[2008年03月28日(金) ]
Fさんの制作会社から依頼された仕事は、ある大学のOBの方の職場訪問をし、現在の仕事について伺うというものです。
この日は、システムエンジニアをしている方に、いまの仕事についたきっかけ、仕事の魅力、学生時代に学んだこと、後輩へのメッセージなどを伺ってきました。
私は、こうしたインタビューは本当に多くやらせてもらっています。毎回毎回、「いろんな仕事があるんだなあ」「みんないろんな思いで仕事に向き合っているんだなあ」と思うことがいっぱいで、つくづく役得です!
この日インタビューしたシステムエンジニアのTさん。
入社して丸3年の、25歳で、若いけれど大変しっかりした考えの持ち主でした。
システムエンジニアというのだから、パソコンに相当お強いのだろうと思っていたら、
ぜんぜんパソコンに興味なかったんです。大学でも授業以外は、ほとんど触っていませんでした。
というから驚きです。
私は長野県出身で、大学進学を機に上京したのですが、キャンパスもいわゆる都下にあったもので(笑)。ローカルな環境で楽しみましたよ。こっち(首都圏)の人は、パソコンや携帯電話で遊ぶというのはふつうなようですし、いまはそのことが一般的かもしれませんが、私のころは、外で遊ぶ方が多くて、私自身も高校時代は部活ばかりでしたね。どっちかというと、カラダを動かす方が好きで。
こんなアウトドア派のTさんが情報学部に進学し、SEとなったのは、ITブームの後押しがあったからとのこと。現在は、ホテルの業務システムを扱う部署で、システム開発から販売、保守などに携わっています。
学校である程度パソコンのことを学んだとはいえ、会社に入ってそれが100%活かせたかというと、ほとんど通用しなかったのが事実です。大学では、教授の研究テーマに沿って学ぶことが多いのですが、会社では、実際に使うものについて作って行かなければならない。根本になる基礎の考えは同じかもしれないけれど、やる中身が違うので、最初はとまどいましたね。
私はホテル担当でしたので、ホテルの方とシステムについてお話するのですが、ホテルの専門用語がまず最初まったくわからない(笑)。さらに、お客様がシステムを動かすパソコンの調子がおかしい場合は、パソコンの中身を開けて、どこが壊れているのかを調べなければいけない。ソフトだけでなくハードについてもある程度知らなきゃいけない。
SEというと、パソコン周りでずっとプログラムをいじっている仕事と思っていましたが、実際やってみると、かなり幅広い仕事です。お客様も自分の業務システムについてはいろいろ調べて知っています。
コンピューターを専門にする自分たちが『わかりません』とはいえませんので、日々勉強がかかせません。
でも、お客様から『こういうのをやりたいんだけれど、Tさんなんとかならない?』と名指しで依頼をいただくことも多くなり、頼られているんだと責任感を感じますね。
ITの世界は新しいコトがどんどん出てくるし、それについていかなければいけない。大変ですが、そうした勉強を重ねて、新しい知識が増えることが、自分のモチベーションにつながります。
こんな風に語ってくれました。
「新しい知識が増えることが、自分のモチベーションにつながる」
この日のインタビューで、とくに印象に残った言葉です。
こうしたステキな言葉を、自分の中から紡ぎ出すのに限界はありますが、せっかくこんな仕事についているのですから、自分の仕事にも取り入れるべき!最近はつくづく、そう思っています。
とくに、自分より年若い人が、そんな風に語っている姿を目の当たりにすると、頼もしく感じるのです。
インタビューした相手と再会することは、私の場合ほとんどないのですが、こうした出会いを大切にする方法をまた、学ばせてもらっています。このブログでお伝えできるのも、その方法の一つ。
これからも、みなさまになにか、新しい知識とまではいかなくても、新しい発見、気づきを感じてもらえる、そんなブログにしていきたいと思っていますので、今後とも、どうぞよろしくお願いします!
[2008年03月25日(火) ]
先日、ある制作会社の方から、久しぶりにお仕事をいただきました。昨年末、仕事をふっていただきながら、お断りしてしまったので、嬉しかったです。
そこは女社長ががんばっている制作会社なのですが、彼女(仮にFさんとしましょう)も、「小谷さん、やっとつかまった! よかった」といってくださって。こういう関係は、本当にうれしいです。
考えてみると、この制作会社とのつながりも、編集者のKさんが最初です。Kさんの学生時代の同級生Oさんとある会合でご一緒したのですが、そのOさん自身で編集、執筆をするフリーペーパーがあります。
それは、自分が経営する喫茶店に置くもの、というのですが、Kさんが「小谷さんは編集の仕事をしていたんだよ」というと、Oさんは自身のフリーペーパーについてアツく語りはじめました。
そのときどんな話をしたのか、じつはよく覚えていないのですが(笑)、後日Oさんはメールでそのフリーペーパーを送ってくださいました。なかなか興味深いものだったので、いろいろ感想を書いて送る、しばらくそんなやり取りをしていました。
ある日、Oさんから「小谷さん、旅行関係の仕事とか興味ある?」と行ってきました。聞けば、ある制作会社が旅行関係に強いライターを捜しているとのこと。
私はそれまで、旅行関係の仕事なんて一つもしたことなかったのですが、「興味」はあったので、お話に乗ることに・・・。
そうです、この制作会社こそ、女社長Fさんのところです。
こことは、フリーランスになりたてのころから、ずっと付き合いがあり、最初に担当した方が退職した今でも、声をかけてくださっています。
前回、「取り返せない失敗がある」というお話をさせていただきましたが、一方の芽は枯れてしまったけれど、もう一方の芽は、伸びている、そんな感じでしょうか。
こうして考えてみると、人脈って本当に不思議です。
最初のきっかけとなった人とのつながりが、ずっと強固で続く場合もあるのでしょうが、紹介の紹介の・・・と、繰り返すことで伸びて行く人脈もあります。
人脈というのは、本当に大切ですが、人脈を活かして、それを業務に役立てる、回収するといっても、ぜんぶがぜんぶ、同じ方法ではないのです。
ちなみにその制作会社の女社長Fさんからはたまに、「ところで小谷さんって、なんでウチで仕事するようになったんだっけ?」といまだに言われることもありますが(笑)。
そんなおおらかなやりとり、つながりも楽しんで行きたいものです。
[2008年03月21日(金) ]
フリーランスのスタートを編集者のKさんと切ったという話を、前回しましたが、そのとき、本を出すのに私だけでは力不足なので、途中からベテラン編集者&ライターの方の力を借りることになりました。
彼女から(仮にNさんとしましょう)インタビューの仕方、原稿のまとめ方、フリーランスとしてどう仕事を進めて行くべきか、を学ばせてもらいました。
ある日、Nさんに、私のインタビューした音声を、そのまま起こした原稿を読んでもらったのですが、
インタビューでは、どんなに相手の話がおもしろくても、自分が舵をとらなきゃいけない。ずっと相手のペースで話をさせてしまうと、肝心の話がきけないのよ。
と指摘してくださいました。
このことは、いま多くの方のインタビューをする上で、心に刻んでいることです。なかなか、「きょうはカンペキだった!」と思うことはないのですが・・・。
(後で原稿を起こすため、録音したレコーダーを聞いて「ああ、なぜここで話を切っちゃうんだ!」とか「ここで話の方向を変えるべきだったじゃない!」と毎回のように反省しています)
Kさんとの本の企画がポシャった後、あるフリーペーパーの「英語を楽しく学ぼう」という企画で、Nさんは私に声をかけてくださって、いっしょに仕事をすることになったのですが・・・私はここで、いろいろな失敗をしてしまいました。
失敗・・・といっても、表面上はなんとかこなしていたので、当時の私は気づかなかったのですが・・・。
いまの私だったら当時の私に
「あんた、あのやり方はないんじゃない?」
とつっこみ&叱咤をしたいことが山積みです。
原稿のまとめ方やインタビューの仕方、紙面構成の仕方など、業務の中身に関しても、「よくこれで自分が『仕事している!』という気分になれたなあ」という、赤っ恥なことばかりなのですが、それよりも増して「いっしょにやる人に対して、その態度はないだろう!」ということが、いまになって本当に恥ずかしいです。
このとき、ちょっとクセのある翻訳家の方といっしょに仕事をしたのですが、彼女、悪気はないのですが、いまでいう「上から目線」の話し方をする人だったので、いっしょにいると「カチン!」と来ることが本当に多かったのです。
本音で思ってても、そんなことは態度に出さない。これが大人、社会人として当然ですよね。
でも私は・・・そう、本当に人間として未熟だったのです。
あからさまに不機嫌になって、打ち合わせに参加していました。彼女との打ち合わせがイヤでイヤで、たまりませんでした。そして、わかりやすいのでその態度は、スタッフみんなに伝わってしまっていたのです。
企画が無事終了し、打ち上げをしたときのこと。
酔った勢いというのが、誰にも必要なんですね、そのことをズバリ、Nさんやほかの方に指摘されてしまいました。
あんた、いままで仕事で大きな失敗とかしたことないの?
と・・・。
仕事の失敗・・・。
何度も原稿書き直したり、締め切りが守れなかったり、自分がやるといったことができなかったり、結果が思わしくなかったり。そんなことが、自分が考える「失敗」でした。
そのことももちろん、彼らのいう私の失敗です。
でも、もっともっと大きな失敗は
「みんなで気持ちよく仕事をする、この鉄則が守れなかった」
このことなんだと、いまは本当に痛感しています。
フリーランスとして経験が浅いのなら、なおさらこのことが大切だったのに。Nさんからも「小谷さん、もっと出来る人だと思っていた」と言われてしまいました。
このとき、いっしょに仕事をした編集プロダクションの方から、「またいっしょにやろう」という声がけは、その後一度もありません。おそらくこの先もないでしょう。
私は取り返しのつかない失敗をしてしまったのだなあ。いま謙虚な気持ちでそんなことを思います。
Nさんとはその後、彼女が主催する展示会などで会う機会もあり(編集者として、誌面だけでなく自分でサロンを主催して、場を編集する、という試みをしている、本当にステキな人です)、季節の挨拶などは、させてもらっています。
そのとき、近況として自分はいま、こんな仕事をしています、というのを伝えているのですが、Nさんから「ご活躍何よりです」というひと言があると、社交辞令かもしれないけれど、この先も本当にがんばろうって思えるのです。
このときの失敗を、別の仕事では繰り返さない。もし、失敗を取り返せるのだとしたら、そんなことでしかないのだ、と思うからです。
[2008年03月18日(火) ]
だんだんと日が長くなってきましたね。私の部屋は東南よりなので、朝はずいぶん早くから明るくなりました。
太陽が高いところを移動するのもだんだん感じられ、仕事も夜ではなく朝からするべきだ!と感じるこのごろです(夜中から明け方…ではもったいないのです、汗)。
さて、先月、仕事関係の方に「引っ越しました〜、これからもよろしくお願いします」のお知らせを送ったのですが、いろんな方から返信をいただきました。
私がフリーになりたての頃、「国際結婚したカップルの本を作りたいんだ!」と情熱を持って、私に声をかけてくださった編集者の男性も、そのうちの一人です。仮にKさんとしましょう。
Kさんは、出版社勤務なのですが、その頃ずっと営業畑で初の編集部配属になったばかりで、「僕、編集のことなにもわからないけど、いっしょにがんばろう」と言ってくださいました。
家も近く、帰る方向もいっしょだったので、よく「打ち合わせ」と称してランチしたり飲みに行ったりしていました。・・・って、いつしかそっちがメインとなっていたのですが(笑)。
肝心の本のほうは、企画が通らずぽしゃってしまったのですが、
Kさんを通じて私はいろんな世界を知ったし、いろんな方と知り合えました。
ギャラが発生するような仕事を、Kさんといっしょには出来なかったけれど、
フリーランスとして動く
という基本は、Kさんといっしょに動いた最初の3カ月でずいぶん身に付きました。
ある日、資料を届けに家の近くまで来てくれたKさんと会った日のこと。
会うなりひと言、
小谷さん、そういう格好のほうがいいよ!
この日の私は、家で思いっきりくつろいでいたので、デニムに真っ赤なトレーナーという、かなりカジュアルな格好だったのです。
それまで私は、Kさんと会うとき・・・というより、仕事関係の方と会うとき、だいたいスーツを着ていました。ずっと企業の方を相手にする編集プロダクションにいたので、仕事相手の方はたいていスーツでしたし、まあ、どこに行くにもスーツを着ていれば無難だろう、そんな気分だったのです。
けれども、Kさんは
フリーランスライターなんだからさ、もっと自由な雰囲気でいいんじゃない?スーツって、ちょっと堅苦しいよ
と…。私としては目からウロコでした!
これは決して、
「フリーランスの仕事着はカジュアルでいい!」
といっているのではありません。
会う相手に合わせて、TPOにあった服装をすることって、フリーランスの人には大切だよ、ということを伝えてくれたのだと思います。
TPOに会った服装をするべきなのは、社会人として当然のことなのですが、とくに私のような、自分自身が看板になって、ある意味全身で自分をプレゼンテーションしなければいけない立場の人間には、大切なことなのです。
このことは、今いろんな方と会うときに、前よりもずっと気をつけるようになりました。
相手の方がスーツで打ち合わせに応じてくるだろうな、というときはいまでもスーツやちょっとビジネスよりの服装をするようにしてますし、スタッフがみんなラフな服装の撮影のときは、動きやすいパンツだったり、ちょっとカジュアルな装いにしたりしています。
ファッション誌の仕事のときには、それを考えつつ、ちょっと流行を考えたアイテムを入れた方がイイかなあと・・・、フリーランスとして5度目の春ですが、いま私はある意味、ファッションにとくに興味出てきました(笑)。
就職活動を始める学生さんや、新しい職場になじもうとする方にも、この当たりのことを意識して望むと、楽しくなる気がします!
[2008年03月14日(金) ]
私は若い頃、それこそ高校生や大学生、20代の頃は、本当に後悔ばっかりしていて、しょっちゅう「ああすればよかった、こうすればよかった」と言ってました。
結果がよくないことも、後悔してしまうことも、自分としては許せなかったのです。
「後悔したくない」という思いも強い分、結果に対して過度のプレッシャーをかけ、自分の望む通りの結果でないことに、猛烈に腹を立てている。そんなことの繰り返しだったように思います。
「後悔」することが、悪!って考えていたところもあります。でも、これこそ、今だから思うのですが、「後悔」はいっぱいしていいのです。
「ああすればよかった、こうすればよかった」
と悔やんで悔やんで、それを次に活かせばいいのです。
「これやったら後悔するかも」と思って、その行動を起こさないのだとしたら、それがその人の本能なのだから、それに従ってOK。
「やらなかったら後悔するかも」と思って、その行動を起こしてもOK。
その結果、やったこと、やらなかったことについて、それぞれ後悔してしまっても、それはそれでOKなのです。
ちなみに、私は「やってみて『やらなければよかった』と後悔する」タイプ。
私の弟は「やってみて後悔するのがイヤだから、やらない」というタイプです。
弟が若いときからこんな考えの持ち主であるのは、姉である私がガチャガチャと動いていっぱい失敗をし、後悔の愚痴が多いのを見て、自然に身につけた処世術かもしれませんが(笑)。
弟の場合、やらなかったことに対して「やればよかった」という後悔は多くても、一度やると決めて行動し、やったことに対しての「やらなきゃよかった」という後悔はあまりないのです。
その結果がどうであれ、「自分で決めたから」という思いには、自信を持っているのかもしれません。
彼は2月いっぱいで大学卒業以来ずっと続けていた塾講師の仕事を辞めると決めました。
もしかして後で『やっぱりまた塾講師やろう』って思うかもしれないし、『あのとき辞めなければよかった』と思うかもしれないけれど、ずっと『あのとき辞めてればよかった』という後悔はしたくない。だから辞めるって決めたんだ。
と言います。
はっきり言って、彼は後悔するかもしれないし、客観的に見て「あのとき、辞めなければ違った人生があったのでは?」と周りに思わせてしまうこともあると思うのですが、いま、このとき、彼が「後悔先に立たず」の気持ちで一つの行動、進路を決めたことを、私たち家族は尊重し、見守りたいって思うのです。
いっぱいいっぱい悩んで、後悔する気持ちも考えて考えて、そして何か一つの行動を決めて動いたのなら、そのことに自信を持って行こう!
そうすることで、先にどんな結果が待っていようと、
「自分の本能にしたがって行動した」
という自信だけは、着実に自分の中に残る。
そんな自信の積み重ねが、自分を強くしていくのです。
[2008年03月11日(火) ]
子守唄を研究しているNさんの話から、子育てだけでなく、働くことや就職活動にも「本能」が大切だと私は思うのですが、こう思うのには、理由があります。
それは、
「結局、人は自分の中にあるものしか、表に出せない。その表に出した行動や思いが、いまの自分を作っている」
というのを、実感しているからです。
こんな風に書くと、
「この人は、いつでも自分の選んだ道に自信を持って突き進んで来たの?」って思うかもしれませんが、まったく逆です。
「大丈夫かな?」「ダメなんじゃないかな?」という不安はいつもありますし、「あ〜!失敗した!」「やっぱりダメだった!」「なんでうまくいかないんだろう?」ということはしょっちゅうです。
でも、どんなときでも何かを選び、その何かを選んだ結果として物事が起り、自分の気持ちが変化し、そしてまた何かを選び、進んで行く。大げさにいえば、人生とは、こうした選択の繰り返しなのだなぁと。
結果が思わしくなかったり、自分の思い通りにコトが運ばないと、
「あのときあっちを選んでいれば!」
と後悔することもいっぱい。
でもこれこそ文字通り、後悔先に立たず。
最近は、
「いまだから『こうしておけばよかった!』と思うのであって、そのときは気づかなかったんだからしょうがない。私が未熟だってことだ」
と思えるようになりました。
じゃあ後悔が減ったのかって?
そんなことはありません。結果に関しては言わずもがなです。
でも、一ついえることは、
後悔しようがしまいが、私が何かを選び、行動し、思ったことは、そのときそのときの私の中にあった何かであって、それを突き動かしたものこそ、私の本能なのです。
そう思うと、いまこうして生きて、何かを感じ、何らかの行動をしている。それは本能で生きてきた結果なのでしょう。
結果としての自分に満足はできないけれど(そんなにカンタンに満足したら、人間終わるって!)、それに自信を持たないでどうする!!って、自分に言って、発奮している。
いま、私はそんな状態です。
[2008年03月07日(金) ]
赤ちゃんといえば、私は昨年、ある出版社の方といっしょに子守唄の本を作る仕事に携わりました。
日本各地に伝わる子守唄を紹介しながら、子守唄を研究し、普及活動をしている方にインタビューしてまとめるという本だったのですが、その方(仮にNさんとしましょう)の話で印象深かったのが、
「母親は、本能としての自信を取り戻してほしい」
という言葉でした。
このブログを読む方にとって、「育児なんて世界はまだまだ先のこと」って思うかもしれませんが、「ライフバランス」などという言葉がある時代ですし、社会人は「家庭人」「生活人」としての顔も併せ持っているわけです。
職業を考えると同時に、こういうことも心に留めておいてムダはないと思うので、今回はちょっと視点を変えて、考えてみたいと思います。
Nさんは、
「母親は、『私が産んで、育てているんだから大丈夫!』という自信を取り戻してほしい。自分の本能を、もっと信じて欲しい」
と何度もおっしゃってました。
いきなり「本能!」なんて言葉を聞いて、私も面食らってしまったのですが、彼女曰く、
子育ては、予期しないことの連続。赤ちゃんには『あと2分で泣き止んでくれる』『もうおむつは濡れているはず』なんていう、こっちの予定通りには、コトは運びません。でも、なにが起るかわからないからこそ、子育ては楽しいのです。
私たちは経済が発展して行く中で、育児において大きな間違いを起こしました。それは、子育てをすべて対処療法として考えてしまったこと。
『赤ちゃんが泣いたらどうする?』
『おむつが濡れたらどうする?』
と、マニュアルに従って、答えを当てはめるような育児をしてしまったのです。
本来、子育ては『〜もあれば、〜もある』と、幅を持って臨機応変に対応していくことが、大切なのです。
Nさんは育児について話してくれましたが、言葉を替えて行くと、このことはあらゆる場面でいえそうです。
働くということは、予期しないことの連続。社会に出れば『あのお客はこの提案を受け入れてくれる』『部長は僕を抜擢してくれるはず』なんていう、こっちの予定通りには、コトは運びません。でも、なにが起るかわからないからこそ、働くことは楽しいのです。
私たちは経済が発展して行く中で、『自分が社会人になるということ』において大きな間違いを起こしました。それは、就職をすべて対処療法として考えてしまったこと。
『この会社に入社するにはどうすればいい?』
『面接官にこんな質問されたらどう答えるべきか?』
と、マニュアルに従って、答えを当てはめるような就職活動をしてしまったのです。
本来、働くこと、社会人になることは『〜もあれば、〜もある』と、幅を持って臨機応変に対応していくことが、大切なのです。
どうでしょう?
「私がこの会社を(仕事を、役割を)選んだのだから、大丈夫」
何か、自分がうまくいかないことにブチ当たっているときは、この言葉を思い出してみるといいかもしれません。
[2008年03月04日(火) ]
早いもので、2008年も2カ月が過ぎ、残りあと10カ月です!
今年はうるう年で、1日多いはずなのですが、ホント2カ月はあっという間!ちょっとずつですが季節は移って、厳しい寒さの中にも、春を感じることも多くなってきました。
芽吹く季節はすぐそこ!がんばりましょう♪
さて、私事ですが、先日大学時代の友人に会ってきました。
彼女は昨年のクリスマスに、見事第一子を産んだ新米ママ!
まだ2カ月しか経っていないのですが「ぜひ遊びに来て〜」というので、行って参りました。
2カ月の赤ちゃん、可愛かったですよ〜♪
まだ余計な贅肉もぜんぜんついていなくて、手も足も頭もすべてちいちゃくて。
でも、しっかり人間の形をしていて(あたり前か)。
抱っこさせてもらったのですが、じつは私、この年になるまで赤ちゃんというのを抱いたことがありません!
まあ、兄弟も友人も晩婚が多いもので(独身もいっぱいです♪)、周りに赤ちゃんがいるという環境がまったくなかったので、ちょっとどぎまぎしましたが。
初めて抱いた赤ちゃんはあったかくて、小さくて、食べちゃいたいくらい(笑)。みなさんも、ぜひ機会があったら、赤ちゃんは抱っこしておくべき!
「こんな小さな存在が、こんなに大きくなるんだ」
と、単純に感動しますよ。誰もがこんな小さな存在だった、なんてウソみたいですが、いちばんの真実ですよね〜、いや〜すごいもんです、改めて。
この日は、赤ちゃんのお父さんである、友人の旦那様もいっしょだったのですが、2人とも赤ちゃんにメロメロ。お父さんはミルクをあげたり、おしめをかえたり、しっかり子育てパパしていました。
じつは友人はキャリア志向で、結婚してからもずっと
「私は子どもを欲しいとは思わない」
「旦那の会社は育児休暇あるけれど、彼は絶対取れないって言っている。私が取るしかないけれど、ブランクが出来るのはイヤだ」
「(子育てママの)公園デビューとか、そういうのに巻き込まれたくない」
と、こんな調子で、子どもを産むことについて後ろ向きなことばっかり言っていたのですが、フタを開けてみればこの状態。
友人は、私にそんなこと言ったことすら忘れているかのように、幸せいっぱいのママでした。
彼女からさんざん、そんなコトバを聞かされていた私は、聞くたびに「そんなことないよ。産まれたらきっと可愛いしどうにかなるよ!」といっていたのですが、この日の2人のパパ&ママぶりに「ほ〜らご覧!」と内心あきれてしまいましたよ(笑)。
彼女は、石橋を叩いて叩いて叩いて叩いて、何度も叩いてからわたるタイプなのかもしれません。
でも、まさに「案ずるより産むが易し」。
いろいろ不安だったり、迷うことがあっても、物事が動き出してしまえば、なんとかなる(なんとかする!)ものです。
いま思うと、彼女が私にさんざん「子育てがイヤだ」と言っていたのも、反対の意味だったのかも?(笑)
私にとって、人の悩みの聞き方に関して、一つ学んだ出来事でした。