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大社の夜桜とアラブの王子1000人!と、国語力検定

[2008年03月31日(月) ]

土曜の夜、酒が切れる。

しょうがないので、24時間営業のマックスバリュへ、酒を買いに。

三島大社を通ってみると。

そーこーぬーけーに、にぎやかですがな!

桜が満開に近く、ライトアップされておる。



露店もたくさん出ておる。

お正月やお祭りのときみたいだ。

この時間の三島大社、いつもは通るのが怖いぐらいに暗くて静かなのに。



池に映った桜が、とってもキレイでした。

今日は、夜になると雨があがるそうだから、行くべし行くべし、えぐりこむように行くべし!



前田高行『アラブの大富豪』(新潮新書)読了。



割と軽めの本です、2時間もあれば読めるでしょう。

いくつか引用。

《公にされた家系図を見ると、彼(=第三次サウド王朝初代国王、アブドルアジズ)は26人の王妃との間に36人の王子をもうけている。(中略)36人の王子たち、つまり二世代目もまたその多くが複数の妻を娶り(中略)254人の王子が生まれた。彼らは第三世代でありアブドルアジズの孫ということになる。孫たちが成人して結婚し、更にその子供たちも、という具合に王子の数はネズミ算式に増え、現在1000名を超えると見られる。》(p19〜21)

王子様が1000人!

すごいっすねどうも。

我が国のような悩みとは無縁ですな。

《「自分の財産を明かさない。またその財産をどのように運用しているかも明かさない」――。これは古今東西の金持ちに共通した姿勢である。金持ちであることをひけらかし、これ見よがしに散財する「にわか成金」は本当の金持ちとは言えない。》(p171)

ははあ、そうだったんですね。

でも、原因と結果が逆のような気もします。

これ見よがしに散財しちゃうから「にわか」で終わって本当の金持ちにはなれず、これ見よがしに散財しない(ような性質だ)から、本当の金持ちになれたのでは?

とまあ、あんまし重要じゃないようなところを引用しましたが、一番「ほう!」と思ったところは、イギリスのブレア首相が、サウジとの巨額な武器取引に際して、ワイロを捜査しようとしたイギリス検察当局に圧力をかけ、捜査をやめさせた、というくだりでした。

量は質に転化するってやつでしょうか。ちょと違うか。

しかし、なんだかなあ、ではあります。

それ以外にも、おもしろい指摘がたくさんありますので、アラブの大富豪好きの人にはオススメです。

ピンクレディーが「あるときアラブの大富豪」って歌ってたときが、ホントにアラブの大富豪という存在が生まれた時期だったんですね、それも「なるほどー」でした。

「ぬかるみの世界」とTBSへの会津の抗議と、国語力検定

[2008年03月30日(日) ]

上方文化人川柳の会『相合傘 五』(新葉館出版)を、著者の方のお一人から送っていただく。



上方落語の師匠さんや、放送作家の新野新さんもいる、豪華なメンバーの会である。

新野新さんといえば、「ぬかるみの世界」というラジオ番組で知っている人も多いだろう。多いのかな。多いに違いない。鶴瓶師匠とやっていた番組。これがまあ、おもしろいのおもしろくないの。おもしろかったってことです。ウツウツとした十代をおくっていたぼくにとっては、数少ない楽しみの一つであった。

そもそも……と、これについて語り出すと長くなるので、やめておきます。思い出を少しだけ書くと、大阪に新世界という場所があるのを知ったのは、この番組を通じてだったし、この番組を聴いていたから、鶴瓶師匠が東京に進出したとき(東京のテレビで鶴瓶師匠を見たとき)、「あ、鶴瓶師匠だ、絶対に売れるよ」と思ったものです。

話を『相合傘 五』に戻すと。いいですね。こういうのがオトナの笑いなんじゃないでしょうか。来年実施予定の「国語力検定シニア」(仮称)では、こういうジャンルからも出題したいと考えています。あるシチュエーションで引用する川柳として最適なものはどれ?とか、五七五の最後の五に最適なのはどれ?とか。難しい漢字や言葉を覚えてりゃオッケーじゃないですよ、「国語力検定シニア」(仮称)は。



3月29日の朝日新聞朝刊、第三社会面っていうのかな、に、国語力的になかなかおもしろい小さな記事があった。

見出しは、「TBSクイズ番組 会津若松市が抗議」。

2月に放映した歴史クイズ番組中、

《戊辰戦争の際に旧幕府軍が会津若松城を明け渡した理由を問うクイズの正解が「糞尿(ふんにょう)がたまり、その不衛生さから」と紹介された》由。

……どういう意図で、それを正解としたんだろう。

兵隊はメシを食い排泄する存在であるというリアルな認識が幕僚には必要だ、キレイなトイレがあるか否かで兵隊の士気はずいぶん変わる、という、これはちょっと前に読んだ本にも書かれていて、このブログで紹介もしたっけ、そういう認識を視聴者に持ってもらうため、ということだろうか。

でもそれは、幕僚が快適なオフィスで、ペーパー上で作戦を立案しており、現場(前線)を見てはいなかった、という条件下でのことだよなあ。

会津若松城なんて、そんなに大きな城でもないし、幕僚と兵隊は一つ所にいたわけで。つまり、自分たちは「メシを食い排泄する存在であるというリアルな認識」は、おそらく幕僚も兵隊も共有していたわけで。

ああ、酔ってきた(というのがぼくの悪いところだというのは、重々承知しております)。

短くまとめると、不衛生さも要因の一つとしてあっただろう、でも落城の要因としてはそれだけではなかっただろう、それらを捨象して、こういうふうな正解にしとけば視聴者は「へぇ」とおもしろがってくれるだろう、つまり「おもしろがってくれるだろう」基準を絶対化して、それによって会津の人たちがどう感じるかを思考からスコーンと落としてしまったんではないか、ということです。

これが、国語力的にいかがなものか、と思ったわけです。

《市によると、放送前に内容を知り、再三見直しを要求したが聞き入れられなかった》ので抗議文を送ったが、《TBS広報部は「抗議文の内容が確認できておらず、コメントできない」としている》由。

この、木で鼻をくくったような対応も、国語力的に、なんだかなあ。

道路財源の一般財源化と、国語力検定

[2008年03月29日(土) ]

タイトルだけ見ると、何が国語力検定なんだか、という感じですよね。

さて。昨日の朝日朝刊一面は、福田総理の「道路財源の一般財源化」関連。

どうも、突然の記者会見だったみたいですね。与党のエライさんたちは「聞いてないよ〜」状態。「聞いてないよ〜」ってのも、古いねどうも。

会見で記者さんたちを前にその旨(道路特定財源廃止、一般財源化)を話し、ペーパーも配布したようで、そのペーパーには、朝刊一面によると、こうある。

「道路特定財源制度は今年の税制抜本改正時に廃止し、09年度から一般財源化」

会見で総理の口から直接説明を受けてもいる記者さんたちは、これを「道路特定財源制度の廃止」かつ「一般財源化」と、二つがセットになったものとして、「〜かつ〜」という日本語として理解し、それについて、冬柴国交相にコメントを求めたようです。

そのリアクションが朝刊二面に載っていたわけだが、そいつがなかなか秀逸というか何と言うか、国語力的になかなかおもしろい。

《「総理がそう言ったのは聞いていない。紙ではそう読めない」と予防線を張り、こう強調した。「今年の税制改革論議で道路特定財源を廃止すると決まった場合には、09年度から一般化すると。私はそういう風に読むから、それで結構です」》

「〜かつ〜」とは読めない、「もし〜なら〜」と私は解釈する、と言っているわけですね。

「道路特定財源制度は今年の税制抜本改正時に廃止し、09年度から一般財源化」

というペーパー上の一節を、

「もし道路特定財源制度が今年の税制抜本改正時に廃止された場合は、09年度から一般財源化する」

と読んだ、ということです。

うーむ。

なかなかやりますね。

「人は見たいものしか見ない」とはよく言われることですが、同じように、「人は読みたいようにしか読まない」のかもしれません。

ペーパーだけじゃ、真意は伝わらない、という教訓でもいいんですけどね。

ねんきん特別便と、国語力検定

[2008年03月28日(金) ]

社会保険事務所の相談窓口がパンク状態、というニュースを観る。

……ちょっと前までは、ねんきん特別便を送っても、ほとんどがノーリアクション、ということに頭を抱えていたんではなかったのかな。

ノーリアクションの人の割合が激減した、というわけではあるまい。

ねんきん特別便の発送数が増えたことに伴う、ということだろう。

もし、「ほとんどがノーリアクション、ということに頭を抱えていた」ときに、ねんきん特別便を企画した人が予想した割合で相談窓口に人が来ていたとしたら、どうするつもりだったんだろう。(頭抱える、ということは、はるかに高いリアクション率を想定してたってことですよね、一応。「一応」ってところが国語力的にいろいろ含みがあるわけですが。)

なんか、おかしいなあ、と思うのである。前述の「含み」を含めたとしても。

ノーリアクションで頭を抱え、たくさんの人が相談に来ると頭を抱える。

ねんきん特別便を何通発送して反応率はどの程度で、だからそれに対応する体制はこれこれで、という、いわゆる企業で言うところの事業計画的なものは、あるんだろうか。

……国語力検定ブログであるからして、この件は、このあたりでやめておこう。

しかし、ニュースを観ての国語力的感想は最後に記しておく。

テレビニュースによれば、ある社会保険事務所では、午前11時段階で、待ち時間4〜6時間という看板をオモテに立てている。

この看板を国語力的に解釈すると、「おまいら、もう帰れよ」という意思表示、としかならないんではないか。と思ったんですが、どうなんでしょうかね。弱気。すいません。

道路特定財源がらみでも、国語力的におもしろい記事があったんですが、それについてはまた明日。「ああ、あれね」とピンと来た人も、「これでしょ?」わざわざコメントしないのが、オトナの国語力です。

『サムライとヤクザ――「男」の来た道』と、国語力検定

[2008年03月27日(木) ]

氏家幹人『サムライとヤクザ――「男」の来た道』(ちくま新書)読了。



最後の最後に、実に見事に一冊の内容をまとめてあるので、それを紹介。

《江戸時代の武士は、将軍大名以下幕臣藩士に至るまで、総じて非武闘化の道をたどり、戦士の本分を弱めていく(中略)とはいえ将軍を頂点とする武士階級は、社会を支配し日常や非常時の秩序と治安を維持するために、それなりの武威を必要としていた。(中略)ならば誰が武士たちの武威を支えたのか。(中略)自前ではなく、町の荒くれ男たちに武士の本領であるはずの武威を外部委託(アウトソウシング)したのである。(中略)そして、近代以降、庶民の荒くれ男たちの側にも、俺たちこそ本物の武士の末裔だという自信が芽生えてくる。弱者を救い国を憂う高貴な侠客というキャラクターの登場である。》(p249〜250)

コアスキルをアウトソーシングしてしまったことによる、アウトソース先との力関係の逆転。

……すいません、つい、こなれないビジネス本的言葉遣いをしてしまいました。

《武威の外部委託と、武士における“男としての引け目”が、明治以降たぶん現代に至るまで、サムライを自負する政治家や企業戦士が、アンダーワールドの男たちを毅然と排除できないばかりか、ややもすれば彼らと“共存”し、その力を“活用”する慣習を生んだ歴史的素地だったのではないか。》(p250〜251)

なるほど。なかなか説得力のある議論ではある。と思いましたが。

興味がわいたのは、ヤクザ的なものが生まれたのは近世以降だとして、では中世以前、そういう存在はあったのか、あったとしたらどういう形態をとっていたんだろうか、ということ。

気性が荒くて乱暴な人間はいつの時代にもいたはずだし、かといって、中世以前がずーっと戦乱の世だったわけでもないしなあ。盗賊かな。



同じ本の中から、国語力的に「ほう!」と思った箇所を。

江戸時代の武士の気配り術(というか、無益な争いを避けるための心得)として、以下のようなことがあった、と紹介されている。

《(諸大名のお供や奉公人で)混み合う「下乗」から先では、人を除ける際にも注意が必要だ。手の表(掌)で押すと「突」になり、手の裏(甲)で払うと「除る」になる。表と裏では大違い。手のひらで突くと相手を刺激して喧嘩の原因になるが、手の裏でなら少々強く当てても許されるだろう。》(p141〜142)

なるほどなるほど、確かにね。

混んだ電車とかで「ちょっとスイマセン」と降りるときも、手のひらで人を押すよりも、手の甲で押すほうが、「スイマセン」感が出ますね。

どこかのネタで使おうっと。

ゴレンジャーと「サムライとヤクザ」と、国語力検定

[2008年03月26日(水) ]

昨夜、なぜか放映していた「ゴレンジャー」を観る。

懐かしい。

……が、やはり、今観ると、ショボさは否めない。

4年ぐらい前に油壺マリンパークで観た、デカレンジャーのほうがカッコいい。……観に行くなよ。いや、タダ券もらったし、近くに住んでたからさ。

デカレンジャー御一行様、ショーの前に、お土産物売り場にまで出没してくれて、なかなかサービス満点でした。

ところでゴレンジャーである。

当時の子供の好物が、ダントツでカレーだったのは、キレンジャーの貢献によるものだったんだろうか、という思いがふとわいた。キレンジャー、ハウスとかヱスビーとかから表彰されてたりして。

もう1つ。昔、ウッチャンナンチャンのナンチャンが、登場する際に「ナンバラバンバンバン」という音楽を使っていたことがあったが、あれはゴレンジャーの主題歌を下敷きにしたものだったか!ということに、昨夜初めて気づいた。

ゴレンジャーの主題歌では、こうだ。

「ゴレンジャァー、ゴレンジャアー(バンバラバンバンバン!)」

もう1つ。モモレンジャーの「いいわね、いくわよ!」は、確かに流行ったなあ。

あれ、関西圏の子どもは、何て言ってたんだろう。

「ええか、いくで!」かな。んなわけないか。



そんなもの(という言い方も何だが)を観ていたため、昨夜で読了予定の氏家幹人『サムライとヤクザ――「男」の来た道』(ちくま新書)を読了できず。

でも、途中だけど、おもしろい箇所があったので引用しておく。

引用箇所の「嘉納先生」とは、言うまでもなく、講道館柔道の創始者・嘉納治五郎。嘉納杯という柔道の大会もありますね。

また、これは、氏家さん自身の説ではなく、「仮病を使って欠席するほど柔道の稽古を嫌っていた」永井荷風の回想であることも付け加えておきます。

《高等師範学校の附属中学校に男色の風が広がったきっかけは校長の交代だった。新校長に「嘉納先生という柔術家」が熊本の高等中学校から転任して来たのを機に、中学校では毎日学課終了後一時間、柔術の稽古が行われるようになり、それから生徒の間で男色の風が広がり始めたというのだ。》(p77)

ははあ。そういうことがあったんですね。話半分としても、なんとなーくわからんでもない。もちろん当時は男子校だしなあ。

キカイダーと「お金持ちになる 新・学歴ガイド」と、国語力検定

[2008年03月25日(火) ]

昨夜、なぜか放映していた「キカイダー」を観る。

懐かしい。

昭和48年放映とのことだから、小学2年生のころ観てたのか。

番組のつくりが、ウルトラマンなどとは違うことに驚く。

つまり、こういうことである。

一話完結(一日完結)ではない。

「ええっ、続きはどうなるの?」的な終わり方、いわばNHK朝の連続ドラマ的な終わり方をするのである。

……たまたま、昨夜はそういう回を放映したのかもしれないが。

また、ハカイダーなど、言っていることがなかなか深いのである。

間違いなく、小学2年生ぼくなどは、理解せぬまま観ていたのであろう。

よく、「ファーストガンダムは深い」と言われるが、キカイダーがそのような評価を受けなかった、あるいは受けていたとしても、ファーストガンダム的な地位を築き得なかったのは、なぜだろう。

……実写じゃなくて、石ノ森先生の原作に忠実に、アニメにしたほうがよかったのかな。

にしても、だ。

キカイダーに変身する前のジロー、その状態でも敵と戦うわけだが、武器にするでもないのに、格闘中、かたくなにギターを背負ってるのは、何故か。ギター背負ったまま、仰向けにひっくり返ったりしてるし。邪魔だし、背中痛いし、ギター一瞬でぶっ壊れるぜ。あ、機械だから痛くはないのか。



加藤陽子『満州事変から日中戦争へ』(岩波新書)読了。



久々に、なんて言ったら他の新書に申し訳ないか、もとい、とっても内容の濃い新書だと思いました。これで780円なら、コストパフォーマンス極めて高し。ほら、「何じゃこりゃ」という読後感の新書、たまにあるじゃないすか。

一箇所、引用しておきます。

《土地も狭く資源に恵まれない国が「土地及び資源の国際的均分」を主張するのは理屈として正しい。しかし、土地や資源の過不足の調整は「強力なる国際組織の統制」によってなされるべきだ。「渇しても盗泉の水は飲むな」と子どもの頃から教えられてきた吉野〔作造〕にとって、新聞と無産党の沈黙は最も遺憾であり意外と思われた(中略)「満蒙の沃野を頂戴する」という軍部のフレーズと、「盗泉の水は飲むな」という吉野のフレーズは鮮やかな対照をなしている。》(p120)

「渇しても盗泉の水は飲むな」。

心に刻んでおきます。



ちょっとだけ前節に関係するか、いや全然関係ないかな。

先日、新聞で「プレジデントファミリー」という雑誌の広告を見かける。

2008年5月号。

特集が、「お金持ちになる 新・学歴ガイド」。

……ミもフタもないな。

その横に並ぶのは、

「登場!ビジネス新貴族 ゴールドマン・サックスの平均賞与は7250万円也」
「月給200万円以上貰える仕事図鑑」
「どんな進学先がいいの? 儲けられる人はどこが違う?」
「トップランナーが教える 年収1億円を稼げる子の育て方」
「わが子を入れていい業界、入れてはいけない業界」
「大企業サラリーマン10年後の運命」
「お父さんも学びたい大富豪の金銭感覚」

といった項目。

収入=その人の価値、なんてことを、そんな価値観のスケールを、小学生段階で刷り込んで、いいのかね。

「プレジデントファミリー」、実は去年、国語力検定の広告を掲載したんだけど。Z会小学生コースも広告載せてるし。

うーむ、悩ましいところだ。

にしても、だ。

こういう文句がずらずらと表紙に並んでいる雑誌を買うというのは、LEONを買うときの同種の気恥ずかしさが伴うのではないだろうか。書店のレジで差し出すときね。

本の表紙写真を2つ掲載と、国語力検定

[2008年03月24日(月) ]

一昨日紹介した『エニグマ・コード』の表紙写真。



写っているのは、Uボート。潜水艦ですな。

当時、20代前半の艦長さんも、結構いる。

ドイツ海軍、人材が払底していたんだろうか。そんな若者を、艦長にせねばならぬとは。

たとえば「ローレライ」の艦長は役所広司さん(設定は43歳)だし、「沈黙の艦隊」の海江田四郎も、どう若く見積もったとしても30代に見えるゆえ。

「ドイツ海軍ではそういうもの、能力があれば年齢は関係ナシ」だったのかもしれないけど。



昨日紹介した『自動車爆弾の歴史』の表紙写真。



ちなみに2001年9月11日の、例の飛行機も、自動車爆弾の1バリエーションです。

テロの一手段としての自動車爆弾のノウハウを、かつてテロリストたちに教えた学校が、今はテロとの戦いを宣言しているアメリカの資金によって運営されていたという、笑えない話もあります。

なんだか、皮肉ですねえ。

亀田選手の復帰戦とスウェーデンでの君が代と、国語力検定

[2008年03月23日(日) ]

※タイトル変更と、少し加筆。

いかんいかん、どうも出不精で、読書したりテレビを観たり。

亀田選手のボクシングの試合をテレビで観る。

……タイトルマッチでもないのに、試合前に国歌が流れるのか。まあいいけど。

多少、パフォーマンスがおとなしくなったような。枠も1時間だし。TBS自体も、様子見って部分があるのかな。

国歌で思い出したんだが、女子フィギュアスケート世界選手権の表彰式。

浅田真央さんが見事優勝したわけだが、表彰式の際は、世界選手権であるからして、当然、優勝選手の国歌が流れる。

そこでちょいとビックリしたのは、かの地はスウェーデン。日本での開催なら、郷ひろみさんなり小柳ゆきさんなりがアカペラで君が代を熱唱、というのはわかるのだが、スウェーデンの地で、(多分)スウェーデン人女性8人ぐらいだったかな、が、アカペラで、美しく、流暢な日本語で、君が代を歌ったのである。

君が代を歌う歌わないでモメてるところもあるようだけど、また、歌いたけりゃ歌えばいいし、もしそれが従わなければならない命令じゃなければ、歌いたくなけりゃ歌わなくていいんじゃない、ぐらいに日頃考えているクチなんだが、日頃君が代を歌いたくない日本人の人が、あのスウェーデン人女性の君が代を聞いて、どういう感想を持つんだろうか。やっぱ耳をふさいじゃうのかな。

ぼくは「お、テープでインストゥルメンタル君が代流すより、全然いいじゃん」と思ったけどね。



お笑いのトレンドにまったくついていってないので、たまには、ということでお笑い番組も観る。

そこで、レストランの店員とお客という設定でのコントがあったんだが、イカン! 国語力的に激しくイカン! イカンイカン!

いや、笑えるかどうかは別にして、そこでのお客役の言葉遣い。

もう、まったく敬語ナシ。あ、尊敬・謙譲語を使えというわけではない、せめて丁寧語(です・ます)でいいのだが、それもまったくナシ。

それどころか、きわめて乱暴&ゾンザイ。

店員役に対して、「テメー」とか「バカ」といった言葉を平気で使っている。

お笑いだから……と思うかもしれないが、年端もいかない子供に「ふーん、お店ではこんな言葉遣いでいいんだ」と思われちゃったら、ちょっとコワイものがある。

逆に、ぼくの知っている範囲では、「おいおい、こんなクチきく客なんていねーよ」というものであるからして。

しかし、ひょっとして、あのお笑いコンビと同年代の人たちは、パブリックな場所でもああいうクチをきくのがアタリマエ、ということになってるんだろうか。

イカンな。

そうか、そのための国語力検定&国語力研究所か、と。うまくオチました。



マイク・デイヴィス『自動車爆弾の歴史』(河出書房新社)読了。

自動車爆弾の作り方は載ってませんので、期待しないように。

これについては、特に引用箇所はありません。

日本は平和なのかもしんないけど、世界は全然平和じゃないってことが、よーくわかります。

海外旅行先の選択および、旅行先でどのあたりには近づかないほうがいいか、ということの参考にもなるでしょう。



ケヴィン・コスナー主演映画『追いつめられて』を観る。

おもしろかった。

ケヴィン・コスナーも、あんましハズレがないかな、今までをかえりみるに。

カミサンが、その胸毛を見て言う。

「毛鬢濃すなー」

胸毛は「鬢」とは言わない。

『エニグマ・コード 史上最大の暗号戦』と、国語力検定

[2008年03月22日(土) ]

モバイルPCの調子が不安定なんで、接続して更新できるときに更新しておく。あとで追加するかもしらんが。あ、今日は休日ゆえ。家で仕事は……しようかなどうしようかな。天気がいいから釣りに行こうかな。

今朝の「ちりとて」は、七泣けぐらいか。



モンティフィオーリ『エニグマ・コード 史上最大の暗号戦』(中央公論新社)読了。

チューリング関連の本でエニグマのことは読んでいたが、ていうかエニグマといえばチューリング、と思っていたが、学者の頭脳だけで暗号が解けるわけもなく、スパイや軍人さんたちも、がんばっていたんですなあ。

イギリスとアメリカの確執のところが、ちょっとおもしろかった。物質的にはアメリカに頼らざるを得なかったんだろうけど、やはりイギリスには、精神的な面でアメリカを見下しているようなところがあったんだろうか、と思わせられる。

いくつか引用。あ、イギリスとアメリカの話ではなく。

《暗号問題はあらゆる角度から見なくてはダメだというのも、ノックスの教えの一つだった。彼が新人を採用するときによく出す問題がある。「時計の針はどちら回りに回るのか?」という質問だ。もし新人が「右回りです」と答えると、ノックスは「いいかね、それは君が時計なのか、時計を見る人なのかによって変わるのだよ」と言って聞かせる。》(p169)

おお。なんか、ビジネス上の啓示を受けた。ような気がする。とりあえず新人採用面接に使ってみるか。何だそんな啓示かよ……じゃなくて、乞うご期待。

《大戦中チューリングら暗号解読員は、自分たちの仕事について他言することを禁じられていた。当局が、エニグマ解読の事実がドイツ側に漏れた場合、暗号化手順が変更されて再びエニグマを解読できなくなると考えたからである。》(p470)

これは、「訳者あとがき」から。ここまでは、とってもよくわかる。「はぁ?」と思ったのは、つぎのくだりである。

《この守秘義務は、戦後になっても解かれることはなかった。連合軍はドイツからエニグマを奪うと、旧植民地に売却して使用させ、その内容を傍受・解読していたからである。》(p470)

これは、知りませんでしたねえ。連合軍も、やるなあ。これって、盗聴器付きの電話を「これ、便利だから使いなよ」って売りつけるようなもんだよな。

ま、でも、従業員の電話やメールをチェックしている企業もあるようですから、似たようなもんか。てか、それを言ったら、国もやろうと思えばできるわな。我々の知らないところで。

……冗談ですよ冗談。て、誰に言ってるんだろう。

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