[2007年09月26日(水) ]
4年間の学生生活を終え、実家に戻ってきて、アルバイトをしながら就職先を探していました。
この頃は、結構しんどい毎日でしたが、「自分はどんな仕事が向いているのだろう?」ともがきながらも、前に進もうとしていました。
無事、都内で編集の仕事に就くことができ、バリバリと働き出した頃、偶然地下鉄の駅でS君に会いました。
向こうから私に気づいて、声かけてきてきたのです。
開口一番「なんだか、フンイキ変わったね」とS君。
それは、いい意味でいってくれていることが、すぐに伝わってきました。
そのとき私は「勝った!」と思ったのです。
高校時代の片思い、告白の末の玉砕、未練を断ち切れなかった浪人時代を経て、大学で私は確かに変わったのでしょう。
自分に自信持てるようになったし、恋愛に対しても少しは相手の気持ちがわかるようになったし、自分が好きになるばかりではなく自分のことを好きになってくれる存在に出会えたことも、大きかったです。
でもなによりも、私は、高校時代、自分から告白したことが、その後の人生でなによりの自信になりました。
S君とは両思いにはなれなかったけれど、S君に私の気持ちは十分すぎるほど十分通じて、
何年も経っていろんな経験をした後、最高の形で返してくれました。
いまでも、高校卒業のときに彼が私に「どうしても好きになれない」といってくれたことを、思い出します。
なんて正直な言葉なんでしょう。
大人になったら、こんな言葉、ぜったいにいえません。あんなに正直に、気持ちを伝え合ったことは(それが両思いにはならなかったとしても)、私にもS君にも、いい経験になったハズです。
高校生だからいえたし、受け止められたんだと思うのです。
このことがあったから、自分はその後、ハッピーな恋愛も経験することができたのだ自負しています。
今回は、受験生にも就職にもふさわしくない、恋愛をテーマにした話をしてきましたが、
いま受験を前に、恋愛で悩んでいる人がいたら、その気持ちは大事にして、自分なりに突き進んでください!
守りに入ったり、後ろ向きに考えたりしないでも、
受験後にきっとハッピーが待っているはず!
だから、やっぱり勉強がんばっていきましょう!!(←結局、このことがいいたかった!?笑)
受験も恋愛も、いっぱい失敗していっぱい立ち直って前進してこそ、意味があるのですから!
[2007年09月25日(火) ]
浪人してからは、文字通り勉強三昧の日々でした。
毎日、予備校に通って勉強しました。だって受験生だもんね(笑)。
そんな中でも、たまに高校時代の友人(現役合格している人)に会ったりもしていました。
話す内容といえば、ここでも恋愛のことばかり!
勉強のことや、大学のことなんてほとんど話さなかったように思います(笑)。
友人がいろいろ動いてくれて、私が片思いのS君とその友人たちと、男女数人であって遊んだりもしました。
私としては、S君にはフラれてしまっていたのですが、友人としてでも、会えることが楽しかったのです。
大好きだったので、相手が私のこと好きじゃなくても、好きな気持ちは変わりませんでした。
それに、浪人中だったので、新たに好きな人を見つけようという気持ちもぜんぜんなくって、
「片思いでも、好きな人がいる」ということに満足していたのでしょう(たぶん)。
無事地方の国公立大に合格し、私は家を離れることになったのですが、
引っ越しの準備をしている頃、友人から電話が。
「S君が、小谷の家の近くの本屋でバイトすることになったんだって。
突然会って、動揺させても悪いからって心配しているよ」
S君、こういうところ優しいんです。
でも、心配なんて無用、私は新しい大学生活が始まることに、ワクワクしていたのです。
大学入学を期に、親元を離れ、私は文字通りのびのびとした気持ちでした。
早速好きな先輩もできて(また片思いで、ふられてしまいましたが)、
両思いになれた彼氏も出来て、恋愛に関しては高校とは比べものにならないくらい、ハッピーな経験をすることができました。
[2007年09月21日(金) ]
その彼は(S君としましょう)、S君とは2年生のときから同じクラスで、同じクラスになったときから好きでした。
つき合う…なんていうのとはほど遠いのですが、
バレンタインデーにチョコあげたり(ちゃんとお返しももらったよ)、S君の好きな野球に誘ったり(私はそのころヤクルトファン、彼はジャイアンツファンでした…)、遊園地に遊びにいったりしました。
彼も私も国公立大志望だったので、それにかこつけて、模試のことや予備校のこと、大学のことなど、いろいろ共通の話題を見つけて、近づいていったものです。
いま思うとずいぶん積極的にアプローチしていました(あまり戦略的によくはなかったのですが)。
受験の結果は、彼は現役合格、私は浪人となりました。
浪人となったのは、恋にうつつを抜かしていたというのも、いまにして思えばあるのかもしれませんが、明らかな勉強不足。
でも、好きな人がいたことで学校に行くことに張り合いがあったので、受験に失敗した理由にしたくはありません。
むしろ、彼が同じ国公立大志望だったということで、励みになったものです。
浪人が決まり、卒業式を迎え、予備校に通う手続きなどしていたころ、私は彼に電話しました。
(いまの時代のように、携帯電話なんてありませんから、家に電話したんですよ〜! 彼の家族が出て、超どきどきでした)
「私は浪人してしまったけれど、勉強がんばる。がんばりたいから、また誘ったら会ってくれる?」
…詳しくは忘れてしまいましたが、こんなことをいったような気がします。
結果は…
「会うのはかまわないけれど…」というものでした。
彼にはっきり
「どうしても好きになれない。好きになろうと努力したけれどムリだった」と言われました。
私は浪人になったことよりも、こっちのほうがずっとずっとショックでした。
悲しくて悲しくて、一人大泣きしました。みごとに、カンペキな片思いでした。
[2007年09月20日(木) ]
みなさん、こんにちは!
今月は、文化祭だったという高校生も多いのではないでしょうか?クラスのみんなで喫茶店を出店したり、お化け屋敷をやったり、演劇をやったり。
同好会の発表会をしたり、有志で歌やダンスで盛り上がったり、さまざまでしょう。
私も自分の卒業した高校が、文化祭で盛り上がる学校でしたので、とても懐かしいです。
もう、受験勉強そっちのけで、夏休みに学校に通い準備したものです。
高校3年生のときには、クラスで演劇をやることになり、私も役者として出演することになりました。
私のクラスはそれほど仲がいいというわけではなかったのですが、
みなそれなりにまとまり、楽しんだものです。
私の高校は、伝統的に、クラスでお揃いのハッピを作るというのがあって(いまはどうだかわかりませんが)、だいたいクラスの女子が男子の分も作るのです。
いま思うと、なんのこっちゃ〜ですけれど!(なぜ男女で役割分担があるのだ?)
私は、その時クラスに好きな男子がいたので(!)彼に作ってあげてました(笑)。楽しかったなあ・
その彼と高校時代、大学、そして社会人になってからのエピソードで、
「ああ、私一生懸命だったな」と思うことがいろいろあるので、
私事で恐縮ですが、その彼とのことを今回はみなさんに紹介したいと思います。
[2007年09月07日(金) ]
薬学部出身者で、治験に関わるSMO業界で働いている2人を紹介しましたが、
2人が2人揃って「人間関係を広げたい、視野を広く持ちたい」と言っていることが印象的でした。
薬剤師の働く病院では、それがかなわない、ということでは必ずしもないと思うのですが、
病院のなかの人間関係には縛られず、自分の知識や能力を試したいということなのでしょう。
薬学部卒=薬剤師、というわけではこの先、必ずしもないのかもしれません。
6年制への移行などの話もあり、薬学部を取り巻く状況もどんどん変化していくのでしょう。
その昔、それこそ私の高校生時代は、薬学部というと「優秀な理系の女子の王道」のようなイメージでした。
実際、薬学部に進むのは圧倒的に女子が多く、その理由も
「資格が取れるので、将来が安定してそう」「病院に就職しやすそう」「親に言われている」などなどで、
自立を促すようである一方、「病院=医師との玉の輿」のようなイメージもなきにしもあらず?
とにかく「優秀」「女子」っていうイメージが強いのは、私だけではないはずです。
友人に、それを地でいくような人がいたのです。
彼女とは同じバスケット部だったのですが、運動神経もバツグン、成績も文理問わず優秀。
さばけた性格なので、男女問わず人気がありました。
けれども、彼女は一人っ子。そして、母親が異様に教育熱心でもありました。
学内推薦でいろんな学部、大学を受けられたにも関わらず、親の進めで薬学部に入学。
卒業後は、医薬品メーカーに就職しました。
そこで彼女は入社早々、同期の男の子と恋人同士になりました。
どうやら、この辺からケチのつけはじめだったようです。
彼女の母親は、この交際に大反対。
はっきりとはいいませんが、医学部出身でも、薬学部出身でも、理系出身でもない彼を認めていなかったようです。「これでは娘が玉の輿に乗れない!」「娘の学費にいくらかけたと思っているんだ!」etcというものらしいです。
(MRなどの仕事は、理系でないくてもつく人はいます。彼女の相手は地方の経済学部出身です)
けれども、友人は頑固でした。
自分が決めたことは絶対曲げない人だったので、母親の妨害にも曲げず彼と付き合いは続け、
母親も説得して、交際から10年近くたってやっとゴールイン。
その間、彼は転職し、医薬品メーカーとは別業界で働いているようです。彼女のほうは外資系との合併、リストラなど会社を取り巻く状況は変わりましたがそれに柔軟に対応し、仕事は続けています。
そろそろ、おめでたなどの話が聞こえてきそうですが。
私の友人の例は、薬学部出身者の仕事の歩みというより、人生の歩みのようでもありますが、
「薬学部に入ったから○○になる」の○○は、必ずしも狭いものではないということ。
限定されたものでもなければ、だれかが決めることでもない。
それは、自分が決められるものだ、ということなのです。
薬学部のような専門性の高い学部であっても、活躍の場は自分次第で広げられるはずです。
薬剤師以外の道はないと思っていたTさんもSさんも、企業と医療機関、製薬メーカーの間を上手に泳いでいます。
彼女たちは「会社に入って、いろいろ勉強するのが楽しい」と言っています。
曰く、薬事法について、検査について、薬について、契約についてetc。
そんな彼女たちをみて「やっぱり理系女子の王道は違う」と思うのは私だけではないはずです!
[2007年09月06日(木) ]
治験に関わるSMOという業界についてお伝えしていますが、
もう一人、私が話を聞いたSさんについて紹介します。
Sさんは、今年薬学部を卒業し4月に入社したばかりの新人さんです。
薬学部ですから、当然薬剤師免許も持っています。
「私はずっと研究職に興味があったのです。
人嫌いだと思っていたし、だから薬について研究する薬学部を選んだのもあります。
ところが、大学に入って飲食店でアルバイトをしたのですが、それがすっごい楽しかった!
人と接するのってなんて楽しいんだろうと(笑)。なんか、大学で性格変わってしまったんですよ。
それで、いろんな人と関われるような仕事につきたいと思うようになりました。
病院や調剤薬局の薬剤師では人間関係が限られてきてしまうように感じているときに、
SMO業界のことを知り、これだって思ったのです」
Sさんは、治験コーディネーター(Clinical Research Coorinator、略してCRC)と呼ばれる仕事をしています。
CRCとは、治験の進行をサポートするスタッフです。
CRCは、直接患者と関わり、治験に参加する患者へのインフォームドコンセントや同意説明、心のケアなど、
医学的判断を伴わない被験者に関わる業務を行います。
また、治験が円滑に行われるように、治験に関わる事務的業務、治験に関わるチーム内の調整業務などを行います。
「CRCは、看護師や臨床検査技師を経験した人がなる場合も多いのですが、
薬に関わることでもあるので、薬剤師出身者を求めるところも増えているようです。
前回紹介したTさんは、主に治験の契約から実施するまでの業務に携わっていましたが、
Sさんは治験コーディネーターとして、治験そのものに関わります。
治験が行われている期間中は、ずっと病院に勤務するとのことです。
Sさんは
「新薬開発には興味ありましたが、患者さんと接したいと思っていたので、製薬メーカーは考えていませんでした。
CRCは、患者さんと接することもできるし、新薬開発にも携われる。
そして、医師や看護師など医療機関で働く人だけでなく、製薬会社の方などいろんな人と接することができるので、
この仕事を選んで本当によかったと思っています」
[2007年09月04日(火) ]
さて、新薬の開発のための行われる臨床試験=治験をサポートする機関としてSMO、CROという機関があることを前回お伝えしました。
私が取材したのは、医療機関側を支援するSMOの業務を行う会社ですが、
そこでお話を伺ったのが、入社2年目のTさんです。
Tさんは薬学部出身で、薬剤師の資格も持っています。
彼女に、なぜ病院や調剤薬局の薬剤師ではなく、SMOという業界を選んだのかを聞いてみました。
「入学前は、SMO業界のことなんて、まったく知りませんでした。
しかし、3年生になって校内で開かれた就職セミナーで、この業界に就職している先輩の話を聞くことができました。
薬学部に進んだときから、自分は将来病院か調剤薬局で薬剤師として働くか、製薬メーカーに行くんだろうなと思っていたのが、
それとは別の道があると、そのとき初めて知ったのです。
病院の中だけにいると意識が狭くなるし、社会人としてのマナーも身に付かないのでは…と思っていたので、
企業で働いてみようと思ったのです」
Tさん曰く、
病院では薬剤師なら薬剤師、看護師なら看護師、検査技師なら検査技師と業務が専門化、細分化されていて、「ここは私の仕事!」裏を返せば「私の仕事以外は知らない」という意識が強いように感じたといいます。
また、社会人としてのマナーということに関して言うと、病院は一種独特の世界なので、企業で働く人のようなビジネスマナーとは別のやりとりが多いのでしょう。
Tさんは、病院で働く人を否定していたわけじゃありません。
けれども、
「企業に入っていろんな人とかかわり合って、自分を成長させたい」という意識が強かったようです。
Tさんの仕事は、製薬メーカーなどから治験の打診があったとき、担当する医療機関の医師と相談し、治験を行うか否か、どのように行うかなどを取り決め、治験契約書を作成したり、治験の準備をすることです。医師とのコミュニケーションがとても重要だということです。
「先生によっては、治験に消極的な人もいれば、薬に対して研究熱心な人もいます。
先生のタイプに応じて、話の持って行き方をかえながら、治験に協力してもらうよう、交渉します。
最初、先生は気難しくてなにを話していいかわからなかったのですが、いまでは対等に話ができるようになりました」
薬学部卒ということで、薬に対する知識は十分なので、医師からの信頼も得やすいようです。
また、Tさんは新薬の開発ということにも興味があったので、いまの仕事にやりがいを感じるといいます。
「薬学部卒なので、医薬品メーカーの医薬情報担当者(Medical Representative、通称MRと呼ばれます)になる道もあったと思います。
けれども、MRの私であったならば先生はこんな風に対等に話をきいてくれなかったと思います。
MRの役割はとても重要なのですが、医薬品メーカーの人間なので、どうしても営業セールス的なところもあって、先生の中には苦手な人が多いのです」
SMO業務であれば、患者の治療に役立つかもしれない薬の情報を持ってくる人であるため、
医師から対等なパートナーと見なされるようです。
こんなところにも、入社2年目のTさんは仕事のやりがいを多いに感じているようです。
[2007年09月03日(月) ]
みなさん、こんにちは!
夏休みも終わりました。新学期です。
夏休みの計画がうまく行った人も、うまく行かなかった人も、気を引き締めていきまっしょい!
今回は、薬学部出身者の、就職先について考えてみます。
というのも、先日取材した企業が、薬学部の学生を積極的に採用しようとしており、
薬学部出身者の方の話が興味深かったからです。
薬学部といえば、薬剤師の国家資格が取れる学部です。
将来の就職先としては、病院で働く薬剤師、調剤薬局で働く薬剤師というのが一般的です。
ほかには、製薬会社で新薬開発に関わったり、大学病院で研究を続けるという道もあります。
しかし、私が取材した企業は製薬会社でもなければ、病院、クリニック、大学でもありません。
そこは、Site Management Organization 略してSMO
日本語でいうと「治験施設支援機関」です。
SMO=治験施設支援機関とは、
文字通り、治験を支援する機関のことです。
治験(英語でいうとClinical TrialまたはStudy)とは
医薬品の製造販売承認を厚生労働省に申請する際に提出すべき資料の収集を目的として行われる臨床試験のことをいいます。
臨床試験とは、人を対象にした試験で、
治験とは、承認前の薬剤(医薬品候補)を実際に、患者や健康な人に投与することで、薬の安全性を確かめたり、副作用の有無および種類、程度について確認し、薬の効果や適切な投与量、投与方法を確かめる臨床試験のことです。
詳しくはこちらをご覧ください。
「治験」ホームページ 厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/chiken/index.html
治験は病院で行われるのですが、
SMOとは、「治験の実施に関わる業務の一部を、実施医療機関から受託するもの」と位置づけられています。
SMOは特定の医療機関(病院やクリニックのことです)と契約し、その施設での治験業務を支援しています。
というのは、医師や看護師は日常の診療で多忙なため、治験に関する業務を行うのは大変です。
そのため、SMOが治験に関わる医師や看護師、事務局の業務を支援し治験の負担を軽減しているのです。
ちなみに、医薬品開発メーカーを支援するCRO(Contract Research Organization、開発業務受託機関)と呼ばれる業種があります。
こちらは製薬メーカーが行うことを代わりに実施する会社です。製薬メーカーと契約し、医療機関で治験のモニタリング(訪問、交渉)を行います。
どちらも治験をサポートする機関ですが、
SMOが医療機関側にたって支援するのに対し、
CROは製薬メーカー側の支援を行っています。
[2007年09月01日(土) ]
最後に、お盆休み明け早々に、広告代理店のSさんから電話がありました。
「なんか、最近忙しいって噂ですけれど、どうですか?」とのこと。
Sさんの務める広告代理店とは、私がフリーになってからのおつきあい。
制作担当の方から、営業担当の方、人事の方まで幅広く知っています。
とてもフランクなカンジの社風で、あるプランナーの方を中心にいろいろと仕事はいただいていたのですが、
そのプランナーの方が今年の5月退社して以来、仕事は少しご無沙汰していました。
「忙しいっちゃ忙しいけれど、ヒマっちゃヒマ」というのが常の私なので(笑)、
案件、ありがたく引き受けることになりました。
薬学部出身の方へのインタビューになりそうなので、このブログでも内容紹介できればと思っています。
どうしても、メインの担当者が会社を離れてしまうと、仕事のつながりが途切れがちなのですが、
そこは会社ぐるみでおつきあいさせていただいているので、ありがたいです。
(一度、接待?ではないですけれど、お相撲をご一緒させていただいたこともあります。マス席のものすごくいい席で、相撲好きの私には涙ものの席で楽しく観戦できました)。
一方、辞めてしまったプランナー(仮にHさんとしましょう)の方は、
あるデザイン事務所に、本人曰く「丁稚奉公中」らしいのですが、メール等で連絡は取り合っています。
「また仕事でご一緒したいですね〜」なんて話をよくしています。
私より10歳近くも若いので、まだまだ勉強中ってカンジの彼は、見ていて応援したくなります。
Hさんが代理店に勤めているときは、私が仕事をもらう立場でしたが、
クリエイター目指して会社を飛び出したいま、今度は私が彼に仕事を紹介できれば!
そんなカタチで、彼を応援できれば、とも考えています。
猛暑日が続く今年の夏、人とのつながりはありがたいと実感。
今度、暑気払いの集まりがあったら、顔を出してみようかな、と思っています。
「仕事も人も、出会い」、いい出会いを呼び込むよう、日々過ごしたいですね♪