[2007年10月12日(金) ]
内藤選手と亀田選手の試合をテレビで観る。
……観たとおりであり、報じられているとおりである。
北海道のローカルチャンネルで観ていたのだが、その後、ローカルニュースの中で、いきなりその試合の話題になった。
「なんだ? あの試合、ローカルニュースですら取り上げるほどニュースバリューの高いもんだったのか?」と思ってみていると。
内藤選手、北海道の、ある町の出身だったんですね。その町の人たちが、町役場や公民館などに集まって、テレビの前で内藤選手を応援し、見事内藤選手が勝って町の人は大喜び、というニュースでした。
いやー、出張でここに来てなかったら、こんなニュース見られんかった。いいもん見せてもらった。
いいもん、というのは、あの試合に注目していたのが、「ボクシングファン/ボクシングファン以外」「亀田選手ファン/アンチ亀田選手」という軸で分類できる人たちだけじゃないんだな、ということを認識させられたという意味で、である。当然っちゃあ当然なんであるが、改めて、ということで。
今朝、その内藤選手が、朝ズバに出演していた。みのさん、やけにフレンドリーである。やたら内藤選手を持ち上げている。ある意味、すばらしいなあ、と感じた次第である。
(今後のネタ備忘録)
・札幌修学旅行編
・産地偽装問題
・教育における特待生問題
・若者ことばについて
[2007年10月10日(水) ]
何日か前に、朝日と産経のバトルについて触れた。最初は安倍政権についての遣り取りだったのだが、その後、論点は、沖縄で開催された教科書検定絡みの県民大会、その参加者数に移った。
ネットの世界でも、11万人集会だ、いや実際は4万数千人だ、といった議論が行なわれていたが、ちょっと気になって、9月30日の新聞を読み返してみた。
なお、これまでのこのブログの記事をお読みになっていただければわかるように、ぼくは、県民大会それ自体を批判するつもりは全くない。
むしろ、9月初旬の沖縄出張の際、現地の新聞ではすでに盛んに大会について報じられているのを見て、「おれが普段接しているメディアじゃ、全然取り上げられてないよな。やっぱ温度差大きいんだなあ。もっと取り上げなきゃダメじゃん」と思っていた。
したがってここでは、報道の中での11万人のリアリティについてのみ考えてみる。
さて、9月30日の新聞を読み返す。
11万人が集まった、と書いてある。会場の広さは?というと、約2万5千平米と、これも書いてある。
ここからが、国語力である。この記事を、アタマっから鵜呑みにせず、検証してみよう。
2万5千平米を、坪という単位に直すと、約7563坪となる。1坪が畳2枚分だから、畳という単位に直すと、15126畳だ。11万人を、この畳の数で割ってみると、約7.3。端数を切り捨てて、7としてもよい。畳1枚のスペースに、7人が立っていた計算になる。ステージも通路もなく、その広場をすべて使えたとして、だ。6畳間に、42人。まあ、無理すればいけるか。
よくあるサイズのマンションで考えてみてもよい。70平米のマンションが、2万5千平米からは、357戸とれる。11万人を357戸で割ると、308。70平米のマンションに、308人を詰め込んだ計算になる。引越しで荷物をすべて運び出した後のマンションを見ると、「何だ意外と広いじゃん」と思うこともあるだろう。また、そのマンションには壁や収納や水回りなどがすべてないと仮定しての308人だから、不可能ではないようにも思える。かなりキツイはキツイだろうが。
しかし、ステージや通路などを考慮すると、2万5千平米に11万人というのは、やはりちょっと無理があるようにも思えてくる。
ある1点の時間において11万人、というわけではなく、全プログラムには参加しなくても会場に足を踏み入れた人のトータルが11万人、あるいは、「会場外にも人があふれた」とあったから、参加しようと意志した人が11万人、というのであれば、理解できなくもない。
というわけで、今回の「2万5千平米に11万人」というのは、まあ解釈次第でいけなくもないかなー、というところだが、これが、「2千5百平米に11万人」あるいは「2万5千平米に20万人」とあったとしたら、「そりゃ、どう考えても無理だろ」と、国語力的には突っ込めなければいけない。「これ、誤植じゃないかな?」と、疑ってみることができなければならない。
国語力には、基本的な算数の力も必要ですね、というお話でした。
……算数の力というよりも、「常識で考えて」ってやつかな。
よく、平均所得額とか平均○○額といった数字も見かけるけど、あれもアヤシイ感じ、というか、実感とかけ離れている感じがするもんね。
昔、Z会の会員に「何歳で結婚したいですか?」というアンケートをとったところ、何かちょっとヘンだな、という集計結果が出た。そこで、元データを見てみると、「10万27歳」とか書いてきたヤツがいて、それをそのまま有効なデータとして扱っていた、ということがあった。デーモン閣下の年齢、鵜呑みにすんなよ。
※参考になる書籍:谷岡一郎『「社会調査」のウソ』(文春新書)『データはウソをつく』(ちくまプリマー新書)
今朝の、街で見かけた国語力。

[2007年10月09日(火) ]
10月6日は、三島市民文化会館で開催された、大岡信文化講演会に行く。行く、といっても、お客さんとして講演を聴きに行ったわけではない。運営スタッフである。
同僚サーさんは、司会進行係。同僚アーさんは、受付係。そしてぼくが、ドア係である。国語力研究所ほぼ総出、といってよかろう。
お客さんは、みのもんたさん言うところの「奥さん」が中心であった。
講演会は、大岡信先生と長谷川櫂先生がメインで、内容はお二人の連句が中心。それから、その連句に雅楽の笛でピーヒャララと音をつけたり、能楽的な読み方(ぼくにとっては、神社で厄払いをするときの神主さんの話し方、「かぁしぃこぉみぃかぁしぃこぉみぃ〜」というやつに聞こえたのだが)で連句を読み上げたり、というもの。あ、もちろん大岡・長谷川先生が笛を吹いたりするのではなく、それらはそれぞれのプロがやっておられました。
えーとですね。これを「面白い」と感じるには、まだまだぼくは国語力不足のようです。小学生ぐらいの子どもを連れてきている人もいたが、あれは辛抱を覚えさせるしつけの一種、という側面もあるんだろうか。いやいや、ひょっとすると、あれをすごく面白いと感じる小学生もいるのかもしれない。参りました。
終了後、アンケートを見てみると、ほとんどの人が「非常に満足」と回答していた。なんか、「知らない世界に触れた」という気がしましたよ、ホントに。
10月7日は、Z会創立76周年記念式典に参加。
リッツカールトン大阪の元支配人という方のご講演を拝聴したが、最初から最後までまったく同じハイテンション、笑うところもオチもない講演、というのは、ある意味新鮮であった。ふーむ、こういう講演スタイルもあるのか。
でも、あとで国語力的に考えると、「たとえば、リッツカールトンのサービスに触れることで、じゃあ、Z会の創立記念パーティを来年はリッツカールトンでやろうか、と思うかもしれません」というくだりが、ひょっとしたら笑うところだったのかもしれない。それを沼津東急ホテルで言うか、という意味で。
その後、立食パーティ。ドリンクコーナーに一番近いテーブルに陣取り、焼酎ロックを激しく飲む。同じテーブルのK君が食べ物を取ってきてくれたのだが、そして取ってきてもらって文句を言える立場ではないのだが、何でラーメン・チャーハン・唐揚げなんだよ。ここは王将か。
Z会のパーティって、そんなもんしか出ないの?と思われるとアレなので書いときますが、その場で切り分けてくれるローストビーフとか、その場で握ってくれるお寿司とかもありましたよ、はい。
しかし、正味1時間ぐらいだからねえ。ちょっと飲んでから食うか、と思っていると、いつの間にか終了、となっているわけです。
沼津の居酒屋へ移動(このあたりから、すでに記憶が切れ切れ)。そこでしばらく飲んで、次に三島の焼き鳥屋さんに移動。閉店まで飲み、さらにもう1軒。断片的にしか記憶がない。どこかで5000円ぐらいは払ったようなのだが、どこで払ったんだろう。
何時に家に帰ったのかもよく覚えていない。久々に、朝9時まで起きられなかった。という状態だったので、8日は家で本を読みつつゴロゴロする。大屋雄裕『自由とは何か 監視社会と「個人」の消滅』(ちくま新書)読了。「自由な個人」だから自分の行為に責任を持たなければならぬのではなく、自分の行為に責任を持つと決意したときに「自由な個人」が立ち現れてくる、という議論が印象に残った。
おまけ。
ヨーカドーのジャイアンツ優勝記念セールで、カミサンが野菜詰め放題に挑戦。

[2007年10月06日(土) ]
生保会社の謝罪会見をテレビで見る。あれ、誰に謝ってるんだろうか。どう見ても、記者団に謝っているようにしか思えないんだが。もちろん、記者の人たちも、生保会社の客ではあるんだろうけどさ。
テレビカメラが入っていること、わかってるんだから、カメラマンに注文して真正面から撮ってもらい、記者団へではなく、テレビの前のお客さまに直接呼びかけるような感じで、「申し訳ありません」と言ったほうが、ずっと良いと思うのだが、どうでしょうか。
上階の子どもの足音がうるさい、と、マンション住民間で裁判沙汰になったというニュースを見る。ホントに常識外れのうるささだったらしょうがないんだろうけど、これもなあ。
苦情を言われた親が最初っからケンカ腰にならずに、子どもを相手の玄関先まで連れてって、「ほれ、謝れ」とか言って、子どもの頭をゲンコツでコツンとかやれば(えーと、これぐらいは問題ないですよね? ビール瓶でも金属バットでもないし)、少しは違う展開になっただろうに、と思う。
そう言えば、前に住んでいた部屋の隣人、「今度ピアノを買いましたので……」と言って、手土産を持って挨拶にいらっしゃったことがあったな。そういうことがあると、休日の昼間に隣からピアノの音が聞こえてきても、「おお、だいぶ上手になったじゃん」とか思えるわけで。
これも、広い意味での国語力ですな。
さて、10月2日。福岡から帰る直前に、もう1軒ラーメン屋へ行く。博多駅近くの、「元祖ぴかいち」というお店。



[2007年10月05日(金) ]
昨日の朝日新聞夕刊2面コラム「窓」のタイトルは、《「産経抄」の自己矛盾》。産経→朝日(9月28日の記事で取り上げました)→産経→朝日と、応酬があったようです。バ〜トルは続く〜よ〜、ど〜こま〜で〜も〜、という感じですね。
《「産経抄」の良心》というキーワード検索でこのブログにたどりついた方もいらっしゃるように、ネットの世界では、この話題、かなり取り上げられているようなので、今回はわざわざ引用しません。検索すれば、本文も、それに対する様々な見方も、読むことができると思います。
ただ、昨日の時点で、その様々な見方を読み、帰宅後、件の夕刊コラムを読んで、「あらら?」と思ったこと。
ネット上の産経批判派の論旨と、ほぼ同じですねえ、これ。いや、その論旨や批判の方向が正しいか誤っているかということではなく、「ほぼ同じ」だったことに、「あらら?」と思ったわけです。
ぼくが思いついたケースは、次の3つ。
@誰が考えても、同じ論旨、同じ批判の方向に達するケースなので、当然である。
Aネット上の産経批判派は、論説委員さんかどうかはわからないが、実は朝日の人である。
Bネット上の産経批判派と朝日とは何の関係もないが、朝日の論説委員さんがネット上の産経批判を読んで、「ほう!」と膝を叩き、「いただき!」と思った。
……ABはまずいから、@か。
さらに朝日。好きだなあ朝日。ていうか、1紙しか購読してないからね。今度の日曜日の書評欄に、『露探』という本が取り上げられる。……これはないだろ、と思って、先週読んだのに、紹介しなかったな。1本取られました。
9月28日の記事で取り上げた、『フラット革命』という本との合わせ技なら、アリだと思ったんだけど。そこでは紹介しなかったが、この本には、こんなエピソードが取り上げられている。
ある人が、某宗教の関係者だと見なされ、そのために職を失いそうになった。そこでその人、某宗教と無関係であることを証明するには、どうすればいいでしょうか、と警察へ相談に行ったそうな。そうしたら、刑事さん、大真面目にこう言った由。
「某宗教の本部へ行って、『この人は我々とは関係ありません』という証明書を書いてもらってください」。
「露探」というのは、ロシアのスパイのこと。日露戦争の時代に作られた言葉だそうだ。『露探』という本は、その時代を扱っている。
『フラット革命』の中のエピソードの、「某宗教」という部分を、「ロシア」に置き換えてみる。いったん貼られたレッテルをはがすのが、いかに困難か。「○○でない」ことを証明するのが、いかに困難か。そういったことを、この両書を読んで想起したわけです。ありきたりですが、多分、朝日の書評も、このセンではないかな。まさか、「今再びロシア(あるいはどこか他の国)の脅威が……」なんていう展開にはなるまい。
さて。10月1日夜、福岡。カボス入り焼酎を激しく飲み、いい加減酔っ払った後、ラーメンを食いに出かける。
かつては一風堂や一蘭に激しく感動したものだが、九州以外にもずいぶん出店しちゃったし、ここはやはり、ご当地だけで食べられるラーメンにしよう、ということで、長浜へ。




[2007年10月04日(木) ]
今日はまず、野球ネタというかメディアネタというか社会ネタというか、いずれにせよ、国語力にからめて。
我が(と言うと、ネイティブの人には「違う!」と言われるかもしれないが、すでに人生のうちの約3分の1を過ごしているので、「我が」と言わせてください)静岡県の高校から、プロ野球のドラフト1位に指名された選手が出た! まことに慶賀すべきことである。
新聞の地方版には、彼の言葉が載っていた。
「すごいうれしいです」
ん? 「すごいうれしい」? これって、先日の国語力検定会議の際、話題になったよな。確かに言うけど、書き言葉として使っちゃダメだろ、という例として。
地方版は、そのあたりの基準が緩いのかな、と思って、スポーツ欄を見る。ここにも、彼のコメントが載っている。
「すごいうれしい」
ありゃりゃ。やっぱり「すごいうれしい」か。
カギカッコで括って話し言葉ということを明示している、さらに、この表現はすでに一般にも違和感なく使われている、という判断で、あえて「すごくうれしい」と直すことなく、彼が話したままに「すごいうれしい」としたんでしょうかね。
彼にとっては、「すごくうれしいです」と記者さんが直しといてくれたほうが、よかったようにも思うのだが。
そこでふと思い出したのが、竹下登さんという元総理大臣の、新聞紙上でのコメント。「そうだわな」「やったわな」と、必ず語尾に「〜わな」とついていた(ような気がする)。同じく、村山富市さんという元総理大臣の、新聞紙上でのコメント。「そうなんじゃ」「やったんじゃ」と、必ず語尾に「〜じゃ」とついていた(ような気がする)。
あれ、ホントに必ず「〜わな」「〜じゃ」と言ってたんでしょうかね。
えーと、広い意味での、言葉によるイメージづくり、というテーマでした。
もう1つ、プロ野球ドラフトに関連して。これは、今朝のワイドショーで見たひとコマ。
日本ハムにドラフト1位指名された高校生選手、記者団の「北海道といえば?」という質問に対して、こう答えていた。
「白い恋人」
……これも、国語力的には、なかなか判断が難しいコメントです。
「白い恋人」に、なーんにも問題が起きていなかったと仮定すれば、このコメント、「なるほど、確かに北海道を代表するお菓子だからね」と、記者団も視聴者も素直に思い、メーカーさんもさぞ喜んだことだろう。もしかしたらメーカーさん、早速CMに起用しようかと考えたかもしれない。
しかし、いろいろ問題が起きた後だからねえ。
ぼくは、一瞬、この高校生、どういうつもりで言ったんだ?と思った。これは一種のネガティブキャンペーンか?とも。
まあ、そこまで考えをめぐらせて言ったわけではないだろうとは思うが、「白い恋人」という言葉、少なくとも、いまだポジティブに受け取られる状況ではない、と思われる。
さらに国語力的に興味深かったのが、記者団のリアクション。「白い恋人」という高校生選手の答えに対して、いっせいに笑い声が起きていた。
この笑いの意味というか、笑いの裏にある心情を想像してみるのも、とっても国語力的だと思う。
さて、昨日の続き。福岡〜久留米旅行記……じゃなくて出張記。と思ったけど、今日はもうかなり長くなってきたな。小ネタのみ紹介しておくことにします。
10月1日午後、関空では福岡便搭乗のみなさまに散々ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。
なんとか福岡に到着して、地下鉄で博多駅へ。そこから、ホテルまでぶらぶら歩く。
おもしろい看板があったので、撮影。


[2007年10月03日(水) ]
10月1日に更新しなかったのは、出張で激しく駆けずり回っていたからである。さすがに2日あけるとまずかろう、ということで、昨日は空港の搭乗待合室で更新した。
9月30日午後から昨日まで、大阪〜和歌山〜福岡〜久留米の旅……じゃなくて出張。
9月30日の大阪がえらい寒かったのに比べ、それ以降の和歌山・九州がえらい暑くて、やや消耗する。
9月30日は、昭和町で、chikurin先生と、ちゃんこを食いつつ、芋焼酎を飲みつつ、第2回国語力検定の出題内容について、激しく語り合う。あんまし激しすぎて、焼酎1本があれよあれよという間にカラになる。
じゃ、もう1本、とも思ったが、うーむ、もう1本飲んじゃうと翌日使い物にならなくなっちゃうかもしれないな、ということで、河岸をかえることに。
同じく昭和町にある、阿倍野長屋を利用したお店。






[2007年10月02日(火) ]
朝日の朝刊で、朝日・読売・日経が(とりあえず?)ネット系の業務で提携する、という記事を読む。一面は淡々と事実を伝えるのみであったが、社会面には、3社のトップによる記者会見の様子と、そこにおける記者とのやりとりが掲載されていた。
新聞社のトップが新聞記者から突っ込まれるのも、なかなかやりにくいだろうなあ、とは思う。
記者さんにしても、やはりちょっとやりにくいのではないか。
と思ったが、なかなか鋭く突っ込んでいるのである。それを読むに、記者さん、掲げる目的とその手段との結びつきが、どうも腑に落ちていない、という印象を受けた。
朝日の記事だからといって、朝日の記者と新聞社トップとのやりとりだけを掲載する、ということはあるまい。鋭く突っ込んでいたのは、実際には朝日・読売・日経以外の記者さんだったのかもしれない。
しかし、記事にする際には、必ず情報の取捨選択、すなわち編集という作業が行われているはずである。
もし、鋭く突っ込んでいたのが朝日・読売・日経以外の記者さんだったとしても、少なくとも朝日の現場レベルは、この業務提携、そんなにウェルカムではないのではないか。……と想像してみるのも、国語力、と。