東京大学 とある子ども会員の日常

東大と日本女子大のインカレサークル『駒場子ども会』の活動を中心に、とある東大生の生活を伝えていくブログですよ。

     
教育の難しさ1
[2007年08月29日(水) ]

僕は、駒場子ども会という組織で、曲がりなりにも実際の子どもと触れ合っています。そして、教育をしています。
(そもそも、「教育しています」なんて言うこと自体、おかしな話で。教育は、「する」ものであるというより、「なされている」ものである気がするけど。)

で、教育をする上で難しいなと感じることを、少しづつ伝えていこうかなと。
不定期連載。思いつきでならべるので、まとまりのない言葉になるやも…


■受け取られ方■
自分がする行為。なら、自分でいくらでもコントロールがきく。
だから、明らかに間違ってる(と私が判断する)行為なんて、しないで済む。
子どもを怒鳴りつけたり、蹴りつけたり。

ただ、教育にはいつも相手がいるから。子どもがいるから。
僕の行為を、どう受け取られるかなんて、分かったもんじゃない。

そのことを忘れちゃいけないと思う。いつも、そう思いながら、動いていたいと思う。

ちょっと変な人
[2007年08月27日(月) ]

ちょっと変な人がいたとする。

その人は、誰かに迷惑をかけるでもない。

ただ、「ちょっと変」なだけ。

周りの人達は、ちょっとした違和感を感じている。

でも、ただそれだけ。


「おまえ変だよ。」

そう言うことは、正しいことかなぁ…


例えば、少し髪の毛の薄い人がいる。
その人は、気付かなければ幸せでいられるだろう。
でもあるとき、他人に告げられる。
その人は、それを知って不幸になったとする。

その時、言うことは正しいことであったか。


知らなきゃ幸せでいられること。
そういうことっていっぱいある。

それを言うのは、まずいこと?いいこと?


石屋製菓。

知らなきゃ、知らずに。白い恋人。
たぶん、一ヶ月伸ばしたものを食べても、誰もショクアタリを起こしてないでしょ。
まぁ、この場合は、問題はまた別の次元にあるのだろうけど。

北朝鮮の人。

に、諸外国の豊かさを伝えること。
これは正しいこと?
知らなきゃ知らないまま、幸せでいられるのに?

知らないで、幸せ。
知って、不幸せ。



今夜のご注文は、どっち??

信じる、信じない2
[2007年08月27日(月) ]

信じることは、簡単なことだ。

信じることは、難しいことだ。


どちらも、同じくらいありふれた言葉(だと思う)。


信じることは、簡単なことだ。

信じることは、相手に任せることだからね。
「部下を信じて、口出ししない。」
これも、信じる、のありかた。

信じることは、難しいことだ。

信じることは、ただ放任するのとは違うからね。
「部下を信じて、口出ししない。」
これは、部下に見捨てられたと感じさせる(かも)。


有名な思想家が、『中庸の徳』ってのを説いたらしい。
いつだって、一番難しいのは、バランスをとること。
バランスをとることが、一番難しい。

信じる、信じない
[2007年08月18日(土) ]

信じている人は、多くを持っていなくても幸せ。

信じていない人は、文句ばかり。

「信じる」ということは、絶対的な価値を見出すこと。その価値観に依って、幸せを実感できる。多くを持たなくても、幸せでいられる。

反対に

「信じない」ということは、絶対的な価値を認めないこと。自分が何を手にしても、もっと有価値なものがあると疑う。何を手にしても、文句ばかり。



信じない人は、信じてる人が幸せなのを見て、その信仰を嫌う。




夏休みの暇にかまけて聖剣伝説をやってみたら、思いの外考えさせられました。
主人公の正しさを強調せずに、「見方を変えればどちらも正義」という考えを貫いているのは、素敵なゲームだなと感じましたよ。

スキャンダル
[2007年07月23日(月) ]

試験勉強してて、面白いなぁと思ったことを、つらつらと

美術論の勉強をしてて、です。


芸術の世界で、「スキャンダル」が意味することは、価値観の断絶である。ってのを聞いて、なるほどなぁと感心しました。

画家は描きたくて絵を描く。
しかし、描かれた絵を既成の価値観は拒絶する。


明らかに、画家と批評家の価値観は違いますよね

で、スキャンダルに注目すると、価値観の移り変わりが見えてきて面白いよ。っていう話でした。授業で取り上げられた具体的なスキャンダルは、マネ『草上の昼食』っていう絵。

草の上で昼食を食べてる紳士と裸婦の絵です。が、裸婦自体は、絵の世界では古典的ともいえるモチーフなんですよ。
じゃあなぜスキャンダルになったか?

小林康久教授の出した答えは「そこに美化が無いから」
古典的な裸婦は、神話の登場人物であったり、美しいものとして描かれていたり、現実を美化した「永遠的なもの」だったようです。

でもマネは、そこにいる女性を、何の美化も無く描いた。そしてそこには、裸婦が描かれる必然性がまるで無かった。

だからこそ、画壇ではスキャンダルになったらしいです。なるほどなぁ



現代でスキャンダルを起こす人たちと、明らかな価値観の違いがありますよね。それをやっちゃあ、いかんだろ…

複雑系
[2007年07月20日(金) ]

今週、来週は。大学の試験週間です
ってことで、勉強してるんですよ。それなりにね。

美術論・物理科学・ジェンダー論・倫理・政治

今学期は授業が少ないので、テストはこんなもんですけど。

で、勉強してて思ったのは、最近は何かと分析的だよなぁってこと。の再確認。学問が分析的だってのは、昔どっかから仕入れてたんで、情報として持ってたんですけど。

(人間を理解しようとする試みは、人間を細かくしていって、肺とか心臓とかの器官の研究に着手した。そしてそれは器官を構成する細胞の単位まで分解した。さらに進んで、DNAとか、細胞の設計図までも取り出すことにまで及んだ)みたいなことを、どっかで聞いたことがあったんですよ。
感覚的に分かりやすい話なので、頭に残りやすいですしね

でも、人間を細かくしていって、それが分かるようになっても、人間そのものが分かるようにはならないんだと思うんですよ

っていうコンセプトから生まれたのが?「複雑系」っていう考え方。
複雑なものごとを、複雑なまま捉えようとする試みです。


そういう考え方の方がなじむよなぁ・・・と思いながら、試験勉強に愚痴ってる近頃です(笑)


勉強の楽しさに、久しぶりに触れましたね。やればそれなりに楽しいです

約束
[2007年07月12日(木) ]

他人と約束して、他人と時間を過ごす時。
他人に時間をいただいていることを、忘れちゃなんねぇと思う。

僕と会うのでなければ、一冊の本を読めたであろう時間。
僕と会うのでなければ、映画を一本見れたであろう時間。
僕と会うのでなければ、彼氏彼女と会えたであろう時間。

他人に割いてもらってる時間は、そういう時間でもあるんだぜ。


ただし、「いただいてる時間だから」と卑屈になるのも違う。

時間を割いてもらってるんだから、それに見合った何かを生もう。それは、「与えてあげよう」とか、一方的なものではなく、一緒に、生み出そう。そういう心意気が、大事なんじゃないか。

だからさ、準備とかってのは、怠っちゃいけないよ。

自戒。

パプリカ
[2007年07月11日(水) ]

っていう映画を観ました。
みんなで同じ夢を見られるようになる機械をめぐるお話。内容には踏み込みませんが、面白かったですよ
その中で、特に気になった台詞がこれ。

「抑圧されたものの表出なら、インターネットも夢も大差ないんじゃない??」

夢って、現実で押さえつけられてるものが出る。っていうじゃないですか。例えば単純なところでは、お金に困ってる人は、お金持ちになる夢を見るとか。

インターネットは、現実の束縛を無いことに出来るんですよね。
そんな、当り前のことに、改めて気付かされました。

インターネットは「抑圧されているものの集合体」として、社会を看るのに役立つんじゃないかなぁ。インターネットを見て、最近の中学生はダメだ。とか嘆くのではなくて、彼らがどんな欲求を抑圧されているのかを探る。

そんな社会の鏡としてのインターネットを、垣間見ました。
夢診断で、個人の抑圧を看たように。ネット診断で、社会の抑圧を看る。

寸劇
[2007年07月05日(木) ]

たまには、子ども会の話もしないとね

子ども会の一年生は、夏のキャンプで寸劇をやります
恥を捨てて、子どもを楽しませるんだ!!という気概を養うのがねらいです。たぶん。

去年、僕がやった役はキャサリンちゃん。とても濃いキャラクターで、子ども達にも大人気でした。たぶん。でもそれ以来、「キモい、キモい」と言われることが増えたような気もします…

やり過ぎにはご用心。


子ども達は、僕ら大学生になついてきます。次第に。
でも、まだコミュニケーションに不器用だから、「大学生とおしゃべりしたいなぁ」と思っても、恥ずかしくて、すぐに暴力する子もでてきます。なかなか話しかけられない子も、でてきます。やたらと反抗的な態度になる子もいます。

どう対応すればいいんだろう。普通の会話が出来るようになれば、楽しいもんなんだけどねぇ。今の大学一年生は、どうやって子どもと普通のおしゃべりをするようになるんだろうなぁ…

下の学年が、どう成長するのか。楽しみですなぁ。

と、たまには真面目で無難なふイタでしたとさ

ブログ
[2007年07月04日(水) ]

ブログには、管理者がいます。

Z会ブログは、テラさんというスタッフさん(←この言葉遣い気持ち悪いなぁ。「テラ」というスタッフさんorテラさんというスタッフ)が管理してます。

ブログって、コメント欄にアルファベットの羅列からなるゴミコメントがたくさん付いちゃうんですよね。
そういうコメントを、テラさんは全て削除してくれています。
人の目には付かないけれど、Z会ブログが使い心地・居心地のよい場所であるために努力してるんですね。テラさんは。

テラさんはじめスタッフさんには感謝してるんですけど、普段その感謝を伝えないじゃないですか。そういうの良くないよねー(;VДV)=3
ありがとうは、どんどん伝えた方が、社会が良くなると思いますよ。

でね、ありがとうと思っても、気持ちを伝えるのが下手な人がいるじゃないですか。
何をすればいいか?

簡単ですよ。「ありがとうございます」って、コメントすればいいんだからね。

でも、それが難しいんだよね…
とも思う、ふイタでした。とさ

| 次へ