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御茶ノ水でランチと魯山人の料理王国と、国語力検定 (2008年11月22日)
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補給戦からの引用と、国語力検定

[2008年06月21日(土) ]

今日は平和学習……じゃなくて、国語力検定問題ネタ探し。

これについては、明日以降、改めて。

いやー、昨日は、なかなか有意義な一日でした。今日も実り多い一日になるでしょう。



マーチン・ファン・クレフェルト『補給戦――何が勝敗を決定するのか』(中公文庫)より、いくつか引用。



《一つの新型装備を設計し完成させるには何年もかかるだろうし、さらに現有装備を大量生産するには数年かかるだろうが、戦術的条件――政治的条件は言うに及ばず――は、数週間または数日間の間にも変わりうるのだ。これらの事実を踏まえて、歴史上の偉大な軍人は、計画立案の時間的長さには限界があることを悟っていた。これを悟らなかった軍人は、必ずしも成功を収めなかった。》(p339〜340)

確かに、ベストなのは、「今・ここ」の状況に応じた計画を、タイムラグなく、すぐさま実行することだろう。「新型装備」や「現有装備」は、計画立案時点では有効なものかもしれないが、開発中、大量生産中に、状況にそぐわないものになる可能性がある。そしてその可能性は、開発・生産期間の長さに比例するだろう。……戦艦大和が、その例か。

企業で言えば、設計〜生産までの、いわゆる開発リードタイムを、いかに短くできるか、ということになろう。あるいは、そのプロセスに、状況に応じた変更を自在に加えられるかどうか。……企業じゃないけど、ダムや道路建設が、その(あまりよろしくない)例か。

《過去に存在したおびただしい数の司令官たちは、政治的運命の変遷や戦術的条件の変化によって、理想的だと考えていた数量と種類に近い資源を使って、戦争をすることができなかったであろう。このことは、司令官にはある種の個人的資質が必要だということを意味した。例えば適応性、機略縦横、即製能力、そしてなかんずく決断力である。これらの素質を欠いていたら、いかに分析的頭脳を持ち洞察力の富んだ司令官でも、機械より劣るであろう。》(p340)

ある状況に応じた計画なり作戦なりを立てる。それを実行することによって、状況自体が変化することは、もちろん織り込み済みで計画なり作戦なりは立てられるだろう。ただ、計画や作戦の中の自らの行動は「予測」ではないが、状況自体の変化は「予測」に過ぎない。ウチがこうすると、競合やマーケットはこう動くだろう、というときの、「ウチがこうする」は確定したことだけど、「競合やマーケットはこう動く」は予測にすぎない、ということです。だから、もちろん外れることもある。にもかかわらず、計画や作戦に修正を加えない司令官は、「機械より劣る」というわけか。

ただ、それは司令官だけの問題でもないわけで。

《だが司令官がそうした資質を発揮するためには、柔軟性のある幕僚と、過度の組織化によってこちこちになっていない指揮機構が必要だ。》(p340)

加えて、以下のようなことも。

《軍隊の「中枢機構」が、その本体に比べてどれくらいの規模となるべきかは、正確には言えない。だがこのことと戦場での勝利との間には、なんら明確な相互関係がないことにも留意しなければならない。例えばナポレオンの皇帝司令部は果てしなく膨張して、遂には一万人という小型兵団になっていた。しかしこの大部分は無用の長物だった。なぜならナポレオンは常に自分ですべてのことをやっていたからである。大モルトケによって作られた組織は、恐らく二十数人の将校を数えるにすぎなかった。だが、いくつかの歴史上最も輝かしい勝利を収めることができた。》(p340)

司令部要員が一万人かよ。

名ばかり管理職……ちょと違うか。スタッフ要員がやたら多い企業、あるいは上位管理職がやたら多い企業のようなもんか。全体を見てればいいんだけどね。でも、そんなにやたら多くは必要ないでしょ。

昨日少し触れた、ノルマンディ作戦について。

《一九四四年に連合軍が収めた勝利は、あらかじめ作られた兵站計画を実施したからというより、むしろそれを無視したためだと言っても、必ずしも誇張ではないであろう。結局のところ勝敗を決定したのは、計画を無視し、その場で対策を実施し、危険を冒すだけの積極性があるかないかだった。》(p392)

で、結論。

《計画の立案とその実行の両面において、知性は中心的役割を果たさなければならない。われわれにはそれ以外によりよい方法がないからである。しかしながら、戦争とか人間行動の他の側面を理解するには知性という手段しかないと信じるのは、バベルの塔を作り罰を被った人々と同じように、自信過剰を証明するものだ。戦争においては、精神と物質との関係は三対一であるというナポレオンの格言の心理を承認すること。結局これが、機動作戦に及ぼす兵站を研究する際、われわれが学びうるところのすべてであろう。》(p392〜393)

納得しました。

補給戦と川柳と、国語力検定

[2008年06月20日(金) ]

マーチン・ファン・クレフェルト『補給戦――何が勝敗を決定するのか』(中公文庫)読了。



本体価格1429円。文庫なのにそんな値段?と思われたかもしれないが、1500円ほどする、大概のビジネス書よりは、よっぽど読み応えがあると思う。400ページ超あるし、内容も濃いし。その意味では、リーズナブルな価格と言えるのではないか。

ただ、例として取り上げられている戦争(ヨーロッパにおけるそれが主)についての、ある程度の事前知識はあったほうがよいかもしれない。一般的な戦史物を読んだあとに、別の観点からそれら戦史を見てみる、という感じで読むのがいいのかな。

タイトルどおり、補給(兵站)が戦争の勝敗を決定する、という趣旨の本なのだが、最後に取り上げられる例、ノルマンディ上陸作戦では、実に十八ヶ月もかけて綿密に作られた兵站計画が、実際にはほとんど予定通りにはいかなかったこと、それなのに、というか、それゆえに、計画以上の成果が得られた旨の記述があり、なかなかおもしろかった。

いずこの組織にもありがちな、過大な予算計上、という問題にも通じるか。

引用はまた改めて。



カミサンの川柳が、本に載るらしい。

お題は、本人も忘れてしまったようなのだが、以下の句。鎌倉在住時代に作ったやつだな。

「CMは ロマンチックな 競馬場」

国語力的に言うと、「CM」のあとに続く助詞がポイントですな。

「が」にするか、「も」にするか、「は」にするか。

「も」と「は」では、句の趣旨が正反対になってしまう。

おお、すごく久しぶりに、ホントに国語力のネタだ。

そういや、「夏の由比ガ浜、しかも夕方の、もはや誰でもいい状態になったナンパの様子」をお題に、二人で川柳をいっぱい作ったなあ。

ウナギの産地偽装と、国語力検定

[2008年06月19日(木) ]

YAHOO!のニュースから引用。

《<ウナギ>72トンで産地偽装 愛知・一色町》(6月17日14時25分配信 毎日新聞)

《愛知県一色町の「一色うなぎ漁業協同組合」(大岡宗弘組合長)が17日、今年1〜4月に同組合が一色産として販売したウナギ72トンの産地に誤りがあったと発表した。さいたま市の商社から仕入れたウナギで、国の「食品表示110番」に寄せられた情報を基に東海農政局と愛知県が調査したところ、具体的な産地が特定できず、産地証明書の偽装が分かったという。》

これ、非常にわかりにくいですね。

そもそも、一色町の組合がさいたま市の商社から仕入れたウナギが、なぜ一色産となるのか。

「そういうもんなんです」というのであれば、Z会がさいたま市の商社からウナギを仕入れて売れば、長泉町産となるのか。

続きを読む。

《ウナギは複数の土地で養殖されることがあり、JAS法(日本農林規格)は生育期間が最長の所を産地と規定している。》

あらら。そうだったのね。じゃ、マジで長泉町産ウナギも可能……どころか、世界中の至るところが産地となりうるのか。昭和基地で育てた南極産ウナギとか。

でも、そもそもウナギが生まれるのは日本じゃないから、いくら「国産」といっても、「日本で産まれた」という意味ではなく、「日本で育った」という意味、しかもJAS法によれば「日本で一番長く育った」という意味となるわけだな。

じゃあ、産地表示も、

産まれた場所:○○
育った場所:○○(何ヶ月)、○○(何ヶ月)

とするのが、真っ当なんではないか。ウナギに限らず。国語力的には。

さらに続きを読む。

《国内の養殖池で育ったウナギの幼魚を温暖な台湾に輸出して成魚に促成し、日本に輸入しても生育期間が日本より短ければ「日本産」となる。こうしたウナギを「里帰りウナギ」といい、広く流通している。》

なんだそりゃ。

これも、初めて知ったな。

つまり、台湾で1年、日本で1年と1日育ったウナギも、産地表示は「国産」となるってわけか。

ふーん。

この偽装の話題が、吉兆のときほどには騒がれないのも、上記のような事情ゆえか。

マイルが×ならクレジットカードのポイントもだよなと、国語力検定

[2008年06月18日(水) ]

誕生日おめでとう! ありがとう!

自分自身に言ってみました。

あんまりおめでたいトシではないんだが。

人間はおめでたいけど。と、突っ込まれる前に自分で突っ込んでおく。



居酒屋タクシー問題に続き、公務員が出張で取得したマイルの扱いが、なにやら問題になっている。

中央省庁の局長クラスだと、ファーストクラスで出張するんだと。

そりゃ、1回海外出張すれば、国内無料航空券ぐらいのマイルは、すぐにたまるわな。

かく言うぼくも、年10回もない飛行機を使った国内出張はいつも「マイルが50%たまる!」というツアーばかりなので、それだけだととても特典を貰えるマイル数には到達しないのだが(函館で往復600マイル、沖縄でも往復1000マイルだもんなあ)、ドイツ出張のときは(50%積算だか70%積算だかはわからないが)、一気に8000マイルほどたまり、10000マイルになったところで、出張用キャリーバッグに交換しました。

……出張以外でも使ってるけど。すいません。

ところで、公務員のマイルが問題になるのなら、クレジットカードのポイントも問題になるんではないか、と思った。企業カードのようなものを使っているんなら別だけど。

しかし、それを言い出すと、イトーヨーカドーのカードも、ローソンカードも、ファミマカードも、ハックキミサワのカムズカードも……となって、キリがないな。



上記に関連して、国語力の話にすると。

ビジネス書で見かける言葉に、フリンジ・ベネフィットというのがある。

日本語に、「役得」という、まさにピッタリの言葉があるのに、なんでわざわざ言い換えるんでしょうね。

パソコンをなくせば会社は伸びるらしいと、国語力検定

[2008年06月17日(火) ]

酒巻久『椅子とパソコンをなくせば会社は伸びる!』(祥伝社黄金文庫)を、ようやく読み始める。



すいません、ようやくで。って、誰に謝ってんだか。

「まえがき」から、なかなか刺激的。

《実はどこの会社でも社員の多くは、パソコンに向かっている時間のうち約四割は仕事をしていない。その間、何をしているかと言えば、インターネットでニュースを見たり、ゲームをしたりして遊んでいるのだ。》(p4)

ギクーッ。……冗談ですよ冗談。

まあ、このブログ書きも微妙っちゃあ微妙ですけどね。



先日の東京出張で、ある人から、新学習指導要領の問題点をいろいろと伺った。

学習内容・コマ数が増えて、でも、2002年にゆとりを徹底させたときの週5日制はそのまま。

そりゃ、どっかに無理が出てくるでしょう。

静岡では、すでに、昨年よりも今年は夏休み開始が遅くなり、かつ2学期開始がぴったり9月1日じゃないから、ヤヤコシイことこのうえない、という話も聞いた。



それに関連して。

先日、スザンヌさんという21歳のタレントさんが新聞に出ており、「勉強し直しているんですが、小学5年生の算数や国語の問題になると、歯が立たなくて」といった趣旨の話をしていた。

これを読んだ文科省の人は、どう感じただろう。

いや、スザンヌさん、正直に言っているのかどうかはわからないが、もし正直に言っているとしたら、義務教育は中学までだから中学は卒業しているとして、小学4年生程度の算数や国語の知識でも、中学卒業ということになっているわけだ。

これは、文科省としても、織り込み済みの事態なんだろうか。

同一学齢の子どもが、中3までは横並びに、ほぼ落第することもなく進級していく、というのに、問題があるんじゃなかろうか、と思ったわけです。

中学までの学習課程は、社会で生きていく上で必要不可欠、という建前なのかもしれないが、実際は、そうでもなさそうだし。

必要最低限の知識というやつを、もっともっと絞り込んで(超ゆとり、とでも言いましょうか)、でもそれを習得するまでは社会に出さない、その標準期間を小4程度の年齢までとする、それ以降は必ずしも同一学齢の子どもが横並びにならなくてもよい、もっと自由に出入りできる学習機関を設置する、というやり方もあるんじゃないか、と思ったわけです。

義務教育は小4まで、学習内容を精選し必ず習得させる、卒業試験あり(もちろん落第もあり)、卒業後は複数のルートを選択可、ただしいったん選んだルートでずーっと行かなきゃならんわけではなく、変更可能、というような。ハタチぐらいで「やっぱ勉強しよう」と、小学5年に編入できたりするような。

歯痛で大失敗と、国語力検定

[2008年06月16日(月) ]

昨夜、また歯が痛くて眠れなくなる。

しょうがないので、夜中の2時ごろ、ウイスキーを1合ほど飲む。

ついでに、仕事もする。

予定よりも仕事が早く進んで、これは喜ぶべきことなのか。

しかし、翌日(つまり今日)の昼間が、やたらと眠い。

そのせいか、なんてこったい! 大失敗!

天佑でいいのかと開国期日本と、国語力検定

[2008年06月15日(日) ]

昨日の朝日新聞朝刊に、自民党の偉い人のインタビュー記事が掲載されていた。

その人がどうのこうの、ではなく、その記事が国語力的におもしろかったので、誰が、とは書かないが引用しておく。

《――近く内閣改造に踏み切れば、衆院解散は当分はなくなりそうですか。》

これはインタビュアーの発言。これに対して。

《解散を念頭にするものではない。閣僚選んでなんですぐ解散しなくちゃいけないの。与党が衆院の3分の2の議席を持っていることも天佑なので、この権利を捨てることはない。相手が早く選挙をやりたがってるんだから、その手に乗ることもない。負けたりしたら自民党は終わりでしょ。》

3分の2の議席を持っているのが、「天佑」かぁ。

「民意」ではなく。

「天佑」で政権が決まるのも、どうかと思ったわけです。

また、この答えだと、国語力的には、「選挙をすれば負ける」と言っているようなもんだと思ったんですが、選挙をすれば負けるって、イコール民意を反映していない、それを十分認識しているってことですよねえ。

世論調査なんぞアテにならん、今選挙やっても自民党は圧勝だ、だけど、これこれこういう理由で解散するわけにはいかんのですよ、という流れのほうが(たとえそれが本心ではなくても)、よかったんではないか、と思った次第です。

ま、でも、正直な発言である、と評価することもできるのか。



石川榮吉『欧米人の見た開国期日本 異文化としての庶民生活』(風響社)読了。



この手のマジメな、というか何と言うか、カッチリした本にしては、誤植が目立つなあ、と感じたが、巻末にあった「刊行にあたって」という文章を読んで、ああ、なるほど、そういうことね、と納得した。

《本書は私の恩師である石川榮吉先生の手書きの遺稿本である。(中略)これを是非世に出したいと思いワープロ化の作業を進めた。》(p240)

この、ワープロ化の作業ですね、原因は。

《ドイツ人F・A・リュードルフは(中略)日本の若い娘たちは本当に美しい要望をもち、抜けるほど白い顔をしていると印象を記している。》(p23)

美しい願いを持っている、でも、意味が通じないことはありませんが、やっぱここは、「美しい容貌をもち」ですよねえ。そして、手書き原稿の段階で、このような誤記をするとは、まず考えられない。

《これを書いたときのクララはまだ十六歳の少女である。それにしては男女関係の機敏によく通じたものと、半ばあきれ半ば感心させられる。》(p81)

これも、「男女関係の機微」でしょう。そしてこれまた、手書き段階の誤記じゃあないでしょうね。

いわゆるDTP化の進行と比例して、出版物に誤植が増えた、というのを実感したのでありました。

手書き原稿を見ながら一字一字活字を拾っていた時代にはなかったでしょうね、少なくとも同音異義語系の誤植は。

さて、本筋(かな?)のほうから、いくつか引用。

《日頃私がいささか疑問に思っていることをちょっとばかり書き添えておく。それは映画やテレビの時代劇に出てくる女性の化粧についてである。ほとんどの劇で彼女たちは、裏店のおかみさんであろうと武士のご新造であろうと奥様であろうと、眉は黒々、歯は真っ白のままである。しょせん作り物の劇とはいえ時代考証とはその程度のものなのだろうか。》(P32)

江戸時代、結婚した女性は、眉を剃って歯を黒くしたそうです。これが、開国期日本を訪れた欧米人には、きわめて不評だったようで。

ただし、剃眉お歯黒は正妻だけで、いわゆる二号三号さんは、その必要がなかった由。

で、著者はこう書く。

《時代劇に出てくる既婚婦人たちは皆、おめかけさんなのだろうか。》(p32)

鹿児島出張の際、地元では、篤姫で盛り上がっていた。

少なくとも篤姫さまは、正妻だよな。

大河ドラマで、剃眉お歯黒の篤姫さま登場……は、やっぱり不評か。

《東京で男女混浴の禁止令の出たのが一八六九年(明治二)であったとはすでに触れたところではあるが、一八七二年(明治五)には人前で裸になったり肌脱ぎになったりすることも禁止されている。これまた欧米人の直接・間接のクレームによるものであった。》(p52)

人前で裸になるなんてとんでもない、公序良俗に反する行為だ、潔癖な欧米人には耐えられない、ということだったようです。

欧米人にそれを強制したわけじゃないし、自分たちが裸にならなきゃいいだけの話なんですけどね。

《ところが、女性のばあいは禁令をまたずに裸をかくし始めた。これまた欧米人の影響によるものであったが、ただし、それは欧米人の非難をかわすためではなく、逆に彼らの好色卑猥な視線を避けんがためであった。》(p53)

キミらがジロジロ見るから、恥ずかしく感じるようになっちゃったんだよ、ということです。慎みがないのは、一体どっちだよ、と。

《一八六六年(慶応二)夏から約一年間日本に駐在したデンマークの海軍軍人スエンソンは、日本の官僚・役人の悪習として、酒にすぐ手を出すこと、無類の女好きなことを指摘している。これは近年の財務をはじめとする各省庁の高級官僚のスキャンダルのことを言っているわけではない。一四〇年以上も昔のスエンソンの指摘をみるかぎり、これは日本の役人世界の長い伝統なのだ、と思わざるをえない。》(p165)

組織文化にまでなっちゃってると、変えるのはなかなか容易ではない。だとしたら、それを前提にして考えてみたほうがいいのではないか。「そんなことはありえないことだ、考えられないことだ」から出発するのではなく。

《開国期に来日した欧米人たちは、日本人が路上で知人に出遭うと互いに腰をかがめて何か言いながら延々とお辞儀を繰り返すことを、滑稽極まりないと評していた。》(p225)

おれの親世代は、まだそういうところあるよなあ。さすがに路上じゃやんないかもしれないが、たとえばお正月に玄関口で挨拶するときなど、正座して「いやいやいや」「いやいやいや」と、10回はお辞儀してたよな。おれもボチボチ、そういう挨拶の仕方をせねばならなくなったか。年齢的に。

キングコングと戦国自衛隊と鹿児島の昼2と、国語力検定

[2008年06月14日(土) ]

今日は午前中ちょこっとだけ仕事、午後1976年版『キング・コング』を観る、どこがおもしろいのかよくわからない、そういえば何日か前1980年代の『戦国自衛隊』、千葉真一主演のを観たが、これも「へ? あんましおもしろくないな、江口洋介版のほうがおもしろかったような……」という印象、原作は中学だか高校だかのとき読んで、すごくおもしろかった記憶があるんだが、にしても確か当時は「薬師丸ヒロコも出演!」てのを売りにしてなかったっけ、それに引かれて観に行った人は、さぞガッカリしたんでしょうなあ、1カットだけじゃん、しかもセリフなし、でも夏八木勲はあいかわらずの演技で、まあそれを観れただけでよしとするか、正直に言うと、あまりにつまんなくて途中で観るのをやめたんですけどね。



鹿児島の昼の続き。

営業ムネ君が、「昼飯食うならここですよ!」と、鹿児島港の近くの、港で働く人も大勢訪れている食堂に連れていってくれる。



食堂前にて、営業ミヤさん後姿。

さて、何を食べましょうかね、というところで、ムネ君が「首折れサバっすよ、首折れサバ!」と激しく主張する。

お品書きを見ると、「黒豚とんかつ定食1200円」というのもあって、黒豚かぁ、鹿児島ラーメンは食ったけど黒豚まだ食ってないな、ううむ、こっちも捨てがたい、と激しく悩む。

が、港の近くの食堂でとんかつもないだろう、黒豚は次の機会に食えばいいや、ということで、「じゃ、おれ、首折れサバ定食にするよ」。

お店の人が、注文を取りに来る。

ミヤさん「首折れサバ定食!」
おれ「首折れサバ定食!」
ムネ君「首折れサバ定食!」

「首折れサバ定食、3つですね」

……何だよ、全員首折れサバかよ。



首折れサバ登場。

釣ってすぐに首を折って締めるので、刺身で美味い、との由。

確かに、刺身では今まで経験のない食感、もちもちシコシコというか、何と言うか。弾力がすごい。

見てわかるとおり、結構なボリュームでもあり、これで1000円はリーズナブル。

しかし、である。

食べながら思ったのである。

帰宅してそのことをカミサンに話すと、カミサンにも「そんなの、あったりまえじゃん、あんたっち何考えてんの」と言われたのである。

何も3人とも同じものをオーダーせず、1人は首折れサバ、1人は黒豚とんかつ、1人はまた別のご当地もの、というふうにオーダーして、おかずを3人でシェアすれば、ものすごくバラエティ豊かなランチになったのではあるまいか。

ま、今回はどの程度の量が出てくるのかわからなかったから、ということで、次回からはそうしましょうね、ミヤさんムネ君。

空港で鹿児島土産を買う。



さつまいもキャラメル。

ホントにさつまいもをそのままキャラメルの形にしたような素朴な味で、おすすめです。

『ドッグ・シェルター』でも泣くと、国語力検定

[2008年06月13日(金) ]

続けて、今西乃子『ドッグ・シェルター 犬と少年たちの再出航』(金の星社)読了。



少年院内で犬の世話をする少年たち、犬の世話を通して、他者を愛し、また他者から愛されることを学ぶ少年たちのお話。これまた感動。

いくつか引用。

《おれはこいつのトレーナーだけど、こいつもまた、おれのトレーナーだ! 『責任』と『信頼』っていうさぁ、おれの親すら教えてくれなかった言葉を、こいつがおれに教えたんだ。》(p40)

《犬はさ、おれを色メガネで見たりしないんだ。おれが少年院に入った男とか、強盗をした男とか。こいつらは、そんな目でおれを見たりしないさ。ありのままの、今のおれを見てくれる。》(p74)

《大切なのは、人間は変われるということなのである。》(p93)

《犯罪なんかに手をそめなくても、必ず『道』はある……。その『道』を開いてくれるのは、自分以外の『他人』なんだ。『人』に助けてもらわなきゃ、人間なんて生きていけないんだ。だから、『人』を傷つけるようなことはしねーよ。もう二度と……。》(p149)

ええ話やね。

さて、今日は残り、森絵都『カラフル』(理論社)と斉藤洋『イーゲル号航海記』(偕成社)。コメディと冒険小説だから、もう泣くことはないでしょう。

と、思って、『カラフル』のオビをよく見ると、ただのコメディではなく、《ぐっとくる! ハートウォーミング・コメディ》とあるな。まだ泣かせるつもりかよ。

『虹色ほたる』で泣くと、国語力検定

[2008年06月13日(金) ]

午後も激しく児童書を一気読み。仕事だけどね。

これは、大人が読んでも十分楽しめると思うが、川口雅幸『虹色ほたる』(アルファポリス)読了。



感動した。この内容で1500円は、安い。

読了間際、思わず涙をページの上に落としてしまう。

と、そこへ、宣伝担当ミゾ君がファクスを持ってきてくれる。

「この人、なんで仕事中に涙目で、微妙な表情をしているんだろう」と、不思議に思われたかもしれない。

でも、物語の冒頭は、思わず笑っちゃったんで、引用。

《お父さんはかぶと虫とりの天才だった。/「いいかユウタ。(中略)裏側だ。裏を見るとデカイのがいるもんだ。裏ってのは何でも見てみる価値がある。ビデオもな! わははははっ!」/訳の分からない事を言う。》(p9)

小6の息子にこんな冗談を言えるお父さんって、ステキだよな。

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