[2008年02月29日(金) ]
海外留学するTさんと最後に出会って感動のひとときを味わいましたが、
ふと気づけば、お互い連絡先の交換もしていません。
「ああ、残念なことをした!」と思いましたが、
同時に、こういうのもいいな、と思ったりします。
学生とは違って、社会に出て働くことの醍醐味の一つは、
「人との出会い」でしょう。
それは仕事上の付き合いから始まり、
仲良くなってプライベートでもいっしょになることもあれば、
仕事でずっと付き合いが続く、パートナーになりうることもあります。
でも、例え付き合いがずっと続かなくても、
その人との出会い、その人と交わした会話が、何年か経った後でも残っている、
と思う瞬間はいっぱいあるのです。
私は自分が25歳で、初めて編集プロダクションに所属する編集者、
社員になったとき出会った先輩のことを、いまでもときどき思い出します。
その先輩(仮にMさんとしましょう)は、私より9歳年上の方でした。
遅刻や居眠りなど、入社したての私は超ダメダメなところがいっぱいあって、
その度にMさんに「小谷さん、仕事する気がないなら、もう帰って」
と怒られていました。なかなかに、怖い先輩でしたよ〜。
でも、仕事帰りに飲みに連れて行ってくれたり、
映画やコンサートなどにも誘ってくれたりもしました。
私が二日酔いでぐったりしていたときは、
「ちょっと休んでいた方がいいよ」といってくれる、
優しいところもいっぱいでした。
彼女は私にいろんなことを教えてくれたのですが、
いまでも折りに触れて思い出すのは、こんな言葉です。
まずは言われたことをきちんとやる。これが仕事の最低条件。
そのうえでプラスα、なにか一つでも、言われたこと以上のことをする。
仕事が出来る人は、その『なにか一つ』を、いつでもやっている。
たくさんやろうとしなくていい。
小さくても『なにか一つ』、相手が『これは助かる!』と思うことを探して、
やるといいよ。
Mさんのこの言葉は、フリーランスになった今、痛感しています。
Mさんはいろんな事情があって、私が入社してから2年で会社を去ってしまいました。
その後、別の先輩が来ることもなかったし、私もフリーランスになってしまったので、
先輩と言える立場の人は、後にも先にも、私にとってMさんしかいません。
もう、年賀状のやり取りすら、ままらならない人ですが、
私にとってかけがえのない人です。
そのころの、Mさんの年齢をとっくに超えた私ですが、
日々出会う仕事上の仲間に、そしてこのブログを読んでくださっている人に、
なにか伝えられるようでありたい。
いや、あらねばと、実感しているこのごろです。
[2008年02月26日(火) ]
私は自分が編集者になりたかったので、
若くしてアルバイトをしているTさんがうらやましく、
「Tさんほどのキャリアがあれば、編集者になっても十分やっていけるのに!」
といつも言っていたのですが、彼女は彼女で、いろんな悩みがあるのです。
編集部で仕事していると、
周りからも『なかなか経験できない仕事なんだよ』って
言われるけれど、私は17歳からこの世界しか知らないから、
そのありがたみもよくわからないし。
もっと、ほかの世界を知りたいし、別のことをやってみたい。
22歳のときもそう思って、留学したけれど、
そのときは結局戻って来ちゃったから、今度こそ戻りたくないんだ
こんな風に言う彼女は、もちろん状況はまったく違うとはいえ、
25歳のときの自分を見ているようでした。
22歳という年齢、25歳という年齢。
その間の3年間。
これは、学歴関係なく、誰もがジグザグに動いて、
もがく時期なのかもしれません。
「私は、私がいまいる世界しか知らない」
このことが、とてもとても、不安なのです。
「世の中には、私の知らないもっと別の世界がいっぱいある。
そこに行ってみたい。でも、勇気がない。
でも、このままここにいる限り、自分は取り残されてしまう」
そんな風に、Tさんも、25歳のときの私も、考えているのです。
だから、私がTDLでもアルバイトしていたっていうと
「それはどうだった??」っていっぱい聞いてきました。
私はTさんに、
私は編集部の仕事に憧れていて、TDLにいながら、
いまのTさんのような気持ちを味わっていたけれど、
10年たって今度は逆の立場になったら、
どっちの仕事も大変だし、どっちの仕事もおもしろいって思う。
10年経ったいまだから、
『あの頃は焦ってたけど、まだまだ若かった』って思うけれど、
25歳のときに、動かなければいまの自分はなかったし、
動いてよかったって思う。
だから、いま、動かないと後悔するって思うなら、ぜったい動いた方がいい。
でも、どんな結果になろうと、やり直しはいくらでもできるし、
編集部での仕事をずっと続けてきたTさんなら、絶対大丈夫!
最後にこの言葉を言って、Tさんにエールを送ることができました。
これは、そっくりそのまま、25歳の自分に言ってあげたい言葉でもあり、
そんな思いにさせてくれた、Tさんに感謝です。
[2008年02月22日(金) ]
TDLでの撮影で、もう一つ印象的なことがありました。
それは、撮影のアルバイトとして同行してくれた、Tさんのことです。
Tさんは、ある雑誌の編集部でアルバイトをしている25歳の女性です。
私が初めて、この編集部と仕事をしたときも、撮影現場に彼女の姿はありました。
撮影現場では、たくさんのスタッフやモデルがいて、
その全員が気持ちよく動けるように現場を整えるのが、編集者の大切な役割ですが、
編集者一人では大変なので、たいてい編集部のアルバイトの方がいます。
アルバイトは、
撮影時に必要な買い出しに行ったり、
遅刻するモデルがいればそのフォローをしたり、
ときには撮影前のカメラテストのモデルになったり、
取材のフォローもしてくれます。
撮影時以外でも、
編集部に送られてくるアンケートをまとめたり、
電話取材をしたり、写真を整理したり、
編集にまつわるいろんな雑務に携わります。
基本的には、編集者の指示に従って動くのですが、
できるアルバイトのコは、現場での動きがわかっているので、
スタッフもとてもスムーズに仕事ができます。
Tさんは、そんな編集部のアルバイトの中でも古株で、
仕事のできはピカイチでした。
編集者やモデルのコとも仲がよいので、コミュニケーションはバッチリだし、
雑務も取材のフォローもイヤな顔一つせず、丁寧にこなしてくれるので、
彼女が現場にいると、本当に仕事がやりやすかったのです。
そんな彼女が、今月、オーストラリアに留学するというので、
編集部を去ることになりました。
編集部にとっては、けっこうな損失です。
最後にちゃんと「さよなら」の挨拶、したかったなあと
思っていたのですが会えずじまいで・・・。
そんな矢先に、Tさんが最後の最後のアルバイトとして、
TDLの撮影にも同行したので、思いがけず、再会することができました!
Tさんも、
「ライターさんが小谷さんって聞いて、会いたいって思ってたんです!」
なんて嬉しい言葉も言ってくれて・・・、なんだか感動的でした。
Tさんは17歳のとき、その雑誌の読者モデルとして登場して以来、
高校卒業後も編集部でずっとアルバイトをしていた人です。
だから編集部との付き合いも8年に及びます。
彼女は言います。
22歳のとき、『このままじゃまずい!』と思って、アメリカに留学したの。
そこで、いろいろ考えたんだけれど、帰国して結局また編集部に戻って来て。
編集部での仕事は楽しいから、またずっと続けちゃって。
でも、また『このままじゃまずい!』って思って。もう25歳だし。
今度は、帰国しても編集部に戻って来れないからって思って覚悟しているんだけど、
来週からオーストラリアに行くなんて、まだ信じられない。
彼女は、25歳という年齢に焦り、もがき、新たな出発をしようとしているのです。
[2008年02月19日(火) ]
前回、大学卒業後、TDLでアルバイトをしていたエピソードを
紹介させてもらったのですが、ちょうどその後、TDLに仕事で行ってきました!
偶然とはいえ、なんだか運命?のような巡り合わせを感じました。
このブログが、TDLでの仕事を呼び込んでくれたのかもしれませんね!!
仕事は、ある雑誌のロケ撮影に同行するというもので、
モデルが園内で遊ぶ様子をカメラマンが写真で取り、
それについてルポするというものです。
久しぶりに、TDLのある舞浜駅に降り立ち、
自分が働いていたころとの変わりようにびっくり!
考えてみたら、働くのを辞めたあと、
プライベートで遊びに行くこともないまま、今日まで来ていたのです!
TDLの本部スタッフの方たちの案内で、園内の撮影をしたのですが、
久しぶりのTDL、本当に懐かしく、そして楽しかったです!
やっぱり、夢の国、いいですね〜(笑)。
この日はリアルに、TDLでどんなことをしていたかも
思い出したりしていました。
まず、アルバイトのキャスト(そのころは準社員という言い方をしていました)は
持ち場に入ると、社員の方から今日1日に行われるスケジュールについて、説明を受けます。
たとえば、
「今日は、●●が設備点検のためクローズしています」
「新商品の▲▲▲が、入荷しました」
「今日は、修学旅行生が■校入っています」
などなど、スタッフひとりひとりが、園内での行事や状況について理解できるように、
申し送りが必ずあります。
そんななかで、
「今日は、雑誌『×××××』の取材・撮影が入っています」
というのも、時たまありました。
それを聞いたとき、
「取材なんて、カッコいいなあ」
っとかなり激しく憧れたものです。
10数年後、自分がその立場でTDLの地に来たときは、
「ああ、キャストもみんな、がんばっているなあ」
と、彼らの働きぶりに感心し、
さらに、私たちの取材に同行してくれた本部スタッフの方
(TDLを運営している会社の社員の方です)に対して、
「この人たちも、一生懸命仕事してくれているなあ」
と、嬉しく思いました。
また、私は1ライターという立場で同行しているだけですが、
この撮影取材をセッティングした編集者も、ここまでこぎ着けるのに、
いろいろ手間ひまかかったろうなあと感じました。
改めて、1つの仕事を完成させるのには、いろんな人たちが関わっていて、
そのどの1つが欠けても、成り立たないのだなあと感じました。
10数年前の私は、
「この仕事はカッコイイ、この仕事はつまらない」
などと仕事を決めつけていましたが、今は、
「どの仕事も大変だし、どの仕事もおもしろいし、やりがいもある」
と素直に思えます。
こんな風に気づかせてくれたTDLに、やっぱり私は感謝したいのです。
[2008年02月15日(金) ]
大学卒業後の春からバイトをして1年が経った頃、
仲良くなった同期たちは一人、また一人と辞めていきます。
それは、感覚でいうと「卒業」みたいなものです。
「ここではもう十分に学んだ。あとは自分の力を試すのみ」
と言った形で、同期のほとんどは、ほかの会社に正社員として就職していきました。
ある人は、化粧品会社の美容部員になりましたし、
ある人は、アパレル関係の売り子になりました。
結婚した人もいます。
みんなそれぞれ、ステップアップしていくのです。
そんな同期を見ながら、私も少しずつ
「自分も、いつまでもここに居てはいけない」
という思いになっていきました。
それは、大学卒業直後に思っていた、「空っぽなプライド」からではなく、
心の底から思うようになっていったのです。
少しずつ、求人広告に応募したり、職業紹介所(ハローワーク)に足を運ぶことが、
日課の中に増えて行きました。
辞めて行った同期に話を聞いたり、いろんな会社に就職したことある同期に、
面接での心構えなどを伝授してもらったり。
でも、すぐに就職が決まるわけではありません。
「残念ながら〜」という通知を受け取ることのほうが、ほとんどでした。
今、就職活動中の方でしたら、すごくわかる感覚だと思いますが、
ホント、「不採用通知」って受け取るとめいりますよね。
「あ〜、またダメだった!」って落ち込むことも多かったのですが、
あるとき勇気を出して「なぜ私はダメだったんですか?」と聞いたことがあります。
そこでの答えは、私をいっそう落ち込ませたのですが!
編集者志望だったのですが
「あなたの性格は、編集に向いてないですね」
とはっきり言われました(笑)
勇気を出して聞いたことで、何かがふっきれたのか、
この頃から少しずつ、打たれ強さを身につけていったように思います。
大人の人と話すのも、怖くなくなってきました。
就職活動中、私をすごく勇気づけてくれた言葉が2つあります。
1つは、ハローワークの相談員の女性から言われた、
「25歳までは、どんな失敗をしても大丈夫よ」
という言葉。
もう1つは、小さな出版社の社長から面接中に、
「バイトを通じていろんな人に出会ったこと、それがあなたの宝ですね」
という言葉。
前者は、今の社会状況でいうと、「30歳」「35歳」という感じでしょうか。
後者は、今でも、私が実感していることです。
社会人としてのスタートは大学を卒業してから1年以上経った頃で、
年齢でいうと25歳。
今でも、社会人デビューが遅いことは、コンプレックスの1つです。
でも、これが「私」ですので、受け入れるしかないですよね。
「職業」について、「働くこと」について、うじうじと悩み、
ビクビクとしていた自分がいたから今の私があるし、
そこからなんとかやって来たから、今でもこのテーマについて、
こうして書き続けているのだと思います。
こんな私が言えることは、
「社会に出る前に、不安はあってあたり前」
ということだけですが、みなさんといっしょに、その不安を乗り越えて、
成長していければいいなあと思っています。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
[2008年02月12日(火) ]
大学卒業後、「高学歴フリーター」としてバイトをしていた私でしたが、
同じバイト先には、さまざまな立場の人が働いていました。
土日は大学や短大、専門学校など学生のバイトが多いのですが、
私が働いているのは平日なので学生はいません。
本当にいろんな立場の人がいました。
*昼間に、家計を助けるためにパート収入を得ようと働いている主婦の方。
*システムエンジニアとしてがんばって来たけれど、人間関係でもめ、
あげく体調を崩して会社を退職した3歳年上の女性。
*結婚を控えてそれまで働いていた会社を辞め、憧れのTDLで結婚までの
腰掛けバイトをするという1歳年上の女性。
*高校卒業後、バイトを掛け持ちしながら生活しているという4歳年下の女性。
*劇団の研究生をした経験もあり、いろんな会社で事務の仕事をしながら、
TDLでも何度も働いた経験のある明るい性格の2歳年上の女性。
*英語の専門学校を卒業した後、私と同じように就職が決まらず、
TDLで初の社会人のスタートを切った3歳年下の女性。
ざっと、こんな感じでしょうか。
見事に、私と同じ学歴、経歴、年齢の人はいませんでした!
大卒は、私たちバイト(TDLではキャストっていうのですが)を
統括する社員さんだけでした。
その社員さんは、いわゆる総合職系なので、管理がほとんど。
実際に現場で私たちに指示を出すのは、私より年下の方ばかり!
大卒の方は全然いませんでした。
さらに、OJTで私に最初に仕事を教えてくれた人は、
年は同じくらいでしたが(1つ下か上のどっちかだったように思います)、
大卒ではありませんでした。
こんな環境に身を置いたのは、私は初めてでした。
それまで、高校でも大学でも、先輩も後輩も、自分と同じような感覚の人ばかりで、
その中の価値観だけで生きていて、その中だけで「私はダメだ」「私はまだましだ」
なんて感覚でいたんだなあというのを、まざまざと感じました。
そして、私自身を縛っていたのが、
「大卒なんだから、●●●じゃなきゃだめだ」
っていう、独りよがりの思い込みでした。
そんな気持ちは、現場で働く一人としては、
ぜんぜん必要のないものなのです。
私の仕事は、TDL内にあるお土産ショップでレジを売ったり、
商品を並べたり、お客様に園内を案内したりっていう仕事です。
ある意味、とても単純なのですが、それまでそういう仕事を
アルバイトでもしたことがなかったので、覚えることもいろいろありましたし、
人相手の仕事でしたので、緊張もしました。
でも、そこは、毎日毎日やっていくうちに慣れていくものなのです。
笑顔も、自然と作れるようになりました。
カンペキではなかったかもしれないけれど、TDLのキャストとして、
最低限のラインはクリアする、働きはできるようになったのです。
そしてなにより、働いた分(少ないながらも)収入はあります。
毎月14万ほど(だったように思います)定期的な収入があるというのは、
大卒の初任給と比べたら悲しくなるかもしれませんが、やっぱり嬉しかったです。
さらに、TDLでは季節ごとにバイトを採用するので、
同じような時期に入ると、なんとなく「同期」って感覚があって、
いっしょに働く人とも仲良くなっていきました。
学歴も、年齢も、これまでの人生(大げさですが!)も違う人と、
同じ空間で働いていく。
私はここで初めて、社会参加する人、社会人になれたのだと思います。
[2008年02月08日(金) ]
今、大学卒という学歴があるのに、正社員として定職に就いているわけではなく、
アルバイトやパートで生活をしている人が増えている、
というようなことが盛んに言われていますが、まさに私は、それでした。
いわゆる「高学歴フリーター」ってヤツですか?
今の言葉でいうと・・・。
私の場合、大学を卒業したあと、一人暮らしを解消して実家に戻り、
とりあえず地元でアルバイトをしました。
(TDLで働いていたんですよ♪)
「学生ではないし、親からお小遣いもらうわけにいかないし、
やっぱり自分の食い扶持分くらい、自分で稼がなきゃ」
という意識はありましたが、実家暮らしでバイトの口もあった分、
これはかなりラッキーだったと思います
当時はそんな意識はありませんでしたが。
今、20代の人が置かれている環境を思うと、本当に大変だと思います。
でも、私はずっと、バイトを続けながら、
「これは、大学を卒業した自分のやる仕事ではない!」
という意識が強く、
「こんなことをしていてはいけない、早く抜け出さなきゃ」
と、毎日毎日、思っていました。
しかし、思いとは裏腹に、行動はまったく伴わないんです。
具体的には、企業の求人広告を新聞等で見つけはするけれど、
応募することはない、とか。
「マスコミの仕事がしたいなあ」と漠然と思っているけれど、
どこでなにができるのか、調べることはない、とか。
とにかく、頭では「私は大卒だし、ヘンな仕事はできない!」って意識はあるのに、
「でも、自分はなにもできない、なにもしない」という、
まるっきりのダメダメ人間でした。
プライドや理想は高いのですが、私自身の中身は、空っぽでした。
具体的には、
「英語ができるわけではない」
「パソコンができない(キーボードを打つことができない)」
「コミュニケーション能力が高いわけではない」
「大学で特別な何かを勉強したわけではない」
とにかく、「ないないづくし」でしたので、日々悶々としていました。
自分に自信がなく、人と会うのが(とくに、大人、社会人という人)、
すごくすごく怖かったのです。
今思うと、当時の私は、大人の人から
「あなたって大学まで卒業したのに、全然何も出来ない、ダメ人間なのね」
というレッテルを貼れれるのが、怖くて怖くてたまらず、
自分の殻に閉じこもっていたような気がします。
そうすると、だんだん行動範囲が狭くなって、
バイト先と自宅との往復ばかりになるのです。
大学時代、あれだけ自分の行動範囲を広げ、友人関係を広げ、
アクティブに、自由になったと思った自分が、どんどん失われて行くような感じでした。
気持ちばかり焦る、でも腰は重い…という感じで、
気がつけば1年以上、就職活動しない日々が続きました。
バイトには行くけれど、それだけ。
どこにも面接や試験を受けに行きませんでした。
[2008年02月05日(火) ]
みなさん、こんにちは。
以前は「大学受験の先にあるもの 〜職業を考える〜」というタイトルで、
主に高校生を意識した内容で書いていましたが、
今月からは、大学生や若手社会人の方を対象にして、
ブログを書いていくことになりました。
よろしくお願いします!
取り上げる内容はそれほど変わらないと思うのですが(笑)。
でも、高校生と大学生では、まったく違いますよね!
表面的なことでいうと、
高校は3年間だけれど、大学は4年間。
大学在学中に20歳を迎える人がほとんどで、文字通り成人となります。
高校と違って大学生には制服がないから私服で毎日学校に行くので、
オシャレな人には楽しいですね!
授業やテストのやり方も大学と高校では全然違う。
学校によっていろんなケースがあるでしょうけれど、
自分が学ぼうとしない限り、大学では学べません。
公私ともに、高校よりもずっと、学生自身の自主性が重んじられているのが、
大学生です。
みなさんも、高校生から大学生になったとき、いろんな衝撃を受けたことでしょう。
たとえば、授業(講義)を自分で選択して受け、
進学に必要な単位を取得することとか、
高校の担任の先生と、大学でのゼミ担当の教授では、
自分との関わり方が微妙に違うことなど、
実感していると思います。
学校行事などへの関わりも、ぜんぜん違いますよね。
「クラスメート」というのがあたり前にいた高校と違って、
大学では自分で意識して動かないと、友だちも作れない、
という人もいることでしょう。
私の場合、一人暮らしをしたこともありましたが、
大学時代は本当に自由って感じでした。
いろんなことから開放された4年間で、
本当に楽しかったです(勉強はほとんどしませんでしたが、笑)。
大学生活を十分楽しんだ私ですが、就職に関してはあきらかに失敗!
漠然と「ものを書く仕事、伝える仕事がしたい」と思い、
マスコミ関係を受けたのですが、就職試験は見事、ぜんぶ落ちました。
ほかに興味のある会社や業界もなかったため(というより、何にも知らなかったため)、
「卒論の準備もあるし」と自分にいいわけをして、
途中で就職活動を辞めてしまいました。
私は、就職浪人をした身なのです。
こんな私が大学を卒業して10年以上経って、
「職業」をテーマにした文章を書くなんて、
夢にも思っていませんでした。
自分の経歴から考えると、「職業」について語るなんて、
ちゃんちゃらおかしいのです。
でも、もし今、学生から社会人になるのに不安に思っていたり、
自信がなかったりする人がいるならば、
私の体験が、社会に出るときの、
ほんのちょっとした勇気になるのかもしれない。
そんな風に思うので、今回はリニューアル第1回だし、
自己紹介がてら、自分のことを書かせていただきますね。