ヤバいんじゃないのアメリカ合衆国?と、国語力検定

[2008年02月29日(金) ]

『反米大陸――中南米がアメリカにつきつけるNO!』(集英社新書)の続き。



CIAさん、ぼくごときを狙ってもしょうがないんで、大目に見てください。

いくつか引用しておきます。

《中南米の人々は、アメリカ人を「グリンゴ」と呼ぶ。》(p94)

なぜか?

《緑の軍服を着た海兵隊の兵士に向かって、「グリーン・ゴー(緑よ、出て行け)」と叫んだのが日常化して、呼び名となったともいわれている。》(p94)

なるほどー。

《アメリカは、モンロー主義宣言以来、自分の領土であるように見ている中南米では好き勝手な行動をとるが、さすがに中南米以外では、ここまではできない。現代の世界で侵略の口実に使うのが、「民主主義を世界に広める」という大義である。アメリカは神によって選ばれた国であるが故に、その体制を世界に拡張することが、神の意志にかなったものである、という信念のようなものがある。異質な敵がいれば、武力をもってでも屈服させ、彼らにアメリカの価値観を押し付けようとする。9・11のテロ後にアメリカをアフガン戦争、さらにイラク戦争に導いたネオコン(新保守主義)の思想は、まさにこれだった。》(p113)

すいません、高校時代は日本史と政経選択で、世界史を取らなかったので(必修じゃなかったんで、いわゆる未履修じゃありませんよ)、モンロー主義、誤解しておりました。

「アメリカ合衆国はヨーロッパに口出ししないから、ヨーロッパもアメリカ合衆国に干渉するな」というのがモンロー主義だと思ってたんですが、そうじゃなかったんですね。

「アメリカ合衆国はヨーロッパに口出ししないから、ヨーロッパも南北アメリカ大陸で合衆国がやることに干渉するな」というのがモンロー主義だったんですね。

……何がヨーロッパ「も」だ。南北アメリカ大陸は、合衆国の所有物かい!

という突っ込みが入りそうな主義ですが、いや実際、合衆国の認識はそのとおり(南北アメリカ大陸は合衆国の所有物)のようで。まいったまいった、まいっちんぐマチコ先生。

《フセインの銅像が倒された場面をアメリカのテレビは伝えたが、現場にいた記者に聞くと、その周囲では、こうした行為を冷ややかな目で見るイラク人のほうが圧倒的に多かったという。フセインもノリエガも、独裁者であり、自国の国民に嫌われていた。彼らがいなくなって、国民が喜ぶのは当然だ。だからといって、国民の誰もが米軍を解放軍として歓迎するわけでもない。このあたりも、アメリカはまったく自覚していない。》(p161)

中南米は、反アメリカ合衆国で結束しつつあるという。こうなりゃ、いっそのこと、「アメリカ合衆国を除く統一経済圏、安全保障体制」でも作るか! ……激しく冗談ですってば、CIAさん。

でも、このままじゃヤバいんじゃないかなあアメリカ合衆国。そう思わされる本でした。日本も下手に義理立てして……という話は、よしておきましょう。

ヒデオミさんはなぜ泣いたか?と、国語力検定

[2008年02月29日(金) ]

今日の「ちりとてちん」のラスト近くで、ヒデオミさんがなぜ泣いたか、わかりやすく説明しなさい。

というのは、激しく国語力を試す問題になるなあ、と思いました。

うん、そういう出題があってもいいんではないか。いや、あるべきではないか。

カンヌ映画祭とか何とかの映像作品がストーンと腑に落ちる、というところまでは必要ないと思うけど。

たとえば、サイバラリエコさんのマンガとかも、国語力を試す素材としてはいいなあ、と思う。

とりあえず今朝の「ちりとて」を観た感想まで。

中南米がアメリカにつきつけるNO!と、国語力検定

[2008年02月28日(木) ]

伊藤千尋『反米大陸――中南米がアメリカにつきつけるNO!』(集英社新書)読了。

以前、山本夏彦さんの話で、アメリカのいわゆる9.11の受け止め方も一様ではないんだなあ、という話を書き、それに対するコメントで、中南米の人たちも山本さん的受け止め方だよ、というのを読んで、その興味関心つながりで読んだ本。

感想は、「ははあ、ほほう、なるほどー」。

というのはですね。……CIAって、すべての通信をモニターしてるんだっけ?

あんましおっかないことは書けません。くわばらくわばら。

ていうのは冗談で、狙われるなら、ぼくより先に伊藤千尋さんでしょう。

今日はもうPCから離れねばならんので、続きは改めて。今日深夜か、明日朝に。

貶す前に褒めよ!と、国語力検定

[2008年02月27日(水) ]

今話題の政治家の一人、石破防衛大臣。

辞める辞めないでもめているようだ。

今朝の朝日新聞の第2面も、その話題であった。

記事の末尾から引用。

《トップの責任はどう考えるべきか。危機管理コンサルタントの田中辰巳氏は「石破氏のほかに適任者が見当たらない現実もある」としながらも、「信頼回復のため、トップとして引責辞任も考えないといけない段階。海自幹部を全部道連れに辞めて人心一新を図る必要がある」と指摘する。》

田中氏、なかなかの国語力だと思いませんか?

「海自幹部を全部道連れに辞めて人心一新を図る必要がある」が主旨でありながらも、「石破氏のほかに適任者が見当たらない」をまず持ってくるあたり。

これだと、石破大臣もそんなに悪い気はしないでしょう。

やるな、田中氏。見習わねば。

ただ、もしホントに石破大臣以外に防衛大臣の適任者が存在しないのだとしたら、それはそれで、日本の政治家さんたち、日本の政治は大丈夫かいな、と思ってしまうのであるが。

だって、もし石破大臣が辞任しちゃったら、次の大臣がいるよねえ。

そしてその大臣、適任者じゃないってことになるよねえ。

仕事にも企業にもレベルなど存在しない!の真意と、国語力検定

[2008年02月26日(火) ]

メールソフト復旧のメド、未だ立たず。メールをくださったみなさん、申し訳ありません、昨日から全く読めていません。

しょうがないので、漂泊していた間の新聞記事ネタとする。

2月23日朝日新聞夕刊の、大学生が就職活動の参考にするページかな、そこの「お父さん・お母さんの就活講座」というコラムより。

《「1レベル下の企業を目指す」という言い方をよく耳にする。/しかし、そもそも企業にレベルってあるのか。レベルを下げるって、どういうことなのか。どうやら「無理せず、自分の身の丈にあったレベル」というような意味らしいが、結局、楽をしたいということじゃないのか。/「残業時間が1レベル下」「厳しさが1レベル下」「与えられる責任が1レベル下」。そう思える企業を選ぼうとしても、そんなものは幻想に過ぎない。/肝に銘じてほしい。仕事にレベルなどない。企業にも、レベルなどないのだ。》

なるほど。なかなか美しい言葉ではある。

しかしながら、どの程度の割合の読者が、このコラムに激しく賛同するんだろうか、ということに、ひどく興味がわいた。朝日さん、読者アンケートでもとってくんないかな。年代別・性別で切ってみると、なかなかおもしろい結果が出るかも。

さて、この文章、国語力的には二通りの読みかたができる。

「残業時間とか厳しさとか責任とか、もちろんそれ以外の待遇についても、そして業績は言うまでもなく、企業によって高低のレベルの違いはある、確かにあるんだけど、若いモンが何を悟りきったようなことを言っとる、ドーンと上を目指していったらんかい!」的な趣旨と読むのが1つ。

つまり、レベルの存在を暗黙の前提としつつも(「ドーンと上を目指していったらんかい!」)、そのスケール上の下を見させないよう、「レベルなどない」というレトリックを使って、若者を鼓舞している、という解釈。

残業時間や厳しさや責任については、一企業内でも個人によって異なるから、一概に「あの企業のレベルは」とは言えないだろうけど、制度としての待遇や業績には、厳然とした差があるからねえ。

学生さんも、それをある程度は参考にして志望企業を決め、それによって人気企業ランキングが決まる。ランキングの高い企業はなかなか入社できない=レベルが高い、という受け止め方、学生さんはするでしょう、やっぱり。

「そんなことにビビるな、ドーンといったらんかい!」という趣旨は結構なんだが、それで「よっしゃー!」となって、最後の最後まで志望企業を変えず、就職浪人しちゃったら……という思いを禁じえないわけです。

もう1つの読みかた。

額面どおり、マジで「企業にも仕事にもレベルなど存在しない」という主張である、と解釈するのが、それ。

先にも書いたように、待遇や業績については現実には格差があるから、それを断固解消すべし!という主張と読めるかもしれない。一つの主張としては、首肯しうる。

企業にも仕事にもレベルなど存在しないのであれば、論理的に考えると、世の中の全サラリーマンが同じ報酬を受け取らねばならなくなるわけで、まさにユートピア。

ただ、これを「主張」ではなく「現実」と学生さんが受け止めてしまった場合、「そうか、どの企業に入ってどの仕事をしても同じなのか!」と思い込んでしまった場合、その学生さん、一生同じ企業の同じ仕事をして、一生同じ企業の同じ仕事をしている人としか接触しない、というのでない限り、就職後に「あれれ?」と思っちゃうんじゃないか、という思いを禁じえないわけです。

あ。もう1つ、読みかたがあった。

「どの企業に入ろうと、激しく残業させられ、激しく厳しく、激しく与えられる責任が重いのは一緒なんだから、ジタバタしてもしょうがないよ、あきらめなさい」という忠告である、という解釈。

……これが、一番近いような気がしてきた。そういう認識からスタートしたほうが、どんな仕事に就いても長続きしそうですよね。

以上、「国語力で読み解いてみよう!コラムの真意」でした。

メールソフトの暴走とwixi事務局と、国語力検定

[2008年02月25日(月) ]

メールソフトが、えらいことになっている。

2006年からのメール、すでに削除したと思っていたメールが、なぜか(ということもなくて、そういう設定にしていたらしいのだが。ゴミバコを空にしても、サーバには残っていたらしい)、ゾンビのようによみがえり、次々と新着メールとして到着しだした。その数、15000。

全部受信しきってからじゃないと手の出しようがない、ということで、メールソフトは今日一日、放置である。受信5000を過ぎたころから、受信スピードもガタッと落ちてきたし。明日までに、何とかなるだろうか。

なわけで、先週土曜以降にメールくださった方、申し訳ない、どうもこうもならんです。

先週木曜からの日本縦断漂泊記もアップしたかったんだが、写真を問題のメールアドレスに送っちゃったんだな、これが。やっぱ、写真がないとね。

そういえば、以前、「mixy事務局からのお知らせです」という迷惑メールが届く話を書いたが、こないだ、「wixi事務局からのお知らせです」という新・迷惑メールが届いた。

mixiとwixiじゃ、明らかに違う、「ああ、ミクシィ事務局か」と勘違いしてクリックする人なんて、いないんじゃないかと思うんだけど。

mixlとかmlxiとかmjxiとかmixjのほうが、まだミクシィと勘違いしてくれそうな気がする。

えーと、言葉遊びという国語力の一分野、ということで。

「戦争の経済学」と、国語力検定

[2008年02月24日(日) ]

ポール・ポースト『戦争の経済学』(バジリコ)読了。

まあまあすかね。「でも」という接続語の多用が、ちょっと気になった。原文はどうなってるんだろう……と、調べてみるほどには勉強熱心ではありません。あしからず。

《こうした視点は、得に経済史や軍事史の講師には便利だろう。》(p16)

「得に」というのは、「便利だろう」にかかる枕詞・序詞(「あしひきの……」みたいなやつ)かと一瞬思ったんだが、やっぱ「特に」の誤植かなあ。

訳者の山形浩生さん、この本のプロフィールでは、ちゃんと「修士課程修了」となっておりました。

コミュニケーションにおける送り手受け手の問題と、国語力検定

[2008年02月23日(土) ]

※昨日は以下の文を書きあげていたんだけど、PC(携帯?)の不調によりアップできず。今日はどうしようかなっと。

今朝のNHKのニュースで、メインキャスターが「マジで?」と言っていた。ほーう、アリなんだなあ、そういう言葉遣い。

さて。

植村和秀『「日本」への問いをめぐる闘争 京都学派と原理日本社』(柏書房)読了。



西田幾多郎と蓑田胸喜のお話。

蓑田胸喜、名前だけは聞いていた、というか、目にしたことのある人。あまり芳しくない文脈の中で。

なので、いわば怖いもの見たさで読んだ感もある。

さて、読後感。

うーむ、どっちもどっちかなあ、という感想。

その思想内容以前に、この時代、もしリアルタイムで自分が生きていたとしたら、どっちに与しただろうか、というところに興味がわいた。

……どっちも読んでません、という可能性が極めて高いけどね。

国語力的に、ちょっとおもしろかったところ。

西田幾多郎が積極的に動いたのか、政権側が求めたのかは不明だが、昭和十八年、東條英機政権に対して、西田が提言を行なった。

陸軍軍務局長をはじめとする政権側の人たちに西田が講話を行ない、その講話内容を西田が文章にして政権側の人に渡したそうな。

《しかし陸軍側に理解不明のため》(p266)

政権側の人が書き直したうえで、「要路に配布」した由。

陸軍側がどうのうこうの、と言いたいわけではない。

コミュニケーション一般の問題として、ちょっとおもしろいな、と思ったわけである。

@難解な内容を難解に表現する
A難解な内容を平易に表現する
B平易な内容を難解に表現する
C平易な内容を平易に表現する

の4つがあるとして、@Cはまあ、普通ですね。

Bは、しばしば、よくない例とされます。

一見、Aがもっともステキに見えますが、では、はたしてAは可能なのか?という問題です。

もし不可能であるなら、その「難解な内容」は、そもそも多くの人に理解されることをハナっから断念せねばならなくなる。先の例で言えば、西田の提言が西田の意図どおりに伝わらなかったとしても、それはやむをえなかったわけですね。

もし可能であるなら、その「難解な内容」を平易に表現しないのは、表現する側が多くの人に理解される努力をしていないか、多くの人に理解されることを望んでいないか、あるいは他に理由があるのかもしれませんが、いずれにせよ、多くの人に理解されるのをわざわざ拒んでいるように見えるわけです。

パソコンがなきゃ、何もできないのか?と、国語力検定

[2008年02月21日(木) ]

少し前に取り上げた、道路財源で作ったガラガラの駐車場の話。

その続報的な話題が、今朝の朝日新聞に載っていた。

民主党最高顧問・渡部恒三さんが、水戸市内にある、その話題の駐車場を視察した、というお話。

やっぱりガラガラはガラガラだったようだが、いちばんおもしろかったのは、次のくだり。

《パソコンの故障で正確な利用率は不明という。》

ズルッ。

……おいおい。

小学生の言い訳じゃないんだからさ。

てことは何かい、パソコン導入以前は、正確な利用率を出すことは不可能だったってことか?

あるいは、正確な利用率を出す必要も義務も責任もなかったってことか?

……でも、官僚が小学生レベルってことはありえないか。

てことは、国民が小学生レベル扱いされてる(「パソコンの故障で正確な利用率は不明」に対し、「いやー、ごもっともです! そりゃ利用率、わかりませんよね!」という反応をすると予想された)ってことかな。

それもそれで、多少の可笑しみを感じるのではあるが。

想定外の忙しさと、国語力検定

[2008年02月20日(水) ]

今日は目が回るほど忙しい。

予定通り仕事は終わるだろうか。

終わんなかったら持ち帰りだな。

ま、しゃあない。

……これが起承転結。

| 次へ