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2017.04.24 10:20

こんにちは。プログラミング担当のツルミです。

「百聞は一見にしかず」という言葉があります。「何でもネットで完結」しがちな今だからこそ、この言葉、大事なんじゃないかと思うのです。

いえね。本棚を買おうと思っているのです。本棚については、ネット通販で買って「失敗したな」と思った記憶があるのです。

結婚した直後、「それなりの金額」の本棚を買いました。ネット通販で。まあまあ本は入るし、そんなに問題もないのかなと思っていたのですが……。

1年使ったら、たわみました。

確かに本が多く、目一杯詰め込んだのは事実です。が、こんな簡単にたわむだなんて。

でも、確かに手元に届いて組み立てているときに、ちょっといやな予感はしたんです。なんだかヤワそうだな、と思ったのは事実なんです。とはいえ、それほど安い買い物でもありませんでしたから、しばらくは使いました。結局、4年近く使ったのかな。その本棚は引っ越しの際に処分しました。

んで、そろそろ新しい本棚が欲しいのですが……。

なかなか近所の家具屋さんにも希望どおりのものがなく、ニ○リあたりの通販を使おうかな、と一瞬考えました。が、やはり実際に見てからでないと。

特に長く使うものであれば、実際に見てからでないと失敗しますよね。この1年以内にもやはり実物を見ずに購入して失敗したなと思ったものがありました(意外や意外、パソコンで!)。

目で確かめるということが大切なんだということ。ネット通販がこれほどまでに普及した今だからこそ、再確認する必要があるかもしれません。

というわけで、今度遠くのニ○リに行ってこようかしら。
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2017.04.23 10:10

こんにちは。プログラミング担当のツルミです。

「6次の隔たり」最後(の予定)です。

この理論(というか考え方)は、イェール大学の社会心理学者スタンレー・ミルグラムが1967年に行った「スモールワールド実験」というものが一応の根拠になっています。この実験自体、いろいろと批判もあるようですが、直感的にはなんとなく正しそうな気もします。また、これもWikipedia先生の「六次の隔たり」によれば、Facebookでは「平均5人弱」でFacebook内のあらゆる人とつながれる可能性があるとの調査結果もあるようです。

思うに、ハブになれる人と知り合いかどうか、が大きいのではないでしょうか。ハブとは、知り合いの多い人、くらいの意味でよいでしょう。そのような人の知り合いはやはりハブになり得る人が多いでしょうから、一人ハブになる人がいれば、比較的短い距離で世界中の人と知り合えそうです。極端な話、安倍首相と「お友達」であれば、それこそ世界中の人とつながれるでしょう。

ちなみに、IT企業として有名なGREEさんの社名の由来は、「六次の隔たり」だそうです。"Six Degree" から GREE という名前が、「6」という数から会社のロゴが考え出されたそうです。

社名の由来が出ましたので、最後の最後に、自分の会社のことも。
「Z会」という社名の由来、ご存じですか?

創業者が通信教育を始めた際には「学力増進会」という名前だったそうです。当時は特に宣伝することもなく、会員の間では「Zoushinkai」の頭文字を取って「Z会」と呼ばれていたため、ブランドネームが「Z会」となりました。運営会社名は「増進会出版社」だったのですが、増進会出版社をさまざまな事業の持ち株会社とし、今では「Z会」を運営する会社は「株式会社Z会」となっています。

というわけで(どういうわけだ!)「6次の隔たり」のおはなし、おしまいです。
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2017.04.22 10:00

こんにちは。プログラミング担当のツルミです。

「6次の隔たり」のおはなし、続きます。

「距離」という概念を導入しましょう。
簡単のために、人を○、友人関係であることを線で結ぶことで表現しましょう。ある人からある人までたどり着くのに、何本の線を通るか。通る線の本数を「距離」と呼ぶことにします。

ある集団

このような集団ならば、AとB、AとCの距離は1、AとDの距離は2です。BからA、C、Dの距離はどれも1です。Cからも、全ての人との距離は1ですね。Dは、Aとの距離が2、BやCとの距離は1です。

これらすべての「距離」の平均を「平均距離」と呼びましょう。この場合は、

{(1+1+2)+(1+1)+1}÷6=1.166...

「AとD」と「DとA」は同じものを指しますから、「距離2」が上の式には一度しか出てきません。割る数の「6」は、人と人との関係の数と考えればよいでしょう。そしてこの「平均距離が1.16」の意味するものは、「平均して1.16人をたどれば、全ての人とつながることができる」となります。

上の集団の場合、BとCは他の2人に比べて「知り合いが多い」ことになります。もし、BとCが知り合いでなければ、平均距離はどうなるでしょうか。

{(1+1+2)+(2+1)+1}÷6=1.333...

平均距離が大きくなっています。つまり「全ての人とつながるために必要な人数が増えた」ことになります。だとすれば、当然のことなのですが「知り合いが多い人がいれば、平均距離は小さくなる」ことになります。

しごく当たり前の結論ですね。ただし、注意してください。このモデルを見てもわかるように

「平均距離が1.16だからといって、一番遠い人とつながるのに1.16人でよい、というわけではない」

のです。あくまで「平均」距離ですから。自分の近い知り合いに「人脈の広い人」がいれば、目的の人との距離は平均距離よりも小さくなるかもしれません。逆にそういう人が近くにいなければ、距離は大きくなるかもしれません。

……これも、当たり前の話ではありますけどね……。

この話、もう少し続きます。
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2017.04.21 09:40

こんにちは。プログラミング担当のツルミです。

「6次の隔たり」のおはなしです。

皆さんはスマホの電話帳に(あるいは、LINEの友だちに)何人の人が登録されていますか?
そしてその中に、「自分の周りの人とこの人とはつながっていないだろうな」という人も、何人かはいることでしょう。

そういう人が、誰にも平均して20人くらいはいるとしましょう。(かなり荒い想定です)
たとえば、ツルミの知り合いのAさんは、ツルミのほかの知り合いのBさんやCさんと共通していないであろう友達が20人くらいいて、その中の1人のA’さんにも、やはりほかの人たちが知らないであろう知り合いが20人くらいいて……ということです。

このように仮定すれば、ツルミの「知り合いの知り合いの知り合いの……」でつながっていける人は何人くらいいるでしょうか。

中学1年生で習う「樹形図」を考えればわかるように、20×20×……×20で求まりますよね。もし、間に6人の人をはさむとすれば、

20×20×20×20×20×20=64,000,000

つまり6400万人と「知り合いの知り合い」となります。

でもまあ、これは想定としては都合がよすぎます。「ほかの誰もが知らないような知り合いが20人」というのは、かなりハードルが高いことでしょう。

その一方で、たとえば中高生でも「大人の知り合い」が多少多ければ、もしかしたら……という気にもなりませんか? あるいは、「外国人の知り合い」が数人でもいれば……。そう考えると、あながち不可能でもないような気もしてきます。

この話、続きます。
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2017.04.20 10:00

こんにちは。プログラミング担当のツルミです。

「世間って狭いな」

まったく関係ないと思っていた人に共通の知り合いがいたり、まったく縁がないと思っていた人が「友達の友達」だったり、人づてで紹介された人が実はもとからの知人だったり。

私の場合、かみさんとの出会いでも「世間て狭いな」と思いました。知人からの紹介(間に人が4人くらい入っていました……)だったのですが、同じ時期に同じ予備校に通っていた人でびっくり。私の場合は期せずして「再開」したわけですが、「どうしてもこの人を探したい」と思っていたら、たった4人をたどるだけでかみさんにたどり着けたわけです。結果論ですけど。

これだけインターネットが普及した昨今、「ネット上での知り合い」まで含めると、これまで以上に「世間て狭い」と感じる機会が増えているように思います。やっぱりこれも私の例ですが、ある実践をされた先生に一度お会いしてみたいなと思っていたら、Z会社員とFacebookでの知人同士だったということもありました。

このことを、ある程度数理的に考えた人たちがいて、「6次の隔たり」なんて言葉があったりします。だいたい間に6人入れれば、世界中のどんな人とでもつながることができる、という考え方です。

じゃあ、たとえばツルミは、間に6人入れればトランプ大統領とつながることができるのか?
うーん……あの人のつてでこの人あたりにつながって、そこから……こうなって……ああなって……。意外といけそうです。

今回から数回、この「6次の隔たり」について考えてみたいと思います。
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2017.04.19 10:10

こんにちは。プログラミング担当のツルミです。

よく言われる話ですが、「静岡県は東西に長い」。

「名古屋に行こうと新幹線に乗って、あー熱海かーもう静岡かーと思っても、そこからが長い」

東名高速道路を走る人からも言われます。

確かに、三島から東京まで新幹線で行こうとすると1時間弱。逆に新幹線で西に向かうと、1時間乗ってもまだ浜松です。東京-名古屋間の、1/3以上は静岡県を通過していることになります。

でも、と思うのです。

他の都道府県だって長いぞ!

表現が正確ではないかもしれませんね。「遠い」という言葉には、

 ・物理的な距離がある
 ・適切な交通手段がない
 ・心理的な距離がある

といったような意味があるはずです。

たとえば、熱海から浜松まで新幹線で1時間ちょっと。距離にしたら150kmくらいでしょうか。では、千葉県の最北端にある野田市から、房総半島を南に行って……館山あたりまで、どれくらいかかるでしょうか?

距離的にはおそらく130kmくらい(直線ならもっと短いはず)、でも2~3時間はかかるでしょう。車で行くにしても、公共交通機関を使うにしても。

ちょっと不謹慎な例えですが、東京から北朝鮮の平壌に行くよりも、東京から中国の北京に行く方が「近い」でしょう。物理的な距離は当然平壌のほうが近いはずですが、交通手段や心理的な距離を考えると、平壌は、遠い。

そういえば「物理的な距離ではなく交通手段を使った時間で東京からの『近さ』を表した地図」なんてものを考えた人もいました。日本国内であっても、物理的な距離と「交通手段を使った時間」は必ずしも比例しないものです。

……とこんなことを、新幹線にのるたびに思います。が、思うだけ……ここから何かのアイディアに結びつかないかな?
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2017.04.18 09:30

こんにちは。プログラミング担当のツルミです。

インターネットってすげーなーと思う場面はいろいろなところにあります。その一つが、「人とのつながり」。何十年も会っていなかった人とゆるくつながる場面が、私にもあります。たとえばFacebookで、中学校卒業以来会っていなかった後輩とつながった、なんてこともありました。

……今日のテーマは、その後輩。いろいろな出会いから彼女は(そう、女性です)ある国に魅せられ、そんなご縁もあって日本で働くその国の人とも結婚し、その国についての情報発信を積極的に行っています。そんな彼女の行動原理は「好きだから」。だからブログも書くし、ガイドブックに情報提供を求められれば情報提供をするし、その国にも何度も訪問しています。

そんな彼女があるとき、Facebookでこのようなことを書いていました。
「首都の情報しかブログに書いていないのはうんざり」「この都市のことをあまり書いていないということは、この国のことに詳しくないんですね」というようなメッセージを送ってくる輩がいる。どちらが詳しいとか、そんなに問題なのか。ただその国が好きだ、という思いだけで十分じゃないか。

わたし自身、反省しなければならないなと思わされた書き込みでした(俺の方が詳しい!アピールをしてしまいがち。いけないいけない……)。

彼女のブログを読むと、本当にその国への「愛」が伝わってきます。その国に旅行したときには、彼女のブログを参考にもしました。ブログで紹介している店には、紹介することで迷惑にならないような配慮もされていますし、危険な場所を無責任に紹介するようなこともしていない。本当に良心的なブログです。

大事なことって、そういうことじゃないかと思うのです。一言で言えば、相手を思いやる心

当たり前すぎる話ですけどね。

Facebookの彼女の書き込みへのコメントを見ながら、私もこんなコメントを書きました。
本当に好きな人であれば、●●へ行ったという表面的なことではなく、その国のことをもっと知りたいという思いから文化や歴史について詳しくなっていくよね。「●●へ行った自慢」だけで自分は詳しいと思える人は、ある意味では幸せなのかも。

Z会ブログを見ていても思います。みなさん、本当に「愛」を持って書いていらっしゃる。おれなんかまだまだだよなあ……と思う毎日です。

うん、私も「愛」をもって書いていこう。大事なのは「愛」だ!
(おまえが愛という言葉を連呼するのは気持ち悪いという声が聞こえてくるような……。)
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2017.04.17 09:50

こんにちは。プログラミング担当のツルミです。

ツルミの友人のひとりから、先日こんな話をされました。

「日本の学校って、ICT利用に消極的だね。」

日本の、というのは、彼女自身が帰国子女で、結婚してからも旦那さんの海外転勤でカナダやアメリカに比較的長期間滞在してきたという経験からの言葉です。

「たとえばあるところでは、市教委から一人ひとりに Google Docs のアカウントが与えられて、レポートの提出、プロジェクトの進捗なんかを報告させられていたんだよ。」

親はついていけなかったけどね、とのコメントもありましたが。そして

「いつでも担任にメールできるように、年度初めに担任のメールアドレスを教えてくれていた」

なるほどなあ、と思います。これは比較的保護者のICTリテラシーの高い地域での取り組みなのですが、とりあえずやってみるという姿勢があるからこそできるのかも、と感じました。

もちろん、日本でもこうした取り組みをしている学校があることでしょう。私の知っている学校でも、お知らせ類は基本ネットでの配信をしているところもあります。生徒・保護者にメールアドレスを公開している学校もあることでしょう。逆にアメリカでも、私の友人が体験したような取り組みをできる地域ばかりではないでしょう。

それでも、なお、取り組みへの姿勢の違いを思わずにはいられません。

もし現状の日本で同じことをしようとしたら?

 ●「先生にはそれができるかもしれないけど、私には無理よ」という、ICTに明るくない教員からの反対
 ●「生徒の提出物というプライバシーをクラウドにおいておくなんて」というセキュリティ面からの反対
 ●「家にパソコンがある生徒ばかりではない」という環境の違いを指摘する声
 ●「(メアドを教えるなんて)生徒と個人的にやりとりができる状態を作るのは好ましくない」という声
 ●「学校にもパソコンなりスマホを持ち込ませなくてはならなくなる」という声


ちょっと考えただけでも、これだけの「反対意見」が出ることが予想されます。そうなんです、こうした指摘は確かにごもっともなのです。こうした問題は、あるんです。

ではどうしたらよい?

具体的な策は浮かびません。たとえば学校なり市教委から Chromebook のような低廉なコンピュータを提供するであるとか、学校へ専門のコーディネーターを派遣するであるとか、そうしたことから始めるしかないのでしょう。あるいは、われわれ民間がビジネスチャンスを狙ってがんばるのか。

何でも海外のまねをすればよいとは思っていません。
しかし、何よりも変えなければならないのは「教員と保護者の意識」なのではないか。
友人の話を聞いて、そんなことを考えました。
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Z会プログラミング担当
賛否両論の「プログラミング教育」。Z会としてどう提供していくのか!!

……なんて堅苦しい話題はこちらにおいといて、「プログラミング」のいろいろなおはなしを書いていきます。も、もちろん、ときには真面目な話もしますよ?

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