[2008年05月20日(火) ]
歯痛の中で読んだ本2冊。
まず、北康利『白洲次郎 占領を背負った男』(講談社)。


[2008年05月19日(月) ]
梅田望夫『ウェブ時代 5つの定理』(文藝春秋)読了。
[2008年05月18日(日) ]
2日も休んでしまいました。が、別に健康を害したわけではないので、ご心配なく。
あ。ちょっと害したか。心の健康。冗談です。
いや、身体はちょっと弱ったかな。2日間、三島を離れて遠いところへ行っていて(仕事ね)、朝早かったり夜遅かったりして、抵抗力が落ちたのか、昨夜から奥歯が浮いたようでズキズキ痛む。
アルコールでごまかすか、と思ったのだが、それでもダメ。布団に入っても眠れないので、やむを得ず読書。一晩で単行本一冊と新書一冊を読了。うむ、歯痛も悪くないな。てことはない。痛い痛い。
痛いながらも食欲はあるので、ここは栄養をつけねばとばかり、普段の倍くらいメシを食って、アリナミンをざらざら飲んで、ようやく小康状態。
三島を遠く離れてどこへ行ったのか。何をしていたのか。
については、また追って。そんなに意外な場所じゃあないけどね。
■
相撲部屋でまた暴力行為があった由。
金属バットやビール瓶を使うのは、さすがにどうかと思いますが、竹刀を使うのも、とんでもないことらしい。
おそらく、年配の元力士の方々にとってみれば、
「ええ! この程度でもダメなの?」
といった感じなのではなかろうか。
かつて、人気力士が出るたびに、少年漫画誌では「○○物語」と称して、その力士の成長ストーリーを漫画化したもんだが、その際、竹刀でぶたれるシーンは、お約束だったような記憶があるんだが。
教師の体罰がタブー視されるようになったのは、いつの頃からだったか。30年前はオッケーだったはずだったから(自身が経験者ね)、20年前くらいか。
その構図が、20年遅れで、角界にも及んできたってことでしょうかね。
ところで、じゃあ剣道部では、竹刀を使ったシゴキはオッケーなのかな。とっても上手い人が、あえて防具をつけていないところを打ち据えるとかさ。
ところでところで、タイガーマスク出身の「虎の穴」なんて、角界の暴行を問題視する向きにとっては、とんでもない組織になるんだろうな。
ところでところでところで、同じように、「巨人の星」の大リーグボール養成ギプスなんて、幼児虐待……幼児ってこたあないか。ドメスティックバイオレンスってことになるんだろうな、現代的基準では。
■
相撲部屋での暴行事件、国語力的に取り上げたかったのは、別のことでした。
朝日新聞スポーツ面に掲載されていた、北の湖理事長の談話です。
《もうこのようなことが起きないように気を付けなければいけないのは、大事なことだ。》
これ、国語力的に、どう思います?
えーと、もっとわかりやすく提示しましょう。
「もうこのようなことが起きないように気を付けなければいけない」
「もうこのようなことが起きないように気を付けなければいけないのは、大事なことだ」
理事長さん、ホントに後者のように言ったのかもしれない。
それはそれで国語力的にいかがなものかとは思いますが、もしそう言ったんだとしても、記事を作るときには、前者の形にしておくのが、ベターなんじゃないでしょうかね。
それを、あえて後者にしたところが、国語力的には、「記者さん、何か含むところがあるんだろうなあ」と思わせられるわけです。
[2008年05月15日(木) ]
大野芳『8月17日、ソ連軍上陸す――最果ての要衝・占守島攻防記――』(新潮社)読了。

[2008年05月14日(水) ]
竹内謙礼『御社のホームページがダメな理由』(中経出版)読了。

[2008年05月13日(火) ]
昨日、釣りの状況を「おもしろいように釣れるのだが、全然おもしろくない」と表現したが、「全然おもしろくない」ときに「おもしろいように」という形容は、国語力的にちょっとヘンか。
「うるさいぐらいに釣れる」。
でも、目的の魚が釣れて釣れてしょうがないときにも、多少の自慢も込めて「うるさいぐらいに釣れてさー」と言うことがある。
なかなか難しいですね。
さて、釣りから帰った後、しばらく身体をあたためてから、ホームセンターへ行く。
プランターと土と野菜の苗を購入。
たっけーなー、日本デルモンテの苗、と思いながら、「驚くほどの収穫!」というキャッチにひかれて、つい買ってしまう。
種から育てたミニトマトも順調に成長中だし、おお、今年の夏は野菜自給自足生活だな。
でもさ、と、またカミサンが突っ込む。
「ここ2年の収穫実績を鑑みるに、労働を除くコストだけ、つまり土やらプランターやら肥料やらのコストだけを見ても、八百屋さんで買ったほうが安いんじゃないの?」
完全無農薬絶対保証なんだよ、ウチの野菜は。
と、反論するも、農業における「規模の経済」ってやつを、はからずも再認識する。
Z会小学1・2年コースでは、エダマメ・ミニトマトを育てるという「体験学習」の教材がある。
おそらくは理科的な観点からの教材なのであろうが、そしてもちろんそれも重要であるが。
「さて、このエダマメやミニトマト、肥料などの材料費やかけた時間を考えると、もしお店で売るとしたら、いくらにすると赤字が出ないでしょう?」
まあ間違いなく、八百屋さんで見かける値段よりもはるかに高くなるだろう。そして。
「どうして八百屋さんでは、あんなに安い値段で売っているのでしょう?」
「どうして中国産やアメリカ産の野菜は、あんなに安いのでしょう?」
ということも考えさせれば、とっても深い教材になるのではないか。
■
吉村典久『部長の経営学』(ちくま新書)読了。

[2008年05月12日(月) ]
4時半に起きて静浦へ釣りに行く。
マメアジが釣れると聞いて行ったんだが、キンギョ(と呼ばれている魚)がおもしろいように釣れる。
おもしろいように釣れるのだが、全然おもしろくない。
キンギョは、リリースする魚ゆえ。
おまけに、寒い。
先週はTシャツ+半袖シャツで仕事に行っていたので、まあ海だからちょっと寒いとして、その上にブルゾンぐらいで十分だろう、と考えていたのだが、風がピューピュー吹いて、寒いの寒くないの。寒いんですよ。
トレーナー+ブルゾンぐらいが必要だったな。
身体が冷え切ってきたので、1時間ぐらいで退散。
朝の通勤ラッシュ前に帰宅していたのでありました。
しかし、静浦でも、オッチャンたち、自分が釣りをしているまさにその場所で、平気で放尿しているねえ。便所まで遠いのはわかるけどさ。さすがにあれはちょっと、自分にはできんな。
■
ロバート・ジェラテリー『ヒトラーを支持したドイツ国民』(みすず書房)読了。

[2008年05月11日(日) ]
今日の朝日新聞読書欄。
「売れてる本」というコーナーに取り上げられていたのは、『B型自分の説明書』という本。
70万部も売れているらしい。へー。ベストセラー、ですね。
と、ちょうどその裏にあたる面の、青志社という出版社の広告には。
『B型人間の頭の中』という新刊の宣伝が。「発売たちまち重版!」だって。ホントか?
なんというか、『〜の品格』とか『インド式〜』とかもそうだけど、あざといなあ、と思うのは、ぼくだけでしょうか。それとも、これぞビジネス!なんでしょうかね。
ちなみに、『B型人間の頭の中』、カバー写真が載っていて、そこには著者の名前がボンヤリと見えるんですが、広告自体には、著者名は掲載されていない。
これは、国語力的に解釈すると、やましさというか、「あんましカッコよくないぞ」感の現われか、とも思ったんですが、単に掲載するのを忘れただけかもしれない。
……『日本語〜』なんか出してるオマエが言うな、と言われそうですね。はい、そのとおりでした。すいません。
■
最近は何かに追われるようにビジネス本を、という感じで(かなり冗談です、たまたまですよ、たまたま)、西村克己『成功する人はみんな知っている スピード思考術』(東洋経済新報社)読了。

[2008年05月10日(土) ]
昨日書いた「おもしろいネタ」を取り上げる。
5月6日付朝日新聞朝刊の2面。
「食糧暴発」というシリーズ記事の中に、「農水省資料から」として、こんな表が載っていた。
表のタイトルは、「こんなに無駄に(06年度)」というもので、左から、食事の場所、使った食品の量(グラム)、食べ残し・捨てた量(グラム)、無駄にした率(%)、である。
家庭 1122(1人1日あたり) 42 3.7
食堂・レストラン 557(1食あたり) 17 3.1
結婚披露宴 2230(1食あたり) 502 22.5
宴会 1877(1食あたり) 285 15.2
ホテルや旅館 682(1食あたり) 89 13.0
家庭よりも、食堂・レストランのほうが、無駄にした率が低い……どうですか、これ。
なーんか実感と合わない気がするんですが。
吉兆の食べ残し使い回しのニュースが出たとき、「家庭ならともかく、料理屋さんでねえ」という声もあったように、家庭では、晩ご飯の残りをもう一度食べたり、あるいは余ったご飯を冷凍したりして、料理そのものや炊いたご飯をゴミ箱に入れちゃう、ということは、あんまりないような気がします。
この数字、食堂やレストランにおいて、使い回しがそんなに珍しくないということを、いみじくも表しているんではなかろうか。
ホテルや旅館の無駄にした率のほうが、まだリアリティあるような気がします。
さて、この数字を別の角度からも見てみる。
家庭における1人1日あたりの食品量1122グラムから、捨てた量42グラムを引くと、1080グラム。1日2回家でご飯を食べるとして、1食あたりの実際に食べた量は、540グラム。
これ、食堂やレストランの1食あたり食品量から、捨てた量を引いた数字と、ぴったり一致するんですねえ!
ホテルや旅館では、実際に食べた量は、682マイナス89で、593グラム。
ここから考えるに、平均的人間が1食あたりに食べる食品量は500〜600グラム程度、それぐらいで平均的人間は満足するのであろう、ということがわかります。
ご飯1合分が、大体350グラムぐらいだから、ご飯に換算すると1.5合前後。
サトウのゴハンが1パック200グラムだから、3パック程度。
大体、実感と合ってますね。
そこで、「おいおい」と思ったのが、結婚披露宴や宴会の1食あたり食品量。
結婚披露宴、1食あたり2.2キロかよ。
大食い選手権じゃあるまいし。
ご飯に換算すると、約6.4合。
実際に食べたことになっているのは、1728グラムで、ご飯に換算して約5合。
でも、普通の人がそんなに食べられるわけないんである。
結婚披露宴や宴会での実際に食べたことになっている量には、「お持ち帰り」分も含まれているんでしょうねえ。
あるいは、可能性としては、激しく激しく激しく激しく使い回しをして、捨てる量を抑えている、ということも考えられる。
にしても、結婚披露宴では、1食あたり約500グラムの廃棄量。
ノーマルな食事の、ほぼ1食分である。
こんなデータがあるんであれば、1食あたり食品量の上限1キロまでとか1.5キロまでとか、規制をかけてもいいんではないか、と思った。ホントに食のことを危惧するんならね。
それでも、ノーマルな食事の2〜3倍の量だぜ。
[2008年05月09日(金) ]
今朝のワイドショーでも、吉兆の「食べ残し使い回し」のネタを取り上げていた。
5月3日の記事で、刺身のツマのうち、菊なんかは使い回したくなるだろー、という趣旨を書いたが、使い回しの中に鮎の塩焼きもあった、という由を聞いて、ん?と思った。
これって、古紙含有率偽装問題と、よく似た構図なんではないか、と。
@古紙の仕入れ量に応じて、A古紙含有率●%の紙が、B●トン生産できる、というのは、おのずと決まる。
これは方程式(関数かな?)のようなもんだからね。
@〜Bのうち、1つが額面どおりではなかったとすると、他の2つは必ず不自然な値をとるはずだ。逆に言えば、他の2つが不自然な値ではないとすると、@〜Bすべてが額面どおりではない、ということになる。
A古紙含有率が額面より低かったとして、@Bを不自然な値としないために可能な方法は、@の仕入れた古紙を捨てることか、Bの生産した紙の一部は公にカウントせずヤミで売る、ことぐらいしかないのではないか。
同じように、あるコース料理に必ず鮎の塩焼きが一尾つくとし、それは使い回されることはないとすると。
@鮎の仕入れ量に応じて、A●円のコース料理が、B●人分提供できる、というのは、おのずと決まる。
そこに、「使い回し」という条件を加えた場合。
「え? これだけしか鮎を仕入れてないのに、どうしてこのコースがこの数、出せるわけ?」
となるはずである。
鮎の仕入れ量を実際よりは過大にカウントして経費を水増しするか、売上を実際より過小にカウントして利益を圧縮するかしない限り。
この話題に関連して、もう一つおもしろいネタがあるのだが、ブログを書くために出勤しているわけではないので、明日にまわすことにします。