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みんなわかるのか?とモスクワ攻防1941と、国語力検定

[2008年09月30日(火) ]

少し前、こんな見出しの新聞記事があった。不正確かもしれないが。

《道産羊をめぐる冒険》

たしか内容は、北海道産ラム肉が稀少品・貴重品になっていて、増産にこれ努めている……といったもの。

別に「冒険」でもなかろう、と思うのだが、記事中でも「羊をめぐる冒険」というフレーズが使われている。

記者さん、使いたかったんでしょうねえ、このフレーズ。

わかる人にはわかるだろうが、これ(「羊をめぐる冒険」)、村上春樹氏の小説のタイトル。

わかる人にはわかるだろうが、と書いたが、はたして読者のうち、どれくらいの割合の人が、「ああ、村上春樹か」とわかったんだろう、と、それが気になった。

村上春樹は、すでに日本人の共通教養となっているんだろうか(共通教養としてよいのだろうか)、ということである。もしそうであれば、国語力検定に出題せねば……じゃなくて。

ちなみにぼくは、カミサンが本を持ってるから知ってたけど、じゃなきゃ「え? 何が冒険なわけ?」と思っただろうな、この記事を読んで。なわけで、家の書棚に「羊をめぐる冒険」はあるんだけど、実は読んでないし。

新聞記事には、この手の、文学作品のタイトルをもじった見出し、割と目にするが、あれって、すべての(とまでは言わないが、ほとんどの)読者に向けて「みなさん、当然わかりますよね」というよりも、「ぼくは読んでますが、みなさん、わかります? いや、いいんです、わかる人だけニヤリとしてください」的な感じが、どうもしてしまう。

ま、ぼく自身もそういうことしたりするんだけど、でも、ブログと新聞じゃ、ちと違うんじゃないかな、と思った次第です。

昨日の夕刊(朝日新聞)に、《「悲しき熱帯」を歩く》という見出しの記事があって、さすがにこれには、「悲しき熱帯」についての解説がついていた。それがきっかけのネタでした。

えーと、学生時代に神話の勉強をしたんで、文化人類学もちょっとかじってて、その関係で読んでいたんですよ、「悲しき熱帯」の著者。

記事中の、「クロード・レビストロース」という表記が、ちょっと気になったが。

いや、ずっと「レヴィ・ストロース」「レヴィ=ストロース」という表記に馴染んでたのもあるが、「レビストロース」という表記だと、「レビスト/ロース」だと思われかねないんじゃないかな、と。

「プエルト/リコ」じゃなくて「プエル/トリコ」、「エル/サルバドル」じゃなくて「エルサル/バドル」、「クアラ/ルンプール」じゃなくて「クアラルン/プール」だって、ずーっと思ってたもんなあ。

※追記:ウィキペディア情報では、「羊をめぐる冒険」、《2002年時点までに、単行本・文庫本を合わせて247万部が発行されている。》とのこと。すげーな。共通教養かも。何だか読まなきゃいけないような気がしてきた。……こうして、売れるものは、雪ダルマ式に売れるんだなあ。漢検が「二百ン十万人の漢検」というキャッチを使うのも、むべなるかな。

※追記2:カミサンに、「で、『羊をめぐる冒険』って、どんなお話なわけ?」と聞くと、「うーんと、何だったかな、いろんなフェチがいるように、耳フェチもいるって話だったっけ」の由。……やっぱり、読むのやめるかな。



ロドリク・ブレースウェート『モスクワ攻防1941』(白水社)読了。



「へえ」と思ったのは、1940年時点でのモスクワが、ほとんど木造建築で占められていた、ということ。

モスクワもヨーロッパ的な都市景観を持っている、こう、石造りの教会やら商店やらアパートが立ち並んでいる、という印象だったんですが。

あれ、中味は木造で、表面に薄い石を貼り付けている、というものが多かったそうです。

なんだか、正面は大理石仕上げとかタイル貼りとかでキレイな商店もしくは商店街なんだけど、側面&背面から見ると、築何十年の木造家屋やトタン貼りの家屋が連なっている……という、地方でよく見られる光景を思い出してしまいました。

また、庶民の住環境自体も、よろしくなかったようで。

《ボリシェヴィキーのあらゆる気宇壮大なスローガンとはうらはらに、庶民にまともな住宅設備を提供するという都市住宅政策の当然の目標は、当面の課題のなかでいつもあとまわしにされた。(中略)モスクワの住宅の四分の一以上に水道が引かれていなかった。一九四〇年に一人あたり居住面積の公式の最低基準が約四平方メートルに切り下げられたが、これは一九一二年の平均数字の三分の二以下だった。》(p44)

一人4平米! 江戸時代の長屋みたいなもんか。6畳一間に家族4人とか。

おれ東京に住んでたときのワンルームが、たしか16平米ぐらいだったよな。あそこに4人。ちょとカンベン、という感じだな。2人でも狭いと思ったもん。いや、2人で暮らしたことはありませんけどね。

しかし、若者たちはモスクワを目指す。

《「大都会での生活はこたえられない魅力をもっていた」とアレクサーンドル・ジノーヴィエフは回想する。「旧弊な田舎暮らしには、うんざりしていた。私の家族は土地に根をおろした生活をしていたし、快適な大きな家ももっていた。モスクワではわれわれは一〇平方メートルの一室に一〇人で暮らさなければならなかった。一人あたり一平方メートルだ。想像していただけるだろうか?! それでもわれわれはモスクワ暮らしを選んだ」》(p47)

一人1平米! 座って半畳、寝て一畳の世界ですな、こうなると。

独ソ戦が始まった直後は、さすがのスターリンもヘコんでいたようで。

《六月三〇日、政治局の面々は全員一致で「近い別荘」のスターリンに会いに行くことにきめた。一同が別荘に入ると、スターリンはくずおれるように椅子に座っていたが、妙に不安そうな声で「きみらはなにしに来たのかね?」とたずねた。自分を逮捕しに来たと思ったらしい。》(p136)

権力というものを考えるうえで、非常に興味深いシーンです。このとき、誰かがスターリンを逮捕しちゃってたら、今の世界は、どうなっていたんだろう。

しかし現実は逆に、これまで以上にスターリンに権力を集中して、戦争指導をお願いしたい、となったわけです。

その結果、

《スターリンのほうでは、同僚たちには自分を排除してやってゆくだけの勇気がないと判断したにちがいない。長年にわたって彼らを凶暴に弾圧し、しかも現在のポストにとどまれば今後も同じことをやるにちがいない人物を打倒するだけの度胸もないふぬけ連中なのだ、と。彼はおおいに自信を強め、側近にたいする侮蔑の念を深めたにちがいない。》(p137)

と、まあ、こういうわけです。

ジューコフという人は、独ソ戦の英雄とされたそうですが、そのジューコフが命令したこと。

《四一年九月、レニングラート滞在中のジューコフは、機銃を後退中の大隊に向けるようみずから命じた。その数日後には、ドイツ軍に人間の盾として利用されるロシア民間人といえども容赦するなとのスターリン命令にはげまされてのことと思われるが、彼はさらに一歩をすすめて、敵に投降した者の家族は射殺せよと命じた。》(p234)

退却したら射殺、投降したら家族も射殺。

これ、もし戦争に負けていたら、「そんな命令を出すから負けたんだ」と言われたでしょうね。でも、勝てば英雄。そんなもんだろうな。

さて、スターリンは、同じようなことを、軍の司令官レベル、将官にまで実行しました。

《同じような非情な措置を、スターリンは軍司令官らにたいして講じ、国境地帯での惨敗の責任者らをすばやく処断した。(中略)四名の将官は官等級剥奪のうえ銃殺刑を宣告され、刑はすでに執行された、とスターリンは告げた。》(p234〜235)

将官が、戦闘に負けたら銃殺かあ。ここは、日本と大きく違うな。日本は、上に甘かったもんな。

第二次大戦での、各国の戦死者数について。

《英米軍の戦死者一人あたりの日本軍の戦死者は七人、ドイツ軍は二〇人》(p516)

ふーむ、日独は敗戦国だもんな、そりゃ英米に比べて多いでしょ……といった感想を持つことと思います。あるいは、へー、ドイツは日本よりも激しく激しく戦ったんだな、といった感想。

しかし。

《ソ連軍は八五人であった》(p516)

《第二次世界大戦の戦闘の五分の四は東部戦線でくりひろげられた。Dデー〔連合軍ノルマンディー上陸〕以後でさえ、ドイツ軍総兵力の三分の二は東方に配置されていた。じっさいのところ、もしロシア軍と戦っていなかったら、ドイツ軍は全員フランスにいただろうし、Dデーもありえなかっただろう。(中略)この戦争に勝ったのは自分たちだとロシア人が信じているのも、ふしぎはないのだ。》(p516〜517)

まあ、それだけの犠牲を払ったんならね。そう思わんと、やりきれんでしょう。

では、ソ連は、なぜ負けなかったのか。ソ連が、負け寸前のところでも、国民を戦いに駆り立てることができたのは、なぜか。

《スターリンのヒロイックな非情さ、あるいは彼の意思をあらゆるレベルに押しつける党機構の能力には、ほぼ疑問の余地がない。(中略)包囲下で頑強に戦い、退却してもあきらめず、国土を固守し、反撃に出ることができたのは、スターリンの非情な意志の力によるところが大きい。(中略)全体として見れば彼は動揺しなかった。部下の司令官らにきわめて残酷にハッパをかけた。》(p534〜535)

ご覧のように、500ページ超ありますので、お時間のあるときにでもどうぞ。

ただ、「訳者あとがき」(p545〜548)だけでも、読んでおくとよいかと思います。歴史について、なかなかよいことが書いてあると思いました。

その中で、1つ、歴史研究における問題点を指摘しています。

《マル秘文書は事実をありのままに述べているからこそ公開されなかったのであり、秘匿度が高ければそれだけ真相に近く、逆に文書の形で残されていないことがらはすべて疑ってかからねばならないという思いこみである。だが、すべての公文書が真実を語っているわけでもなく、すべてが後世に残されたわけでもない。》(p546〜547)

なるほど。後世に残したい歴史をでっち上げて、100年間マル秘にしておく……ミステリのネタになるかな、これ。

136紀行とワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカと、国語力検定

[2008年09月29日(月) ]

昨日、(続く)と書いたが、大阪バー編は、ナイショにしておきます。

さて、昨日は『ベスト・キッド4』を観たあと、本を読んで昼飯食って昼寝して図書館にも行ったっけ、とかしているうちに、気がつけばなんと午後4時ではないか!

先日買ったシューズの足慣らしに、また箱根方面へ行こうかと思っていたのだが、この時間からだと、ちと厳しいな。暗くなってからあの道歩くの、ヤだし。

うーむ、どうしたものか。

日が落ちても、多少はにぎやかな道。

おお、そうだ!

国道136号を歩くことにしよう!

というわけで、三島大社に寄ってから、イトーヨーカドー前を過ぎ、あとは136をひたすら南下。

普段はクルマで通り過ぎる道をてくてく歩くと、「おお、こんなお店があったのか!」といった発見があって、なかなか新鮮。

こんなお店がありました。



15万、20万、25万の3プライスの中古車屋さん。

中古車ビジネスにも、100均的発想を取り入れたか。やるな。「探せばお買い得モノがあるんじゃないか」と思うもんね、これだと。



ワーゲンのポロが25万で出ていました。10年落ちの10万キロ車だけど。でも、十分じゃないすか。

この近辺はディーラー系も含めて中古車屋さんがひしめいているのだが、脅威だろうな、このお店。

さらに南下。

ジョイランド三島の、道を挟んで向かいあたりに、釣具屋さんを発見。

おお、平日は朝9時からだけど、土日祝日は朝4時から営業しているではないか! 知らんかった。136経由で静浦方面へ行くときは、ここでエサ等を仕入れていけばいいわけだな。

さらに南下。



三島市から函南町へ入る。

あれ? 道の反対側に、上州屋もあるな。でも、上州屋って、そんなに朝早くからは開いてないんだよな。帰りにちょっと寄ってくか。

さらに南下……と思ったのだが、いい加減暗くなってくる。

今日のところは、ここまでにしよう。



「蛇ケ橋」。ジャガバシ。三島へ来たばっかりのころ、このジャガバシという語感が、なーんか可笑しかったな。

ジャガバシで折り返し、今度は136をひたすら北上。

途中、



上州屋函南店でサビキ仕掛けを買って帰る。

ミックス3枚セット(1枚に2つ入り)を2コ。いつもオーさんに貰ってばっかだからな、すんませんオーさん、ミックス買いました!

シューズは非常に調子がよい。

今日は山中城か?と思ったのだが、天気がよろしくありませんな。どうしよう。



映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』を観る。

約4時間の、ながーい映画。

実は映画は、ビデオやDVDではなく、ケーブルテレビで観ているのであるが、2時間の映画だと、1時間を過ぎたあたりで、CMが入る。トイレやタバコには、ちょうどいいタイミングである。

4時間の映画だと、どうなるんだろうと思っていると、1時間を過ぎても、CMが入る気配は全然ない。うー、まだかまだか、酒飲みながら観てるせいか、さっきからトイレに行きたいのに。

結局、2時間を過ぎたあたりで、ようやくCMが入った。

1本の映画にCMタイムは1回、と決まっているのであろうか。

しかし、2時間休憩ナシはキツイね。1時間に1回CMって決まりにしてはいかがでしょう。

映画自体はですね。

主役のデニーロ、いいっすね。

ハリウッド的ベタな映画じゃないけど、デニーロの演技に引きつけられますね。

アンディガルシア、「ゴッドファーザー3」出演前に、この映画のデニーロの演技をかなり研究したんじゃなかろうか。この映画を観てから、「ゴッドファーザー3」を観ると、「おお、似ている、確かにビトーの孫だ」と思うかも。

しかし、デニーロ、故郷を離れていた三十数年、何をして暮らしていたんだろう。そこは、別にいいのか、この映画的には。

デニーロが、好きな女性に乱暴をしてしまうシーンがある。

好きなんだよな、ホントに好きなんだけど、そんなことしちゃって、後で激しく後悔するんだよな、若いときってそうだよな、うううう、ゴメンなさい、何だか泣けてきた。

22億の行方と大阪鶴橋の夜と、国語力検定

[2008年09月28日(日) ]

中山大臣、ある意味信念の人ですね。

さて、今日は起きてから、まず映画『ベスト・キッド3』を観る。これで1から4まで全部観た……という達成感のためだけに観たような気もするのだが、まあよかろう。

ダニエル君、でかくなってないか?と思って制作年を見てみると、1が1984年、3が1989年。5年かあ。そりゃちっとはオトナっぽくなるわけだ。映画の中の世界では、1年ほどしか経っていないんだけど。(でも、筋骨隆々になっているかというと、そうでもない。5年もあったんだから、ちっとは身体を鍛えていればよかったのに。あるいは、2も3も、まさか制作されるとは思ってなかった、「えええ、2、作るの?」「えええええ、3、作るの?」という感じだったんだろうか。だとすれば、鍛えようなんて思わないのもわかるけど。)

逆に、1で敵役を演じていたジャニ顔の俳優さんは、5年たってトウが立ちすぎたんだろうか、3には出演していなかった。

にしても、ダニエル君、モテるなあ。不思議だ。

あいかわらず、終わり方が今イチでした。主人公が大会で優勝を決めた瞬間に「THE END」。

そんな慌てた終わり方をせんでもよかろうに。



昨日の夕刊(朝日新聞)でおもしろかったのは、社会面の、この記事。

《宇宙旅行代「22億返せ」》

《ロシアのソユーズ宇宙船に乗って一昨年に国際宇宙ステーション(ISS)へ向かうはずだったが、直前に〔健康上の理由で〕搭乗を断られた元ライブドア役員の榎本大輔氏(37)が、支払った旅行代金2100万j(約22億円)の払い戻しを求め、米国の宇宙旅行会社スペースアドベンチャーズを相手取った民事訴訟を起こした。(中略)榎本氏は、同社がロシア宇宙庁に「医学的問題があることにしておいてほしい」と口裏合わせ工作をしたとする。一方、同社は「医学的問題で搭乗できなかった場合は、旅行代金の払い戻しはできない契約だ」としている。》

榎本氏の搭乗を断った結果、宇宙船は、1人分の座席がアキのまま、また1人分の資材を余計に積んだまま飛び立った……というのであれば、払い戻しはできん!というのもわかる。よーくわかる。

榎本氏が乗ろうが乗るまいが、宇宙船を飛ばすコストは変わんないからね。「乗る権利」を買った時点で、22億負担してもらわんと。

たとえば飛行機のチケット、買ったけど乗らなかった場合は払い戻しオッケー、にしちゃうと、航空会社、やっていけませんよね。予約だけは満席で、でも誰も乗ってくれない、乗客ゼロの飛行機を飛ばす、しかる後に予約していたお客さんに払い戻しをする……だと、航空会社、潰れちゃいます。

しかし。

この宇宙船の場合は、「補欠」の人がいて、榎本氏の代わりに乗ったそうです。

もちろん、「補欠」の人からも、22億かどうかは知らんが、カネ取ってるんでしょうなあ。

だとすると、榎本氏が払ってくれた22億は、まさに丸儲け。

契約をタテにされてるから、榎本氏、この訴訟には負けるような気がします。こういう言い方をするのは何だが、日本人がアメリカで起こした民事訴訟だからねえ。とっても不利なような気がする。

それにしても、37歳で、そんなことっつったら何だが、まあそんなことに22億も使えるというか、そんなことに使えるカネを22億も持っていたってのが、またすごいね。

元ライブドア役員ってことで、ああ、投資家からせしめたカネかあ、と、つい思ってしまうのだが、そして榎本氏自身も「オレってすげーじゃん」と思っていらっしゃったんだろうが。

でも、上には上がいたってことですね。

日本の投資家からカネをせしめて、「うっしっし」と思っていらっしゃったのかもしれませんが、結局はそのカネ、アメリカ企業とロシア官庁に巻き上げられてしまった格好なわけですから。

何だかトホホな構図ですな。



さてさて、一昨日の、大阪は鶴橋の夜。

一度行ってみたかった鶴橋。初鶴橋。chikurin先生に連れていっていただく。

訪れたのは、韓国家庭料理の、



このお店。

まずは生ビールで乾杯して、さあ何を頼もうかでもなく、chikurin先生が「サムギョ何とか」をオーダー。どうやら名物らしい。一人前1500円で、オーダーは二人前3000円から、となっていた。

ビールを飲みつつ、国語力検定についてアレコレ話をしていると、料理が運ばれてくる。



これが全景。メインは豚バラ肉の焼肉なのだが、キムチやらカクテキやらナムルやら、いろいろサイドディッシュがついてくる。おお、これが韓国家庭料理ってやつか。



肉アップ。かなりの量である。



サイドディッシュアップ。これもドーンという感じである。キムチ美味いんだこれが。



肉を包むサンチュなど。別オーダーじゃなくて、デフォルトでついてくるのが嬉しいよね。

で、



焼く。白いのはニンニクね。これも焼いて食う。



焼いたのち、サンチュにのせ、辛い味噌的なものをトッピングして食う。激しく食う。こりゃ美味い! バラって、脂が美味いんだよなあ。

そろそろ焼酎にしよう。



お店オリジナルなのか、それともたまたまそうだったのかは覚えていないが、とにかくお店と同じ名前の焼酎。ボトルでオーダー。



ロックで飲むのである。

いやー、肉もサイドデッシュも、サービスいいっすねー、とか何とか言っていると、



ドーン!とチヂミが出てくる。え? これもサムギョ何とかに込みなわけ? これで2人前? でかくない? と、一瞬混乱。どうやらサムギョに込みらしい。プリプリのエビやイカが入った海鮮チヂミで、これも美味かったのだが、とても食べきれず、半分は包んでもらった。

さて。トータルで、いくらだったと思います?

あの肉の量と、豊富なサイドディッシュと、ピザーラのMサイズぐらいのチヂミと、生ビール2と焼酎ボトル1本で。

8000円。

ぼくは、すごくリーズナブルだと思いました。次に同僚サーさんアーさんと大阪出張のときは、ここだな。決まりだ。

(続く)

中山大臣と宮古島と、国語力検定

[2008年09月27日(土) ]

昨日取り上げた、

《「日教組の強いところは学力が低いんじゃないかと思った」》

という中山大臣の発言に対して、今朝の朝日新聞が、早速突っ込んでましたね。

《大臣、ズレてます》《調べたら 関係なし》という見出しで。

で、何を調べたというと、都道府県別の日教組の組織率。

中山大臣の発言の妥当性は、正直、判断できない。材料がないしね。

しかし、日教組の組織率=日教組の強さ、とするのも、妥当なんだろうか、と、ふと思った。

ビジネス的な話になりますが、組織率そのものが目的じゃない(ですよね?)のに、そこだけにフォーカスすると、大概おかしなことなるような気がします。



昨日は大阪へ行ってました。大阪飲み会話は、また改めて。いやー、でも、鶴橋、よかったっすよ。

さて。三島を出るとき、建築途中の大きなビルを見る。



おお、立派やな。

これが、Z会三島駅北口ビルとなります。

さて、大阪で、某企業を訪問。

受付に、こんな募金箱が。



ほー、宮古島、こんなことやってんのか。

もう2年ぐらい、行ってないな。

吉野海岸、どうなってんだろう。

せめて新城は、変わらずにいてほしいものだが。

全国学力調査とカプセルホテルと、国語力検定

[2008年09月26日(金) ]

今朝の新聞(朝日新聞)より、「ふーん」「うむむ?」と思った記事を2つ紹介。



まずは、「ふーん」と思った記事。

社会面の、「中山国交相が失言連発」という見出しのもの。

いくつか突っ込まれそうな発言をなさってますが、そして人によってそれらへの引っかかり方の度合いは異なるんでしょうが、ぼく的には、これが一番引っかかりました。

《文部科学相を経験している中山国交相は(中略)自ら提唱した全国学力調査については「日教組の強いところは学力が低いんじゃないかと思った」と実施の背景を説明。仮説が証明されたとして「テストの役目は終わった」と述べた。》

そそそ、そんな仮説を証明するためにやったんかい!

しかも、数十億も使って。

付き合わされた全国の小中学生および先生方も、いい迷惑だな、こりゃ。

にしても、正直すぎやしないか、中山大臣。こんなこと言っちゃったら、来年、どこも受けなくなるぞ。

文科省の役人さんたちも、頭抱えてるんじゃないかな。「役目は終わった」なんて言われちゃってるし。

さーて、今後、どうなるんでしょうね。



次に、「うむむ?」と思った記事。

生活面の、「見せかけの『残業削減』」という見出しのもので、毎日長時間労働で休みもないという労働者の実情を取り上げた記事。

その冒頭に、こうある。

《平日はカプセルホテルが「我が家」だった。/未明に会社を出て、途中のコンビニで買ったカップラーメンをベッドの上ですすり、疲労で何も考えられないまま泥のように眠ると、すぐに朝が来る。出勤してパソコンを開くと、メールが約300件。午前9時から翌日未明まで、ほとんど机を離れられない状態で作業が続く。》

おお、まるで飲み会常連オザさんのようだ……ということではなく。ちなみにオザさんは、オフィスの廊下でも横になって眠るらしい。

しかし、カプセル常連でもあるオザさんであれば、この中に1点、「あれれ?」と思うところがあることに、すぐ気づくであろう。

みなさん、わかります?

カプセル経験のない人には、わかりませんかね。

「カップラーメンをベッドの上ですすり」というところです。

大概のカプセルホテルは、カプセル内での飲食は禁止なんですよ。飲食飲酒喫煙は共用スペースで、ということになっています。カプセル内は、純粋に寝るところ。

おそらく、朝日の記者さんたちはカプセル経験がないんで、スルーしちゃったんでしょうね。

さて、ここは「あれれ?」と思うところですが、「うむむ?」と思ったところ。

それは、「出勤してパソコンを開くと、メールが約300件」というところです。

これは、“そんなにも仕事が大変”ということを表現するためのものだろうから、いわゆるスパムメールは除いて300件、ということだろう。スパムだったら、開かずに削除削除削除……でいいもんね。そうやって必要なメールも削除しちゃうこと、あるけどさ。スマヌスマヌ……。それはさておき、業務として対応せねばならぬ、つまり、開き、読み、必要であれば返信せねばならぬメールが300件。

そりゃ、大変だ。1件1分としても300分、実に5時間費やさねばならぬ計算だからね。

いやー大変大変……と、ここで、「うむむ?」と思ったのである。

未明に退社して、次の朝パソコンを開くと、業務上のメールが300件。

一般的には、未読メールはゼロで退社するもんだろうから(違います?)、新規メールが300件積み重なった、ということである。未明から、翌朝までの間に。

これ、裏返すと、その時間、つまり未明から翌朝までの時間に、業務上のメールを彼に送った人が、最大300人はいたってことですよね。

彼が、カプセルで眠っている間にも、業務上のメールをカタカタ打って彼に送っている人がいる……おいおい、実は、彼よりも、そのメール送信者のほうが、もっと大変なんじゃないか? と思ったわけである。

森さん激怒と「寺社勢力の中世」と、国語力検定

[2008年09月25日(木) ]

今日付けの国語力検定メールマガジンに、

《麻生さん、最初、森元首相に党幹事長就任を依頼した、という報道が流れましたが、この依頼って、いわゆる「京のぶぶ漬け」みたいなもんだったんじゃないでしょうかね。/もしそうだとしたら、依頼した麻生さんも、固辞した森さんも、ともに国語力あるなあ、と思いました。オトナのコミュニケーションスキルってやつですね。》

と書いた。

麻生さんは、「森さん、まさか受けないだろう」と思いつつ、幹事長就任依頼という行為を通じて、森元首相を立てているところ、森元首相頼みだというところを見せる。森元首相は、「いや、私はもう首相も務めた身だ、そのポストは後進に」と固辞しつつ、麻生さんを「ういヤツじゃ」と思う。

麻生さん、これでだいぶ自分への心証が良くなっただろうと踏んだはず。

しかし。

今朝の朝日新聞によると、森さん、麻生さんが森さんの派閥から1人しか入閣させないつもりなのを知って、激怒した由。

激怒のあまり、わざわざ麻生さんに国際電話をかけ(ニューヨークにいたそうです)、麻生さんを怒鳴りつけた由。

こうなると、もう難しすぎて、ぼくなどには国語力的に理解できません。

フリーハンドでやらせてもらうためには、幹事長就任依頼ぐらいじゃ、まだ足りなかったってことですかねえ。



伊藤正敏『寺社勢力の中世』(ちくま新書)読了。



歴史のオモテ面(典型的なのは、教科書で習うやつね)には、歴史を動かす主体として、朝廷とか幕府とかしか出てこないが、実は寺社こそが無視できないパワーを持っていたんだよ、というお話。

前半はおもしろかったが、後半がちょっと……という感じでした。話が拡散しちゃったのかな。あるいは、アルコールのせいで、話についていけなかったのかもしれません。

いずれにせよ、(古くからある)お寺や神社への見方が、ちょっと変わるでしょうね、これを読むと。

宗教法人への優遇税制について、いろんな理屈はあるのかもしれないけど、実は「昔っからそうだったから!」というのが、一番大きいんじゃないかな。「昔は、税金なんて一切払ってなかったんだからね!」というやつが。

印象に残った箇所を、いくつか引用。

《今日も生きている寺社文化のナンバーワンを一つだけ挙げるなら、それは「日本語」である。都市・未来・上品・大衆・商人・観念・道具・投機・脱落・知事・平等・機嫌・世間……ごく普通に使われているこれらの日常語は、どこから来たのであろう。答えは簡単、全部仏典からである。(中略)先端文明もまた寺社に発生した。このことはあまり知られていない。日本文明と文化の大半は、古代王権からではなく中世寺社から生まれたのだ。》(p11)

ここは、一応、国語力検定ブログということで。

ううむ、仏典も出題範囲に含める必要があるかな。……冗談ですよ冗談。

源頼朝が守護・地頭を置いたのは、義経を捕まえるため、という意味もあったそうだが、ご存知のとおり、義経は列島縦断の旅をして、奥州までたどりつく。

《なぜ厳しい追及にも関わらず、彼は逃げおおせたのか。京都朝廷内部に同情者がいたことも理由の一つだが、幕府が直接捜索できない場所があったためである。というよりも、近畿地方は直接の捜索ができない治外法権の場所ばかりだったのだ。》(p21)

その、治外法権の場所というのが、寺社だったわけです。

幕府と対立するわけではありませんが、幕府は寺社に直接踏み込めず、「義経がいるだろう、差し出せ!」と命令することができるだけ。

寺社は、「はいはい、調べてみますわ、ちと待ってくだはれ」と、のんびり構えているうちに、義経はどこかに行ってしまう、というわけです。

なるほどー。義経が捕まらなかった理由、腑に落ちました。

……あれ。どこかに、似たような構図があったな、これ。

そうか、在日米軍の人が事件を起こして、米軍基地に逃げ込んだときか。

日本政府よりは、幕府のほうが強かったとは思うが。それぞれの、相手に対しての強さね。

《寺社空間は「どれほど」ぜいたくなものであったか。戦国時代の京都を描いた『洛中洛外図』を見ると、寺院はすべて瓦葺、御所・内裏・管領邸が檜皮葺、町屋は板葺、農家が茅葺または草葺、と明瞭に描き分けられている。費用は、瓦・檜皮・板・草の順に高価である。風俗のちがいではなくステータスの差の反映である。》(p82〜83)

要するに、朝廷や武家よりも、寺院のほうがカネを持っていた、ということです。

では、たとえば、どういうふうにカネを稼いでいたか。

《寺院で盛んだった経済活動をあげよう。寺院の金融活動は、平安時代初期からあり、歴史は古い。(中略)俗人の金融にくらべて寺社のそれが有利だったのは、仏神のものを借りたのに返済を怠ったりしたら仏罰・神罰があたるという恐怖があったためで、遅滞なく取立てができた。年率一〇〇パーセントを超える非常な高利であった。》(p115)

年利100パーセント超!

しかも、貸し倒れリスクが低い!

かつ、法人税ゼロ!

ゴチャゴチャ言ってくる監督官庁もナシ!

そりゃ、儲からんわけがない。

現代の消費者金融会社を、はるかにしのぐ儲けだろう。

現在、国宝や重要文化財になっている立派な建物も、その儲けで建てたわけですな。

しかし、その儲けも、元をたどれば、当時の庶民の膏血だろう。

そう思うと、国宝や重文を見ても、何だか切なくなってきますな。

静岡空港問題への一考察と、国語力検定

[2008年09月24日(水) ]

今朝、通勤途中のこと。



アスファルトの道路の片隅に、キノコが生えている。

すげーな、キノコの生命力。



全国には報道されないだろうけど、ちょっと笑える記事があったので、紹介しておく。

昨日の朝日新聞朝刊、静岡県版より。

《来年3月開港予定の静岡空港で、航空法の高さ制限を超える立ち木が存在していた問題で、石川嘉延知事は22日の定例会見で、約1年前から事実関係を把握していたことを明らかにした。》

「〜で、〜で、〜で、」と、ちょっと「で」を重ねすぎですね……というのが、もちろん笑えるポイントではありません。冗談ですってば、朝日さん。

《県などによると、問題の立ち木があるのは空港西側で、空港建設に反対する地権者の私有地内。制限より数b超えたものが数十本あるという。》

ほう、そりゃ大変だ。予定通りに開港できないかもしれないじゃん。ま、県東部の人は、静岡空港ができても、羽田を使うだろうけどね。だって、競争がないところって、ディスカウント率低いじゃん。羽田−大分より羽田−福岡のほうが、羽田−函館より羽田−新千歳のほうが、安いチケットを手に入れられること、みなさんご存知のとおり。

しかし、1年前から事実関係を把握していたのに、なぜ手を打たなかったのか。

《原因について、石川知事は「木が成長して伸びた」。07年3月までの段階では高さ制限には抵触せず、土地収用の必要はなかったとした。》

この「原因」というのも、何の「原因」を指しているか、非常に把握しにくい記事だったんですが、それは措いときましょう。冗談ですってば、朝日さん。

それよりも何よりも、「木が成長して伸びた」。

1年前はノープロブレムだったけど、その間に「木が成長して伸びた」。

朝から笑かさんでくださいよ、知事さん。

ひょっとして、木は一切伸びないものと思っていらっしゃったんだろうか。

あるいは、予想以上に異様な伸びを見せたということなんだろうか。ニョキニョキニョキー、ジャックと豆の木ー、みたいに。

何だか、受験産業が業績不振の原因を、今この時点で、「こんなに18歳人口が減るとは思わなかった」と言うに等しいですよね。

これ、石川知事の名答弁の1つになるんじゃなかろうか。……冗談です。

ホントのところは、知事さんも、この発言のおかしさを重々承知の上で、やむなく……なんじゃないかな。

県の担当者さん、「こんな答えしか考えられんかったんかコラ!」と、知事さんにえらく怒られてたりして。

知事さん、会見の後で、「何を言わせるんじゃコラ!」と、知事室の机を蹴り上げてたりして。

大変だなあ。お疲れさまです。がんばってください。

小学館からの手紙と「高い城の男」と、国語力検定

[2008年09月23日(火) ]

小学館から、カミサン宛てに郵便物が届く。



ほほう、何だろう。

おれへの、転職のお誘いか?

……が、来るわけはない。しかも、カミサン宛てに。

おれへの、出版のオファーか?

……も、来るわけがない。しかも、カミサン宛てに。



厚紙の台紙に、切り抜いた封筒を貼り付けてある。どう見ても手作り。

大出版社・小学館が、手作り封筒かあ。

細かなところまでコスト意識を働かせる、その積み重ねが、大出版社となった所以か。トヨタ自動車みたいなもんだな。

中味は。



図書カード500円分であった。

『川柳虎の皮』という本に、カミサンが昔雑誌に投稿した川柳が収録された由。

川柳1句が、500円。

これは、原稿料的には、安いんだろうか高いんだろうか。

西鶴のように一昼夜で俳句を4000句も作れて、しかもそれを全部1句500円で買い取ってもらえるなら、一昼夜の稼ぎが200万円、1句500円だとしても、こりゃいい商売だ、となるんだろうが。



たまにはエンタテイメント系小説でも、というわけで、フィリップ・K・ディック『高い城の男』(ハヤカワ文庫)読了。



うーむ。おもしろいのか? 今いちツボにはまらんかった。

先の大戦で、日本とドイツが勝っていたら……という世界を描いたSFですが、アメリカ西海岸でイバっている日本人に対するアメリカ人の屈折した心情が、占領下日本でイバっていたアメリカ人に対する日本人のそれと重なるんだろうな……てところが、まあおもしろかったか。

いやいや、おもしろい箇所はあったぞ。

アメリカ人美術商が、若い、金持ちの日本人夫妻から、ディナーに招待された場面。

《「一杯いかがですか?」梶浦がきいた。「スコッチ・アンド・ソーダでも?」/「梶浦さん――」と彼は言いかけた。/「ポールと呼んでください」若い日本人は、つぎに妻を指さした。「ベティです。で、あなたは――」/チルダンはもごもごと答えた。「ロバートです」》(p158)

日本酒や焼酎をすすめるほうがリアリティがある……とは言わない。スコッチ・アンド・ソーダ、別に不自然ではないと思う。

しかし、だ。

日本人夫妻が、いかにアメリカに住んでいるとはいえ、「ぼくはポール、妻はベティ」なんて言うか?

なんか、聞いてて、こっぱずかしいぞ。

ここ、作者としては、アメリカ人が「ボブ」ではなく「ロバート」と名乗っているところを味わってほしいのかもしらんが。

もう一箇所。

《三人は琴のレコードを聞いた。この日本の十三絃ハープの演奏は、最近日本HMVから発売された大ヒット曲である。》(p158)

これも、いくら日本が戦争に勝っていたとしても、日本で琴のレコードが大ヒットするとは思えんのだが。あるいは、女子十二楽坊を先取りしてたんだろうか、これは。

この小説、1962年に書かれたものですが、HMVって、むかーしからあったんですねえ。新興企業かと思ってました。

オリバーと大和とホロコーストからの生還と、国語力検定

[2008年09月22日(月) ]

国語力的にはいかがなものか、というタイトルだな。悪い見本ということで、ご容赦。

『ベスト・キッド』のところで書くのを忘れたが(『ベスト・キッド1』のほうね)、ルックスだけで言えば、敵役の金髪の子のほうが、主人公よりも、ずっとイケてるよなあ。いわゆるジャニ顔ってやつで。ちぃっと古いタイプのジャニ顔かもしらんが。

さて、昨日は昼飯の後、映画『オリバー・ツイスト』を観る。

ディケンズは当然読んでいるもの、という世界では、また観方が違うのかもしれないが、原作を読んでいない自分にとっては、「オリバー君、もっとしっかりしなきゃ! もう10歳なんだからさ!」というような映画であった。

観るべきか否か、という観点では、『ベスト・キッド2』と、いい勝負ですかね。

全然関係ないけど、杉本彩さんも夢中であるところの「コアリズム」のCMのほうが、観るべきかも。



それから、晩飯の後、映画『男たちの大和』を観る……つもりだったが、これ、劇場でも観たし(招待券だったけどね)、テレビでも1回観たなあ、ということで、30分ばかし観たところ、中村シドウが上官に反抗するところあたりで中止。

中村シドウが上官に反抗するのは、いわゆる私的制裁を受けたからだけど、中村シドウって、二曹(下士官)役。下士官になっても、私的制裁受けるんだなあ、と、これは今回初めて思ったこと。

ところで、中村シドウさん、『硫黄島からの手紙』にも海軍士官として出演していたが、なーんか、どの映画でも、どの役でも、演技が一緒っすね。

「ぅおおりゃあぁぁ!」「おんどりゃぁぁぁ!」てなカンジで。

一瞬、硫黄島で捕虜になったけど、脱走して軍に戻り、士官から下士官に格下げされて大和に乗り込んだのか、と思った。というのは冗談だけど。

キムタク演じるキムタク、とはよく言われることだが、中村シドウさんも、“中村シドウ”を演じているんだろうか。これは冗談ではなく。



ペーター・シュナイダー『せめて一時間だけでも――ホロコーストからの生還』(慶應義塾大学出版会)読了。



先の大戦中、ドイツの首都ベルリンに潜伏して生き延びたユダヤ人が、1500人もいたんですねえ。……1500人「しか」いなかった、のほうが正確なのかな。

でも、強制収容所送りになった人たちの映画や本しか知らない人は、人里はなれた山奥というのならまだしも、首都ベルリンでよく何年も見つからずに……と思うんじゃないかな。

あるいは、大都会のほうが紛れやすい、ということもあるのかもしれないが。

しかし、それが可能になったのは、助けてくれるドイツ人がいたから、というお話です。

ドイツでは、この本、かなり厳しい批判も浴びた由。

それはなぜか。

「訳者あとがき」的部分より、引用します。

《文学や映画においてナチズムをテーマとして扱う時、必ずと言っていいほどある型にはまった批評が下される。ユダヤ人がアウシュヴィッツを生きのびたドキュメンタリーは許されるが、ドイツの作家、芸術家がフィクションを交えてホロコーストに関連したことを描くことは許されないという批判だ。ドイツのユダヤ系哲学者テオドーア・アドルノが戦後すぐに「アウシュヴィッツの後で詩を書くことは野蛮である」と語った言葉を引くまでもなく、依然としてここにはタブーが存在しているように思われる。》(p200)

ドイツ人が「ドイツ人の中にもいい人はいた」的なことを書くのは、まかりならん、というわけですね。

それに対し、著者は次のように書いています。

《こうした〈静かな英雄〉(中略)を讃えることが、ドイツ人の罪の無害化に利用されるのではないかという危惧は、冷静に考えてみれば根拠のないものだと言える。この少数の人々の事例は、ナチス共犯者、密告者、受身の傍観者の罪を矮小化するよりも、実際は罪を拡大する。ナチスの恐怖政治から逃れることはできず、死を覚悟する以外は、ナチスにしたがうより他に道はなかったと語り、自己を正当化しようとする戦争世代の神話を打ち砕くものだ。》(p12)

なるほど。

《市民に英雄行為を要求することはできない。しかしナチスに追われ迫害された者に一片のパンを手渡し、家に泊めてやり、次の宿を手配することに必要なのは、品位と知恵と勇気であって、ただちに死の覚悟を要求するものではない。》(p13)

英雄的行為ではなく、ごくノーマルに、「困っている人を助ける」ということ。

《ナチズム(中略)という最悪の国家状態の年月のなかでも、自分の生き方の選択はできた。そしてその選択をした市民が実在したのである。》(p14)

さて、他にも印象に残った箇所を、いくつか引用。

《一見緻密で合法的なナチスの迫害システムのなかにある、官僚組織上のばかばかしい欠陥のことを述べておきたい。この欠陥のお蔭で、おそらくラスカー姉妹は収容所を生きのびることができたのであろう。/証明書を偽造してナチスの迫害をのがれようとしたのは、ナチスの法律に照らして犯罪行為だった。その理由から起訴され、裁判にかけられた。訴訟手続きを行っていく間に、被告である姉妹はゲシュタポの管轄から一時的に離れた。しかしこの時からもはやゲシュタポに連行される危険はなくなった。二人はまず法廷で罪を問われ、その後刑に服さなければならなかった。二人の父(中略)を知っていたかもしれない裁判官たちは、最善の努力をして姉妹に重い判決を下した。それが強制収容所での虐殺から二人を守るもっとも良い方法だということを、彼らは知っていた。》(p55〜56)

起訴されて裁判にかけられている間、そして刑に服している間のほうが、いわゆる「塀の外」にいるよりも安全だった、ということですね。

先日紹介した『責任という虚構』という本の中に、死刑囚が病気になったりケガをしたりすると、手厚く治療・看護される、というくだりがあったように記憶するが、なぜかそれを思い出した。

当時の「命の値段」について。

《最大の問題はしかし、身分証明書をいぜんとして所持していないことだった。一番重要な兵役手帳は、闇市で五千マルクの値がついていた。証明書類もほぼそれくらいが相場だった。》(p127)

身分証明書を持っていれば、強制収容所送りにはならないということで、この五千マルクというのが、ほぼ「命の値段」に等しいと考えると、これは高いか安いか。

ちなみに、楽団の指揮者兼ピアニストの給料が、月額450マルクと書かれていた。

給料の約13ヶ月分。

意外と安い……というより、おそらく現在の価値に直すと数百万円てとこになるんだろうが、それが生死を分ける一因だったとすると、何だか悲しい話ではある。

最後に、冒頭の引用のほぼ繰り返しになるが、繰り返してもよいと思うので、引用。

《社会が全体主義の魔の手に屈するか、抵抗するかを最後に決めるのは、賞賛されてしかるべき死を覚悟したレジスタンス闘士ではない(中略)独裁政治の成功も、抵抗運動の成功も、〈偉大な指導者〉の双肩にかかっているのではなく、ひとえに普通の市民の普通の行動にかかっている》(p165)

猪木さん訪朝とコスプレ同窓会と、国語力検定

[2008年09月21日(日) ]

これ、絶対、すでに誰かが同じことを書いていると思うけど。

自分で思いついて、「あはは」と笑ってしまったので、書いておく。

北朝鮮の金総書記の重病説報道を見たあと、アントニオ猪木さんが、北朝鮮を訪問した、というニュースを見て思ったこと。

アントニオ猪木さん、北朝鮮で、病床の金総書記に、こう挨拶したのかな。





「元気ですかーっ!!」




昨日は、高校の同窓会へ行く。



静岡県民なのだが、首都圏同窓会に属している。静岡県三島市は、首都圏なのである。

場所は、



椿山荘である。おお、高級。初めて足を踏み入れました、椿山荘。おれもオトナになったなあ。

250人ぐらい集まったそうで、なかなかの盛会である。



盛会はいいのだが、料理のコーナーがすごい行列で、食糧配給のようになっておった。

2コーナーぐらいに分けておいたほうがよかったね、あれは。

しかも。

ドリンクコーナーへ行くも、焼酎がないのである。事故米事件の影響か。

いや、日本酒は各種銘柄の冷酒を取り揃えてあったから、むしろ、「50歳以上の富山県出身者」というメイン顧客層に合わせ、リソースを日本酒へ集中配分、そのあおりで焼酎はカット、となったのであろう。

しょうがないから、



ウイスキーをロックでガブガブ飲む。

会場の一隅では、地元の特産品も販売している。



カマボコ、結構高いな。オンナデン(ブランド名)だからか。あ、そのカマボコを兄にプレゼントしてもらったのであった。ごちそうさまっす。

あ、それと、元JALの先輩に、成田名物(なんだそうです)羊羹をプレゼントしてもらう。ごちそうさまっす。すいません、いつもANAに乗ってて。

おや。

何で高校生が酒飲んでるんだ?



と、思ったら、今年の幹事の代の先輩方(5コ上!)が、高校時代の制服を着ていらっしゃるのでありました。

いやー、実はね、最初会場に着いて、遠くから受付を眺めたとき、「へー、現役高校生が手伝いに来てるんかな」と思ったのだが、近づいてみると、全然ちげーじゃん! イタタタタタ、と。冗談ですよ冗談。

でも、会も終盤になると、「おお、こうやって目を細めて見れば、高校生に見えなくもないじゃん、イケてるイケてる!」と思うようになっておりました。泥酔したせいか。冗談ですよ冗談。

おや。

一人だけ、妙に若い女性がいらっしゃるな。コスプレじゃなくて。



「ヘイヘーイ、彼女、ひとり?」(て、一体いつの人間だオマエは)

ニッコリ笑って、名刺を渡される。

「文京区議会議員 上田ゆきこ」

ははー、議員さんでいらっしゃいましたか。危うく逮捕されるところだったな。逮捕はされんか。

しかし、高校の16コ下の後輩が、文京区議会議員。25歳で当選した由。すげーな。ぜひ、都議会、そして国政を目指していただきたいものだ。

それから、二次会へ行ったのだが、かなり酔っ払ってしまって、よく覚えていない。隣に理科大の教授さんが、向かいに青学の講師さんがいたことは覚えているのだが。

三島で車庫に入る新幹線に乗り、三島で乗務員さんに起こされて、無事帰宅。



今日は起きてから、まず映画『ベスト・キッド2』を観る。

舞台は沖縄。しかし、文化風俗がどうも、アメリカ人が想像するところの「日本」的なものをゴチャマゼにしたような印象を受ける。

個人の趣味としてなら、いわゆる純和風の家も建てることもあるだろうし、茶の湯をたしなむこともあるだろう。

しかし、村をあげてのお祭りが盆踊り大会で、踊りもまさに「盆踊り」で、そこにはサンシンも指笛も出てこない、というのは、舞台が沖縄ということを考えると、ちと不自然な気がする。

まあ、メイン顧客がアメリカ人だから、それはそれでいいのか。あるいはぼく自身が、ステレオタイプ的思考に陥っているのか。

全然関係ないが、杉本彩さんも夢中であるところの「コアリズム」のCMは、笑えるなあ。

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