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御茶ノ水でランチと魯山人の料理王国と、国語力検定 (2008年11月22日)
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沼津にパブ「艶女(アデージョ)」新規オープン!と、国語力検定

[2008年01月31日(木) ]

今朝、新聞から折込チラシを抜くとき、こんな広告が目にとまった。

《沼津に、パブ「艶女」オープン!》

もちろん、「艶女」の読みは、「アデージョ」である。

こんなところにまで進出するとは。本家「アデージョ」の雑誌は休刊になったとはいえ、これだけの影響力を及ぼしたとあれば、編集に携わった方々も、何かをなしとげた感、あるんじゃなかろうか。

広告には、続けてこうある。

《オープン記念イベント、山崎12年飲み放題!》

おお、山崎12年か。安いお店でもシングル1000円はとられるお酒だ。確かに美味いんだよな、あれ。

《飲み放題歌い放題、女の子のドリンク代も込みで60分4000円ポッキリ!》

おお、山崎12年が60分飲み放題なだけでも、4000円は安い。ダブル3杯は飲めるからな。

……ん? はて。

ここに書いてある「女の子」ってのは、お客としての「女の子」じゃあないよな。つまり、女性が男性と一緒にこのお店へ行った場合、そのお客としての女性がタダになる、という意味じゃないよな。

そうじゃなくて、パブ「艶女」の従業員としての女性もお客と一緒に飲むけど、そのドリンク代は別途請求しませんよ、という意味だよな。

パブ「艶女」の従業員といわれると、本家「アデージョ」の雑誌からの連想で、つい30代の女性を思い浮かべてしまったんだが、それも「女の子」なのか?

いや、別に「女の子」でもいいんですけどね、国語力的には、「フロアレディ」とかのほうが、店名によりしっくりくるんじゃないかな、と思ったわけです。



中塚明「『蹇蹇録』の世界」(みすず書房)読了。



日清・日露戦争のころまでは、政治家も軍人も立派なもんだった、それが昭和の戦争のときはダメダメになっちゃって……というのは、割と一般的に持たれているイメージだと思いますが、いやいや、それは間違っているよ、という趣旨の書(と、ぼくは読みました)。

日清・日露のころまでは政治家も軍人も立派だった、というのは、両戦争に勝ったからそう言われるだけであって、そこと昭和の戦争との間に深い断絶があるわけではない。日清・日露のときも、あんまし堂々と口にできないことをしてたし、そして日清・日露を通じて政治家・軍人、そして国民の間にも醸成されたあるものの見方(というか何というか、そういったもの)が、そのまま昭和の戦争に(ひょっとしたら今現在にも)つながっているんだよ、というお話。

しかし、これを最初から最後まで辞書ナシで読みこなせる人って、相当の国語力でしょうね。日本語検定1級でも、多分ムリだな。というわけで、ぼくも引用された漢文訓読調文献については、ところどころすっ飛ばしちゃったわけですが。と同時に、国語力検定シニアバージョン(名称未定)のネタも、たくさん拾えました。

一部引用。

《岡崎によれば、日本の「自衛行動」のためには、イギリスやオランダが領有していたアジアの植民地は占領するのはやむを得ないことで、またそれは可能であったという判断にたっていることは明らかでろう。》(p228〜229)

あ、いや、別に検定ネタでもないんですけど。

1月25日から、国語力検定メールマガジンで募集を始めた、「誤植ネタ」のほうです。

ここ、著者が岡崎という人の論に批判を加えているところで、多少憤っているようにも感じられる箇所。

そういう箇所で、「明らかでろう」(←多分、「明らかであろう」)という、ちょっとカワイイ誤植があると、なんだかズルッとなってクスッとしちゃったわけで。すいません。

マックの店長は管理職か?と、国語力検定

[2008年01月30日(水) ]

「マックの店長は管理職ではない」

という判決が出た。

管理職の要件として、いろいろ挙げられ、裁判官は「マクドナルドの店長の権限は店舗内に限られ、企業経営上、重要な職務と権限は与えられていない」ので、管理職ではない、という判断をしたそうな。

店長が管理職かどうかは措いといて、店長の権限は自店舗内に限られる……と考えるんじゃないかな、ふつうは。

世のいわゆる管理職のうち、裁判所が示した要件をすべて兼ね備えている管理職さんって、どのくらいの割合でいるんだろう、と、ふと思いました。

おもしろいなあ、と思ったのは、社会面のちーっちゃな記事で「マックが控訴した」とあったこと。

控訴したことじゃなくて、そのちーっちゃな、ひーっそりとした記事が「おもしろいなあ」と思ったわけです。国語力的に。

メイン記事は、今回の判決を全面的に支持という趣きで、「こんな労働条件で働かせるなんて、ケシカラン!」という思いが透けてみえる。

だったら、マックの控訴に対しても、「何だ、全然悪いなんて思っちゃいないのか、ケシカラン!」とばかりに、もうちっと大きく取り上げてもよさそうなもんだが。

マック、いろんなメディアの大スポンサーですからね、なかなか扱いが難しいところもあったりするのかもしれません。

さて。マックが控訴したことでわかるように、この判決、確定したわけではなく、裁判はまだまだ続く。マックにとっては、影響大きいでしょうからね。どうなるんだろうな。

1日10分間読書と、国語力検定

[2008年01月29日(火) ]

昨日の読書。

石田淳『子どもの成績を伸ばす1日10分間読書』(PHP研究所)。

ちょっと今日は時間が時間なので、明日以降、内容をご紹介します。

あとですね、国語力検定の認定級について、それぞれの級がどういうレベルなのか、ということを、これまでの出題結果等に鑑み、定義づけしてみました。

2月1日以降、国語力検定ホームページにアップしますので、どうぞご覧ください。

サピックスの影響力と、国語力検定

[2008年01月28日(月) ]

昨日、タイトルに「サピックス」という文言を入れた。このブログ、「日本ブログ村」というブログポータルサイト(で言葉合ってんのかな。まあいいや)にも同時にアップされるようにしているんだが、昨日はそのサイトの「中学受験」というカテゴリからのアクセスが、非常に多かった。

すげーなー、サピックス。その影響力に驚く。と同時に、「なんだこの記事、中学受験に全然関係ねーじゃん!」と思われた方、申し訳ありませんでした。ここは、国語力検定にまつわる(まつわろうとしている)ブログでございます。

さて。今日はオフだったんだが、オフだかオフじゃないんだか、よくわからんかった。

朝起きて、昨日の続きで「売れるキャッチ」をウンウンと捻り出し、出来はともかくサーさんに送る。あとは野となれ山となれ。

それから、各種原稿のネタをストック。

11時ごろ、あれやこれやの用事を済ますため、三島の街に出る。テクテクと、三島駅→三島本町→三島広小路→三島大社。1時ごろには帰宅してメシを食うつもりだったんだが、何だかんだで3時だよ。朝もコーヒーだけだったんで、腹へってフラフラ。

遅い昼メシを食いつつ、映画「スカーフェイス」を観る。主演アル・パチーノ。やっぱ「ゴッドファーザー」には勝てんな。

カミサンいわく、「でも、何かさ、結局ゴッドファーザーに似てなくなくなくない?」

……その「似てなくなくなくない?」はやめなさい。言いたいことは伝わるけどさ。

えーと、何でしょう、かつて高倉健さんや菅原文太さんが、筋立ての違う仁侠映画に何本も出てたようなもんだよ、と答えておく。

それからまた、各種原稿のネタストック作業。もう、飲みつつですが。

ちょっと飽きてきたんで、ブログでも更新、と。

ま、いつかはいいことあるでしょう!

……今回は、国語力検定にまつわれませんでした。

サピックスは和田中で儲かるのか?と、国語力検定

[2008年01月27日(日) ]

映画「リンダ リンダ リンダ」を観て、笑い、泣く。

高校生が急遽バンドを結成し、3日間の練習の後、文化祭でブルーハーツを演奏する、というお話。

泣いたのは、ブルーハーツゆえ、というのもあったか。

鎌倉から三島へ引っ越すときに、高校のころからずーっと持っていたギターは甥っ子にくれてやってしまったのだが、また買おうかな、ギター。今度はアコースティックでも。

それ以前に、音楽というものにとんと触れていないことに今更ながら気づいた。だから函館のカラオケスナックで、サブちゃんなんか歌っちゃうわけで。いくつだよオマエは。

飛行機の機内放送の「ポップス」チャンネルなんかも、「誰これ?」状態だもんな。いかんいかん。これも一種のマーケットとの乖離か。週1ぐらい、音楽番組を観ることにしよう。



続いて、映画「胡同のひまわり」を観て、ちょっとだけ泣く。

サン・セバスチャン国際映画賞をとった作品だそうだが、いろいろ映画賞ってあるんですね。

しかし、やっぱりこう、芸術系の映画は、今イチぼくには難しい。「カンヌで受賞」なんて書いてあると、あえて選択肢から外したりするもんな。逆に、ハリウッドでアカデミー賞なら大ハズレはないだろ、なんて思い込みもあったりして。

文化大革命についての一応の知識があったほうが、この映画、理解しやすいかもしれません。



昨日の夕刊には、杉並区和田中学校のことが載っていた。例の、サピックスの講師が来て有料で授業を受けられる、というやつ。

その授業料が、普通にサピックスへ通った場合の半額程度、と聞いて、みなさんはどう感じただろうか。安い? 高い?

これは、サピックスの売上経費構造がどうなっているかによるな、と思ったのである。

仮に、サピックス本体が収支トントンであるとしてみよう。

現状の経費のうち、講師にかかるそれが半分以上であれば、和田中での事業は出血大サービス、ということになる。

逆に、半分以下であれば、和田中事業は、自社の教室を使ってのそれよりも、利幅の大きいオイシイ事業、ということになる。もっとも、もともと自社教室へ来るはずの生徒が和田中へ流れたのではなく、ほっとけばZ会の通信教育でもやっていただろう生徒が和田中での授業に来た、という前提が必要だが。

なんだかわかりにくいですね。和田中での受講生の分、従来より生徒数が純増であれば、講師経費が事業経費の半分以下であった場合、和田中事業はビジネスとしても十分成立するだろうな、ということです。

講師経費以外にも、ハコ代やら講師以外の人件費やら広告宣伝費やら、かなりかかってるだろうしね。

てかさ、ほとんどの中学高校の教室なんて、夕方以降、遊んでるだけなんだから、民間に無料か格安で貸し出して、運営は地域のシニアボランティアとかを活用すれば、今よりもはるかに格安で、公教育以外の教育サービスをみんなが享受できるのにね。いいすっよ、このアイデア、自由に使ってもらって。あ、サピックスがまさに同じこと考えたのか。

いや、けっして、「なんだサピックス、しっかり儲けようとしてんじゃん」と言いたいわけではありません。遊んでるスペースは有効活用できるし、生徒は安くサービスを享受できるし、それでいてビジネスとしても成り立つし、となれば、まさに三方一両損、じゃないな、これは全然違う、三方一両得とでもしときましょうか、なかなか素晴らしいビジネスモデルだな、と思ったわけです。

でも。このスタイルがもし一般化してきたら。疑問を持ち出すのは、講師のほうでしょうね。派遣労働と変わんなくなっちゃいますから。

「おいおい、ピンハネきついよ、だったら学校と直で契約したほうが……」となるかも。じゃあ、と学校のほうも、「うちが○○塾に払ってるのはコマ単価いくら、お宅は? ああ、その額ですか、もらってるのは。じゃあ、その中間の額で、直接契約を……」となるかも。おお、これぞ流通の中抜きによる価格破壊だ。



4月1日発刊予定の新刊、『ほんとうの「国語力」が身につくドリル』(2007年度第2回国語力検定過去問題集)のオビに載せるキャッチコピーを、同僚サーさんに頼まれている。

今日、図書館で、『売り上げがドカンとあがるキャッチコピーの作り方』(竹内謙礼著、日本経済新聞社)という本を借りる。すいませんね、形から入るタイプなんで。

うーむ。『ほんとうの「国語力」が身につく教科書』のオビのコピーも、実は失敗だったか。

そのコピーは、《「学力」低下ではない、「国語力」低下である。》というもの。

主義主張をアピールするコピーと、モノを買ってもらうためのコピーは別物との由で、上のコピーはむしろ前者ですね。モノを買ってもらうコピーとしては×。言われてみればそうだ。

てなわけで、「お、これは買って読まなきゃ」というコピー、『ほんとうの「国語力」が身につく教科書』と『ほんとうの「国語力」が身につくドリル』について、募集中。締切は明日28日中。採用された方は、ぼくと激しく飲めるってことで。あ。サーさん、ぼくもちゃんと考えますってば。

民主党菅さんとビリー隊長と、国語力検定

[2008年01月26日(土) ]

昨日今日と、「ちりとてちん」で泣く。

昨日は、「おまえひとりにして修業なんかできるか」あたり、今朝は「おまえがおらんとワシの塗り箸は輝かんのや」あたり。(あ。ひょっとしてchikurin先生は朝見てない? すいませーん。)



ここんとこ、国語力関係の本(ていうか、主には辞書か)ばかり立て続けに読んでいたので、一般の人も読むようなものは、



これだけでした。一部引用。

《ポジティブ・シンキングの人たちに共通しているのは、自分の生き方、考え方が絶対に正しいと思っており、それを強引に人に押し付けようとする、そして人の話を決して聞こうとしないことだ。》(p25)

少し後には、アメリカでのPC運動(パソコン運動じゃないですよ、ポリティカリー・コレクト運動)のことも書かれているんですが、これまた全く同じ。

こうなると、ポジティブ・シンキングもPC運動も、一種の宗教ですな。

これ、2003年に出た本で、「まえがき」には《「アメリカ病」は、日本も行き着くかもしれない未来図なのである。》とあるが、銃社会はおいといて、それ以外の面はすべて、十分に行き着いちゃってるんじゃないだろうか。



そうだ、横浜・東京での展示会の様子も紹介しておかねばなるまい。



これが、1月22日横浜。



そしてこれが、1月23日東京。



そしてそしてこれが、その日の夜に飲んだ泡盛。無色透明じゃなくて、ちょっと琥珀色です。



今朝の新聞&ワイドショーから拾った国語力ネタ。

まず新聞から。

国交省が、道路特別会計から職員のレクリエーション費を支出していたそうだ。一昨日までは大臣さんも「問題ない」、事務次官さんも「法で認められている。他の特別会計も同様の仕組み」と言っていたのだが、昨日になって一転、「不適切だから取りやめ」の由。

ガソリン暫定税率云々の審議がらみ、とのことだが、それって何かおかしくないか?

「法で認められてる」のであれば、堂々と予算計上すればいいし、法自体に問題があるのなら、法を改正すればいい。そうか、「不適切」ってのは、「法が不適切だった」って意味なのか。

不適切な法でした、でも今日明日に変えるってこともできないから、とりあえず支出はやめます、という場合もあるだろう。でも、もしそうなら、事務次官さん自身「他の特別会計も同様の仕組み」と言っているのだから、他の特別会計からの福利厚生費支出も取りやめるべきだろう。

マスコミのみなさんには、ぜひそのあたりにも突っ込んでいただきたいものである。

暫定税率云々の法律を通すために、一時的に「不適切でした」と言ってみただけですー、ほとぼり冷めたらまた復活させますー、道路特会以外の特別会計はスルーしてねー、というのでは、あまりにトホホな話だと思う。

もっとも、特別会計上での福利厚生費ゼロにしても、その分そのまま一般会計上の福利厚生費にプラスするんなら、帳簿をいじるだけの話で、あんまし意味ないか。

続いて、ワイドショーから。

その暫定税率云々で、民主党の議員さんが、自民党に賛意を表した。

それに対して、民主党の菅さんが、その議員さんは比例区で選出されており、個人名での得票は○○万票「たらず」、多くは民主党への票なのだから、議席を党へ返すべき、とか何とか言ったらしい。

ワイドショーでは、その議員さんが「たらず」という表現に憤っているさまが映っていた。

たしかに、「たらず」、カチンと来るでしょうな。ていうか、事実だから、なおさら腹が立つってこと、みなさんにもあると思います。菅さん、それぐらい読めると思うんだけど。それともワザとか? だとしたら、なかなかの国語力ですね。

さらに国語力を発揮するのであれば、「○○万票『もの』票を獲得されて」なんて言うと、もっとよかったかもしれない。……イヤミですねー。こんなふうに国語力を使っちゃいけません。

もう1つ。

スタローンとシュワルツェネッガーとビリー隊長が、何かのイベントに仲良く一緒に参加、というネタ。

局アナの「スタローンさんとシュワルツェネッガーさん、仲良しだったんですねえ」という発言に対し、あるコメンテーターが一言。

「ステロイドブラザーズですからね」

おいおい。それを言うか。

さすがに局アナは「えー、そんなことないでしょー」と言っていた。何が「そんなことない」のか、よくわからん発言だったが。

しかし、である。その局アナ自身が、ビリー隊長に対して一言。

「何だか、もう懐かしい感じがしますねー」

おいおいおいおい。そう言うか。無邪気さにもほどがある。

朝日の管理職さんて……?と、国語力検定

[2008年01月25日(金) ]

1月19日の記事で、《フォーム系印刷会社さんにとっては(郵便局にとっても、か)一種の「特需」だったであろう、社会保険庁の「ねんきん特別便」。(中略)「特需」、なくなるかもしれませんよ。》と書いたが、既に送付した人100万人に、もう一回送り直すそうですなあ。まさか、そう来るとは思わなかった。「特需」、続きますなあ。

ところで、「宙に浮いた年金記録」のトータル5千万件を最後の1件まで確定させるためのコストと、とりあえず困ってる人には年金を支給しましょう、とした場合のコストって、ちゃんと比較考量されているんだろうか。

さて。昨日の朝日夕刊、題字下のコラム「素粒子」より。

《最近、同情したこと。「名前だけ店長」。人事権も残業代も、ないない尽くし。尻尾を振るしか能がない管理職ならいっぱいいるぞ。》

これを読んで、「うわ。すげー。よく書けるなー」と思いました。

なぜか。この「素粒子」を書いているのが、朝日の人だから。

いや、ぼくの国語力の範囲内では、まさか他企業の管理職について云々するような僭越な人はいるまい、とすると、これは自社の管理職についての言葉だろう、こりゃまたストレートな自社管理職批判だなあ、と思ったわけである。しかも、自社メディアの題字下で。

まあ、そんなことは、別に社外に向かって言うようなことではなく、社内で解決してくださいな、一般読者には関係ありませんから、という見方もできるが、さらに国語力的におしすすめて考えると、内部的な努力ではどうしようもない状況で、外野から声をあげてくれることを期待したメッセージ、と読むこともできるかもしれない。

ホントのところは、どうなんだろう。

単純に他企業の管理職批判だったりして。いや、最初に読んだときは、どうしてもそういうふうには読めなかったんですよね。

船場吉兆さん営業再開と、国語力検定

[2008年01月23日(水) ]

朝、カーテンを開けると、東京は、激しく雪でありました。

降る雪を窓越しに見つつ、ワイドショーを観る。

船場吉兆さん、営業再開の話題。

レポーターさんも司会者さんも、「意外にも予約で満席で……」と、「意外」をやたら強調し、何だか妙にトゲがある。「いつまで続きますかね」と言ってみたり。その話題の際の笑いも、冷笑というか失笑というか。「嗤う」という表記が適切だったかもしれない。

あの場の雰囲気から、「吉兆なんか行くなよな」「吉兆なんか、潰れちゃっていいじゃん」という心情を読み取るのは、国語力的にはそんなに外してないと思う。

なんでだろう。

いや、「白い恋人」販売再開のときも、こんなに「ケッ!」みたいなリアクションだったかな、と思って。確か、そうじゃなかったよな、と思って。

構図的には、そんなに変わらないですよね。トップの頭の下げ方とか、そういうものは措いといて。

そこでハタと思いついたのが、売っているものの単価の違い……というとイヤらしい感じがしますので、言い換えましょう、身近に感じている度の違いか、と。

世の中の何%だろう、90%以上は確実だと思うが、それらの人々にとって、「白い恋人」を購入する可能性よりも、船場吉兆でメシを食う可能性のほうが、はるかにはるかに低い。

だったら、すなわち「あろうがなかろうが、ほとんど自分には関係ない」のなら、いくらでも残酷になれるわな。「無関心」という名の残酷さも含めて。

うわ。何だかこのまま続けると、非常に大きな話になりそうなんで、このへんで。酔ってきたし。

すいません、今日は帰宅直後から飲みに入りました、出張中も「寸暇を惜しまず」仕事したんで。

……えーと、間違いを指摘していただけましたか? そう、正しくは「寸暇を惜しんで」ですね。

冬だけど、沖縄のM先生にいただいた、今帰仁酒造の「千年の響」(長期熟成古酒!)という泡盛をロックで飲んでいる。これが、激しく激しく激しく美味い! あー、これで酔っ払って寝て、明日もシャキシャキ仕事すっかなー。

マイクロソフトと記憶実験と、国語力検定

[2008年01月22日(火) ]

今日は9時半まで仕事。それからじっくりサウナ&風呂に入って、今は10時半。ようやくビールを飲む。朝型のワタクシにとっては、こんな時間までアルコールをガマンするのは珍しい。

何故こんなことになったか。

ここ数日、「記憶の実験」的なことがあったからである。

日曜日、家でシコシコ仕事をした。5〜6時間。ということは書いたっけ。

そのデータが、何の拍子か、翌日すべてパーになってしまっていたのである!

頼むよ、マイクロソフトorパナソニック。

そのときの気持ち、おわかりになる方も多いと思う。

頭から血がスーッと下りていく感じ。

だからといって、「ええいもうやめた!」というわけにもいかず、シコシコ復旧に励む。

そのとき、一回書いたものは意外に覚えているもんだなー、と感じたわけである。

考える時間がかなり省略されて、3時間弱で復旧。

まあま、こんなこともあるわな、ぐらいの気持ちで、日曜日終了の段階から再び一歩踏み出そうとしたところ。

突然、パソコンのディスプレイ上に「なんだかかんだかのエラーが発生しました。データは失われた可能性があります」。

なにぃぃぃぃ!

……こまめに上書き保存しなかったおれも悪いんだけどさ。

頼むよ、マイクロソフト(だよな、これは)。

また、日曜日終了時点に逆戻り。

もう、弱々しい笑いを浮かべながら、再度復旧にいそしみましたよ。

で、その際は、もうほとんど打ち込むだけで、2時間とかからなかったわけである。

そういうわけで、丸一日予定が押した結果、こうしたことになった、と。

でも、こうやってブログ書いてビール飲んで焼酎に移行してるわけだから、まだホントに切羽詰まってるわけじゃないのか。依然、予定は一日分押してるんだけど。

うう。国語力で落ちない。

今朝、三島には雪が積もっていました!と、国語力検定

[2008年01月21日(月) ]

えらい寒いかと思ったけど、曇ってるせいか、そうでもない。やっぱ三島は、スカーッと晴れた朝のほうが、ずっと冷え込みますな。放射冷却現象、だっけ。

さて。最近の読書より。

まず、クルツ『資本主義黒書』(新曜社)。



数字としての経済指標と、そこに生きている人の実感とは、一致しないよな。

続けて、竹内章郎『新自由主義の嘘』(双書哲学塾、岩波書店)。



何箇所か引用。

《私たちの生活のもっとも基本的なところでは、「他人に頼るべきではない、自立せよ」という感覚は間違いだということです。》(p126)

《「頼る、頼らない」も「自立する、自立できない」も、能力の話です。この能力自身においても、人は他人を「頼り」、「自立していない」ことを前提に考える感覚が必要なのです。そもそも人間は、生活の大半で、互いに自分たちに足りないところ(足りない能力)を補い合い、迷惑をかけ合い、共同して生きています。人間はそんな人間関係が存在してこそ、はじめて生きられる、という感覚が必要です。》(p130)

《考えてほしいのは、あなたが勝ったり良い成績を得ても、それはあなただけのものではなく、勝てるあなたの能力と言われるものも、あなただけの所有物ではない点です。(中略)あなたの能力は、他者や周囲の環境があってこそのものだし、一定のルールなどが認める能力でしかないからです。こんなことの延長上に、「能力の共同性」という考え方があります。》(p154)

「能力の共同性」という考え方に、今の時点では、激しく賛同。みなさんぼくを助けてくださいね。

さらに今は、キャロル・オフ『チョコレートの真実』(英治出版)という本を読んでいます。



まあね、ガキのころはチョコレートなんて滅多に食べらんなかったよな。

それ考えると、チョコレートの相対価格ってのは、随分下がってるのかな。ロッテとか明治の板チョコ、1枚100円しないもんなあ。

……と、ここまでの3冊を見ると、なんだかある偏りを持った人のようですが、たまたまですよ、たまたま。

しかし、戦後、近代的個人の確立云々が叫ばれ、それでずーっと来た結果、経済的にはガチガチの保守に近づき、逆にその時否定されたあり方(共同性)が、経済的には革新に近づくという、すいません表現が稚拙ですが、なんだかそうなっているように思われました。

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