フリー5年目、仕事がなくなる不安

[2008年04月29日(火) ]

4月から新生活を始めた方、もう環境に慣れてきましたか?

GWをはさんで「5月病」、最近では新入社員研修が終わった頃になる「6月病」なんていう、適応障害という病の話も聞きますが、みなさん、ほどほどなペースでがんばっていきましょう。



さて、私は新社会人でも、新入生でも、新たに職場環境が変わったわけでもないのに、鬱々とした日々を過ごしています。

というのも、週末返上でばたばたと忙しく働いていた2週間がすぎた4月の半ば、気づくと次の仕事が何1つ決まっていない、という状況に陥ったのです。

フリーランスとなって5年になりますが、初期の頃を除いて、先の仕事がないというのは、今回が初めてで。



最初の2日くらいは、

「ああ、やっと休める! のんびりしよう」

と思ったのですが、3日が過ぎ、1週間が過ぎても、次の仕事のアポが1つも入らないという状況になると、不安になってきました。

ちょうど4月。

仕事相手の会社や編集部でも組織が新しくなり、外注するスタッフを一新しよう、という動きがあってもおかしくないのです。



その前があまりに忙しく、友達や家族との予定を大幅に変更してしまったため、

「私にもプライベートがあるんだ〜!」

と、かなりストレスが貯まってしまい、

「もうあそこの仕事やりたくない!!」

と思っていたのも事実です。

でも、そんな風に思ってバチがあたったのか?私の声が担当者に聞こえてしまったのか?

さすがに、1週間経って、次の仕事がないというのは、不安でした。



ライターとしての道も、ここで終わり?

私はこれから何をしていけばいいのだろう?

そんな日々が10日以上続きます。

仕事がいっぱいいっぱいすぎても不満が出るし、仕事がなければないで不安になる。自分で選んだ道とはいえ、覚悟していたとはいえ、仕事ってあってもなくてもツライ。



私って甘ちゃんだ〜!!

社会人としてまだまだなっていない〜!!

仕事ってモノの対する考えが甘過ぎる〜!!

そんな思いのただ中にいる、2008年の春です。

誰の子どもでも医者になれるように

[2008年04月25日(金) ]

「医者になるために必要な金額 = 5000万円」という言葉で、ずいぶん話をひっぱってきましたが、別の場面でもこの話が話題になりました。


ある雑誌のモデルをしている21歳のAさん。彼女も「医者の娘」です。

お父さんは産婦人科医というので、「大変じゃない?」と言うと

みんなそう言うね。でも今年から全員、年収1000万円アップするとか言っているよ。

と笑います。


彼女は親戚も医療関係者が多く、おじいさんもおじさんも医師だったり薬剤師だったりするそうです。

「年収1000万円アップ」なんて普通の感覚だったら「超リッチ!」って気持ちが先に来るのですが、

「医者になるために必要な金額 = 5000万円」を考えているので、

「そりゃ、それくらいなければムリでしょ」

って思えます。でも、やっぱり話のスケールが大きいですよね。



Aさんには妹がいるのですが、妹が薬学部系の学校に進学したから、将来は妹が家業を継ぐような形になりそうだといいます。

でも医師不足が不安でならない(?)私はついAさんに

「いまからでも医者目指したらいいのに。」

なんてことを言ってしまいました。

するとAさんは、

「なんでそういうコト言うの?酷だよ。」

とのこと。

そりゃそうですよね、着々と自分の道を歩いているAさんに、野暮なこと言いました。


でも、ざっくばらんに本音を語ってくれました。


Aさん「医学部に6年も通わなくていいならいいんだけどね。だって5000万円とかかかるんだよ。だから医者の娘・息子しか医者になれないの。それか本当に頭良くて東大とかに入れちゃうような頭のいい人。」

「でも、そういう人が医者にふさわしいかっていうとどうなんだろうね。」

Aさん「そうなの。だから誰でも医学部に行けるようにして、大学で学んだ中でできなかったら卒業できないようにすればいいんだよ。医学部って国家試験あるけれど、司法試験とかと違って6年間ちゃんと大学で勉強してたら8割は合格するの。医学部入ればほぼ医者になれるんだよね。学閥とかもすごいし。あと、3代まで続いた医者の家系だったら、ほかの人のテストよりも全然簡単で、かなり教科数とかも少なくて入れる場合もあるんだよ。」

「簡単な試験でパスしちゃうの?そういう人が医者になって大丈夫なの?」

Aさん「国家試験受からないとなれないから大丈夫だと思う。人の命預かる仕事だもんね。」

「でも、Aさんが医者になったらホントおもしろい。すごい経歴の医者だよね。」

Aさん「そうなったら(女医のタレントさんの名を挙げて)彼女のイス奪ってやる!とか?超どん欲でしょ(笑)」



最後のほうはもちろん冗談ですが、

「医者になるために必要な金額 = 5000万円」ということは私にとって、「医者はお金持ち!」と表面的な感想を持つだけでなく、そこからなにが問題になっているのかを考えるいいきっかけになりました。

また、小さな疑問点を口に出すことで、いろんな人の意見や本音をかいま見ることができました。医療の問題は誰もが直面するので、自分の感覚として意見を持っていたほうがいいですね。


「5000万円は高過ぎる!」

「誰もが医学部に入れるようになるべき!」

自分の中では、ちょっと過激かな?と思っていた意見でしたが、周りの人が思いがけず同じような感覚だったのが、嬉しかったです。

万一、私に子どもが生まれたら、医者という選択肢のある教育環境であって欲しいと、改めて思っています!

「5000万円に、負けてたまるか!」

今は、そんな気持ちです!

医者の才能を幅広く見つけるために

[2008年04月22日(火) ]

先日、美容院に行ったのですが、そこでも

「医者になるために必要な金額 = 5000万円」

が話題になりました(いま、私の中ではとてもホットなテーマなのです!)。


美容師のKさんは私と同い年。私が家を買ったことで、なにかと「人生に必要なお金」のことで話題になります。

「住宅ローンも大変だけれど、まあ、家賃だと思へば払い続けられる。夫婦2人だからまだましかな?」

なんて話しています。


Kさんは今年4歳になる娘さんがいるのですが、これからの教育費のことを考えると憂鬱だといいます。ふたりで「なんで日本の教育費はこんなに高いんだ!」という話で盛り上がってしまいました。



「たとえば私に万一子どもが生まれたとして、医者になって欲しいって思うんですよ、けっこう本気で。でも必要な金額聞いたら、『絶対ムリ!』って思っちゃいますよ。」

Kさん「僕は絶対ムリですよ。6000万円って話もありますよね。」

「お金がないとまずムリっていうのがそもそも狭めていますよね。これだけ医師不足が叫ばれているのに。お金がなくても医者になれる道が狭すぎる、そこがおかしい。」

Kさん「小谷さんが考えているのと同じこと、僕も本当に考えている。外科の手術とか、手先が器用な人であれば才能あると思うんだけれど。お金持ち、医者の子どもって限定してしまうと、すごい狭い範囲でしか才能が見つからないでしょ。」

「もちろん、誰もが医者になれる才能があるわけではない。でも、機会はもっと与えられていいですよね。いろいろある中で選べるっていう。いまのままじゃ、普通の人は医者になろうって選びたくても選べませんよ。」

Kさん「本当に日本はおかしくなっているよね。予算の使い方が間違っているとしか思えない。国会議員なんてあんなにたくさんいらないでしょ。総理大臣辞めたってけっこう収入あるっていうじゃない?おかしいよね。」

「教育費は本気でタダにしようと思えばできると思うんだけれど。そうしたら子どもを育てる不安はずいぶん解消されますよね。」

Kさん「本当にそう。国公立も私立も関係なく、みんな同じにしちゃえばいい。僕がこういうこと言うと『じゃあ、あなた選挙に行ってるの?それが実現できるよう努力しているの?』って言う人いるけれど、行ったって変わらないじゃない。」

「いまの選挙制度では、絶対ムリですよね。」



「絶対ムリ」という言葉がやたら多いですが、これが私たちの本音です。


医師の才能を幅広く見つけるためには、

「教育費タダ」

が究極ではないでしょうか?

医者の娘たちの思い

[2008年04月18日(金) ]

このブログを読んでくださっている人のなかで、親が医者という人はいらっしゃるでしょうか?

「医者になる!」

って子どもの頃から自然に思えている人もいれば、親の期待を重く感じたり、勉強がはかどらず苦しい思いをしている人もいることでしょう。

医師以外の道を選ぶにしても、いろんな葛藤があるに違いありません。



私がこんな風に思うのも、最近「お父さんがお医者さん」という女のコと知り合い、いろいろ考えさせられることがあったからです。

彼女(仮にMさんとしましょう)のお父さんは、耳鼻咽喉科の開業医。3つ年上のお兄さんがいます。

この春、兄貴がめでたく医学部に合格したの!3浪の末に!

先日会ったMさんは、嬉々として話してくれました。お兄さんが病院の後を継ぐことがほぼ決定したというのです。


Mさんは高校3年生。「進路はどうするの?」と聞いたら、

行きたい大学があるからそこに行って、その後は声優になる!絶対になるんだ!

と息まいていました。

Mさんは大のアニメ好き。加えて自身でもバンドをやっており、高校生のためのバンドフェスティバルでは司会も務めるなど、多彩な才能の持ち主です。


そんな彼女も1年前は、

親の仕事を継ぐためにも、医者の息子とか、医学部の人と結婚しなきゃって思っている。だから大学もそんな男のコと知り合えるようなところにいかなきゃ。

というようなことを言っていました。

お兄さんが浪人中で苦労していた、ということを踏まえてのことでしょう。まだ高校生なのに、そんな先のことを考えて自分の進路選択をしなければならないとは。「医者の娘」とは、なにか独特のものを背負っているなぁと思ったものです。

自分が医者になるという道以外にも、「継ぐ」ということに関しての意識がかなり強くあるMさん。その葛藤は「医者の娘」でもなんでもない自分には計り知れないことですが、そんなMさんのような「医者の娘」の思いに支えられて、日本の医療業界があるのもまた、事実なのです。



父と同じ大学に行き、歯科医師になったということが、私にとっての親孝行。父の仕事を継ぐとは、そういうことだと思っています。

こんな風に語ってくれた歯科医師の先生(女性です。仮にSさんとしましょう。)もいました。

S先生は、歯科医院を開業しているお父さんの病院とは別の医院に勤めています。専門が違うので、お父さんの病院をそのまま引き継ぐことはないのですが、「継ぐ」ということに関する意識はとても高くもっていらっしゃいました。

S先生は高校時代、演劇などの勉強もしていて、芸能関係の仕事にも興味があったそうです。

でも、演劇や芸術関係の勉強は年をとってからでもできる。歯科医師の仕事は、医者になっておかないと決してできない。いろいろな経験をしてみたかったので、まずは今、医者になるための勉強をしておこうと、歯学部に進学することに決めたんです。

S先生の決断は実に明快、実に清々しいです!

いろいろな仕事がある中でも「医者の仕事」も経験しておきたい。

だから医療系の学部に進学する。

そんな進路選択が「医者の娘」でなくても、さらっとできるようであってほしいと願うのは、私だけではないはずです。

医者になるために必要な金額 = 5000万円

[2008年04月15日(火) ]

4月から新生活が始まった人も、そろそろ疲れが出て来ている頃でしょうか?休みを上手にとりつつ、新生活を満喫してくださいね。



さて、今回考えてみたいのが、

「医者になるために必要な金額 = 5000万円」

についてです。


実際、医学部の学費は、国公立と私立の差が大きく、中には私立大学で「5000万円」ほどかかる大学があるのは事実です。


在学中は貸与という形となり、卒業後の一定条件をクリアれば返還免除となる自治医科大学や産業医科大学などのケースもありますが、安い私立大学でも数千万円は必要となります。


でも、「安くても数千万円」なんて、ふつうの金銭感覚でしたら、びっくりしてしまう金額ですよね。返還免除の制度も、ほとんど周知されていないように思います。


このことを聞いて、どう思われますか?





「5000万円なんてウチはぜったい無理!やっぱり医者って金持ちじゃないとなれないんだ」

ほとんどの方はそう思うでしょう。



私は今まで、医師や歯科医師の方に何人かに話を聞きましたが、ほとんどの人が「親も医者」でした。

たとえば、子どもの頃から通っているかかりつけ医院の先生が、あるとき息子さんの代になっていた、なんていうことはよくあることです。

地域にとって、医者という存在はなくてはならないわけですから、「親が医者だから」という理由でちゃんと息子さんなり娘さんなりが医者になってくれれば、とっても安心なのです。


余談ですが、数年前までかかりつけしていたお医者さん(女医さん)が高齢による体力の限界を理由に病院を閉鎖しました。厳しくも丁寧な診療でとても信頼のできる先生でしたが、跡継ぎはいなかったんです。

近所の別の病院を紹介されましたが、その先生以上に信頼できる医師には出会えませんでした。患者にとって、これほど不安なことはありませんよね。



現在の日本では小児科医や産婦人科医を始め、医師不足が深刻な問題になっています。数年前、ある病院を経営している医師の先生がこんな話していたのを思い出します。

医者は世間のみなさんが思っているほどお金持ちになれる仕事でもない。ほとんどの医師は、自分の財産や睡眠時間、体力を削って働いている。自分の息子や娘が医者になりたいと言っても素直に喜べないし、反対すると思います。

もし、医者の息子や娘が医者にならないとしたら、これからは誰が医者になるのでしょうか?


「この現状をなんとかしたい!」

という使命感に燃える人がいたとしても、

「医者になるために必要な金額 = 5000万円」

は、あまりにも大きな壁のような気がします。


本気になればいろんな道があるにしても、

「5000万円なんてウチはぜったい無理!やっぱり医者って金持ちじゃないとなれないんだ」

という壁に突き当たって、あきらめてしまう人は大勢いるに違いありません。


じゃあ“お金持ち”の家の息子や娘は?

医者である親が自分の子どもたちを医者にしたくないと言っている中で、そんなことを願う“お金持ち”の親がいるとしたら、その人はよほど奇特な人なのでしょう。



自分で書きながら、とっても情けない気持ちになってきました。

いったい、日本の医療はどうなってしまうの?

そんな私の不安を象徴するのが

「医者になるために必要な金額 = 5000万円」

なのです。

「10年後の自分」に出会うために

[2008年04月11日(金) ]

「仕事を動詞で考える」というフレーズは見つかりませんでしたが、私が仕事選びで迷っていた時代に読んでいたいくつかの本は、いまでも取っておいてあります。

その中の一つに、

『仕事選びのバイブル』(碓井慎一監修/竹村出版)

というのがあります。

これは1996年の本ですから、もう12年も前の本なんですね!!

いまでも発売されているのか疑問ですが、「いまこうして仕事について書いている自分」と、「この本を読んで迷っていた自分」がつながっていることが、本当に不思議です。


この本は3章に分かれています。

 「いま就職に悩んでいる人へ ─ 就職って、何だろう?」
 「いま仕事に迷っている人へ ─ 失敗なんて、コワくない!」
 「すぐに転職・独立したい人へ ─ 焦らない、焦らない。」

それぞれの章には「適職インタビュー」と称して、著名人や第一線で活躍されている方のインタビューが載っています。

特別インタビューで登場している作家の堂門冬ニさんには、私が会社員時代、ある社長対談を企画したときに登場していただきました。そのときの対談原稿を上司がほめてくれたことがきっかけで、私はこの仕事をしているのだとも思うので、私にとっては縁のある、大切な本です。


しかし正直、仕事で迷っているときは、内容も、インタビューの言葉も、私を焦らす言葉でしかなかったような気がします。

「10年後のあなたを、ちょっとだけイメージしてみてください・・・」

なんていうフレーズが、本の中に出てくるのですが、10年前の自分はどんな気持ちで読んだのか・・・、思い出せません。この本で書かれていることを実践していたのかも、曖昧です。


でも、10年後の自分から見て1ついえるのは、

「その時代の自分がいなければ、いまの自分は絶対にいなかった」

ということ。

10年前の自分は、この本を読んで迷って、がんばっていたんだなぁ。

そんな風に思えるのですから、やはり本は読んでおくべきですね!

「読む」は、大事なんです!



いま、仕事選びで迷っていて、いろんな本を読んでみたり調べている人は多いと思いますが、そのとき内容にピンとこなくて、「ぜんぜん役に立たなかった」と思っても、きっと10年後の自分に何かを残してくれるはず。

だから、いっぱい悩んでいても、読書の時間は確保したほうが絶対いいのです。

10年後、読み返してみると、切羽詰まって迷って焦っている時代には感じられなかった何かを感じられるかも。

私もそんな期待を込めて、また読んでみようかと思っています。

将来、自分が本を出せるように!

そんな野望を持って、読んでみるつもりです。

やりたい仕事を「動詞」で考えてみる!

[2008年04月08日(火) ]

「どんな仕事が自分に向いているか、自分はなにを仕事にすべきか」

いろいろと迷っているのであれば、「仕事を動詞で考える」クセをつけるといいと思います。


たとえば、ライターという仕事だったら、

「書く」はもちろんですが、「聞く」「伝える」「調べる」「読む」「話す」「会う」「考える」などなど。


先生だったら「教える」を筆頭に、

「導く」「叱る」「喜ぶ」「伝える」「向き合う」などなど。


販売員だったら「販売する」はもちろん、

「話す」「選ぶ」「運ぶ」「計算する」「聞く」「注文する」などといった感じでしょうか。


いま、こうして書きながら、

「具体的にわかっていないと、動詞って思い浮かばないなあ」

と感じていますが、みなさんどうでしょう?


逆もあります。

つまり、動詞のほうから先に考えるのです。


たとえば、「しゃべる(話す)」という仕事だったら、

前回お話をしたCさんのやっている「DJ」もそうですし、「アナウンサー」「役者」「受付」「販売員」「先生」「塾講師」などなど。まだまだいっぱいありそうです。


「描く」というのであれば、

「画家」「イラストレーター」「漫画家」「アニメーター」「設計士」「デザイナー」など具体的な絵や図を描く場合もあれば、「経営者」「リーダー」「店長」のように、事業目標やコンセプトを思い描くという場合も考えられます。



「仕事を動詞で考える」は、私が仕事選びに迷っていた時代、ある本を読んで「なるほど!」と思って、以後心に留めていることなのですが、その本が何なのかぜんぜん思い出せません。 

「これだ!」と思ってた本にもそんなフレーズありませんでした。もしかして、私の思い込みだったのかもしれませんが・・・。

でも、イメージだけが先行しがちなときは、具体的な行動が見えてくる「動詞」で仕事を見るのはオススメです。


ちなみに、私は「伝えたい」という気持ちに突き動かされて、ライターという仕事を目指しました。

「書く」ことは好きですし、「聞く」ことは本当に楽しいです。

「調べる」ことや、「会う」こと、「読む」ことを怠ってはいけないなあと思う毎日です。

興味のあることの周りに潜り込む!

[2008年04月04日(金) ]

前回、「小学3年生、10歳前後の頃に出会って興味を引いたことが、その後の人生になんらかの影響を与えて行く」というお話をしましたが、先日取材したDJのCさんも似たようなことをおっしゃっていました。

Cさんはレコード会社勤務を経て、現在フリーのDJとして活躍されていますが、音楽やラジオ、DJという仕事に興味を持ったきっかけについて、こんな風に語ってくれました。


私は子どもの頃アメリカにいたのですが、ラジオではマイケル・ジャクソンの『スリラー』がよくかかっていました。と同時に、8歳年上の姉が松田聖子ちゃんの大ファンで。彼女の曲もずいぶん聴きましたよ。そうかと思うと、父はクラシック音楽が大好きで。だから家中いろんな音楽がかかっていたんです。

いま、ラジオDJとして仕事をしていますが、ラジオって本当にいろんな曲がかかるんです。邦楽もあれば洋楽もあるし、ロックもあればヒップホップもある。とくに私はいろんなジャンルのアーティストにインタビューするという番組を持っているので、いろんな曲を番組でもかけるし、自分でも聴きます。

いま、DJという仕事がおもしろいって思えたのも、子どもの頃の環境が大きかったと思います。




Cさんは大学時代、ヒップホップダンスを始めました。ダンスの発表会もよくやっていたそうですが、そこでいまのDJの仕事に通じる「しゃべる」仕事に触れることになります。


ダンスの発表会のときって、司会というかイベントを仕切る、MCという存在が必要なんです。私、そのMCをやっていたんですが、それが本当におもしろかった。

「人前でしゃべるような仕事をしたい」と思ったのですが、でも、一体どうやってなればいいかわからない。専門学校もあるみたいでしたが、なんか違うと思って・・・。

とりあえず、音楽には興味があったので音楽業界に絞って就職活動をしました。レコード会社なら、DJとか、ラジオ局とのつながりもできるし、なにかチャンスが広がるかもと思っていたんです。

でも入社してからも、ずっとイベントのMCの仕事は続けていました。レコード会社の仕事と、MCの仕事と、両方天秤にかけて、選ぼうって思っていたんです。




レコード会社でアーティストの楽曲の制作や、ラジオでのプロモーション(宣伝)に携わるうち、やっぱりラジオのマイクの前でしゃべる、DJという仕事をしたいと気持ちが固まり、フリーになったCさん。

インタビュー中、Cさんはよく「しゃべる仕事」と言う言葉を使っていました。

 ラジオの前でリスナーに話しかけ
 アーティストにインタビューする
 イベントで司会を務める

音楽が好きで、ラジオが好きで、ダンスが好きでというベースがあったのですが、彼女がいちばんやりたかったこと、それが「しゃべる」ということでした。

同じ音楽業界でも、レコードを「制作したり宣伝する」仕事ではなく、「しゃべる」仕事がしたいと独立を決意したのです。

小学3年生のとき、なにしていましたか?

[2008年04月01日(火) ]

4月は学校や会社だけでなく、TVやラジオも番組が新しくなりますが、私はこの3月まで放送していたNHK朝の連続テレビ小説『ちりとてちん』が大好きでした。

このドラマは、福井県小浜市で育った主人公が大阪で女流落語家になる、という話なのですが、ストーリーも、間に挟まる上方落語も絶妙で、人物の描き方がとても細かくて見ていて本当に飽きないドラマでした。

主人公が昭和48年生まれくらいの設定で、私とほぼ同年代であり、主人公の母親役の和久井映見さんも、私とほぼ同年代っていうのが、個人的にはダブルで興味を引きました。

(ああ、私の年代の女優さんですでに成人した娘を持つ母親役をやるんだなあと、しみじみしてしまいました・・・)


主人公が落語に興味を持つきっかけとなったのは、小学3年生のとき。塗り箸職人である祖父が工房でずっと聞いていた1本の落語のテープからでした。この1本の落語のテープが、時を経て場所を変えていろんな物語へとつながって行くのですが・・・(ストーリーが気になる方は公式HPなどをご参照ください)。

もちろんドラマですから、物語のつながり方は、それこそドラマティックなのですが、見ていて、

「あぁ、こういうことって人生であるよね」

と思わせる場面がいっぱいなのです。その内の一つが、主人公が小学3年生のときに、落語に出会っている、ということ。

この時点で「落語家になる!」とはもちろん決めていませんし、それまでに紆余曲折いろいろとあるのですが、小学3年生、10歳前後の頃に出会って興味を引いたことが、その後の人生になんらかの影響を与えていく・・・というのは、多かれ少なかれ、人にはありそうです。



私の場合でいうと、小学3年生のときに、担任の先生に作文をほめられ、クラスのみんなの前で発表してくれたのです。

嬉し恥ずかしの気持ちでいっぱいで、「あぁ、私って文を書くのがうまいんだ」と思い込んだものです。そのとき書いた作文の内容は、いまでも覚えています。

(『赤とんぼ』という作文で、「私はトンボが大好きです。捕まえるのも得意です。」というような書き出しで、それこそ得意満面で書いていたようです、笑)


身内話で恐縮ですが、私の夫は、小学生の頃から「内にこもって作業をする仕事と、外を回っていろんな人と話をする仕事を自分はするんだ」と思っていたそうです。

夫曰く、「母親が家で裁縫の内職をしていたし、父親はサラリーマンで外で働いていた。その両方を見ていたからかな?」とのこと。夫は現在は介護福祉事業所で住宅改修の設計の仕事をしています。会社にこもって設計図を書くことと、要介護者のお宅を訪ねていろいろな要望を直接聞くことと、その両方をやっています。



まだ将来の仕事のことなんて、まったく意識していなかった時代に、興味を持ったり、得意だと思い込んだり、「こうなんだろうな」と思ったことが、なんとなく大人になったときにつながって行く。そんなことってやっぱりありそうなんです。

いま、「自分にはどんな仕事が向いているのかな?」と悩んでいるのであれば、小学3年生、10歳前後の自分を思い出してみると、なにかヒントが見つかるかもしれません。