[2007年06月06日(水) ]
14歳だったり、17歳だったり、中高生であるみなさんは、
自分の心と体のアンバランスなことに、自分自身イライラしていたり、
自分の思いと、周囲の人との思いのズレをいろいろと感じてしまったり、
自分の今と将来が、どう結びつくのか興味があったりして、
“生きている意味”について、意識する、しないに関わらずたくさん接する時期でしょう。
そんな10代こそ、哲学的な問いについて考えるのにピッタリだと、私は思うのです。
じつは私自身、高校生から大学生くらいの間に、
「生きるとは」「自由とは」「宗教とは」など、考えても答えのでないことについて、
うだうだ(という表現がぴったり?)考えていたものです。
高校時代、友だちと授業を抜け出しては、いろいろと語り合っていました。
友だちとの接し方にも悩んで、ささいなことに傷ついたり、傷つけ合ったり、反発し合ったりしていたように思います。
父親が、宗教にのめり込んでいく様をみながら、「宗教って何?」なんてことを、
わりと日常的に考えていたり。
実存主義、なんてものに興味を持ったり。
大学では哲学専攻でした(あまり、マジメな生徒ではありませんでしたが)。
死んでしまいたいと思うこともありました。いまとなっては、原因なんてあるようで、ないような感覚ですが。
実際に、自分で旅立ってしまった同級生もいました。
思うコトと、行動するコトの差は、とてつもないものです。
いま、いじめによる自殺が大きな問題になっていますが、
10代の中高校生は、生きるコト、死ぬコトについて、
肉体的なリアルさではなく、
精神的なリアルさで、たくさんたくさん、考える時期だと思うのです。