[2008年10月28日(火) ]
このところ、仕事の予定がゆるやかです。
相変わらず焦りはあるのですが、せっかくですからいろいろとやりたいことをしています。
その一つが、ジョギング!
ただ走るだけでは続かないと思い、大会に応募してみました。
それは11月23日の「さいたまシティマラソン」です。
今年さいたま市に引っ越しをしたので、その記念にというのもあります。
走る距離は3キロ部門と、ハーフマラソン部門の二つがあり、もちろん私はハーフを選択。
いきなりフルマラソン!というのでないところも、自分としてはよかったと思っています。
というのも、私は大会にエントリーするのは大学を卒業して以来だから、もう10年以上(実際はもっと!)たっています。
学生時代はトライアスロンやマラソン大会に年に数回出ていたのですが、卒業してすぐの秋の大会に出ようとしたときに、練習中にじんましんが出てしまって断念(寒冷アレルギーの影響もあると思われる)。
以来、大会とは縁なく過ごしてきました。
ところが最近、世の中もメタボへの焦りかダイエットのためにか、マラソンやジョギングがブームになっていますよね。
で、なんとなく走りたくなって、去年からちょっとずつ走ったりしていたのです。
話題の東京マラソンに応募してみたりもしました(去年のことです。しかし、あっさり落選してしまいました)。
去年は応募するだけで実際には出場できなかったので、今年は確実に出られる大会、完走できる大会を、ということで、地元の大会を選んだのです。
仕事の予定が詰まっていると、なかなか走る時間を見つけることは難しいのですが、10月は時間もあったし、陽気もよかったので(寒くなかったのも、大きい!)ずいぶん練習できました。
だいたい1回40〜70分、6〜11キロくらいを目安に走るようにしています。
時間は朝だったり、夕方だったり。時間に余裕があると、昼間走るときもあります。
練習し始めの1週間は、筋肉痛で太ももの前がパンパン!
階段を降りるのがつらいほどでしたが、「ここにちゃんと筋肉があったのね〜」と自虐的な喜びも感じました。
痛くてつらいけれどうれしいっていう感覚。
運動する習慣のある人なら、わかりますよね。
それが、2週目に入ったら、筋肉痛が嘘みたいになくなったのです!
これはうれしかったなぁ!
筋肉は一度破壊された後つくといいますが、徐々に走るための筋肉がついてきているのかも?
何事もそうですが、つらいことを乗り越えてこそ、達成感を感じるのですね!
しばらく忘れかけていましたが、ジョギングを通じて改めて実感しました。
仕事への悶々とした不安や焦りも、走ることでふっきれるようになりました。
大会まであと1ヶ月を切っていますが、自分で納得する練習をして、本番はベストな状態で望みたいです。
ちなみに制限タイムは2時間20分!
途中3回ほどある通過タイムをクリアしなければ失格という、思いのほか厳しいもの。
制限タイムぎりぎりでの完走が目標ですが、がんばります!
この大会を走り終えたら、何かが見えてきそうな気がするのです。
[2008年10月24日(金) ]
私事で恐縮ですが、私はアーティストの斉藤和義が好きです。
きっかけは、もう10年近く前になりますが、友人と何かの招待ライブにいったときのこと。
そこでの彼のトークと雰囲気、ハーモニカやアコースティックギターを使った演奏が心地よくて、密かに注目していました。
歌では『歩いて帰ろう』とか『歌うたいのバラッド』とかが有名ですよね。
いま、『やぁ 無情』がCM曲で使われたり、15周年を記念したシングルズベストアルバム『歌うたい15』の売れ行きも好調なようです。
なんとなく、同世代のアーティスト(奥田民生、スガシカオ、桜井和寿、トータス松本など)に比べてメディア的な露出が少ないなぁと感じていたのですが、ここへ来てじわじわと存在感を増しています。
ファンとしてはうれしいことです。
彼はデビューが27歳とアーティストとしては遅め。
爆発的なヒットとか、大ブレイクした曲があるわけではないのですが、着々と15年間続けてきて、いま注目を集めているっていうことが、自分としては励みになります。
私も20代の頃、いろんなことに焦っていました。
「もう25歳」「もう27歳」なんて思うこともしょっちゅうでした。
「30歳までになんとかしないと〜」っていう強迫観念が公私ともにあったものです。
就職浪人し社会に出たことが遅かったこともあって、「年齢の割にキャリアが少ない」というのがずっとコンプレックスでした。
いまでもそれはありますが、気がつけば社会に出て今年で私も15周年。
この仕事のキャリアでいえば、あと2年弱で15周年です。
斉藤和義とは5歳違いですが、私も彼もアラフォー(Around40の略=40歳前後の世代を指す)と呼ばれる世代。
10年前は30歳になるのが本当に恐怖でしたが、いまでは40歳になるのがそれほど恐怖ではないのは、斉藤和義の存在も大きいかも!
『継続は力なり』
10年ではなく、15年!
10年続けて実感がなくても、15年続ければ、手応えがあるはずです!
[2008年10月21日(火) ]
先日、高校で美術の非常勤講師をしている女性をインタビューする仕事をしてきました。
雑誌が発売になったら、詳細をお伝えしますが、インタビューとは別な話でとても印象に残ることがありました。
それは「彼女が絵を描く理由」です。
その先生(仮にNさんとしましょう)は、とってもかわいらしい20代の女性で、なんと男子校の美術の先生というのだから、生徒にはさぞ人気があるだろう、という感じの人です。
(実際、ラブレターをもらったり「デートして」なんて誘いはしょっちゅうだそうです、笑)
インタビューにもてきぱきと対応してくれて、本当にすてきな人だったので、
「私はすごくネガティブ思考で、人って苦手なんですよ」
といったときには意外で、びっくりしてしまいました。
ぜんぜんそんな風には見えないので
「じゃあ、それ(ネガティブなこと)を隠して生きているって感じなのですか?」
といったら、「ホントに、そうなんです」とのこと。
Nさんは言います。
「私の描く絵って、気持ち悪い絵が多いんですよ。例えば、人のからだの形をしているんだけれど、胴体が口だったりとか、この世に存在しないモノとかばっかり描いています。絶対リビングルームやベッドルームにはおけないようなものばかりなんです。
私は自分の絵を見て、前向きに明るくなってほしいとか、絵を志してほしいとかは一切思わないんです。それよりも、人間の内面のドロドロしたものを感じて『あ、自分にもこういうところがあるかも』と思ってほしい。それを指摘されてちょっと気持ち悪いって思ってほしいんです。
私は人間が苦手だし、人と話すのは緊張する。それをどうやって隠していこうかと思って大人になってきた。だから絵を描いているんだと思うんです」
絵を描くことは、彼女のコミュニケーションの一つの方法なんだと私は思います。
相手とコミュニケーションをとるとき、後ろ向きでネガティブなことばかりいうより、前向きでポジティブでいたいって人は思うでしょう。
でも、人間ってずっと前向きでポジティブでいるなんてあり得ません。
それは理想だけれど、実際はドロドロとした内向きな気持ちでいっぱいだったりします。
誰にでも、裏表はある。
芸術って、そんな中から生まれるのでしょう。
非常勤講師をしながら、自らの作品制作にも余念のないNさん。
来年の4月に展覧会が開催されるというので、詳細がわかりましたらこのブログでもお伝えしたいと思っています。
[2008年10月17日(金) ]
先日、知り合いのライターから
「ホント、フリーって不安で嫌だ・・・」
というメールをいただきました。
そのライター(仮にSさんとしましょう)とはある雑誌の現場で知り合ったのですが、お互いフリーランス、ライターという立場がいっしょなので、たまに飲みにいったりメールでおしゃべりしあったりしています。
「今月は連休を利用して海外旅行に行ったせいもあるんだろうけれど、いつもより仕事の依頼が少なくて超ヒマなんです。このまま、来月も仕事入ってこなかったらどうしよう!!」
という内容でした。
なんだか、数ヶ月前に、同じような内容のメールを私からした気が・・・。
そのときSさんは「絶対来月入ってくるよ」といってくれて、1ヶ月くらいはずれたけれど、無事私にも仕事が入ってきました。
それを思い出して、「大丈夫だよ〜!今度旅行の話聞かせてね♪」と返事を出しましたが。
でも、フリーランスでいる限り、この不安とは常に背中合わせなんです。
それがどうしても嫌だったら、会社所属のライターでも、編集プロダクションにでも所属して、仕事を確保するっていうこともあります。
しかし、そうすることで、自分で自由に仕事を取りにいったり探したり、また長期で休みを取って海外旅行に行くっていうのもできなくなるのです。
究極の選択で「どっちにする?」としたら、やっぱりSさんも「私はもう会社員に戻れない」といっているので、やっぱりフリーランス気質なのでしょう。
仕事がいっぱいいっぱいで切羽詰まった状態だと「もう次の仕事断ってやる〜」って思うけれど、予定が真っ白になるととたんに不安で、あれだけ待ち望んでいた休みに何もできなくなる。
だから自分で思い切って休みを取るけれど、それがもとで仕事が来なくなるとまた不安になる。
矛盾しているけれど、そんな気持ちを行ったり来たりするのも、私たちの仕事のように思います。
ある日、取材で久しぶりにあったフリーランスのカメラマン(女性です)に
「ところで今年は夏休みとれましたか?」
と聞いたところ、
「お盆はちゃんと休みましたよ〜。毎年毎年、『もったいない、もったいない』って思っていたけれど、そんなことしても、しょうがないって気づいたんですよ」
彼女のいう『もったいない』は、
「仕事ができるチャンスのある時間に、わざわざ休みを取るなんて」
という意味です。
「ちょっとぐらい休みをとっても、また仕事がすぐやってくる」と何の不安もなく休みを取れるような人は、もともとフリーランスになんてならないのかもしれませんね。
不安を楽しむ、不安な状態にいる自分を自覚する。
こんなことを好きな人(もう、あえて好き、って言っちゃいます)が、フリーランスになれる人なのかもしれません。
こんな悩みを伝え合える仕事仲間が、自分にもいるんだなぁと思い、うれしくなった瞬間でもありました。
[2008年10月14日(火) ]
先日、ついに新しいMac(MacBook)を購入しました。
春くらいから、ずっと迷っていたのですが、「お金をそれだけかけても仕事がなかったら意味ないし〜」と、ずっと弱気でいたのです。
「夏の自分の誕生日頃に買おう!」と一度は思ったのですが、その頃仕事が減ってしまい、再び弱気の虫に・・・。
それが今回購入まで踏み切れたのは、Macの調子ががくんと落ちたから!
それ以前から、データが重くなったのか、反応が遅くなっていたのですが、仕事をする上でもイライラするほどになってしまったのです。
(マメにデータをバックアップして、本体から出せばいいのでしょうけれど、ずぼらな私はそこまでしていない・・・)
キーボードも壊れて押しにくくなっていましたし・・・。
「イライラして仕事したくない!」という気持ちから、購入に踏み切りました。
ちょっとお金をかけて、メモリとハードディスクも増やしました。
注文して約2週間で届きまして、いまこの原稿も新しいMacBookで書いています。
ネットに接続したり、プリンタを設定したり、オフィスのソフトを入れたりという作業も、もたもたしながらもできました。
以前のMac(iBookです。2モデルくらい前ですね〜)と使い方は同じなのですが、画面が広くなったので、複数のアプリケーションを広げても大丈夫!
もちろん、スピードもアップして、いまのところストレス知らずです。
iBookはフリーになってすぐに使い始めたものなので、愛着もあるし、なによりいままでのデータがあるので今でもまだ立ち上げます。
それが、先日不思議なことが起こりました。
新しいMacと並べてiBookを立ち上げていたときのこと。
画面に
「コンピュータの時計が2001年3月24日以前に設定されています。アプリケーションによっては異常な動作を起こす原因となります。」
というメッセージが出たのです。
こんなこと、いままでiBookを使っていてはじめてのことでした。
時計を直してそのときは閉じたのですが、それからも立ち上げるたびに同じメッセージが出るようになりました。
「あぁ、ついに新しいMacが来て、お役御免になっちゃったから不機嫌になっているのかなぁ?」
と思ってみたり、
「でも、よくいままでがんばってくれたね」
と愛おしいような気持ちにもなってしまいました。
それが今日、立ち上げたらそのメッセージは出なくなりました。
時計も日付もちゃんとあっています。
もう仕事では使わないiBookを立ち上げるのは、そこに以前からダウンロードしている音楽を聴くことだったりするのですが、最近はそれが楽しくてMacBookで仕事している間も、iBookでず〜っと音楽を流しています。
そんな風に役割を変えてあげたからなのか?ちゃんと立ち上がるようになったのです!
新しいMacBookはお仕事用、それまでのiBookはプライベート用。
いままでぜんぶごっちゃごちゃにしていたので、いいきっかけとなったのかも!
Macも公私に分けたのだから、自分自身も公私を分けて集中して楽しみたいと思うこのごろです。
[2008年10月10日(金) ]
採用サイトを作るにあたり、企業は学生に向けてさまざまなメッセージを伝えます。
そうした内容をまとめて伝えるという仕事も、私は請け負うことがあるのですが、先日訪れた企業の方が、
「いまの若い人は、なんのために仕事をしようとしているのか。正直わからないと思うことがある」
ということをおっしゃっていたのには、いろいろと考えさせられました。
「子どもの頃から選択肢が多くあり、自分の好きなことや能力を発揮できることを選んで実行してきたので、働き方も『自分のやりたい仕事をやりたい』『自由に選んで仕事をしていきたい』という人がほとんどです。でも、やりたい仕事ってなにか?と問うても、ほとんどの人はそれがなにかわからないんです。
開発途上国であれば、水道やガスなどインフラを整えたり、社会の仕組みを作るところから始まるのかもしれないけれど、日本ではすでにその仕組みが出来上がっている。
『今日仕事がなければ、明日飢え死にする』という社会ではないので、『食べるために働く』という実感もほとんどない。でも、食べることに飢えてはいなくても、心が飢えているような人はいっぱいいます。だから『自分、自分』という人が多いのでしょう。
最近はいきすぎた実力主義への反動か、『最初に就職した会社で定年を迎えたい』という学生も多いといいますが、企業のほうでは、退職金制度をなくそうという動きすらあります。
本当は、『安定した企業(社会、組織)』というものはないのです。会社だって、外に出て注文を取って来る人がいなければ、売上が上がらず、給料は出ない。外に出て、人の役に立つことを考えて、提案していくということをし続けなければ、飢え死にするのは、いつの時代も同じなんです。そういうことを、学生には伝えたいのですが・・・」
私も正直、「職業とは」というブログを書いていながら、わからなくなるときはいっぱいあります。
「働かなくても食べていける」という状態の人がいるのであれば、ムリして働かなくてもいいのではないか?
一方で、どんなに働いても働いても、一生贅沢とは縁がない・・・と思い込んでしまうような状況もやっぱりあり、「世の中は不公平だ」なんて思ったりします。
「仕事を通じて、なりたい自分になる」という、耳に心地よいキャッチフレーズが飛び交う昨今ですが、その「自分」「仕事」って一体なんなのでしょう?
そんなことをつらつら考えているときに、私がいつでも思い出すのは、養老孟司さんの職業観です。
先日は『バカにならない読書術』(朝日新書刊/養老孟司、池田清彦、吉岡忍)という本の中で、その言葉を見つけました。
養老先生は、「この道一筋」という言葉は、誤解されて伝わっているというのです。
(以下、『バカにならない読書術』P36より抜粋)
人間は本当は「この道一筋」のはずはない。どんどん変わっていくものだから。だけどそうした中で、あの人は、地味な仕事、職人芸のようなことを一生続けていた。つまり「あの“仕事”は一生をかけるに値する」という意味で言っていたのでしょう。
それがいまは“仕事”のほうではなく、人間のほうにかかってきてしまった。一つのことをずっと最後まで辛抱してやったからあの人は偉い、みたいに。
仕事インタビューをしていると、仕事そのものと、その人そのものの魅力がミックスされて、とても面白い話を聞けるときがあります。
それが聞きたいからこの仕事を続けているようなところが、私にはあるのですが、これからは意識して聞き分けてみようかなと思うようになりました。
「あなたにとって、その仕事はどんな意味を持ちますか?」
という質問と
「その仕事は、社会にどんな意味をもたらしますか?」
という質問とをうまく取り混ぜて、
「仕事をする意味」を伝えられるようなライターでありたいと思っています。
[2008年10月07日(火) ]
新卒採用で入社した人たちにとって、何より心の支えになるのは、『同期』という存在でしょう。
同じ採用試験をくぐり抜け、研修もいっしょにやることで、仲間意識が高まります。
どちらかが会社を辞めたとしても、その付き合いは案外長く続くものです。
「元会社で、同期の●●さんの結婚式に呼ばれた」という人は、けっこういるのではないでしょうか。
私は新卒として企業に入社していないから、自分には同期がいないって思っていました。
が、いました!
それは、卒業してすぐに準社員(平たく言うと、パートですね)として働いていたTDLで、同じ「春キャスト」で、「クローズ」の人とはいまでも会っています。
※春キャスト:春休みの面接で採用されたスタッフ
※クローズ:3つに分かれた勤務時間帯の1つで、閉園まで勤務の遅番のこと
お互い、TDL特有の衣装を着て働いていたのですが「いまあの格好しろと言われても、できないよね」なんて言い合っています。
特によく会うMさんは、私より3つ年下です。
私は1浪の大卒で、彼女は専門学校卒なので、同期といっても年は違います。
けれども、お互い
「新卒で、正社員として企業に就職できなかった」
という状況は同じです。
彼女は1年経った頃、私は1年半経った頃TDLを辞めたのですが、彼女が売り子として新しく勤めたデパートと、私のいた制作会社がとても近かったので、辞めたあともずっと連絡取り合っています。
とくに、ふたりとも相撲が好きなので、相撲観戦を口実に、いまでも1年に3回くらいは会っています。
Mさんはその後、転職をして売り子から秘書となりました。
とても気遣いのできる人なので、ピッタリの仕事ですが、悩みもつきないようで・・・。
「最近、仕事辞めたくなって」というメールを彼女からもらったので、近いうちに会う予定です。
もう1人の同期はAさん。
私よりも2つ年上ですが、一緒にTDLで働いていた人です。
引っ越したばかりの頃、「久しぶり!」とわざわざ連絡をくれました。
近くに住んでいることが判明したので、また会おうね、と約束しています。
Aさんは私より前にTDLを辞めてしまったのですが、辞めた後も就職に悩んでいる私の相談に乗ってくれました。
Aさんは、事務、販売員、美容部員、TDLのキャストなど職も転々としていたし、劇団の研究員だったこともあり、家を出て友達の家に居候したり、その後一人暮らししたり、とても自由な雰囲気の人だったので、憧れでした。
くよくよと悩んでいる私に、ことあるごとに「もっと自信を持って!」と励ましてくれた人です。
今年の春、仕事で久しぶりにTDLへ行き、そのときミッキーマウスの写真が撮れたのでAさんに送ると、「子どもが見て大喜びしています。小谷、ステキな仕事しているね」といってくれました。
母となったAさんとはまだ会っていないので、再会がいまからとても楽しみです。
TDLで働いていたのはもう十数年前だし、いまでは仕事も住むところも別々なのに、こうして関係が続くのも、「同期」だからかも。
「同期」って、やっぱりいいですね。
[2008年10月03日(金) ]
就職する会社を選ぶ際、いろいろな側面から判断しますが、
「会社の規模」
というものを考える人も多いでしょう。
いわゆる「大企業」なのか、「中小企業」なのか。
資本金であったり、社員数であったり、支店数やその規模であったり、その判断基準はいろいろでしょう。
昔、私がまだ学生のころ、親戚のおじさんとそんな話をしたことがあります。
おじさんは大手広告代理店勤務。誰もが知る「大企業」に勤めていました(過去形なのは、今年定年退職したからです)。
私はその頃、出版社志望だったのですが、おじさんも昔出版社に勤めたかったという経験があるから、いろいろと応援してくれました。
そのときに印象に残っている、おじさんの言葉があります。それは、
「大きな企業では、大きな仕事をすることができるよ」
ということ。
それは、私の
「小さな会社でもいいから、自分が1から10まで関わるような、そんな仕事がしたい」
という言葉を受けてのことでした。
「人間ひとりが動ける範囲というのは限界がある。小さな組織では、一人ひとりの役割は大きいかもしれないけれど、スケールの大きさには限界がある。けれども、大きな組織では、人も大勢動くから、ビッグプロジェクトを動かすのも夢じゃない」
こんな話をしたのも、いまから十数年前ですが、インターネットが普及した現在、また違った感覚で思い出しています。
先日取材した商社は、社員350人程ですが、営業本部長は、
「このくらいの規模の会社は面白いと思うんですよね。組織として大きく動くこともできるし、社員一人ひとりの締める役割も大きい。誰もが『こうしたほうがいいんじゃないのか』と口に出しやすい雰囲気がある。これが500人以上の会社になると、変わってくるみたいだね」
「大きい仕事」といっても、その規模が大きいのか、1人の締める割合が大きいのか、いろいろとありますが、今度おじさんにあったときは「大きい仕事」をした達成感や思い等を聞いてみたいと思っています。
[2008年09月30日(火) ]
インターネットで情報を集め、気になった企業に「エントリー」するという大学生の就職活動はもはや当たり前になりました。
そうした学生の動きを受けて、各企業は自社のホームページ、とくに採用サイトを充実させるべく人と時間と金を相当に注いでおります。
とくに最近の就職活動は「売り手市場」といわれ、売り手である学生のほうが、買い手である企業を選んでいる状態ですので、選ばれる企業側も必死です。
十数年前の自分の時代には、たしか「資料請求」といってハガキを大量に企業に送った記憶がありますが、バブル崩壊後で・・・。
いろんな意味で隔世の感があるのですが、優秀な学生を確保したいという企業、自分の能力を活かせる企業を選びたいという学生の思いは変わらないようです。
先日、ある商社に取材に行ってきました。
本社と支店の2カ所を回り、営業本部長と人事部担当者、営業職、事務職など社員数名の方に話を聞いてきました。
営業本部長はもうすぐ還暦を迎える大ベテラン、人事担当者は30〜40代くらい、社員さんは入社2年目の若手もいれば、10年目という中堅のバリバリな方もいます。
人事の方に話をうかがうと、
「うちの会社は営業職がメインなので、新入社員はまず営業関係の仕事に就く場合が多いのですが、営業推進部という営業をバックアップする部署だったり、マーケティング部という営業をサポートする部署もあります。
新人でも人事部や総務部、経理部に配属されることもあります。ですから『営業だけをやりたい』という人ではなく、いろんな部署を経験してみたいという人を求めています」
とのこと。
実際に社員の方に話をうかがったときも、入社2年目のMさんは
「私はまだ本社勤務ですが、いろんなところに転勤してみたいんです。いろんな経験をして自分を高めていきたい。そこでまた同じ部署に戻ってきたとしても、前よりは成長していると思うんです」
入社10年目でマーケティング部にいるKさんは
「入社以来10年営業職を経験しました。すごくやりがいもあって面白かったのですが、会社を別の角度からみたいと思って異動を希望しました。立場が変わると仕事の見え方も変わって来る。それが面白いですね」
こうして企業を取材していると、私はいつも
「若い頃に会社という組織に属して働くのも、悪くないのでは?」
と思います。
よく「日本の就職活動は『就職』ではなく『就社』だ」と揶揄されたりもしますが、同じ組織に所属する仲間がいて、上司や先輩、後輩という人間関係があって、いろいろな部署があって、それを経験できるという環境は、決して悪くないと思います。
「部長やっていました」「課長やっていました」という人がリストラされて、再就職しようにも難しいということがあり、
「一社で経験を積み重ねてきても、それで自分の市場価値が高まるわけではない。どの企業でも通用するような専門性や知識を身につけなければ」
ということで、資格を取ったり、業種を絞り込んで企業を選んだりという選択肢もありますが、一方で、
「会社に育ててもらう」
という経験は、若い人にとって何事にも代え難いものです。
受け身の姿勢だけではダメですが、
「この会社でいろいろな経験をして、自分を育てたい、育ててもらいたい」
という謙虚な気持ちになれる会社があったら、思い切って『就社』してみるのも、オススメです。
[2008年09月26日(金) ]
DJ MAYUMIさんとのインタビューでは、もうひとつうれしいことがありました。
実は、彼女がメジャーデビューしたレコード会社はユニバーサルミュージックというところなのですが、私はかつて会社員時代、そこの社内報を作っていたことがあったのです!
といっても、もう7年くらい前の話なのですが・・・。
レコード会社の社内報だなんて、意外だなぁと感じたのですが、当時ユニバーサルミュージックというレコード会社は、いろんなレコード会社と統合しており、社員もいろんな出身の方がいたのです。
社長が「社員をまとめるために、社内報をつくりたい」ということで、制作が決まったのです。
当時、東京・目黒に社屋があったのですが、それが青山に移転することに決定。
「第一号は、社員に青山情報を伝えるような内容にしてほしい」
と要望されました。
具体的には、
「社員が昼休みにお昼ご飯を食べに行けるように、ランチマップを作って欲しい」
ということでした。
新社屋のある青山一丁目周辺を、カメラ片手にずいぶん歩き回りましたよ〜。
ランチもいろいろ食べましたし、喫茶店や公園、それに歯医者なども調べていろいろ載せました。
社内報は季節ごとくらいのペースで出していたのですが、社員さんのお仕事インタビューや、周辺コラムなどもいろいろ担当しました。
いま、フリーランスでやっているような取材して原稿を書いて・・・という私の仕事のスタイルは、このユニバーサルミュージックの社内報作りからすでに始まっていたのです。
だから、私にとって思い出深い仕事でした。
DJ MAYUMIさんのインタビューにはレコード会社の担当者ということで、ユニバーサルミュージックの社員の方もいらっしゃいました。
なんだかとても懐かしい気持ちがしたので、インタビュー終了後、その担当者の方(仮にSさんとします)に
「Sさんはユニバーサル在籍は長いのですか?」
と聞いてみました。
すると、
「そうですね。僕はその前身のポリドールの時代からなので」
とおっしゃいました。
「ということは!あの社内報を見たことがあるはず!」と思って、
「昔、青山周辺のマップを載せた社内報とかあったはずなんですけれど、ご覧になったことありませんか?」
と聞くと、
「あぁ、そんなのあったよね〜!懐かしいなぁ」
と覚えていてくださいました。
私は本当にうれしくなって、
「森山直太朗さんの担当でいらした方のインタビューとか、させていただいたこともあるんですよ」
といったら、
「あぁ、Mですね。いまももちろんいますよ」
とのこと!
そのときはそれっきり話は終わってしまったのですが、自分のやってきた仕事が小さいながらも人といろんなところで結びついていることに、喜びを感じた一日でした。
そんなこともあったものだから・・・、私はDJ MAYUMIさんが大好きになりました♪
『BERRY JAM COLLECTION 2』
みなさんもぜひ聴いてみてください♪
(私は自腹で買っちゃいました!)