[2008年04月20日(日) ]
菊池良生『ハプスブルク帝国の情報メディア革命』(集英社新書)読了。
[2008年04月19日(土) ]
今日の朝日新聞朝刊一面トップ見出しは、「聖火リレー 善光寺が出発地辞退」。
「チベット弾圧への憂慮」が理由らしいんですが、まあ、あのあたりで有数の観光地ですし、いろいろあるんでしょう。
どうして?という問いに対する答えは、決してすべてを言い表していないことがほとんど、という認識を持つのも、国語力、と。
と同時に、ある範囲内では、その答えは答えとして尊重してあげるのもまた、国語力。
「ある範囲」が、これまた国語力的に、とっても難しいわけですが。
ところで、理由云々は別として、この見出し、国語力的に、何か引っかかりを感じません?
ぼくは、感じてしまったんですけどね。
えーと、見出しっていうふうに限定しちゃうと、もうわかりますよね。
そう、「辞退」って表現。
「辞退」じゃなくて、「拒否」とか「拒絶」とかのほうが、表現としては正しいんじゃないかなあ、ふむふむ、これも一種の婉曲表現ってやつか、と思ってしまったわけです。
そんなふうに考えつつ、二面を読むと。
関連記事として、中国の反応が取り上げられていましたが、そこでは、「中国のある大手ポータルサイトのニュース」が「善光寺が拒絶」と報じた、と書かれていました。
うん、やっぱこれって、「拒絶」でしょ。
あ、でも、「遠慮」としないだけ、まだストレートなのか。
拒絶>辞退>遠慮。
久々に、とっても国語力検定ブログ的だ。
■
ついでに、たまには「天声人語」も読む。
……冗談ですよ冗談、毎朝読んでますってば。
いや、今朝のそれは、国語力的におもしろかったので、取り上げてみる。
冒頭の一節。
《腹回りをどうにかしようと、たまに家から職場まで歩く。最短コースは早足で2時間半。昼時がオフィス街にぶつかると、ペースは鈍る。ランチ族が歩道にあふれるためだ。》
早足で2時間半てことは、距離としては10〜15キロといったところだろう。
15キロを超えることはあるまい。
4年ほど前、まだ三十代だったころだが、酔っ払って終電近くの電車に乗って寝過ごし、気がつくと横須賀線・衣笠駅。そこから鎌倉までの16キロを、歩いて帰ったことがある。タクシーに乗ればいいじゃん、と思われたかもしらんが、まあいろいろありましてね。
そのときは、3時間かかったね。
したがって、「15キロを超えることはあるまい」と考えたわけである。
真夜中だし山越えだし、ひたすら歩き続けるしかなかったからさあ。
……まあ、それはよかろう。
ご自宅から10〜15キロってことは、電車だと確実に築地まで30分以内。なかなかステキなところにお住まいのようですね。
……つーことじゃなくてですね。
いや、「我が社は半日出勤というのがある」とか「我が社は3交代制である」とか「我が社はデフォルトが13時出勤である」とか書いてないと、大概のサラリーマンは朝8〜10時に出勤するわけじゃないですか、にもかかわらず、出勤時に昼時のオフィス街を通る、なんて書かれると、「なんだ、この人は昼ごろにゆるゆると出勤してもオッケーなわけね、いいご身分ですなあ」と思われてしまうのではないか、と、国語力的に危惧してしまったわけである。
おれに危惧してもらわんでもいいか。はい、すいませんでした。
《昼時がオフィス街にぶつかると、ペースは鈍る。》というのも、「昼時のオフィス街にぶつかると、ペースは鈍る。」のほうがいいんじゃないかな、と思ったけど、この「が」は「おらが国」的用法なのかな。
[2008年04月18日(金) ]
荒岱介『新左翼とは何だったのか』 (幻冬舎新書)読了。


[2008年04月17日(木) ]
Z会渋谷教室に来ています。



[2008年04月16日(水) ]
[2008年04月15日(火) ]
タケノコ掘りの筋肉痛が激しく残っておる。
昨日は全身に痛みを覚えたまま、出張へ。何だかギクシャク歩いている自分を意識する。





[2008年04月13日(日) ]
先ほど、昼寝から起きたのだが、激しく疲れていることに気づく。
なぜか。
「八丈島で世界を釣る!」編に登場したUさんのお誘いで、タケノコ狩りに行ってきたのである。
竹林の中で、タケノコの頭を探し、クワで掘り出す。
最初は夢中になってやっていたのだが、3本ほど掘り出すと汗ダクダクになり、ちょっと休憩。
カミサンが、竹を取りつつ、よろずのことに使いけり、とばかりに、竹をノコギリで切って器にしているのを手伝う。




[2008年04月12日(土) ]
「ビラ配り有罪確定へ」という、今日の朝刊の記事について書こうと思ったんだが、いろいろ問題がありそうなのでやめておく。
と、言いながら、ちょっとだけ。「ビラ配り」が有罪なんじゃなくて、私有地に許可なく立ち入ることが有罪なんじゃないか? ……と思いましたが、問題になったのは、自衛隊の官舎でしたね。私有地ってことはないか。でも、公有地でもない気がするし。官舎だからっつって、自分ちに誰でもズカズカ入られても困りますよね。どういう扱いなんだろう。
もう1つ。管理人さんがいるマンションとかでは、管理人さんに許可を求めてからビラを配っているそうだが、管理人さんに断られたことはない、との由。
うそー。ホント?
かつて不動産会社でポスティングのバイトをしていたワタクシとしては、とても信じられないのだが。
ここで、「目的のためには手段は正当化される」という論理を持ち出されては、「はあ、そうですか」と答えるしかない。
■
大阪へ行ってました。会議。
会議後、W先生とミーティング。
どこでミーティングしましょうか?
千日前の立ち食い焼肉!
ということで、そのお店へ。





[2008年04月11日(金) ]
このニュースは、国語力検定ブログとして、取り上げねばなるまい。
《<通知表>横浜市立中で記載ミス 「計算力を向上させ魔性」》
(4月10日15時2分配信 毎日新聞)
今年3月、通知表に「計算力を向上させ魔性」と記載、というかプリントアウトでしょうね、して、生徒58人に訂正版を配布していたそうな。
計算力を向上させま賞、もっと計算力をつけま賞、じゃなくて、計算力を向上させ魔性。
《教諭3人がパソコンで作った元データからコピーする際に誤った。》とあるから、やっぱPC上で作ってプリントアウトしたんでしょうね。
しかし、配布前にザッとでも見ないんでしょうかね、通知表。
やはり、PCで文書を作るようになってから、変換ミスによる誤植が増えたような気がする、そこで国語力検定……と、話を持っていこうと思ったんだが、このケース、ちょっと違うような気がする。
だって、「計算力を向上させ魔性」って、変換ミスによる誤植とは考えられませんよね。
どう考えても、意図的に、それこそ「計算力を向上させま賞」ばりに意図的にやらなきゃ、出てこない表記である。
と、思って、続きを読んでみる。
《市教育委員会によると、数学の男性教諭は女子生徒1人について、前期分で「魔性」と記載し、配布前に同僚の指摘で修正したが、元データは修正しなかったため、学年末の再掲欄で誤った。》
ははあ。
何となくわかってきたぞ。
この「女子生徒1人」に対しては、問題の数学教師、「計算力を向上させ魔性」って書いたとしても、シャレですまされる間柄、「先生冗談きついよー(笑)」ですんじゃう間柄だったのではないか。
ただ、通知表は保護者も当然見るものである。だから同僚教師に、「おいおい、あの生徒だけ見るんならまだしも、保護者が見ると問題になるんじゃないか」と言われ、それもそうかと思い(って、気づけよそれぐらい)、修正したのではないか。
ただ、元データ自体は残っていたため、誤謬に誤謬が重なり……と、以上、推理してみました。
ビジネスシーンにもありそうなミスですね。気をつけましょう。
国語力的に言うと、もう1つ、考えさせられることがあった。
「シャレ」と「関係性」の問題である。
シャレが通じるかどうかは、ひとえに相手との関係による。
それを読み取るのもまた、国語力、と。
[2008年04月10日(木) ]
昨日の朝日新聞夕刊社会面に、なかなか楽しいニュースがあった。
《動物園・水族館で「ご当地型展示」》
「地元の自然の生態系を再現する」という展示を持つ動物園・水族館が増えている由。
これが楽しいんじゃなくて、楽しいのはその続き。
《自然の再現には苦労もある。のとじま水族館(石川県七尾市)は昨年3月、近海をイメージした「イルカたちの楽園」をオープンした》
へー。のとじま水族館。昔、帰省したときにカミサンと行ったな。クルマで1時間ぐらいで行けたんだっけ。ガラッガラで、なかなか快適な水族館であった(当時は)。
その、のとじま水族館が、どんな苦労を?
《……オープンしたところ、1万匹のマアジと5千匹のマサバが、カマイルカなどにほとんど食べられてしまった。》
このくだりを読んで、クスリとしてしまったわけである。
あーあ、台無し、みたいな。
あるいは、「イルカたちには楽園でも、アジやサバにとっちゃ、たまったもんじゃないだろうな」という思いが湧き起こって。
《「想定外だった」と苦笑する桶田俊郎副館長は「魚を補充し、群れて泳ぐ生態系をまた再現したい。漁師さんに頼むので、市場の相場を絶えず確認しています」と話す。》
「想定外だった」というのは、イルカはメシを食わないと思っていた、ということだろうか、それとも、イルカがこんなに大食漢だとは思わなかった、ということだろうか。
自然の生態系を再現するということは、自然の食物連鎖も再現するということで、そりゃ、同じ水槽の中にゴハンが泳いでりゃ、食うでしょう。
でも、必要以上は食わないというのも、自然の生物たちであり、とすると、イルカの個体数に比してアジやサバが少なすぎたってことか、あるいは逆にアジやサバの数に比してイルカが多すぎたってことか。
いずれにせよ、自然の生態系の再現にはなっていなかった、ということは言える。
だって、もしこれが再現になっているとしたら、自然界のアジやサバは、絶滅してるはずだからね。
と、ここで思ったのは、食物連鎖の最上位に位置する生き物も入れなきゃイカンのではないか、ということ。
イルカをエサにしている生き物って、何だろう。シャチとかかな。
あ。1つ、思い出した。
静岡県民だ。
そうか、静岡県民は、アジ・サバという水産資源の維持に貢献してるのか!
のとじま水族館にも、静岡県民を一人二人配属すれば、問題は解決する……しませんね、はい。