[2007年05月21日(月) ]
聞けば、彼のお父さんは地元のスキー場で「外回りの仕事」をしているそうです。
観光に携わる仕事でもあるので、息子である彼も、「観光客には親切にしなければ」と教えられているのかもしれません。
あるいは、お父さんの姿を見て、自分も、知らず知らず“那須の顔”という意識が芽生えたのかもしれません。
もっと単純に、私たち2人があまりに頼りなげにみえたので(!)助けなければと思っただけかもしれません。
いずれにせよ、私たちは
“地元の中学生に声をかけられた”ということで、かなりハッピーな気分になったのです。
中高生のみなさんは、
「自分が大人にどう見られているか?」を気にしていると思いますが、
結構、大人も(少なくとも自分は)
「いまの中高生の目には、どう映っているのだろう?」
と、わりと考えていたりするのです。
「あ、この人にはいろいろ聞いてもいいかな、伝えてもいいかな」と、彼に思われたということが、
こうして、中高校生に向けた文章を書いている身としては、嬉しかったのです。
大人の一人として、
彼らからコミュニケーションをとってきてくれたことが、嬉しくてしょうがないのです!!
みなさんに、せひ伝えたいのは、
こんな単純なことで喜ぶ大人もいるということ!
「いろいろ聞いてよ! 私でよければ話聞くよ! 知っていることは教えるよ! 力になるよ!」と思う大人って、
案外多いものなのです。
自分が「この人なら」と、なにか心を動かされる大人がいたら、思い切って“自分から”声をかけてみてください。
自分が思っている以上に、相手の大人に、ハッピーが伝わるはずです!
そして、別の土地から来た人に対してであれば、
地元の印象を決める何かになる可能性もあり。 いわば“顔”なのです、あなたの存在が!
勇気を持って、大人とのコミュニケーションの第一歩を踏み出してください。
周りの大人は、それを待ってますよ!
[2007年05月19日(土) ]
その彼は、“Nasu junior high school”のロゴ入りのジャージを着て、バス停のベンチに1人腰掛けていました。
私たちは、ある美術館を見学した後、その中学校の前を通って、徒歩20分の末、そのバス停につきました。
ヘトヘトに疲れていたので、彼の座るベンチの端に2人して腰掛けました。
すると、彼は私たちに
「これから、どちらに行くのですか?」と声をかけてきたのです!!
私たちはびっくりしてしまいました。
というのも、旅先で地元の“おじさん、おばさん”に声をかけられたり、あるいは逆にこちらから声をかけることがあっても、相手が“中学生”ということはまずなかったから。
しかも、向こうから声をかけてくるなんて! なんて大人なんだ! と、私たちは2人しばし興奮状態。
私たちが行き先を告げると、「自分もそこで降りる」とのこと。
さらに、「そこに行って何をするんですか?」と聞かれました。
私たちはそこから近いあるお店で食事をしようとしていたので、その事を伝え、そこが美味しいかどうか聞きました。
彼は「行ったことない」とのことで、地元人情報を得ることはできませんでした。
さらに、彼に私たちがオススメの場所を聞くと、いくつかスポットを紹介してくれましたが、
車のない私たちにはアクセスが悪く、結果的に行くことはできませんでした。
彼からの情報は、私たちには(実質的に)役には立たなかったのですが、
私たちは彼に出会えたことで、那須という場所の印象がぐんとよくなりました。
バスに乗る前に「●●まででしたら、320円かかりますよ」と教えてくれたり(私たちはバスのパスポートを持っていたので、それを知らなくても大丈夫だったのですが)
バスの中でも、彼は開いている座席に座らずずっと立っていました。
日頃、電車の中でシルバーシートに座る制服姿を見て、「これからの日本はどうなるのだろう」と妙な不安感を抱いたりもしていたのですが、
「まだまだ捨てたもんじゃない」となんだか、明るい気持ちになれました。
「お父さんは何やっているの?」
「将来はここで働こうと思っているの?」
という、私たちの質問にも、照れながら(困りながら? かも。笑)いろいろと答えてくれました。
[2007年05月17日(木) ]
さて。
私たちは車を持っておらず、さらに電車の中では大好きなビールをいつも飲んでしまうので(!)
観光地での移動はバスや電車など公共の交通手段に頼らざるをえません。
那須ロープウェーの山麓駅までも、JRの駅からバスを使ってでかけました。
平日ということもあるのでしょうか、終点の山麓駅まで乗っていたのは、私たちだけでした。
ロープウェイの山麓駅には、駐車場があり、そこにはマイカーで訪れた観光客がいました。
若いカップルもいれば、中高年のグループ、親子3代など…。
ハイシーズンにもなれば、団体のバスで訪れる人も多いのでしょうけれど、
那須はマイカーで移動する人たちのほうが、断然多いようです。
たしかに、マイカーであれば時間を気にせず移動できるし、
途中立ち寄りたいところがあったら、自由に寄り道もできます。
マイカーで観光というのが、いまはスタンダードなのかもしれません。
今回も、「ここ行きたい!」という場所があったのですが、そこはバスの最寄り駅から徒歩20分以上かかるところで、
しかもバスが1日に4〜5本しかない路線でしたので、断念しました。
(別の観光用巡回バスが走っていたようですが、私たちが買ったバスのパスポートとは違っていたので、
乗れませんでした)
もう少し、事前に計画していればよかったなあと思いますが、仕方ありません。
「やっぱり車じゃないと、旅は楽しめないのか?」と、がっかりすることも多いのですが、
今回はバスならではの、楽しい出会いがありました。
[2007年05月15日(火) ]
いきなり私事で恐縮ですが、私は先日休暇を取って那須高原(栃木県)へ行ってきました。
那須はまったく初めての土地で、
今回は急に行くことを決めたので、ほとんど予備知識もないまま行きました。
いわゆる那須の「シーズン」は、
5月の新緑がまぶしい季節だったり、
夏の避暑であったり、
秋の紅葉であったり、
あるいは冬のスキーなのかもしれません。
私が訪れたGW前の4月下旬は、桜は終わりかけであるし、
新緑やゴヨウツツジには、まだまだ早い季節です。
(ちなみに、ゴヨウツツジとは愛子様のお印にもなっている、可憐な純白の花で那須には、3万株が自生する国内最大級の群生地があるようで、5月中旬から6月上旬頃に楽しめます)
もしかして、こんな時期に訪れるのは間違っているのかなあと思いましたが、
そんな心配は無用でした!
木々はまだ葉を落とした状態でしたが、
冬枯れたなかにも、これから春を本格的に迎えるエネルギーのようなものを感じましたし、
春の霞がかった空の向こうに、雪を冠した山々が見える姿に、心が穏やかになりました。
夏や秋には見られない景色ですし、こうした季節の変わり目に訪れるのもいいものだと感じました。
何の計画もしていなかったのですが、駅で「那須ロープウェイ」なるものがあることを知り、
せっかくココまできたのだから、山の高いところまで行きたい! ということで、乗ってきました!!
ロープウェイで山頂まで行き、さらにそこから登山も楽しめるのですが、前々日に降った雪の影響でとても寒く、
また登山用の格好をしていなかったので、山頂まで行くのはあきらめました。
でも、結構中高年の方がガンガン山を登って行かれるので、「よ〜し、次は私たちも!」なんて決意を新たにしたものです。
普段、パソコンの前でうんうんうなりながら仕事をしているので、
大自然の中に身を置いただけでも、かなり日常の毒が抜けたような気がします(笑)。
[2007年05月13日(日) ]
最近、某テレビ局の放送した番組ねつ造問題などもあって、
一般的に「マスコミは信じられない」という雰囲気に包まれているような気がします。
その一方で、テレビなどのマスコミが、実際の社会にもたらす影響は、
問題となった番組の、その後の消費者行動はもとより、
選挙や政治等の現場で、より顕著に表れています。
インターネットなど、様々なメディアが発達していますが、
はやりテレビの与える影響力は大きいなあと感じざるをえません。
「与える影響が大きいから、そこに規制をかけよう」という動きが、
現在、政府の間で進行していますが(メディア規制と呼ばれるものです)、
このことを、中学生や高校生であるみなさんはどう感じていますか?
感受性の鋭い10代のみなさんだからこそ、率直な考えを聞きたいと思うのです。
私も、マスコミの端くれにいる人間として、その弊害は日々感じることでありますが
(実際、自殺報道などは問題だらけだと思いますし、番組の情報をねつ造するのもあってはならないと思います)
だからといって、「マスコミは信じられない」とか「悪いのはマスコミだ」と、
マスメディアから流れてきた情報をシャットアウトしたり、規制したりする姿勢は、ちょっと違うと感じています。
仮に、その情報がどこか偏った立場からのものであったり、利害関係を感じさせるものであったとしたならば、
「なぜ、自分はそう感じるのか?」
「なぜ、このタイミングでこうした情報が流れるのか?」
など、自分の心情や立場を踏まえ、さらに情報の背景を探るクセをつけて欲しいと思います。
そうすることで、モノの見方は確実に広がります。
私自身、マスコミの端くれにいる人間ながら(だからこそ、とも言うべきか?)
ニュース報道やテレビCMなどに、いろいろと反応してしまいます。
とくに、自分にとって居心地の悪い情報には敏感で、
ついつい「このマスコミ報道はおかしい!」「こういうCMは男女差別だ!」などと憤ってしまいます。
でも、一方で
「こうした情報(報道、番組、CM)がマスメディアに乗って流れる、いまはそんな時代の空気なのだな」
と、(客観的にというより)冷静に受け止めることも大切だと感じています。
それを受け止めた上で
マスコミ業界の端くれにいる人間として、「私は何を、どう、発信して行くのか?」を考える。
この作業は、正直とてもしんどいのですが、最近は
「このしんどさを引き受けることが、私の仕事なのだな」と考えています。
ブログなどのツールが発達し、誰もが自分の考えや思いを、大勢の人に向けてアピールできる世の中になりました。
だからこそ、マスコミが発する広告や報道、番組には、どんな意味・意図があるのか?受け手としても、送り手としても意識を高めていきたいと思うこのごろです。
[2007年05月12日(土) ]
私がこうした「書く仕事」を最初に始めたのは、広告業界に属する会社からです。
そこは、厳密にいうと「広告会社」というよりは、PR会社だったのですが。
PR会社とは、広告以外の手段で、消費者や社会とコミュニケーションを図れるよう企業をサポートする会社。例えば雑誌や新聞に企業の新商品について書いてもらうよう働きかけたりします。
私は、広報誌など独自の媒体を作り企業PRに役立つ制作物を作っていました。
広報誌の制作費は、もちろんクライアントが負担するものなので、
そこに掲載する情報は、クライアントのためになるものでなければ意味がないのですが(これは、広告と同じです)
同時に、その広報誌を読んだ消費者や顧客のプラスになる情報にする必要があります。
例えば、私はクライアントの社長とある著名人の社長対談などを企画したのですが、
そこで語られる内容は、
クライアントのイメージアップをはかるものであると同時に、
読み手の消費者や顧客が「読んでためになった」、もっとつっこんだ言い方をすれば「知る権利(※この場合でいえば、企業トップの社長の考え方を知る)」を満足させるものにしたい、そんな風に考えていました。
前者の考えは「コマーシャリズム」に違いなく、
後者はすべてのマス媒体が、読者や視聴者に対して負う「ジャーナリズム」の視点と同じあると、私は思っています。
しかし、この両者(コマーシャリズムとジャーナリズム)は果たして両立するのでしょうか?
「こちら(広告主)を立てれば、あちら(読者)が立たず」という板挟みに、陥りがちです。
でも、広告主のためにも、読者のためにもよい何かを作ろうと、一生懸命頭を使い、智恵を絞り、制作物を作っていました。
いま、広告媒体にも、雑誌にも、ブログにもいろいろな文章を書かせてもらっていますが、
例えば、インタビュー記事であれば、
インタビューに答えてくれた人も、それを発表する媒体(雑誌やブログなど)も、読んだ読者も、
誰もがハッピーになるような、そんな文章を書きたいと常に思っています。
実際には、難しかったりするんですけれど、
そこを求めていくことが、自分のシゴトだと思っています。
[2007年05月10日(木) ]
「マスコミ就職読本2008」でも紹介されていますが、
一般的に会社の分類でいうと、マスコミ業界とは
「新聞」
「放送」
「出版」
「広告」
と大別されています。
一方、こんなコラムも。
「広告業界はマスコミか?」
http://adunion.cocolog-nifty.com/column/2005/10/post_e337.html
(以下、上記URLからの抜粋)
『マスコミ業界とは、一般的にはメディア会社群(主にTV、ラジオ、新聞、雑誌)、およびそのコンテンツを制作する会社群(制作プロダクションなど)のことを言い、第一義的には前者のことを指すものと考えられます。
一方広告代理店の基本構造を極めて単純化すると、「マスコミ各社の広告枠を、広告主に販売する」というものであり、マスコミは商品の仕入先ということになります(※厳密には仕入販売とは違います)。しかし、仕入先がマスコミであるということで、自分自身がマスコミ業界といえるのでしょうか。このような定義であれば、コーヒー豆を仕入れている専門商社は農業になり、家電製品を販売している量販店は電機業界となります。
また広告枠という商品は、仕入れた後は誰にどれだけでも販売してもいいコーヒー豆や家電製品と違い、掲載する広告主自体の審査や広告表現の校閲、また臨時ニュースなどで枠を飛ばしたり(=予定の広告掲載をメディア側からキャンセルする)、広告主にとって都合の悪いニュースを掲載・放送することもあります。すなわち、マスコミ業界は元来「ジャーナリズムを核とした、公共性の高い」業界であり、メディア会社の持つ「広告枠」という商品は、残念ながら、公共性やジャーナリズムの前には二次的な位置付けなのです』
さて。
私自身のことをお伝えすると、私はマスコミ志望でしたが、大学時代は「新聞」「放送」「出版」の会社は受けても、「広告」の会社は受けませんでした。
その理由としては、あくまで当時抱いていたイメージですが、
「新聞」「放送」「出版」では、それぞれの媒体が自由に独自の取材や構成に基づいて、紙面構成や番組制作を行えるというふうに考えていたのに対し、
「広告」は、広告主の意向が第一であって、自分(例:記者や編集者になった自分)が伝えたいこと(伝えなければならないこと)を伝えられない、という印象を持っていました。
そのときは、あまり深く考えていなかったのですが(だから、マスコミにすべて落ちた!)
私は「ジャーナリズム」あるいは公共性というものに興味があったようで、
それと、「コマーシャリズム(=広告と、ココでは考えます)」は、同じマス媒体(テレビ、ラジオ、新聞、雑誌)に乗って届くものであっても、
別だという意識が強かったのだと思います。
いまでは、広告にも公共性が求められる(広告こそ、というべきか?)ことは、よくわかっているつもりですが…
[2007年05月08日(火) ]
桜から新緑
へと、春がどんどん深まる毎日ですが、みなさんお元気ですか?
入学式や新学期、そして新社会人など春は新しいスタートを切る人が大勢いますが、
みなさん自身、そしてみなさんの周りはどうでしょうか?
新しい学校
や新しいクラス、新しい友だち、新しい先輩&後輩。
緊張してどきどきもあるでしょうけれど、ぜひ新しいスタートを楽しんでください。
新しいスタートといえば、私自身はフィレッシャーズでもなんでもありませんが、
今度、この春大学を卒業したばかりの編集者の方と仕事をすることが決まり、
なんだかどきどきしています。
それまでアルバイトとしては接していたのですが、正式な社員、編集者という立場で一緒に仕事をするのは初めてです。
彼女の初編集者デビューを、一緒に飾れるのだと思うと、なんか嬉しいような、緊張するような。
“初めて”というのは、1回しかないので、彼女の思い出にどんな風に残るのかも気になったりして(自意識過剰だっての!)。
いくつになっても(ホント、文字通り!)
“初めて”というのを体験できるのだなあと思って、とてもワクワクしています。
それに、私自身はマスコミ志望でしたが、出版社への入社など叶わなかったので、
大学生からストレートに、出版社に就職が決まり、社会人の第一歩を編集者として歩み始める彼女に、とても興味があります(尊敬もしています)。
このブログを読んでくださっている方のなかにも、将来出版社で働いてみたいという方も多いと思いますので、
楽しい&ためになるエピソードがありましたら、いろいろ紹介していきますね。
っと、前置きが長くなりましたが、
今回は“マスコミ就職”について考えてみたいと思います!
その理由は、じつは先日、Z会会員情報誌『Azest』のほうで、「広告の仕事」としてCMプランナーの方からお話を伺ったのですが、そのなかで
「いま、広告って就職先としてはそれほど人気ないかも」という話になりました。
そのプランナーの方は、たまたま私と同じ年の方だったのですが、
「私たちの頃と、価値観や考え方がぜんぜん違うんですよ!」ということでした。
それで、いまのマスコミ就職ってどんなカンジなのだろうと、
学生時代にも手にしたことのある「マスコミ就職読本2008」(創出版)を思わず手にした私です。
[2007年05月06日(日) ]
いままで、20代の女社長Yさんの言葉を引用しながら、「仕事と家庭の両立」について考えてきましたが、
10代の中学生、高校生は「仕事と家庭の両立」について、どんな風に思っているのでしょうか?
私は30代なのですが、ずっと「女性でも仕事をするのはあたり前」だと思ってきました。
親の世代では結婚した後、家庭に入る女性が多かったのですが
その後男女雇用機会均等法の施行があり、私が10代のころは女性が働くのはあたり前というのに、どんどん向かって行きました。
現実はどうであれ、私の意識の中では、女性でも働くのがあたり前だとずっと思っています。
でも、「仕事と家庭の両立」をどうやって実現させればいいのか?
そこまでは考えが及ばないまま20代を過ごし、30代で家庭を持ちました。
仕事も家庭も手にした状態で、さて、どうしたものかと、30代の私はおろおろしているのです。
あたり前のことを、あたり前にできない状況に、つぶされそうなのです。とくに、家庭のことに関して。
困ったものです!
でも、10代のみなさんは違います。
まだ、仕事も家庭も自分の手中に収めていません。
そんな状態のときだからこそ、「自分だったらこうする」と考えておくことは、ムダではなさそうです。
実際、Yさんは10代の頃、
「年上の友だちが、若くして離婚することになって。でも、経済力がないから子どもを手放さなければならなくなった。
私は、こんな状態になったときに、ぜったいに子どもを手放さないでいたい。そのためには若い女でも経済力をつけなければ」と思ったそうです。
Yさんが、社長になった理由はいろいろありますが、この考えが最も根底にあるように思います。
まだまだ、仕事も家庭も想像でしかない部分が多いと思いますが、
そんな想像・妄想の中から、自分がいちばん大切にしたい思いが見えてくることもあります。
将来、どんな家庭を築こうか。
将来、どんな会社の社長になろうか? 社長になって何をしようか?
いろいろ想像をしてみてください。
もしかして、それが将来のリスクマネジメントになるかもしれませんから。
そうすれば、私のように30代になっておろおろすることもないかもしれませんよ(笑)
[2007年05月05日(土) ]
「仕事と家庭の両立」ということに関して、前々回の女社長Yさんは、こんな風におっしゃっていました。
「私はね、いいときだけ仕事をしたいんです。
わがままかもしれないですけれど、わかってくれますか?
例えば、子どもの幼稚園の運動会のときは、土日の仕事休みたいんです。
私は30歳までに結婚しようって思っていますし(現在、19歳からおつきあいを続けている恋人がいるそうです)、
美容業界でずっと生きていこうと思います。
でも、結婚をして家庭を持ったら一線を退きますよね。
そこから離れてカムバックできるかといえば、私の時代では絶対ムリだったんです。
自分が社長であれば、自分で好きなように会社を回して、自分の必要だと思うところにだけ関わることが可能ですよね。
私は、会社ではバリバリの女社長で通っていますけれど、プライベートはきちっと分けているのです。
彼氏はものすごく大切にしていますよ(笑)。
だから将来、彼氏が帰ってくる時間には、家にいたいんです。
仕事をしていたら、それは絶対ムリでしょう?」
私には、彼女の最後の言葉、
「仕事をしていたら、それは絶対ムリでしょう?」という言葉が胸に突き刺さってきました。
本当にそれはムリなんです。状況的に。
そして、その状況的にムリなことは頭ではわかっていて納得していたはずなのですが、
それによって、家庭がぎくしゃくしていることも否めません。
念のためお伝えしますが、私の夫が私が仕事をすることに非協力的なわけでは決してありません。
むしろその逆で、応援してくれています。家事も、必要なところはやってくれています。
でも、このままでは私たちの家庭は、
夫と私、それぞれの仕事の裏方、バックステージのように思えてなりません。
社会的にそれぞれが意義ある仕事をしているので、バックステージでも構わないのです。
が、そのバックステージならではの一体感をもっと持つ必要があると思うのです。
家庭としての一体感は、それぞれが仕事を持っていて、片手間でできるものではない、というのが私の実感です。
家庭は、それほど甘くはないし、逆に言えば仕事は家庭を支える全てではない、ということでしょうか。
私より10歳近く若いYさんは、
自分より年上の女性たちをいろいろ見て来て、私だったらこうする!という女の生き方としての1つのスタイルを出してくれたように思います。
その答えが「社長になる」ということ。
私は、彼女の強さに、本当に引かれるのです。