[2008年10月10日(金) ]
採用サイトを作るにあたり、企業は学生に向けてさまざまなメッセージを伝えます。
そうした内容をまとめて伝えるという仕事も、私は請け負うことがあるのですが、先日訪れた企業の方が、
「いまの若い人は、なんのために仕事をしようとしているのか。正直わからないと思うことがある」
ということをおっしゃっていたのには、いろいろと考えさせられました。
「子どもの頃から選択肢が多くあり、自分の好きなことや能力を発揮できることを選んで実行してきたので、働き方も『自分のやりたい仕事をやりたい』『自由に選んで仕事をしていきたい』という人がほとんどです。でも、やりたい仕事ってなにか?と問うても、ほとんどの人はそれがなにかわからないんです。
開発途上国であれば、水道やガスなどインフラを整えたり、社会の仕組みを作るところから始まるのかもしれないけれど、日本ではすでにその仕組みが出来上がっている。
『今日仕事がなければ、明日飢え死にする』という社会ではないので、『食べるために働く』という実感もほとんどない。でも、食べることに飢えてはいなくても、心が飢えているような人はいっぱいいます。だから『自分、自分』という人が多いのでしょう。
最近はいきすぎた実力主義への反動か、『最初に就職した会社で定年を迎えたい』という学生も多いといいますが、企業のほうでは、退職金制度をなくそうという動きすらあります。
本当は、『安定した企業(社会、組織)』というものはないのです。会社だって、外に出て注文を取って来る人がいなければ、売上が上がらず、給料は出ない。外に出て、人の役に立つことを考えて、提案していくということをし続けなければ、飢え死にするのは、いつの時代も同じなんです。そういうことを、学生には伝えたいのですが・・・」
私も正直、「職業とは」というブログを書いていながら、わからなくなるときはいっぱいあります。
「働かなくても食べていける」という状態の人がいるのであれば、ムリして働かなくてもいいのではないか?
一方で、どんなに働いても働いても、一生贅沢とは縁がない・・・と思い込んでしまうような状況もやっぱりあり、「世の中は不公平だ」なんて思ったりします。
「仕事を通じて、なりたい自分になる」という、耳に心地よいキャッチフレーズが飛び交う昨今ですが、その「自分」「仕事」って一体なんなのでしょう?
そんなことをつらつら考えているときに、私がいつでも思い出すのは、養老孟司さんの職業観です。
先日は『バカにならない読書術』(朝日新書刊/養老孟司、池田清彦、吉岡忍)という本の中で、その言葉を見つけました。
養老先生は、「この道一筋」という言葉は、誤解されて伝わっているというのです。
(以下、『バカにならない読書術』P36より抜粋)
人間は本当は「この道一筋」のはずはない。どんどん変わっていくものだから。だけどそうした中で、あの人は、地味な仕事、職人芸のようなことを一生続けていた。つまり「あの“仕事”は一生をかけるに値する」という意味で言っていたのでしょう。
それがいまは“仕事”のほうではなく、人間のほうにかかってきてしまった。一つのことをずっと最後まで辛抱してやったからあの人は偉い、みたいに。
仕事インタビューをしていると、仕事そのものと、その人そのものの魅力がミックスされて、とても面白い話を聞けるときがあります。
それが聞きたいからこの仕事を続けているようなところが、私にはあるのですが、これからは意識して聞き分けてみようかなと思うようになりました。
「あなたにとって、その仕事はどんな意味を持ちますか?」
という質問と
「その仕事は、社会にどんな意味をもたらしますか?」
という質問とをうまく取り混ぜて、
「仕事をする意味」を伝えられるようなライターでありたいと思っています。