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「ちりとて」と日銀西村副総裁と、国語力検定

[2008年03月21日(金) ]

今朝の「ちりとて」は、5泣けぐらいか(10段階の)。ちなみに昨日は3泣けぐらい。が、あまりに嬉しくて泣く、というのは、なんかいいなあ、と思った。



ここのところ、あまり国語力検定の話題がなかったので、たまには新刊案内などを。

4月1日に、『ほんとうの「国語力」が身につく教科書』の改訂版と、



『ほんとうの「国語力」が身につくドリル』、



が出ます!

えーと、前者は改訂版なので、初版をお持ちの方は、まあいいかな、と思います。後者は、昨年12月に実施した国語力検定の問題解説解答、および出題結果をまとめたものです。

今回は、オビのキャッチコピーにアタマを使いました。

前者が、



これ。そして後者が、



これ。

どーかなー。



新聞で、日銀の西村副総裁の写真を見る。

なんかおかしく感じる。

ヘン、という意味のおかしいじゃなくて、なぜかちょっと笑いを覚えてしまう、という意味でのおかしい。そうか、おもしろい、といったほうが正確か。

なんでだろーなー。

カミサンに聞いてみる。

「なあなあ、この人の顔、なんかおもしろいんだけど、なんでだと思う?」

カミサン、しばし写真を観察。

ポンと膝をうって、こう答える。

「『太陽にほえろ』のゴリさんの顔にヤマさんの髪型がのっかってるから、おかしいんじゃない?」

なるほど! そう言われると! 激しく納得したのであった。

これも、1つの「ちりとて」つながり。ゴリさん=竜雷太=天狗プロ会長。

『沖縄を撃つ!』と、国語力検定

[2008年03月20日(木) ]

花村萬月『沖縄を撃つ!』(集英社新書)読了。



なかなかに、なかなかな本。

このブログ、なぜか(ってこともないが)「小学生」ってところにカテゴライズされているわけだけど、この本、小学生が読んじゃいけません。中学生もダメ。教育的配慮です。高校生ぐらいなら、許容されるかな。高校生が修学旅行前に、「ははあ、こういう側面もあるのね」ということを知るために読んでおく、というのは、アリかもしれない。

比較的当たり障りがないかな、というところから、一節を引用。

《意地の悪い見方をすれば、沖縄を過剰にもちあげる日本人のなかには負け組とおぼしき者が散見できる。競争から脱落した者たちである。もちあげるだけでなく、移住と称して沖縄に移り住む者も多いらしい。/勘弁してください。移住はやめましょう。沖縄が日本国のなかの一県ならば、たとえ海を越えるのであっても引っ越しでしょう。日本人なら日本のどこに住むのも自由です。だからこそ、沖縄を特別扱いして自分の聖域として幻想を押しつけることだけは慎まなければならない。断言してやろう。東京で駄目な貴方は、沖縄に移住しても駄目だ。/(中略)沖縄にはあくせくした競争がないという幻想自体が、沖縄に対する絶望的な差別の一形態なのである。》(p16)

おおお、おれもリタイア後は沖縄・宮古島に住む予定だったんだが、三島でダメなら、引っ越してもダメか。

2ちゃんねるのひろゆき氏インタビュー記事と、国語力検定

[2008年03月19日(水) ]

インプレスジャパン『Webコミュニティでいちばん大切なこと。』読了。



アタリマエなんだけど、純粋な趣味でWebコミュニティを運営しようなんて奇特な人は、滅多にいないんだなあ。

やっぱり、みんな、ビジネスに結びつけようとしてやるわけで。

そして、やっぱり、メインは広告料収入なわけで。

何かピンと来ない気もする。

いや、既存のメディアと、儲けるモデル自体はあんまり変わらんなあ、という意味で。

Webって、新しいようだけど、そこのところは新しくないなあ、という意味で。

巻末付録、2ちゃんねるのひろゆき氏インタビューがいちばん面白かったかな。

ひろゆき氏の発言から、一部引用。

《コミュニティに関して、5年先の事業計画を数字にして自信をもって出せる人って、たぶん詐欺師か嘘つきかバカだと思うんですよね。だって、コミュニケーションを扱うものであって、5年先にユーザーがなにに興味をもつかなんて誰もわからない。不確定要素が大きすぎるんですよ。》(p250〜251)

ここで苦笑したビジネス系コンサルタントの方も、たくさんいらっしゃるに違いない。ような気がする。気がするだけですよ。

《収益のシステムをつくる役割は別だと思うよ。(中略)コミュニティやネット限定の話じゃなくて。OSなら、ソフトをつくって普及させたのはIBMだけど、それを独占するっていう賢いアイデアを思いついたのがマイクロソフト。アスキーのつくった技術系書物っていう市場を荒らしているのがインプレス、とかね(笑)。》(p252)

インプレス発行の書籍で、こういうシャレを言えるひろゆき氏って、いいなあ。



3月23日付朝日新聞書評欄、一冊ビンゴ。

石川巧『「国語」入試の近現代史』(講談社選書メチエ)。

3月1日付記事「入試国語はどのように形成されてきたか?と、国語力検定」で取り上げております。

おせーよ。と思ったが、いや冗談です冗談です激しく冗談です、「おせーよ」というのはね、でも以下は冗談じゃなくて、微妙な時期にこんな本を取り上げるのをあえて避け、もう大学入試がほとんど終了した後に取り上げよう、という配慮があったのかな。

入試直前の大学受験生にこれを読ませてもなあ、という配慮。だとしたら、なかなかの国語力だとは思います。

『スターリンと芸術家たち』と、国語力検定

[2008年03月18日(火) ]

ボリス・ワジモヴィチ・ソコロフ『スターリンと芸術家たち』(鳥影社)読了。



……長い。

引用が多い。ていうか、引用ばっかり。

「事実によって事実を語らせて」いるらしい、訳者あとがきによれば。

おもしろいエピソードも、確かにある。

お時間があれば、どうぞ、といったところか。

一箇所引用。

《ソヴィエトの文学および芸術関係者の圧倒的大多数には、何らの連帯感もなかった。それゆえ彼らはみんな一人一人滅びていった。》(p163)

連帯できたか、という話もあるが。



『日本語朝練ドリル』、今朝の毎日新聞に載る。

ちっちゃーくですけど。「豆腐の野菜あんかけ」という料理コーナーの右隣。

http://mainichi.jp/enta/book/review/news/20080318ddm013070125000c.html

ありがたやありがたや。

富山の黒ラーメンとメガネ忘れたー!と、国語力検定

[2008年03月17日(月) ]

3月15日土曜日はお休み。

前夜の飲酒ダメージが大きく、昼まで寝る。

飲んだ翌日は、こう、ツルツル入るもの、汁物が食べたくなるのである。

というわけで、



いつの間にか富山名物となっていた、富山ブラックなどとも呼ばれているらしい、富山の黒ラーメンを食う。

初富山ブラック。

だって、おれが富山にいたころは、なかったからね。いや、あったのかもしれないが、名物ではなかった。

富山のラーメンといって思い出すのは、まず高岡駅ステーションビルにあった「越中ラーメン」。サービスで食後にソフトクリームくれたなあ。今は、もうない。

次に、やっぱり「8番らーめん」でしょう。

メンが2玉入って確か280円だかの、学生向けのラーメンがあって、高校生のころよく食ったなあ。もちろん具はネギのみ。こいつに、ラー油をだばだば入れて食う。辛さが満腹感につながるって思ってたんだね。

たまーにおカネがあるときは、「味噌バターチャーシュー大盛り、ライス付き」を食う。これを、「8番で豪遊」と称していた。

「8番らーめん」はチェーンだから、まだあるんだよな。今度行こうっと。もちろん、「味噌バターチャーシュー大盛り、ライス付き」で。ラー油は適量。これが「大人食い」ってやつでしょうか。

黒ラーメン? まあまあっすね。

16日・17日は出張。

さらに激しいダメージを抱えたまま、三島に帰ってくる。

今日はうすーい焼酎お湯割りにしとこうっと。先日沖縄で購入した秋ウコンも飲んどくか。

しかし、今回の出張における失敗は、メガネを忘れたこと。

普段はコンタクトレンズなんだが、寝る前にはレンズを外す。

レンズを外すと、実に視力が0.01まで落ちるのである。

そこで、メガネメガネメガネ、となるわけであるが、メガネメガネメガネ、メガネがなーい!

危険なので、コンタクトを外したあとは、ほとんど活動せず。

モバイル不調!と国語力検定

[2008年03月15日(土) ]

タイトルどおりです、携帯からの更新。朝日夕刊に漢字んな話というコーナーがあり、今日のそれのネタが先週送った毎日小学生新聞原稿4月掲載分の一つとややかぶる。一応、朝日をネタにしたんじゃないよ、という記録に書き残しておこう。今日は休日で格闘技好きなわたくしは格闘技番組をみる。ブラックマンバの勝ちじゃないかと思ったけどなあ。

『ニッポンの検定100選』と、国語力検定

[2008年03月14日(金) ]

「みんなの検定」委員会編『ニッポンの検定100選』(ポプラ社)という本が、3月10日に出版された。



ほうほう、どんなもんかいな、と思って見てみると。



4章が、「ことばの力を磨く 日本語系検定」。

お、これは国語力検定に関係するのではないか。

扉ページをめくってみると。



おお、国語力検定がイの一番に取り上げられているではないか!

スバラシイ!

……なーんて、まったく知らなかったように書きましたが、いや、取り上げられること自体は知ってましたよ、取り上げられること自体は。取材受けたしね。

でも、「日本語系検定」のジャンルで、イの一番とは思わんかった。ちょいとビックリ。かなり嬉しい。

ちなみに、国語力検定の次は、日本○検定。その次が、250万人の○検。

どういう基準で、掲載順を決めたんでしょうね。

アイウエオ順でもなさそうだし。

「認知度が低い順なんじゃねーの」などということは言わないように。

いずれにせよ、一番手ってのは素直に嬉しい。

……と、感じるのは、いずこも同じだろうなあ。

初版は国語力検定が一番手だったけど、再版以降、掲載順が変わっていたら、どこかから圧力がかかった、と見ていいでしょうな。

あ、この本そのものについて言うと、いろんな検定を一度に閲覧できて、なかなか便利だと思います。出題例もそれぞれ掲載されてるし。何か検定でも受けようか、と考えている人には、ピッタリでしょう。

ノンフィクションと小説との境界と20万円はみみっちい?と、国語力検定

[2008年03月13日(木) ]

先週末の結婚記念日の夕食。



白ワインを飲みつつ(焼酎泡盛だけじゃないっすよ)、



タマネギのフライを食いつつ、



マグロを焼いてバルサミコソースかけたやつ(かな?)を食う。

イ、ターリアン。



イタリアつながりで、ってこともないんだが、ロベルト・サヴィアーノ『死都ゴモラ』(河出書房新社)読了。



……読了、と書いたが、半分読んでヤメ。

イタリアでは100万部売れた由。イタリア人にとっては、とってもおもしろいんでしょうなあ。

ナポリって街が、いかに○○(想像にお任せします)なところかがわかります。

しかしこれ、「ノンフィクション小説」なんだそうだが、一瞬、「なに、ノンフィクション小説って?」と思ってしまった。

ノンフィクションと小説とは、別々のものと思い込んでいたゆえ。

ノンフィクション小説=事実をもとにした(事実を素材にした)小説、ってことか?

しかし、100%空想だけで作り上げられた小説ってのも、滅多にあるまい。事実が素材、事実がモチーフとなっているものが、ほとんどのはず。人間、なかなかゼロからモノを考えられるものではない。

となると、小説とノンフィクション小説とを分ける境界は、どこにあるんだろう?と思ってしまったわけです。

ほとんど事実、というのが、ノンフィクション小説になるのだろうか。もしそうだとすると、ロベルト・サヴィアーノさん、よく生きていられるな、という気もする。書かれたほうは、「余計なこと書きやがって」と思うに違いないんだが。しかも書かれたほうは、何のためらいもなく人を殺す集団のようだし。



今朝の新聞より。

朝日新聞朝刊には、「もっと知りたい!」というコーナーがある。

今朝のそれが、「東北大 抜群教授に給与奮発」という話題。

記事リードには、《「給料には無頓着」といわれる研究者たちを、それで確保することができるだろうか。》と、東北大の試みを疑問視するようなくだりがある。

記事本文を読んでいくと、国内の教授さんたちは、確かに給料よりも研究環境重視のようだ。

「給料のことを考えたら初めから研究なんかやっていませんよ」と話す、阪大の審良教授のような方もいらっしゃる。

一方、「給料より研究環境、というのは日本だけ」「上乗せが月20万円と聞いて、みみっちいと笑ってしまった」と話す、米カリフォルニア大の中村教授のような方もいらっしゃるわけで。

国語力的には、「給料には無頓着なのか無頓着じゃないのか、どっちじゃい!」という突っ込みを入れたくなる。また、「中村教授、20万円を『みみっちい』、なんて言い方は、しないほうがいいと思いますよ」とも。

文句なしの研究環境を与えられて、かつ給料もいっぱい、というのがベストなんでしょうが、ここで思ったのは、研究者の「業績」と給料との関係について。

誰かが莫大な経済的富を手中にしている、しかもそれはオレの研究のおかけじゃないか!と研究者が感じたとき、「もっと給料くれよ!」となるんでしょう。やっぱり人間、こういうときの心のエネルギーが、最も強い。

どんなに画期的な発見をしたとしても、それが一文のカネも生み出さないのであれば、おそらく研究者は「もっと給料よこせ」とは言わないような気がします。

もし、研究者の給料が「業績」に比例するのだとしたら、では「業績」とは、経済的富を生み出すものに限られるのか、ということです。

文科系なんて、ねえ。経済学は、まだいいかもしらんが。

理科系で、莫大な経済的富を生み出す仕事をした研究者は、たとえば文学部の研究者に対しては、どういうふうに感じているんだろう。「おれの給料の百分の一でいいじゃん」とかかな。

まあ、「カネにもならん研究をしとるなあ」と思われていることは確かだろうが。

文学部出身者のヒガミ、というか、屈折した心情、ということで、ご容赦ください。

御徒町のホッピーと、国語力検定

[2008年03月12日(水) ]

ここ数日、本の写真ばっかりだったので、それ以外の写真もアップしておこう。

まずは、先週、御徒町で飲んだお店。



こういうお店がいいんですよ。



これがホッピーセット380円。ビンのほうがホッピー、ジョッキのほうが「ホッピー中(なか)」という名称の、つまりは焼酎で、お代わりはジョッキに七分目ほどで180円。



煮込みやレバニラ炒めがうまかったが、こういうキャベツをどーん!というつまみもあって、なかなか泣かせる。

また行きましょう! 次回は二次会立ち飲み、三次会ラーメンというコースで。

話は全然変わって、先週末の三島大社の河津桜。



七〜八分咲きってところでしょうか。

今週末は満開でしょう。

クサいロンドンと環境ISOに年380万か!と、国語力検定

[2008年03月11日(火) ]

スティーブン・ジョンソン『感染地図』(河出書房新社)読了。



1850年代にイギリス・ロンドンで発生したコレラの話なのだが、当時、日本でいうと幕末期にあたるのかな、のロンドンが、いかにクサい街だったかがわかります。いわゆるインフラもないところに、大量の住民が流入したんだから、やむをえない。産業革命や農地囲い込みとかも関係あるのかな。

それゆえ、コレラの原因が空気にあると当局が考えたこともうなずけるわけであり、また、それに疑問を持った一医師が、感染者をマッピングして感染源、すなわち井戸水を突き止めたことの画期性もうなずけるわけです。

地下室一杯に人糞を貯めてたそうだからねえ。アパート上階の人は、窓から裏庭に汚物を捨てるっていうし。

これじゃイカンと排水溝を作ったはいいが、そのままテムズ川に垂れ流し。水洗便所というのも、この時代にできたそうだが、そのままテムズ川に垂れ流し。激しく激しくクサかったそうです。

19世紀末には、「近代的な下水道」ができたそうなんですが、それでも、汚水を処理するんじゃなくて、テムズ川の河口にそのまま流す、その後は「外洋」に投棄していたそうだから、あんまし近代的とも言えんのじゃないかな。さすがに今は、そのまま外洋に投棄なんてことはせず、適宜処理していると思いますけどね。

クサいものにフタをする努力が近代であり、フタをしきれなくなった、さあどうしよう?となっている(なっていく)のが現代か。核廃棄物とかね。

科学技術の発達によって大量破壊兵器ができた、というのは話の半分で、人間が集中して住むようになったから大量破壊兵器が大量破壊兵器たりうる、というくだりには、「ほう」と思いました。

そういえば、昨日紹介した『戦争する脳』に、兵はメシを食うと同時に排泄する存在であることを忘れてはならぬ、ちゃんとしたトイレがあるか否かに兵の士気は大きく左右される、というくだりがあったな。「兵」は、そのまま「人間」にも置き換えられるだろう。フロぐらいはガマンできるけど、メシ食うのと排泄は、ガマンできんからね。



微妙に環境つながりで。

昨日の朝日新聞夕刊一面から。

環境ISOの取得・更新を見送る自治体が増えている、という記事。

どうやら、カネがかかるというのが、その理由の一つのようです。

《規格を取るにはコンサルタント料も含め数百万円が必要とされる。毎年の定期検査には初めて取得した際の3分の1程度の費用が求められ、更新では初回の約8割の費用がかかるという。》

岐阜県の担当者いわく、取得に800万円以上かかる、とのこと。

初年度800万。翌年・翌々年の定期検査で各250万としよう。

更新は3年ごとだそうだから、その次の年には640万。さらに翌年・翌々年の検査に各250万。

初年度−更新時の差額160万は、まあ最初にかかるやむをえないカネとして、そのままずーっと更新していけば、平均して年380万のカネがかかる。

なるほど、この規格の取得・維持費としては高い、という判断か。

一方、民間では、取得する企業が増加傾向にあり、07年末で、27678の由。

380万×27678=、と。

おお、1000億円産業じゃん、環境ISO。

何かモノを作るわけでもなく(つまり原材料費が全くかからず)、コストはほとんど人件費だけの産業だと思いますが、一体、利益率はどの程度なんでしょうね。

と、いったことにも興味を抱くのが国語力、かどうかは、保留。

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