高齢化社会で必要とされる仕事〜若者と介護の関係とは(2)

[2007年06月13日(水) ]

最初に祖母を亡くしたのは、私が小学校2年生のとき。父方の祖母で64歳でした。

ある日、祖母の家に遊びにいくと、暖かい日だったのに祖母が1人「寒い、寒い」と言っていたのを覚えています。
その後入院し、私たちは休みのたびに、病院にお見舞いにいったものです。
私が覚えているのは、病院で買えるコーヒー牛乳が美味しかったことくらい。
祖母の姿として記憶にあるのは、彼女が元気だった姿だけなので、もしかして子どもだった私たち(私には弟がいます)は、病室に入れてもらえなかったのかもしれません。
大人になってから聞いたことですが、祖母は最初、ガンと診断され治療を受けていましたが、
最終的には糖尿病で亡くなりました。はっきり言って誤診です。
そのとき以来、父はしばらく病院不信になったそうです。今だったら訴訟さわぎでしょうか?

このときの父の年齢が、今の私の年齢です。
そして、父はその祖母が亡くなった年齢を超えました。今66歳です。

次に亡くなったのは、父方の祖父。私は小学6年生、祖父は83歳でした。
祖父は、14歳年下の祖母に先立たれた後、しばらく一人暮らしをしていましたが、
長男である私の父の家に引き取ることになりました。

祖父は最初は元気でしたが、しばらく経つと
「ワシはご飯食べたかね?」など、同じことを何度も繰り返したり、
近所を徘徊したりという、痴ほうの症状がでました。
今でいう、認知症です。

何度も何度も「ご飯食べたかね?」と尋ねる祖父に、母はイライラ(しているように、当時の私には見えました)。
祖父が寝たきりになり、下の世話が大変だったことで、よく両親が言い争いをしていました。
私は「おじいちゃんさえいなければ、我が家は平和なのに」などと思ったこともあります。

ある日、友だちと下校中、遠くに家とは反対方向に歩いていく祖父の姿が見えました。
友だちがいる手前、すぐに祖父のところにはいけませんでしたが、友だちと別れたあと祖父のそばに寄ってみると、どこかで転んだのか、足にひどいケガをしてビッコを引いていました。
ゆっくりゆっくり歩いて一緒に帰ると、祖父は何度も「祐子ちゃんがいてくれて助かった。ありがとう」と言いました。
自分がとても恥ずかしかったのを覚えています。