「本能としての自信を持つ」とは?

[2008年03月07日(金) ]

赤ちゃんといえば、私は昨年、ある出版社の方といっしょに子守唄の本を作る仕事に携わりました。

日本各地に伝わる子守唄を紹介しながら、子守唄を研究し、普及活動をしている方にインタビューしてまとめるという本だったのですが、その方(仮にNさんとしましょう)の話で印象深かったのが、

「母親は、本能としての自信を取り戻してほしい」

という言葉でした。


このブログを読む方にとって、「育児なんて世界はまだまだ先のこと」って思うかもしれませんが、「ライフバランス」などという言葉がある時代ですし、社会人は「家庭人」「生活人」としての顔も併せ持っているわけです。

職業を考えると同時に、こういうことも心に留めておいてムダはないと思うので、今回はちょっと視点を変えて、考えてみたいと思います。


Nさんは、

「母親は、『私が産んで、育てているんだから大丈夫!』という自信を取り戻してほしい。自分の本能を、もっと信じて欲しい」

と何度もおっしゃってました。

いきなり「本能!」なんて言葉を聞いて、私も面食らってしまったのですが、彼女曰く、


子育ては、予期しないことの連続。赤ちゃんには『あと2分で泣き止んでくれる』『もうおむつは濡れているはず』なんていう、こっちの予定通りには、コトは運びません。でも、なにが起るかわからないからこそ、子育ては楽しいのです。

私たちは経済が発展して行く中で、育児において大きな間違いを起こしました。それは、子育てをすべて対処療法として考えてしまったこと。

『赤ちゃんが泣いたらどうする?』
『おむつが濡れたらどうする?』

と、マニュアルに従って、答えを当てはめるような育児をしてしまったのです。

本来、子育ては『〜もあれば、〜もある』と、幅を持って臨機応変に対応していくことが、大切なのです。



Nさんは育児について話してくれましたが、言葉を替えて行くと、このことはあらゆる場面でいえそうです。


働くということは、予期しないことの連続。社会に出れば『あのお客はこの提案を受け入れてくれる』『部長は僕を抜擢してくれるはず』なんていう、こっちの予定通りには、コトは運びません。でも、なにが起るかわからないからこそ、働くことは楽しいのです。

私たちは経済が発展して行く中で、『自分が社会人になるということ』において大きな間違いを起こしました。それは、就職をすべて対処療法として考えてしまったこと。

『この会社に入社するにはどうすればいい?』
『面接官にこんな質問されたらどう答えるべきか?』

と、マニュアルに従って、答えを当てはめるような就職活動をしてしまったのです。

本来、働くこと、社会人になることは『〜もあれば、〜もある』と、幅を持って臨機応変に対応していくことが、大切なのです。



どうでしょう?

「私がこの会社を(仕事を、役割を)選んだのだから、大丈夫」

何か、自分がうまくいかないことにブチ当たっているときは、この言葉を思い出してみるといいかもしれません。