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御茶ノ水でランチと魯山人の料理王国と、国語力検定 (2008年11月22日)
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輿論と世論と、国語力検定 (2008年11月16日)
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新入社員と子育てパパと8月15日神話と、国語力検定

[2008年07月22日(火) ]

20日の夜に30分ぐらいかけて書いてパーになって、翌日、書くのを忘れたこと、思い出した。

7月20日付朝日新聞朝刊の、ある記事を読んで思ったことだ。

「新入社員 今どきの育て方」というタイトルの記事。

そこに、《「単純作業ばかりで意欲が下がってしまうんです。何とかしたいのですが……」》と、涙を流してメンターに訴える新入社員が取り上げられていた。

メンターさん、きれいな言葉でまとめたアドバイスをしていたが、それ以前に、「キミ、その発言、ひどく傲慢に受け取られる危険性があるから、気をつけたほうがいいよ」と言ってあげたほうがよいのではないか、と思ったのである。



なんでそれを思い出したかというと、あんまりつながりはないかもしれないが、昨夜、「お父さんも子育てに参加しよう」といったテーマの番組を観ていて。

そこに出てきた、あるお父さん、会社にばかり時間をとられる原因は、一日に5回もある会議のせいだ! これをなくせばいいんだ!と、会議をなくした由。

……一日5回ってのが、そもそもおかしいだろ、と思ったのである。

これ、何かものすごく進んだ、すばらしいことをしたのではなく、ヘンなことがフツーになった、という事例なんじゃないか、と思ったのである。

一日5回あった会議をなくした!と、胸を張って言われてもなあ、と思ったのである。



佐藤卓己『八月十五日の神話――終戦記念日のメディア学』(ちくま新書)読了。



これ、高校生が読むといいんじゃないでしょうか。教科書によって、終戦・敗戦・降伏の取り上げ方が微妙に異なることがわかります。事実は1つのはずなのに、なんで?と考えるところが、今まで学んできた(教え込まれてきた)歴史なるものを振り返ってみるきっかけになるでしょう。

正面から取り上げるのは、やや差し障りがあるようにも思われますので、脇筋からいくつか引用。

《メディアによって整理され再編された「記憶=歴史」の上で、私たちは自分の体験を位置づける。同時代を生きた人間の記憶も、そうしたメディアが再編した「歴史化した記憶」の枠組みから自由には存在しえない。》(p27)

……ありゃ。これは脇筋じゃなくて、本筋か。

テレビで観たことが、いつのまにか記憶のなかで「体験」になっちゃってることって、ありますよね。

《夏の甲子園野球大会(中略)は、一九一五(大正四)年、大阪朝日新聞社主催で開始された。夏休みの「記事枯渇」に対応して記事を量産するために企画されたメディア・イベントである。(中略)自ら主催し、呼び寄せ、取材し、そして批評する。記事はいくらでも生み出すことができる。甲子園大会はそうした夏のニュース製造機であった。》(p156)

他の競技じゃ完全黙殺されるようなエピソードというか、小ネタ満載だもんなあ。しかも、地方大会の段階から。いや、地方大会開催前の段階から。

んもう、暑くて取材大変、という話は聞くけどね。

《韓国の国史教科書で、日本が登場するのは植民地時代に集中しており、「戦後」現代に日本はほとんど登場しない。それゆえ、朴振東「韓国高校生の目で見た歴史教科書」(二〇〇〇年)によれば、韓国の高校生の約半分以上は、日本の「正式国名」をまだ大日本帝国と認識している。》(p219)

へー。そうなのか。教科書の効果ってのは、すごいね。

ねんきん特別便が届きました!と、国語力検定

[2008年07月21日(月) ]

モバイルPC、というよりも、そのためのネット接続の調子が悪い。19〜20日の記録画像を取り出したいのだが、うまく行かない。しょうがないので、19〜20日のネタは、明日以降に持ち越し。



「ねんきん特別便」が届く。

間違っている!

そもそも、住所が。

……なんで鎌倉の住所のままになっているんだろう。

会社は当然今の住所を把握している。てか、各種届けも提出させられたし。

住民票もちゃんと移している。

郵便物の転送期間を延長しているからよかったようなものの、もし転送を止めていたら、社保庁に戻ってしまっていたんだろうか。戻るんだよな。

ちなみに日本郵便のホームページには、郵便物の転送サービスについて、次のように書かれている。

《再度手続をすることで更に1年間更新することもできますが、なるべく新住所を差出人様にご連絡いただくようお願いいたします。》

おお、おれが社保庁に連絡しなければならなかったのか!

引越しマニュアルには、市役所やら銀行やらカード会社やらへの転居届け・住所変更届けについては書かれていたが、社保庁への住所変更届けはなかったような気がするんだけどなあ。

なんだこのモバイル何ちゃらはと、国語力検定

[2008年07月20日(日) ]

すいません、昨日も更新しませんでした、で、今日30分ほどかけて書いたんですが、このモバイルの、なんだこれは、企業名サービス名書いちゃまずいから書かんけど、いつの間にか接続切れてて書いた内容がパー。いいや頑張って明日書きます。……もっとも、企業名サービス名と書いたが、むしろZ会側の原因、Z会側がなんだかいろいろああやってこうやってるため、という可能性が高いような気がするんですけどね。

続・奇妙な敗北と三島焼肉パーティと、国語力検定

[2008年07月18日(金) ]

昨日取り上げた『奇妙な敗北』だが、これはナチス占領下のフランスで書かれたもの。著者は、反ナチ活動をするレジスタンスに加わり、命を落とす。

そういう状況下ということもあるからだろうが、結構過激なくだりもある。

「我々は、もっと血を流さなければならない」とか。

ふと、思ったのは、アメリカ占領下の日本では、なぜレジスタンスが生まれなかったのか、なぜ「もっと血を流さねばならない」ということが知識人によって語られなかったのか、あるいは語られたのかもしれないが、なぜ現在それを目にすることがないのか、ということである。

フランスが、最後には勝ったから、だろうか。

もし、連合国がナチスに負けて、現在の世界とは異なる体制が生まれていたなら、レジスタンスや「血を流さねばならぬ」という叫びは、はたして歴史に残っただろうか。

正しいから勝つのではなく、勝つから正しい、ということも、あるんじゃないかな、と思ったわけです。ナチスが正しい、というわけではなく。



昨日は先輩ヒーさんターさんと暑気払いで焼肉。

最初「牛角」を提案したんだが、我々オトナが「牛角」じゃまずかろう、ということで、三島広小路にある、「秀」というお店。

まずは、



やっぱり生ビールでしょう! 昨日は暑かったしねえ。

いつもより写真がでかい。

ゴキュゴキュ飲んだ後は、



芋焼酎をロックでガブガブ飲む。

焼き物は、と。



まずはタン塩と塩ホルモン。

タン塩はまあ、タン塩だけど、この塩ホルモンが絶品です。

続いて、



上ミノ。これもうまい。

そして、定番、



カルビと、



ハラミっす。いいカンジで脂が入ってますねえ。

つけダレなしでも十分うまいのは、肉自体がよいからか。

これらを、飲みかつ食らい、食らいかつ飲む。

……ちょっと飲みすぎ。

最後は記憶が飛んでいる。

帰り道は、左右2メートル幅ぐらいでジグザグにというか、フラフラしながら歩いていたような。



かなり飲んでる先輩ヒーさん。

でも、記憶はしっかり残っているらしく、もちろん先輩ターさんもしっかり記憶が残っているらしく、今日、「カワフチ昨日帰るころに、相当ヤバいこと言ってたぜー、どうせオマエ覚えてないだろ、フッフッフ」と脅かされる。

……お願いですから、ブログのコメントでのネタばらしだけは、やめてくださいね。

奇妙な敗北と、国語力検定

[2008年07月17日(木) ]

研修休憩時間をぬって、マジメなものも1本。

マルク・ブロック『奇妙な敗北――1940年の証言』(岩波書店)読了。カミサンに、「アンタ、負ける話が好きだね」と言われる。いや、別にそういうわけじゃないけどさ。勝つ話よりも、負ける話からのほうが、学ぶところ大なわけよ。



第二次大戦での、フランスの敗北の原因を分析したもの。

簡単に言っちゃうと、指揮の不在、あるいは指揮の無能が、敗因だそうです。これ、ビジネス書としても読めると思います。

《全体のなかの各部局は、ほとんど宿命的と言える傾向として、自分が一つの全体だと考える危険があるし、小さな閉じた社会は自分が中心だと思ってしまう》(p151)

とか、

《将軍は一日のうちにも変わることがあったし、また指揮につくとそれぞれが前任者が着手したことを、何しろ解体しようとするのである。》(p156)

とか。

フランスは、緻密に緻密に計画を立てた。自分がこうしたら敵はこう出る、というところまで計画を立てた。でも、敵が自分の計画通りに動くとは限らないわけです。敵が自分の計画通りに動かなかった時点で、すべては終わり、と。逆にナチスは、「計画は、計画通りに行かないものである」を前提にしていたそうです。

また、要因はいくつかあったけど、フランスはスピードが遅かった。情報伝達のそれも、人・モノといった物理的な面のそれも。ある部隊に、どこどこへ退却せよ、という指示が来て、行ってみると、そこにはすでにナチスがいた、という笑えない話もある。

次の引用は、将校・司令官を「マネジャー」に、戦闘部隊を「現場」に置き換えて読むと、よろしいかと。

《参謀部の最も重要な任務を帯びている何人かの将校たち、とりわけ作戦指導を専門にする将校たちの間に、ほとんど日ごとに混乱がぞっとするほどに広がっていくのを、私たちの多くが恐怖をもって目にすることができた。この病の初期の兆候は、まだ外面的なものだった。血迷った目、刈りそろえていない髭、何でもないことにひどく興奮したと思うと急に奇妙なほど落ち着くといった過敏な神経。だれか司令官が「それが何になるのだ」などと言い出したら、戦闘部隊は注意せよ。》(p163)

だからですね。

《指揮官が試練に毅然と立ち向かうには、過労に陥っていない肉体に健全な頭脳、というのが何にもまして必要である。》(p168)

アメリカ企業のエライ人たちは、ムチャクチャ働いている(という理由で、えらくない人たちも、ムチャクチャ働かせているわけだが。もっとも、ムチャクチャ働くことによる報酬もムチャクチャ異なるわけで、それが「理由」たりうるかは疑問だが)と聞くが、大丈夫なんだろうか。

《「降伏」。これは真の指導者なら、たとえ内輪であっても決して口にしないたぐいの言葉である。考えてすらいけない言葉だ。(中略)真の指導者であるとは、何よりもまず、歯を食いしばることができることであろう。そしてみなにこの自信を与えることだ。真の指導者にそれができなければ、何びとにもできない。次に、何があっても自分の才能に絶望しないことだ。最後に、命令する相手のためにも自分のためにも、無意味な恥よりは実りある犠牲を引き受けることだ。》(p166〜167)

歯を食いしばりつつ、過労にも陥らない、か。

最後に、国語力的な箇所を引用。

《観念は具体的事実のイメージあるいはその要約としてのみ価値がある、ということだ。そうでないなら観念は、わずかな空間しかもはや覆うことのないレッテルに帰着してしまう。教授ならみな知っていることだし、まして歴史家なら誰よりもよく知っているだろうが、教育においては事物の代わりに言葉を教えるほど危険なことはない。実際、若い頭脳にとって落とし穴は致命的である。ことに若い頭脳は、一般的に言ってすでに言葉に酔い、言葉を事物だととらえる傾向があるだけになおさらだ。》(p169〜170)

えーと、多分、そのココロは、『「国語力」トレーニングブック』の「まえがき」に書いたことと、ほぼ同じかと思います。

ゴーヤ第2号と、国語力検定

[2008年07月17日(木) ]

午後一杯、研修である。

午後イチの講話では、参加者一同、激しく眠そうであった。

研修はまだ続く。今は、休憩時間。



ベランダ菜園のゴーヤ第2号収穫。



1号よりも、かなり大きい。うれしい。

参考までに、1号の写真を並べてみよう。



ふふふ。



重さも、1号の100グラムに対し、170グラム。ブラヴォー!

で、またまた、



炒めて食ったのでありました。

しかし、このペースだと、週1本、ゴーヤを食わねばならんな。いや、8月に入ると、さらに収穫が増えるか。

調理のバリエーションも増やさねば。

天王洲アイルと、国語力検定

[2008年07月16日(水) ]

東京国際ブックフェア会場(東京ビッグサイト)へは、毎朝りんかい線で通う。

その電車の中で、ほほう、これはおもしろいな、と思ったこと。

扉の上部に、電光掲示板があって、「次は〜」というのが表示される。

日本語と、ローマ字で。

と、書いたが、ローマ字で、なのか、英語で、なのかが、微妙なのである。それがおもしろい。

あれは、どういう基準で表記を決めているんだろうか。

次が大井町であれば、「次は大井町」。「next oimachi」。oの上には横棒が引かれていて、ああ、小学生時代に習ったローマ字だなあ。

でも、次が品川シーサイドのときは、「next shinagawa seaside」。シーサイドは英語表記である。これは、英語話者向けの表記なのだろうか。

でも、たとえば日本人のお年寄りが、英語話者に「シナガーワ、シーサイは、どこですか?」と聞かれても、面食らうと思うのだが。「シーサイなんて知らん!」と。

さらに、次が天王洲アイルの場合。

「next tennozu isle」である。

電光掲示板を眺めていた、ローマ字しか知らない日本人小学生、あるいは英語習い始めの中学生は、面食らうだろうなあ。「テンノーズ、はわかるけど、何でisleがアイルなわけ?」と。

その理由を聞いて、じゃ、何で新木場行きは「for new kiba」じゃないわけ?と思う人もいるかもしれない。

「ニューオーサカ」「ニューフジ」もありじゃん、と。

……いねーか。

オープンなヤキトン酒場と窒息するオフィスと、国語力検定

[2008年07月15日(火) ]

7月9日夜、新橋での飲み会。



こんなお店で飲む。



道路とはスダレで仕切られただけの、いわばオープンカフェ形式のヤキトン酒場である。



野郎3人で、焼酎かっくらってヤキトンを食う。

いいなあ、こういうオープンカフェ形式飲み屋。

ところで、カフェとは正反対に、飲み屋の場合、オープンカフェ形式であるほど、オシャレから遠ざかっていくところが興味深い。



ジル・A・フレイザー『窒息するオフィス――仕事に強迫されるアメリカ人』(岩波書店)読了。



この書によれば、非正規社員だけでなく、正規社員もひどい状況ですね、アメリカは。いくつか引用しようかと思ってましたが、よしときましょう。読んでみてください。

日本も徐々にこうなっていくのだろうか。すでになっている!と感じる人もいるでしょうね。

経営者へのインタビューからなるビジネス書では、たとえばこのブログを書いているツールにかかわるアメリカ企業などは、そこで働く人にとってもすごくステキなところのように見えますが(みんな楽しく働き、創造性を発揮している、とか)、どうやら違う見方もあるようです。ま、いろんな角度から見ておけばよいでしょう、ということで。

しかし、会社の利益拡大、というのはわかるんだけど、その利益が顧客でも社会でも会社自体でもなく、CEOを含むトップへ流れる、というのでは、従業員は納得いかんだろうね。

業績向上のために人件費を削減します、といって、その削減分の利益がトップの報酬になるようなもんだからねえ。

あ、でも、一箇所だけ、おもしろい表現があったので引用。

「スットクオプション」。

ストックオプションの誤植なんですが、なんか可笑しみを感じてしまった。タバコ、スットク〜?オプション。



りんかい線国際展示場駅前で見つけた看板。



どういう意味かは、わかりますよね?

フンを「落し物」と言い換えているわけです。

国語力的だなあ。

毎小連載のネタにしようっと。

Z会とは何をしている会社か?と、国語力検定

[2008年07月14日(月) ]

東京国際ブックフェアの続き。

7月11日金曜日は、やたら多くのZ会スタッフが遊びに……じゃなく、視察に……でもないか、よそのブースの見学ついでに、うちのブースに立ち寄ってくれる。20人以上は来てくれたのではないか。ありがとうございます。

まあね。金曜日だもんね。翌日はお休みだもんね。東京でちょっと遊んで直帰かあ、と、少々うらやましい。

ところで、東京国際ブックフェアでは、入場の際、受付で、首から下げる入場証のようなものを受け取る。

その受付だが、「書店」「出版社」「印刷・製本業」「学校・教育機関」「法人ユーザー」「一般ユーザー」などに分かれ、それぞれの受付で受け取る入場証的なものにも、「書店」云々と記載されている。

つまり、来場者は、自分がどこに属するかに応じた入場証を受け取り、出展者は、来場者それぞれがどこに属するかが入場証を見ればわかる、という仕組みである。

ただし、誰か第三者が客観的に「キミが属するのはここね」と決めるのではなく、あくまで来場者が自分の所属を判断する、というのがミソである。ミソでもないか。

いや、来場者それぞれの自己規定がここに現れるのかと思うと、ちょっとおもしろいなあ、と考えたわけです。何をしているのかと問われて、「石を切っている」と答える人と、「大聖堂を作っている」と答える人がいる、という話が載っていたのは、ドラッカーの本だったか。 

ちなみに、その多く訪れたZ会スタッフの自己規定は、どのようなものだったか。

「出版社」あり、「学校・教育機関」あり、「法人ユーザー」ありと、人によってバラバラであった。

おもしろいね。……組織としては、あんましおもしろいことでもないのかな。

さて、今回の出展では、「学校・教育機関」の来場者、つまり学校や塾の先生への、国語力検定の告知、というのが我が研究所にとっての主たる目的であった。

「学校・教育機関」の入場証を下げた人に、「先生、国語力検定はご存知ですか?」と声をかけ、パンフレットを手渡す。

お。向こうから、また「学校・教育機関」の入場証を下げた人が来たぞ。

せんせ……ん? やたら若いな。新人か? いや、新人どころじゃなく若いな。

……おいおい、中高生諸君。たしかに所属してはいるけどさ、キミらは「学校・教育機関」の入場証じゃねーだろ。



地方公務員採用にからむ諸々の事件。

県議が口利きをするのは「ふつうの政治活動だ」という旨のコメントもあったが、県議から採用担当者へは、金品は渡らなかったとしよう。

でも、口利きを依頼した人から県議へ、一切の金品の提供はなかったんだろうか。

見返りが全くのゼロ、せいぜい「次の選挙で投票しますよ」ぐらいで口を利いてくれて、それが「ふつうの政治活動」でお咎めナシならば、みーんな口利きを依頼に行くと思うんだけどなあ。

さて、これ、どこまで徹底的に深く広く追及して、どこまでをバツとするんですかね。

全都道府県、全市町村にまで広げて、追及されるんだろうか。

何だか、ちょっと前の未履修問題的広がりを見せて、ちょっと前の特待生問題的幕引きがなされるような気がしないでもない。

また、これも、マスコミの「驚いたふり」のような気がしないでもない。

100万200万を贈るのは、みんなやりすぎだと思っただろうが、地方公務員採用はコネとカネで決まるって話、少なくともぼくが新卒のころは、ふつうに耳にしたけどなあ。

だから、「校長先生の子どもは先生になる」というのを、全然不思議に思わなかったわけで。

そうか、それをナアナアにしてきた側、「ま、そんなもんじゃないの」としてきた側、そこには当然ぼくも含まれるわけだが、それもまた問題なわけだな。

東京国際ブックフェアと、国語力検定

[2008年07月13日(日) ]

この4日間、何をしていたのか。



東京ビッグサイトで、東京国際ブックフェアに出展していたのである。

7月9日、荷物搬入、ブースセッティング前の様子。



それから、本を並べたりポスターを貼ったりする。



ちょっと寂しい。

寂しいと思いつつ、その晩はそのままムラさんオザさんと新橋で通院、じゃなくて痛飲。やきとん酒場で焼酎→アイリッシュバーでウィスキー→博多ラーメンでシメ、という黄金コース。気がつけば山手線を一周後、ホテルへ帰る。

10日朝、これじゃブースが寂しいということで、ポスターを追加。



こんな感じで、本番スタート。

10日は、かなりしんどい。ふだん、立ち仕事じゃないゆえ。しんどいしんどいと思いつつ、その日は三島へ帰る。

11日、相当しんどい。ふだん、立ち仕事じゃないゆえ。で、焼肉屋でそんなに激しくは飲んでないのに、多分山手線一周してホテルへ帰ったわけです。

12日、午前中はもうぐだぐだ。ふだん、立ち仕事じゃないゆえ。なさけないけど、こりゃ、一日もたないんじゃないか、と、マジ思ったもんね。イーさんに、「今日、飲み行きます?」と言われたけど、「いや、やめといたほうがいいんじゃない」って言っちゃったほど。

ところが、である。

午後になって、復活。慣れって、あるんだなあと思いました。立ってるのが、そんなに苦じゃない。

なわけで、イーさんに「やっぱ行きましょか?」となって、痛飲。

もっとも、疲れは疲れとしてあったみたいで、何だかよくわからないんだけど、「山手線内回り最終、品川止まりです〜」という電車に乗っていたのでありました。

13日は、慣れを実感。立ってるのが、全然苦じゃない。身体にラクな立ち方とかを、学習するんですかね。

もっとも、攻めのハットリさん、攻めのアーさんなどの若手に後を任せて、今日は早上がりさせてもらったんですが。あ、ハットリさんは若手じゃないか。

東京国際ブックフェア、初めての出展でしたが、初めてゆえの不備ありまくりでしたが、イベントとしては、悪くないっすね。『ほんとうの「国語力」が身につく教科書』、多くの方々に手にとって見ていただいて、「へー、これ、おもしろいね」と買っていただけたし。

(東京国際ブックフェア編、続く)

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