[2008年05月08日(木) ]
高橋博子『封印されたヒロシマ・ナガサキ』(凱風社)読了。

[2008年05月07日(水) ]
一昨日、横浜の「海の公園」のことを書いた。
「海の公園」では、無料で潮干狩りができる。
ただ、調べてみると、他の首都圏の潮干狩りスポットは大概有料で、1200円2キロまで、というのが相場のようである。
1200円で2キロ。
100グラム60円。
ふーん。
さて、昨日、帰宅して「エース」の折込チラシを見る。
あ、「エース」ってのは、静岡県東部にあるスーパーマーケット(ディスカウントストア?)チェーンのことです。
その「エース」では、活アサリ(国産)100グラム68円。
ん。
じゃ、「エース」でアサリを2キロ買っても、1360円ってことか。
仲買さんが「エース」に卸す価格、また漁師さんが仲買さんに卸す価格ってのは、もっと安いはずだよな。
100グラム60円ってことは、まずあるまい。
と、すると、だ。
もし2キロ1200円の潮干狩りを、漁師さんが仕切っているのだとしたら、中間マージンは排除できるわ、自分たちの労働をお客さんが肩代わりしてくれるわで、これは非常に賢いというか、随分と割のいいビジネスなんではないか、と思ったのである。
《漁師さんがアサリ漁をする→収穫を仲買さんに売る→仲買さんがスーパーに売る→スーパーが客に売る》
が、
《客がアサリ漁をする→収穫を客に売る》
になるわけだからなあ。
おまけにお客さんは、アサリを買いに来たんじゃなくて、レジャーのつもりで来ていて、楽しんでくれるわけだし。
うーむ、これはビジネスのヒントになるな。
てなことを家で話していると、カミサンがこう突っ込む。
「アンタが釣りに行くのも同じようなもんでしょ。釣りを労働と見做せば、魚屋さんで魚買ったほうが割安だって意味では」
……魚屋さんじゃ滅多に手に入らない魚や、ものすごく高級な魚も、釣れることあるんだぜ、と、弱々しく反論したのでありました。
■
同じく「エース」の折込チラシネタ。
チラシ上で「永谷園フェア」なるものが紹介されている。
そこに取り上げられた商品の一つ、「生姜香る炊き込みごはん」のキャッチコピー。
《華に抜けていく生姜の香り(中略)がなんともいえない美味しさ》
鼻に抜けていく→華に抜けていく。
これは、誤植などではなくて、わざとか?
だとしたら、悪くないと思った。
[2008年05月06日(火) ]
10日ほど前に、2年前に入手したミニトマトのタネを、プランターに直まきする。
一昨日の日曜日、芽が出ているのに気づく。
すばらしい生命力!
感動。
感動しやすい今日この頃。
■
マイケル・サラ/ミッチ・ウェイス『タイガーフォース』(WAVE出版)読了。

[2008年05月05日(月) ]
今朝の朝日新聞一面。
横浜の、タダで潮干狩りができる公園に、3万5千人が集まった、として、写真が載っている。
その写真が、すごいねどうも。
立錐の余地なし、とは、まさにこのことだ。
こんなところでとったアサリ、大丈夫なんだろうか。
いや、人がたくさん集まれば、必ず海は汚れる、という意味で。
なお、一人2キロまで持ち帰れる由。
3万5千人が2キロ持ち帰ったとして、70トン。
アサリは自然繁殖しているらしいが、1日70トンもの捕獲に、耐えうるんだろうか。
■
GWに入ってから、ケータイへの迷惑メールがめっきり減った。
ははあ、こういメールを出している人も、GWはお休みをとるのか、と思うと、迷惑メールの向こうに人間の顔が見えたような気がして、なんだかおかしかった。
ここで一句。
……出ないな。
■
森達也『視点をずらす思考術』(講談社現代新書)読了。

[2008年05月04日(日) ]
昨日取り上げた、河野武『そんなんじゃクチコミしないよ。』(技術評論社)。

[2008年05月03日(土) ]
「船場吉兆、食べ残し出す」というネタの続き。
ネットでも記事を検索してみた。
すると、2008.5.2 21:21配信のMSN産経ニュースには、こうあった。
《接待の宴席などでは、比較的食事に手をつけない接待側の客に使い回しの料理を出していた》
なるほどー。
わかるわかる。
確かに、社会人になりたてのころなんかは、えらい先生を接待するとき、緊張して酒ばっかりガブガブ飲んじゃって、料理にはほとんど手をつけず、ということ、よくあったよな。
そこで、ふと思ったのである。
接待側には、最初っから、精巧な食品サンプルを出しておけばよかったのではないか。
そうだ、いいこと思いつきました。
接待用コースとして「本料理コース」と「サンプルコース」を用意しておく。
「サンプルコース」は、接待される側には本物の料理を出すけど、接待する側には精巧な食品サンプルを交えて出すことにし、代わりに価格をかなり抑えて提供する。
食品サンプルなら、使い回しても全然問題ありませんよね。
どうすか、このアイデア。
すべてが丸く収まるような気がするんですが。
いいっすよ、こんなアイデアぐらい、タダで使ってもらって。
[2008年05月03日(土) ]
今朝の朝日新聞一面「天声人語」、マクラのネタが、昨日のchikurin先生のコメントと同じ。パクられたか?……なわきゃないか。
社会面には、こんな記事が。
「船場吉兆、食べ残し出す」
これを読んで、ドキーッとした飲食業関係の方、かなりいらっしゃるんではあるまいか。
食べ残し再利用の一例として、刺身のツマも挙げられていたが、生魚に接触している大根などはともかく、菊なんかは、再利用したくなるだろうなあ。あれも一応「食用」らしいが、食べている人、見たことないもんな。
エコロジーという観点からは、「どんどん捨てなさい」と勧めるのが良いのかどうか。
箸をつけたものは論外、剥き出しで出されるものも、ちょっとどうかと思うが、蓋付きで出されるもので、蓋も取られていないものは、捨てるの、もったいないなあ、と思う。
ところで、オーダー方式ではなく、自分で大皿から取りに行くタイプのバイキングレストラン。
あれも、見方を変えると、客全員でお互いの食べ残しをシェアしている、とも言えるのではないか、と、ふと思った。
■
河野武『そんなんじゃクチコミしないよ。』(技術評論社)読了。

[2008年05月02日(金) ]
昨夜は、何だかオシャレなお店、初めて行くお店で飲む……が、あれ、前にここ、来たことあるぞ。お店の名前は違ったけど、場所は確かにここだった。
で、昔の記憶をたどり、バーボンのボトル、そんなに高くなかったよな、と思い、頼もうとするが、ボトルはワインだけ、と言われる。




[2008年05月01日(木) ]
上野動物園のパンダが、死亡した由。
今、「死亡した」と書いたが、どう書いたもんだか、ちょっと迷った。
「死んだ」じゃ、何だか素っ気ないし。(でもホントは、「死んだ」が正解のような気もするが。)
かといって、「亡くなった」というのもヘンだし。
ちなみに、そのニュースを伝えるワイドショーの画面には、「パンダ逝く」とあった。
「逝く」かあ。
これまた、少々大袈裟だな。
パンダ以外の動物だったら、ほぼ間違いなく「死ぬ」扱いでしょうね。事件事故で人間が死んだときでも、「男性が死んでいるのが見つかった……」ですもんね。
お。今日はのっけから国語力的だな。
■
そしてGWには、上野動物園でパンダは見られず。
それを知った、孫らしき幼稚園児らしき子を連れた老夫婦のコメント(これも出典はワイドショーです)。
「あら残念ね、何十年ぶりに孫を連れて来たのに」
おいおい、その幼稚園児は何十歳だよ!
それとも何かい、何十年も前に、もう孫がいたんかい!
……という突っ込みを一瞬したのだが、これが国語力的におもしろい文だなあ、と思ったわけです。
「何十年ぶり孫を連れて」、上野動物園に来た、というのであれば、そういう突っ込みも成り立つ。
しかしここは、そうではない。
「何十年ぶりに」上野動物園に来た、そして今日は孫を連れてきた、という意味なんですね。
「何十年ぶりに」→「孫を連れて」
ではなく、
「何十年ぶりに」→「来た」(「孫を」→「連れて」)
ということです。
おお、今日は国語力を2題でした。