関東甲信地方が昨日、梅雨明けしましたが、先日、気象予報士・平井信行さんにインタビューをしてきました。
平井さんは
NHK「ニュースウオッチ9」の気象情報を担当されている気象キャスターです。今回は、平井さんが気象キャスターになろうと思ったきっかけやその仕事内容について、3日にわたって掲載します。
気象予報士になるというのは、平井さんの子どもの頃からの夢だったそうです。
「小学校5年生くらいのときから思っていて、中学校の卒業文集には『将来はNHKの気象予報官(※1 後述)になりたい』と書いていました。熊本県八代市というところで育ったのですが、自然が大好きな子どもで、家の前には海や川があり、また台風のとても多い地域でした。近くを流れる球磨(くま)川は日本三大急流の一つで、その川が氾濫して、家が床上まで浸水するというのもしょっちゅう。梅雨になると大雨が降り、水害がとても多い地域だったのです。ですから、NHKの気象情報はよく見ていて、自分も将来、テレビに出て天気予報をわかりやすく伝える人になりたいと思っていたのです」
気象関係の学科に進もうと、高校は理科系のクラスを選択した平井さん。けれども、ここで迷いが生じたといいます。
「高校生くらいになってくると、現実的に考えるようになりますよね。気象予報官になんて果たしてなれるのだろうか? 気象関係の仕事をして食べていけるのか? 実際の仕事はテレビで見ているものと違うんじゃないのか? 気象庁や日本気象協会って何をするところなのだろう? そもそも、毎日温度計や天気図を見る仕事をしていて面白いのか? などなど。いまと違って当時は情報もほとんどないので、この考えでいいのか、大学進学する前にすごく考えました」
結局、気象学を学べる大学に合格したものの迷いは消えず、自宅浪人を決意。そして平井さんが選んだのが東京学芸大学。教育学部のなかに気象学を学べるゼミがあったので「気象」と「教育」の2つの道を選び、大学4年間の中で最終的な進路を決めればいいと考えたそうです。
「大学で気象と教育について学んだのですが、私には気象のほうが断然おもしろかったです。天気の移り変わりの過程から結論を導き出して論文を書くのですが、例えばエルニーニョ現象があるから台風はこういう進路を取っているんだというのがわかる。フィールドワークもいろいろやりました。ヒートアイランド現象を調べるために、朝、東京駅に集まって、学生各自が温度計を持って郊外へ向う電車に乗るんです。そしてドアが閉まる直前に温度計をはさんで外気の温度を測る。いまそんなことしたら叱られるかもしれませんが、当時はそれほど厳しくなかったんです(笑)。すると、ある地点から気温がグッと下がる。その地点を地図上の線で結んでヒートアイランドの実態を観測したり…」
こうしたフィールドワークをしながら、気象や環境について理解することが面白くてしかたなかったという。将来は環境問題に携わる仕事をしようと思っていた大学4年生のとき、ゼミの教授から「日本気象協会が気象キャスターを募集している。お前に向いていると思うから応募してみてはどうか?」と勧められ、面接試験を受けたそうです。
「自分ではどこが気象キャスターに向いているのかさっぱりわかりませんでしたが、自分よりも人のほうが適性を見抜いてくれるものなのかもしれません。夢を叶えられたのも、先生が元の道に戻してくれたから。感謝しています」
こうして平井さんは晴れて、子どもの頃からの夢であった職業についたというのです。
明日は、気象キャスターという仕事についてお伝えします。どうぞお楽しみに!
(※1)当時、通常のNHKの気象情報は、(財)日本気象協会の気象キャスターが伝えていましたが、平井さんはこの気象キャスターを気象予報官と勘違いしていたそうです。気象予報官というのは、気象庁で予報業務を行なう人のこと。1994年度に気象予報士制度が始まる前まで、台風等の防災情報については気象予報官が伝えることが多かったのです。ちなみに気象予報官になるには、気象予報士の資格はとくに必要ないが、国家公務員試験に合格して国家公務員になるか、定員15名という狭き門・気象大学で学ぶ方法があります。