ブログ検索
最新記事
最新コメント
国語力研究所代表
中高生の喫煙と、国語力検定 (2008年10月10日)
国語力研究所代表
ノーベル賞の値段と、国語力検定 (2008年10月08日)
まっくん
中山大臣と宮古島と、国語力検定 (2008年10月01日)
国語力研究所代表
箱根峠に挑戦の顛末と週末映画と、国語力検定 (2008年09月16日)

http://www.zkaiblog.com/kokugoryoku/index1_0.rdf
プロフィール

九州漂泊と国語審議会と齋藤孝さんの商才と、国語力検定

[2007年12月21日(金) ]

昨日、新幹線の席取り合戦について書いたが、飛行機の中でしばしば見られるのが、肘掛け取り合戦である。物理的なそれに加え、心理的な駆け引きも結構あり、なかなかおもしろ……くはないな、繊細なぼくにとっては、少しく疲れる。とりわけ、3人がけの真ん中のとき。

あれ、最初っから決めてあればいいのにね、この肘掛けはこのシートの人用、って。まあ、昨日一昨日はいずれも窓側だったので、穏やかな気持ちで過ごせたわけだが。

というわけで、一昨日は小倉〜大分〜福岡ツアー……じゃなくて出張でした。

始発の新幹線で三島を出る。朝9時に羽田を発ち、まずは福岡空港から小倉へ。空港からは地下鉄、博多で乗り換え。6両編成のこだまに乗る。かつてはグリーン車用の車両だったのだろうか、2人がけ+2人がけのシートで、なかなか快適。

小倉で打合せを終え、引き続き大分へ向かう。



特急ソニック号。こだまは6両中2両が喫煙車両と、異様に喫煙車両率が高かったのだが、特急は全席禁煙である。キレイな車両だし、ヤニなんかつけないためにも、よろしいんじゃないでしょうか。

荷物を置くところが、網棚ではなく、飛行機のようにパカッとフタをあけて入れるようになっているのが新鮮であった。

大分で打合せを終え、再び特急ソニック号で博多に戻る。博多に着くと、すでに午後7時半ごろであった。


お疲れさまでした、じゃあ、博多の魚でも食いましょうかね、ということで、同行サーさんとメシを食いに(酒を飲みに)行く。



カキ。美味い。



サバの刺身。サバだよサバ。これも美味い。

その他、ノドグロ(すげー脂のってた)、クエ(ぷりっぷりでした)の煮たやつなどを、芋焼酎を飲みつついただき、最後は明太子と御飯で〆る。

うむ。非常にオトナっぽい飲み&メシでした。


さて、空き時間に、安田敏郎『国語審議会 迷走の60年』(講談社現代新書)を読む。国語力研究所代表として、読んでおかねばなるまい。



なかなか勉強になりました……が、どうもイメージとしては、事実関係を淡々と述べては、横山やすし師匠の「どないやっちゅうねん! 怒るでほんま!」的突っ込みを入れていく、という趣きの本。

だからどうすりゃいい、という話はないの?と思いつつ読み終わり、「あとがき」へ。

《あとがきから(あるいは「だけ」)読む方も多かろうと思い、本書の内容を簡単にふりかえっておく。柱は二つ。ひとつは国語審議会の歴史を簡単に追うこと。》

ふむふむなるほど、そのとおりですね。

《二つ目の柱は、国語審議会答申やそれに関わった人物の主張から言語観、とりわけ国語観・敬語観の変遷をみることである。》

ふむふむ、これもそのとおりですね。で、それに対して「どないやっちゅうねん!」的突っ込みを入れていらっしゃるわけで。

で、それから?

《こうしたことに違和感を持ってもらうことが本書の最終的な目標である。しかし、その違和感にどう対処すればよいのかを具体的には論じていない。》

とまあ、ここでいきなり、突っ込みから一転、読者をずっこけさせてしまうのである。桂三枝師匠であれば、イスごと転げてしまうところかもしれない。

続けて、著者はこう書く。

《ということで、ここで本書が棚に返されてしまうかもしれない。》

……最初に書いてよ、そういうことは。

冗談です、勉強になりましたよ、事実関係を押さえるだけでも、十分に。

ただ、「あとがき」の中で、《ひとによっては不愉快に思うところもあるだろう。だが、この手の問題は万人が納得するものではないし、そもそも万人の興味をひくものでもない。》と書いていらっしゃるが、その、人に「不愉快に」思われるかもしれない、と著者が考えている箇所。

齋藤孝さんが出した『CDブック 声に出して読みたい方言』(草思社)という本について、《商才たけた齋藤に一貫性を求めてはならないが》(p193)と表現している箇所を指しているのではないことを願いたい。

国語観には、あんまし関係ないように思われるので。「商才」云々は。

あ。でも、「商才たけた」というのは、純粋な称賛、という可能性もあるのか。ついつい、ネガティブな表現のように感じちゃったけど。難しいですな、国語は。

新幹線席取り合戦とご思惟を賜る?と、国語力検定

[2007年12月20日(木) ]

新幹線、ご存知のように、通路を挟んで2席と3席ある。

空いている新幹線でたまーに見かけるのだが、誰も座っていない3席側の、あえて通路側に座る人がいる。そして、真ん中の席には荷物を置く。

通路側好きな人も実際にいるんだろうし、すぐに降りるとかトイレが近いとか、いろいろあってあえて通路側に座る人もいるのだろう。

でも、「空いているうちはもちろん、混んできても、ギリギリの瞬間までこの3席はオレが独占させてもらうよ」という意思表示のために、あえて通路側に座っている人もいるように思う。

昨日、そうなんじゃないかなー、という人を見かけた。通路側に座り、真ん中の席に荷物を置き、ご丁寧にも、足を伸ばして前列座席の背に。

でも、新横浜で「すいません」と、窓側の席に座られていた。その人の憮然とした表情が、ちょっとおかしかった。真ん中の席は、あくまで死守していたけれど。


さて、今朝、テレビを見ていると、マスゾエ大臣がインタビューを受けていた。

そのコメントに、テロップが流れる。

「国民のご思惟を賜れるよう……」

ご思惟を賜る?

へー、こんな言い方があるんだ。

確かに発音は「ゴシイ」に聞こえたが。

「ご支持」と言いたかったんじゃないかな、と思ったわけである。

スーパーモーニング、9時ちょっと前である。


その前の芸能ニュースで、ゴマキの弟について、

「では、その転落の人生をたどってみましょう」

というのも、どうかと思った。

ハタチそこそこで、人生をたどられてもなあ。かつ、「転落の」と、もうそれでオシマイのように言われるのもなあ。もっと別の表現がなかったものか。

ゴマキ本人についても、仕事を自粛することに対して、

「彼女はとっても真面目で責任感が強いですからね」

と、同情を示しているように見せつつ、

「どうしてもマスコミはゴマキの弟と表現しますからね(弟の事件に影響を受けるのはしょうがないでしょう)」

と、画面右肩に「ゴマキ弟」云々というテロップを載せながら言う。

なんだかなあ。

首相に必要な国語力と「富山におばあ?」と、国語力検定

[2007年12月18日(火) ]

今日の朝刊広告によると、『ナントカの品格』という本がまた出るそうだ。藤原正彦さんの『国家の品格』がベストセラーになってから、やたら出ましたよね、『品格』本。

まあ、すべてが著者によるものではなく、「時代は品格ですよ!」とばかりに編集者がタイトルをつける場合も多いんでしょうが、その行為自体の品格はどうなんだろう、と思ったりもするわけです。


今朝の新聞から、もう1つ。

年金問題に関して、首相が《「党のビラで誤解を招くような表現があったのは事実。おわびを申し上げなければいけない」と陳謝した》由。

国語力的には、2点突っ込みどころがある。

まず、「誤解を招くような表現」。これ、少し前に『マユツバ語大辞典』を紹介したときにも書きました。別に読み手が表現を誤解したわけではなく、読み手は表現を文字通り正しく理解した、しかしそのことを表現した側が実行できなくなった、ということですね、正確には。

「誤解を招くような表現」→「結果的にウソをつくことになってしまった表現」、ですかね、好意的に訂正してあげるとすれば。

次に、《「おわびを申し上げなければいけない」と陳謝した》というところ。

「おわびを申し上げなければいけない」のは、党か首相か。

もし党であれば、《「おわびを申し上げなければいけない」と指摘した》だろう。

でも、首相は党の総裁でもあるわけだからなあ。当然、首相も「おわびを申し上げなければいけない」んだろう。

だとしたら、正しい表現は、《「おわび申し上げます」と陳謝した》ではないか。

「おわびを申し上げなければいけない」と「おわび申し上げます」。

どうも前者は、他人事のように感じられてしまうのである。

あるいは、一国の首相に必要な、特殊な国語力として、「おわび申し上げます」とストレートに言ってはいけない、必ず「おわびを申し上げなければいけない」と言わねばならない、というのがあるんでしょうかね。


さて、昼休みにメシを食いつつ、毎日新聞取材班『ネット君臨』(毎日新聞社)読了。



プロローグを読んで、ああそうか、と思い出した。これ、以前に紹介した『フラット革命』という本と併せて読むと、よりおもしろいかもしれない。

その、プロローグより。

《本人は自身のブログに事実と違う取材の経過を書き、実名での記事掲載に応じなかった理屈を展開した。(中略)取材班はネット社会の負の側面を実感させられたのである。》(p17)

『フラット革命』では、上にいう「経過」が、ほとんど真逆から書かれている。さーて。どっちがより真実に近いんでしょうかね。現場にいなかった我々は、双方の言い分から判断するしかありません。ぜひ読み比べてみてください。

もう1つ、「ん?」と思った箇所を。

「最先端…電脳村の一〇年――富山県旧山田村――」という一節より。

《おばあはメーリングリストで「スイカに敷いたワラが風に飛ばされた人がいる」と回す。》(p70)

ん? おばあ?

おれ富山で18年暮らして、それからも盆暮れは富山で過ごしたりするけど、ばあちゃんのこと「おばあ」なんて、言ったことないし、聞いたこともないぞ。

おれの両親は、それぞれ70年ほど、富山から一歩も出ずに暮らしているが、その両親の口からも「おばあ」なんて単語、聞いたことないぞ。

たまたま、何かの間違いか、と思って読み進めると。

《村のおばあの山崎さんは、慣れた手つきで市外に住むメル友の夫婦にメールを打つ。》(p73)

うーむ。やはり「おばあ」と言うらしい。「おばあ」、沖縄方言とばかり思っていた。

可能性としては4つある。

・ぼくは富山の西のほうだから知らなかっただけで、東のほうでは「おばあ」という言葉が一般的であった。
・「ちゅらさん」以降、沖縄方言がお茶の間にも入り込んで、「おばあ」が富山でも定着した。
・「ちゅらさん」には関係なく、「おばあ」という新方言が知らない間に生まれていた。
・東京から遠く離れた地方では、ばあちゃんのことを「おばあ」と言うことになっている。「なっている」って何だよ、という気もするが。

『ネット君臨』のメイン部分については、コメントしないでおきます。

駿台予備校と池上彰さんの「新聞ななめ読み」と、国語力検定

[2007年12月17日(月) ]

すいません、今日も休んでしまいました。出張を除くと、今年はあと数えるほどしかオフィスには出ないのか。少々焦りが。でもま、書き仕事だけ残しといて、お正月にやればいいや、と、すぐに楽観的になれるところが、ぼくの長所ということで。

午前中は静浦で釣り。……フグしか釣れん。今日の晩御飯、カワハギ尽くしの予定だったんだが。だからっつって、魚屋に寄って帰るなんていう、波平さんのようなことはしない。

午後は家事にいそしむ。といっても、たいしたことをするわけではないので、3時には終了。もう夕刊も読み終わり、普段は飲酒は午後5時からなのだが、ちょっとフライング気味に、すでに飲み始めているわけである。

駿台予備校の記事を読む。

昨日16日、「大学入試センター試験プレテスト」という模試を実施したのだが、京都会場でトラブルが。

専門学校を会場にしたそうだが、試験開始時刻になっても専門学校職員が現れない。会場が開けられず、試験は中止。受験料は返還の由。模試を受けられなかった受験生は、約650名。

オモテに立って受験生に謝罪するのは駿台だが、おそらく契約上では、件の専門学校が駿台に激しく責められることになっているはず。さらに専門学校内では、担当職員が激しく激しく責められるはず。

叱責は、受験生→駿台→専門学校→専門学校職員、という形だ。逆に、トラブル後のカネの流れは、専門学校→駿台→受験生、となろう。専門学校職員、という個人に、金銭的な補償までは要求しないだろ、ということで。でも、タダじゃすまんだろうねえ、この職員さん。

記事によると、その職員さん、「午前7時半に校舎へ着くはずだったが、約2時間遅刻したという」とのこと。

実は、ここに最も驚いたのである。試験開始時刻が午前8時半ごろ。それを一時間過ぎているにもかかわらず、「うわ、遅刻だ!」と、一応学校には行ったのか、と。

ダメだもう間に合わねえ!と観念したときの職員さんの気持ち。でも、2時間遅れでも学校へ向かった職員さんの気持ち。学校に着いたときのあれこれを想像する職員さんの気持ち。それを取り巻く関係者それぞれの気持ち。物凄く国語力的なシチュエーションだなあ、と思ったわけである。芥川か川端なら、これで短編が書けるだろう……いや、わかりませんけどね。

でもこれ、ちょっと妙な気もする。緊急の際の最速メディアが電報、という時代ならいざ知らず、職員さんが約束の7時半になっても現れない時点で、何らかの手が打てたんではないか。

……とまあ、我々も会場で実施する国語力検定という試験をやっている関係で、「ううむ、他山の石とせねば」と思った次第である。「他山の石」の使い方、ちょっと違うかな。


さて、朝日の夕刊に、最近ちょっと気になるコーナーがある。

「池上彰の新聞ななめ読み」、がそれ。

池上さんといえば、『ほんとうの「国語力」が身につく教科書』第1部でも、その著書を取り上げさせていただきました。ありがとうございます。

その池上さん、このコーナーで、朝日新聞にも結構突っ込みを入れるのである。

今日の夕刊では、こう始まる。

《先週のこの欄の内容について、朝日新聞外交・国際エディターの市川速水氏から抗議が寄せられました。》

先週、朝日の記事に突っ込みを入れて、「奇妙な小さな記事」と表現し、その記事を「まるで本社向けの報告書みたい」と書いたことに対する、朝日の人からの抗議だそうである。

池上さんは、その抗議文を引用した後、こう書く。

《なるほど、それだけ意味のある記事だったのですね。では、小さな記事で済まさず、次回は読みごたえのある解説記事にしてください。》

うわ。そう来ましたか。いや、国語力的には、これは激しく皮肉だろうな、と。一方、それを皮肉と取らないのも、ある種オトナの国語力ですけど。

池上さん、今のスタンスのままで、このコーナーがずっと続くのを願うのである。国語力と、オトナの国語力によって。

それってどうなの主義とアイヒマン実験と、国語力検定

[2007年12月16日(日) ]

今日は、読書と図書館と買い物と映画。ああ、ちっとは仕事をせねばならぬのに。たまにはいいか。

マックスバリュの自販機でタバコを買ったとき、お釣りの710円をジーンズのポケットに入れたところ、違う穴に入ってジーンズの裾から小銭がポロポロ落ちる。あたふたして拾い集めたのだが、こういうときって、「落ちた小銭を拾い集める」という作業の完遂が第一になっちゃって、肝心なことを忘れたりするんだよね。

そう、タバコを取り出すのを忘れて、そのままお店を出ちゃいました。

5分後、業務スーパーあたりで気づいたんだが、「いいやもう」と思って、引き返さず。昨日の午前11時ごろにマックスバリュのタバコ自販機に置き忘れてあったハイライトは、ぼくのオゴリですんで、どうぞ楽しんでください。

映画は、まず『デイジー』という韓国映画。チョン・ウソン、なんか前に観た映画では、もっとカッコいいと思ったんだけどなー。割とゆったりしたテンポの、恋愛映画になるんでしょうか、これは。あるいは、韓国ではアイドル映画の範疇になるんだろうか。まあまあ、ってとこかな。

続けて、デ・ニーロ主演の『カジノ』。デ・ニーロ主演にハズレはないでしょう!と期待して観たんだが、うーむ、役者はいいよ、役者は。てな感じでしょうか。

今日、あとは『インデペンデンスデイ』を観るかどうか。吹き替えで何度か観たけど、字幕のは観たことないから、どうしようか思案中。


読書は、まず斎藤美奈子『それってどうなの主義』(白水社)読了。



たしかに、ローカルネタで言えば、静岡原発ではなく浜岡原発だし、島田空港ではなく静岡空港だよなあ、全国ネタで言えば千葉ディズニーランドでも千葉国際空港でもなく、東京ディズニーランドで新東京国際空港だよなあ、と思いつつ、次の一節を紹介しておく。

《(原子力関連施設には)できるだけ小さな範囲に限定した名前をつけたがる――もしかしてこれは「地名のトリック」というものではないか。天災のときは「伊勢湾」台風とか、「阪神淡路」大地震とか、広い範囲をカバーする名前になるのに。/そうなのだ。一般の「地名のトリック」は逆なのだ。三多摩のはずれにあっても「東京支社」というがごとし。みんなメジャーな地名を名のりたがる。ところが原子力関連施設だけは逆で、わざと狭い地域に限定されたマイナーな地名を名のりたがるのだ。》(p135〜136)

そういえば、2年前まで勤務していた、横浜事業所。JR横浜駅から、地下鉄で25分かかるところにあります。住所は横浜市だけどさあ、多分、地元の人は「横浜」とは呼ばないよな、あそこ。うちも、神奈川県にいくつも事業所があれば、横浜事業所ではなく、港北事業所と名づけたんだろうけどね。

もう1つ。これは、斎藤さんの意見ですよ、斎藤さんの。

《問題は戦時中ではなく現在だ。当時の「総力戦体制」に相当する現代の大義名分、だれも反対できない社会正義はなんだろうと考えると……たぶん「あれ」でしょうね。あれですよあれ。地球環境保護運動、エコロジーである。/といった途端に反論の雨が降ってくるにちがいない。あちらは侵略戦争の片棒担ぎ、こちらは地球の命運を左右する大問題、どこが同じなのか、と。/だからね、その異論を挟めぬ雰囲気、だれも疑いを持たない感じが「似ている」のだ。/(中略)この際だからいっちゃうが、リサイクルだダイオキシンだ地球温暖化だと活発に活動している団体に、国防婦人会に通じるノリがまったくないと断言できる?》(p139〜140)

いやー、これを読んでフンガイする人もいるんでしょうなあ。まあでも、ちっと落ち着いて話をしましょうよ、いろんな意見をあげた上で、結果エコロジーに落ち着くんであれば、余計いいじゃないですか、というのは、うなずけるところもあるわけで。

それから、微妙につながっていると思ってもらってもかまわないが、ミルグラム『服従の心理 アイヒマン実験』(河出書房新社)。



おれはなんでこんな命令に従っているんだろう、なんでこんな役割を演じているんだろう、と、ふと思うことのある組織人のみなさんには、必読かもしれません。って、ほとんどの人が該当するような気もするけど。企業不祥事が起こる背景も、なんとなくわかる。

久々の休日と松下ウェイと、国語力検定

[2007年12月15日(土) ]

昨夜は友人宅で激しく激しく激しく飲む。何時ごろ、どうやって帰ったんだろう。また覚えてないんですか!と言われそうだな。スマヌスマヌ……泡盛、お料理、たいへん美味しゅうございました。

で、今朝、起きると11時! ひっさしぶりだな、こんな時間まで寝てたの。まあ、12月2日の国立競技場(これは仕事じゃないけど)から昨日まで、休みナシだったからな。……なんてことを書くと、「なんて劣悪な労働条件!」と思われるかもしれませんが、12月9日が国語力検定実施日だったんで、特別、てことです

釣りは明日明後日の楽しみにとっといて、今日は本を読んで映画でも観るか。

というわけで、フランシス・マキナニー『松下ウェイ』(ダイヤモンド社)読了。



例によって、「ほう!」と思った一節を紹介しておく。

《戸田は、松下電器系列の小規模小売店はもっと成長すると計算した。そのための条件は、(中略)日本社会の高齢化をむしろチャンスと捉えることである。高齢者は、離れた店舗までクルマを運転していきたいとは考えないし、何か製品に問題が生じた場合は、近所ですぐに対応してもらう必要がある。戸田は、この二つのポイントは「高齢者にとっては価格よりも重要だ」と考えている。言い換えれば、高齢化しつつあるナショナル/パナソニックショップのインフラを注意深く若返らせることができれば、大型アウトレット店の餌食になるのではなく、高額のプレミアム製品の販売チャネルになりうる、というわけだ。》(p155〜156)

少し前に、新聞専売店なんて、いずれなくなるでしょう、と書いたとき、念頭にあったのは、ナショナルショップであった。「もうみんな、そんなところじゃなくて、ロードサイドの大型店で買うでしょ?」ということです。

でも、この一節を読んで、「あ」と思った。そうか。おれも80ぐらいになったら、もうクルマなんか乗らないよな、多分。そうすると、頼りはロードサイドのショッピングセンターじゃなくて、近所のお店か。

そのへんのところ、郊外にバカでかいショッピングモールをどんどん作っているイオンさんなんかは、どのように考えているんだろう。通販とか、出張販売とか? でもそうすると、不必要な分のハコの維持代が大変になってくるわけで。

郊外のニュータウンのゴーストタウン化、というのはすでに聞くけど、いずれ郊外の大型ショッピングモールのゴーストモール化、なんてことも起きるんだろうか。

経営戦略(なんて言葉を使うのは激しく気恥ずかしいんだが)なんてものは、常に見直し、見直しの連続なんだなあ、と思った次第です。

国語力検定も、朝令暮改で行こうっと(朝令暮改の使い方、正しかったっけ、これで)。

さて、これも例によって、「ほう!」じゃなく、「ありゃ」と思った箇所も紹介しておく。

《松下は大規模小売店向けの販売オペレーションの再建にも取り組んだ。中村はこの仕事のために、外人部隊のなかで最も侮りがたい人材、牛丸俊三を日本に帰国させていた。》(p156)

ほほう、最も侮りがたい人物。どんな人物だろう。

《牛丸が自分のチームに接するやり方はジャック・ウェルチ風である。(中略)「日本的な形式主義はすべて廃止する。私が部屋に入ったらみなが立ち上がるなんて嫌だし、部下は誰もネクタイなどしない。(中略)オフィスは禁煙で、服装はカジュアル、勤務時間もフレックスタイムだ。》(p157)

なるほど。実質重視なわけね。なおかつ自由。スバラシイ! それでそれで。

《牛丸は底知れぬエネルギーを見せつける。フロア間の階段を昇ったり降りたりしながら(エレベーターなど彼には無用だ)、自分のオフィスを見せ、部屋に駆け込み、各チームが何をやっているかを手早く伝える。これでは誰も形式張ったことを考えている暇はない。》(p157〜158)

トップマネジメントだから、いい御年だとは思うが、それを感じさせない若々しさもお持ちなわけか。すごいな。なんかこう、すげーカッコいい人なんだろうな。で、それでそれで。

《経営トップはそれなりの「威厳」を示し、常に適切な礼儀作法を涵養することが期待されている日本では、ゴルフシャツとスラックス姿で階段を駆け上がる牛丸の姿は非常に目立つ。》(p158)

ここでちょっと、ガクッとしてしまったわけである。いや、カッコいい方なんだろうが、「ゴルフシャツとスラックス姿」かよ、と。とりわけ、「ゴルフシャツ」ってとこね。いや、おれがゴルフやんないからかもしらんけど。

牛丸さん、どうせ「オンでもカジュアル」というのであれば、またまた名前を出してしまうが、LEON的「ちょい不良」ファッションを試されたらいかがでしょう。

一気にジローラモさんまで行くのが難しければ、まずは鳥越俊太郎さんをお手本に。

もう、若い女性社員の間で「牛丸さんステキ!」と人気沸騰……になるかどうかは、わかりませんが。


その後、「トランスポーター2」を観る。前作より、「そりゃムチャだろ、ありえねーだろ」度高し。おもしろかったけどね。

クレジットカード発見!と庶民派一部上場企業社長と、国語力検定

[2007年12月14日(金) ]

■クレジットカード、ありました!

どこにあったかというと……名刺入れの中。

そこで、昨日、お店に電話したときのことと併せ、記憶が一気によみがえる。

昨日お店に電話したとき、こう言われた。

「ああ、Z会の。国語の代表の方ですよね」

あ。そうだ。レジでカードきったとき、「ああ、Z会の方ですか」という話になり、お店の人が「ぼく、Z会やってたんですよ」と話してくれ、しばし盛り上がったような。

そのときに、名刺を渡したんであったか、ぼくは。

そして、今朝。

名刺入れを見ると、そのお店の店長さんの名刺と、クレジットカード、カード控えが、まとめて突っ込んであるではないか!

ああ、名刺交換までしてたのね、ぼくは。

そしてその後、どうもどうもー!とか何とか言いながら、カードも名刺も、名刺入れの中に入れちゃったわけね。

店長さんの名刺には、ボールペンで「次回、サービスします!」旨が書かれている。必ず、必ず伺いますよ、イセザキモールの「ちんとんしゃん」関内店さん!


■最近、ケータイへ大量に送られてくるメール。

《本メールは[mixyモバイル]より送信されています。
あなた様へ会員様より[mixyモバイル]へお誘いがありました。

○○さんからのコメント
映画とか結構好きなんですが一緒に行ってくれる人がいなくて…[続きを読む]

ご利用を開始するには下記URLから登録して下さい。
http://×××.com/mixy/》

一晩に20通ほど来てたりする。mixiじゃなくてmixyから。

「本メールは」というのがずらっと並ぶので、いちいち開けもせずに削除するのだが、さすがに20にもなるとメンドくさくて腹立たしい。

というわけで、ぼくにシャレで「本メールは」で始まるケータイメールを送ると、アドレス確認もせずに削除してしまう危険性があるので、ご注意ください。


■庶民派と庶民。

先日のビラ配りネタと併せると、なにやら特定政党をどうこう、と思われるかもしれないが、そんなことは決してありませんので、念のため。政治的には、きわめてニュートラル(というかノンポリというか)です、ワタクシ。一時、選挙へ行くたびに、「おそらくこの人が、最も得票数が低いだろう」と予想した人に投票することにしていた。さすがに今は、もう少し考えるようになったが。政策本位ってやつですね。

さて、大阪の府知事選挙でしたかね、ワイドショーを観ていると、橋下弁護士が出馬!とやっていました。一方、ということで、某政党ではすでに立候補者が決まっており、その人をテレビでは「庶民派弁護士」と紹介していたわけです。

庶民派弁護士、ねえ。

この人がどうかは知りませんが、そのとき思ったのは、「庶民派と庶民は、イコールじゃないよな」ということでした。

庶民派一部上場企業社長、なんてのもいるのかな。でも、そりゃ庶民じゃないだろ。

そこで思い出したことが1つ。

ワイドショーに、石原都知事が出演したことがあった。

コメンテーターの漫画家さんが、石原さんに、こう噛みついた。

「石原さんは、庶民のことがわかってない!」

石原さん、どう返したか。

ふん、と鼻で笑って、

「ああただって、庶民じゃないでしょ? 庶民の代表みたいに言わないでもらいたいな」

確かに、その漫画家さん、ものすごい印税収入を得ているはずである。

石原さんがどうこう、というのは別にして、漫画家さん、さすがにグッとつまって、何も言い返せなかったのが、ちょっとおもしろかった。

※庶民派と庶民はイコールではない、というのが、今日の国語力関連事項。

日本語検定1級認定証とイセザキモールの沖縄居酒屋と、国語力検定

[2007年12月13日(木) ]

日本語検定委員会(東京書籍)さんから、認定証がとどく。



やたらでかい。6級の最優秀賞の賞状ほどのサイズがある。

これでぼくも、社会人上級である。……社会人上級って何だ?


さて、昨夜は横浜で飲む。



イセザキモールである。ここも、地球温暖化に激しく寄与しているようである。

訪れたお店は、またまた沖縄居酒屋。「ちんとんしゃん」。
http://www.hotpepper.jp/A_20300/strJ000016741_cnoC03.html



飲み放題付き4000円コースを、プラス1000円で3時間にしてもらう。

さあ、泡盛を浴びるほど飲むか、と思ったのだが、おお、奄美の黒糖焼酎もあるではないか!

コースのメインがもつ鍋と九州っぽいから、今日は九州と沖縄の中間、奄美で行くか。



というわけで、黒糖焼酎をロックで激しく飲む。どうせ飲み放題だから、なのか、元々そうなのかは、昨日はわからなかったが、ご覧のとおり、このお店もお酒の盛りがよい。



ミミガーと海ぶどうを食う。美味い。



メインのもつ鍋。これが、激しく美味い。

かつてもつ鍋がブームになったとき、当時は三島に住んでいたのだが、近所にもつ鍋屋さんができた。一度試してみるか、ということで行ってみたのだが、「ふーん、こんなもんか、まあ1回でいいか」と、もつ鍋には一時、そんなに良いイメージを持っていなかった(そのお店も、数ヶ月でなくなっちゃったし)。

しかし、5年ほど前に博多でもつ鍋を食ってみたら、これが美味かったのである。「はー、もつ鍋って、ホントは美味しかったんだね」という感じであった。

「ちんとんしゃん」さんのもつ鍋は、それを超える美味さであった。酔っ払いの舌は信用できないかもしんないけどね。



シメのちゃんぽんがまた、激しく激しく美味い。デザートもついて、満足であった。酔っ払いの舌は信用できないかもしんないけどね。



サーさんとA先生。お世話になります。



M先生。豪傑である。「ぐわっはっはっは」と笑っていらっしゃる。

飲み放題ってのも、意地で飲んじゃう部分があって、良し悪しだね。


帰りのこだまは、三島駅で5分間の停車。

その、残り1分というときに、ハッと目が覚め、あわてて飛び降りる。ふーよかった、社会人上級として、乗り過ごすわけにはいかん。

で、今朝。「昨夜、いくらだったっけなー」と、サイフを見る。

あれ? あれあれ? あれれ?

クレジットカードがなーい!

もちろんカード控えもない。

カバンの中を探して見る。ない。ない。ない。

昨日のシャツ、ズボン、コートのポケットを探してみる。ない。ない。ない。ない。

激しく青ざめる。

……とまあ、こんなことが書けるのも、そのまま今朝カード会社に電話して、カードを無効にしてもらっているからでして。

昨夜、「ちんとんしゃん」で使った後は、カード、使われてないようで、よかったよかった。

しかしなあ、クレジットカードをなくすなんてなあ、とても社会人上級とは言えんな。社会人失格か。海より深く反省。

ビラ配りに必要な国語力と、国語力検定

[2007年12月12日(水) ]

年金問題と公約と国語力、について書こうと思ったが、それは別の機会に。

さて。asahi.com>社会>裁判> 記事より。

《政党ビラ配り事件 罰金5万円の逆転有罪判決 東京高裁
2007年12月11日15時05分

 東京都葛飾区のマンションに04年12月、政党のビラを配布するために立ち入ったとして住居侵入罪に問われた住職荒川庸生被告(60)の控訴審で、東京高裁(池田修裁判長)は11日、被告を無罪とした一審・東京地裁判決を破棄し、改めて罰金5万円とする逆転有罪判決を言い渡した。》

これ、今日の朝刊の一面トップ下にも、記事が載っていた。

一面だけを読むと、「ふーん」という感じなのだが、社会面にも関連記事がある。

オフィスに新聞を持ってきていないので、記憶にもとづいて書くのだが、見出しは「表現の自由はどうなる?」的なものであった。

記事本文には、被告がマンション住民により警察に通報されたときの様子が書かれている。

そのマンションの入り口のところには、「敷地内でのビラ配りは厳禁」の旨、書かれていたそうだ。

記者さんはこう書く。

《ただ、このマンションはオートロックではなく、外部の人間が自由に出入りできた。》

この「ただ」の使い方が、ちょっと国語力的に気になった。「外部の人間が自由に出入りできる」んだから、入ってもいいじゃん、マジで入られたくないんならオートロックにすればいいじゃん、というニュアンスが感じられるからである。そういう問題じゃないでしょ、と思うんだが。

と、これはオマケ。本題は別。住民が警察に通報したときの様子に戻る。

住民は、いきなり警察に通報したのではなく、一度、ビラ配り行為を咎めたらしい。

おそらく、「住民以外は立ち入っちゃダメって書いてあるだろ」とか、「ビラ配りは禁止って書いてあるだろ」とか、言ったのであろう。

ここで被告が、何と答えたか。

「お宅にはビラを入れませんよ、お宅は何号室ですか?」といったことを言ったそうなのである!

どうすか、この受け答え。国語力的に。

いやー、まずい答え方をしちゃったもんだなあ、と思ったわけである。

そりゃ住民、カチンとくるだろ。「おれの言ってんのは、そうじゃないだろ!」と。

「あれ? そうなんですか? 知らなかったんですよ、どうもすいませんでしたー!」と、いったん退散していれば、警察に通報されることもなかっただろうに、と思ったのである。ビラ配り禁止って十分わかっててやっていたとしてもね。

よしんばホントに禁止とは知らなくてやっていたとしても、禁止と知らされた時点で、まずは謝るのが、国語力じゃないですかねえ。

「表現の自由」云々といった大きなテーマについては、立ち入らないでおきます。

吉兆さんの記者会見と、国語力検定

[2007年12月11日(火) ]

昨夜、晩飯を食いながら、テレビで吉兆さんの記者会見を観る。

なんか、カンジ悪い。

いや、吉兆さんじゃなくてね。

あ、吉兆さんは、非難・批判されるべきことをやっちゃったと思いますよ。それはそれとして、記者さんたちの突っ込みが、「なんか、カンジ悪い」と思ったのである。

「なぜ、ウソをついたんですか? 責任逃れをしようと思ったんですか?」

イエスとしか答えられない、しかも質問する側もイエスだと十分わかっていることをわざわざ聞くのは、サディスティックな行為にしか見えなかった。

まあ、記者会見=取材者がサディスト的快感に浸る場、という側面があるんであれば、しょうがないんだろうけど。

「イエスだと十分わかっている」と書いたが、誰だって、ヤバい状況に陥ったとき、一瞬逃げたいと思いますよね。

ホントに逃げちゃうか、それとも「しょーがねーなー、でも責任あるしなー」となるかは、あくまで、その後の判断であり、責任感の有無が現れるのも、この判断の時点においてだろう。

いや、自分は責任逃れをしようなどとはチラとも思わない、責任逃れをしようと思うこと自体が理解できない(というか想像の範囲外だ)、だから「責任逃れをしようと思ったんですか?」と質問したんである、という人がいたとしたら、多分、ぼくはその人とは友だちになれないだろう。

別にぼくと友だちになんなくてもいいっすか。じゃあ言い換えます、ぼくは多分、その人を信用しない。


※《イエスとしか答えられない、しかも質問する側もイエスだと十分わかっていることをわざわざ聞くのは、サディスティックな行為にしか見えなかった。》というところが、今日の国語力関連事項です。

前へ | 次へ