[2007年10月31日(水) ]
守屋前事務次官、赤坂のクラブでも接待されていたそうですね。若いなー。
それはクラブ。若者が行くのは、後半にアクセントを置くクラブですね。
前次官が行っていたのは、多分クラブのほうです。最初にアクセントを置くクラブ。
おお、こういう問題、国語力検定の聞き取りで出題したらおもしろいかな。全く同じ単語でも、アクセントの置き方によって意味が異なるもの。
カレシとカレシとか。
さて。葛西敬之『国鉄改革の真実』(中央公論新社)を読む。


[2007年10月30日(火) ]
今話題の、守屋前事務次官、63歳。69歳の業者さんと、ゴルフに行って、焼肉屋さんへも行ったそうだ。
ゴルフはまあ、わかるとしても、63歳と69歳で、焼肉かあ。若いねどうも。と、むしろそんなことを思ってしまったのである。寿司とか、懐石とか、和食系を好まれるお年頃のようなイメージがあってね。
しかも、それなりの、どころじゃないか、きわめて社会的地位の高い人たちである。まさか「牛角」や「さかい」に行くことはあるまい。高級焼肉店の、高級肉を召し上がったのであろう。
この、高級肉を召し上がるというところが、また不思議なのである。日本で高級肉というと、あの、不自然なほどに脂肪が入った肉になるであろう。
我が家でもかつて、ヨーカドーで半額シールが貼ってあったので、不自然なほどの脂肪の高級肉を、「話のタネに食ってみるかあ?」と、買ってみたことがある。いわゆるブランド牛の肉。
焼いて食ってみる。
美味い。確かに、美味い。
しかし。
三切れも食うと、「げっぷ、もうごちそうさま」となってしまったのである。
脂にやられた、というところだろうか。当時は、前次官さんより30歳ぐらい若かったのに。こりゃ、量食えるもんじゃないな、と痛感したのであった。
前次官さんたちは、高級焼肉店に行って、何を、どのくらいの量、召し上がったのだろうか。やはり、高級肉をほんの少しだけ、あとはお酒、だったのだろうか。
いやいやそんな発想はふだん高級肉を食い慣れてない人間だけだよ、事実は、高級肉の脂も慣れればガンガン食えるようになるのさ、しかも、どんなにトシをとってもね、ということなのかもしれない。
もっとも、それを実証してみるつもりは、ぼくにはさらさらないが。
さて、ここまでは、昨日の帰り際に書いた内容。
昨夜、ニュースで前次官の証人喚問の様子を観る。
「地位が高くなるとストレスも大きくなり、週末にストレスを解消したくて、ゴルフに行っておりました」
うんうん、おれ別に地位高くないけどストレスフルな毎日だもんな、偉い人はさぞや大きなストレスを感じておられるだろう。同じように高い地位にある国会の方々も、この点については深く頷き、同情を示されているようであった。
……違う違う。問題が違うって。これ、国語力的におもしろかったんで、追加で取り上げてみました。一種の「ズラシ」テクニックでしょうかねえ、これ。
問われているのが、《なぜ週末にゴルフに行ったのか?》ということであれば、前次官の釈明は一応成り立つ。
しかし、問われているのは、《なぜ「業者のオゴリで」ゴルフに行ったのか?》ということである。これに対して、「ストレス解消したかったから……」というのは、実は理由になっていない。ストレス解消したければ、奥様とお二人だけでゴルフに行けばよい話である。
あ。ひょっとして、(1回に1万円は払っていたそうだから)1回1万を超える費用をかけてのゴルフは、逆にストレスがたまるだけ、ということだったのかな。
もしそうだとしたら、これ、費用対効果という側面、ゴルフが与えてくれるものに対する適正な価格はいくらか、という面から考えると、なかなか興味深い意見ではある。
あるいは、奥様とお二人だけのゴルフじゃ、ストレス解消はできない、ということなのかな。これも、もしそうだとしたら、熟年夫婦のあり方を考えるうえで、なかなかに興味深い意見ではある。
とまあ、国語力的に推論してみましたが、現実は、そんなに単純ではないでしょう。みなさんも、ある行動の理由を問われて、一応、1つを挙げてみたとしても、実は心の中では、それ以外の様々なものが絡み合っているはずです。
[2007年10月29日(月) ]
27日は日本語検定受検(今回は、前回のように立派な盾をいただくのは難しそう)、26日は飲みまくり、25日は……何してたっけ。そうだ、国語力検定ホームページ連載「国語力道場」の原稿書いてたんだ。
で、24日は、静岡で学校さん書店さんめぐり。学校7、書店1を訪問。普段は使わないところを使ったせいだろうか、25日は少々疲弊していたことを覚えている。
その、静岡の書店さん。谷島屋静岡呉服町本店。










[2007年10月27日(土) ]
いやー、昨夜は激しく飲んだ。詳しくは明後日にでも書くとして、4人(うち1人は若い女性)で泡盛ボトル2本空けて、それからジャックダニエル1杯だもんなー。今朝は、ダメージ大きかったっす。
さて、そういう状態で、日本語検定1級受検のため、東京書籍本社ビルに向かう。またひどい天気になったもんですな。クツん中までビショビショになっちゃったよ。
ビルに入るとき、スタッフの人に「お疲れさまです!」と声をかけると、「えーと、検定委員会の方ですか?」と言われる。
「いえ、Z会国語力研究所のカワフチですが」……なんて、言うわけないじゃん、小心者のワタクシが。「受検者です」と答えて、会場のホールに通される。
うわっと。あんまし早く着くのもアレかなと思って、試験開始時刻15分前ぐらいに行ったのだが、すでに受検上の注意の説明が始まっている。
テレビカメラも入ってて、受検上の注意を真剣に聞いていらっしゃるみなさんの中にアタフタと入っていく姿を激しく撮られる。はずかすぃー。
えーと、どこかで流れるかもしれません、ジャケット着てちゃんとネクタイしめてメガネかけてるのが、ワタクシです。
さらにさらに。ペンは常に携帯しているのだが、エンピツ・消しゴムを持って来なかったことに、そのとき初めて気づく。あちゃー。
スタッフの方に、「す、す、す、すびばせん、筆記用具を貸してはいただけないでしょうかねえ」と、平身低頭してお願いする。はずかすぃー。
小中学生ならいざ知らず、1級受験者の中にまさかそんなヤツがいるとは、東京書籍さんにとっても想定外だったのであろう。なんだか、結構アタフタさせてしまったみたいであった。
案の定、想定外だったようだ。持ってきてくださったのは、新品の(つまり削られてもいない)エンピツと、包装のかかったままの消しゴムと、ちっちゃいエンピツ削りであった。申し訳ありませんでしたー!
周囲のみなさんが、緊張の面持ちで試験開始を待っていらっしゃる中、ガリガリとエンピツを削る。すいません、ご迷惑をおかけして。申し訳ありませんでしたー!
13時試験開始。……14時試験終了。
感想。
かなり難しい。とりわけ、慣用句・四字熟語の類。
敬語とか助動詞とかは、原則を知っていればいいけど、慣用句・四字熟語は、個々に知ってないと、どうもならんからねえ。
国語力研究所代表を名乗っておきながら、これまで1度も目にしたことも、耳にしたこともない表現が、いくつかありました。
「胡馬北風」とか「門前雀羅を張る」とか「馬の背を分ける」とか。
これらがそうだとは言わない、というか、言えるほどの研究はこれからですが、それを知っていて、「で、なに?」という表現、「ああ、これを覚えたけど、実際には一生のうち、一度も読むことも聞くことも話すことも書くこともなかった……」というような表現は、国語力検定では出題しないでおこうと、(この表現も出題されていましたが)つらつら考えたのでありました。
いやー、しかし、社員さんと思しき方々が10人以上いらっしゃったな。ホントは休日でしょうに、お疲れさまです!
[2007年10月26日(金) ]
一昨日の続きになってしまった。『ウォルマートに呑みこまれる世界』からの引用を。
《今日のグローバルエコノミーではいったい何が起こっているのだろうか。海外からは見慣れた商品がどんどん流れ込んでくる。そして価格もどんどん下がっていく。しかしその一方で、これらの商品がどのようにつくられているのか、その様子はますますわからなくなっている。そして、おそらくさらに遠いところで、そしてますます受け入れ難い方法でつくられるようになっているのだ。米国の基準に照らし合わせれば、こうした工場は違法に違いない。労働者の扱いや地域への対応の仕方が不適切だからだ。しかし一方で、そうした工場でつくられる製品そのものは合法である。つまり、その方法が不適切になればなるほど価格はどんどん下がり、消費者にとってはますます魅力的になっていくのだ。》(p265)
出版の世界でも、「単価が安いから」という理由で、一部業務が中国に外注されたりしている。
ただ、これは、キリがないんではないか、と思うのである。彼我の経済格差を、ずーっと固定させたままにしておく、という、より心が痛むような方法をとらない限り。
同じやり方をより洗練させていく、というのには限界がある。やり方自体を変えるという、ブレークスルーがなければ、早晩行き詰まる。
外国へ、ではなく、日本国内の話だが、コールセンターを北海道や沖縄へ持っていくというのも、ウォルマートのやり方と本質的には一緒なんではないか、とも思う。
しかし、西友はパッとしないね。なぜなんだろう。エブリディロープライスじゃないからか。ちなみに大船の西友、なんだか照明が暗かったような記憶がある。もし、コスト削減のためにそうしている、というのであれば、ぼくはむしろ、マイナス効果のほうが大きいような気がする。なんか、気分も暗くなるもん。
今日は時間がないので、このへんで。あとで時間ができれば、また続き書きます。
[2007年10月25日(木) ]
昨夜のニュース、今朝の新聞などで、全国学力調査の結果が大々的に取り上げられた。
大見出しは大体のところ、「活用力に課題」といったところである。
これを聞いたり読んだりして、ずっこけた人も多いのではないだろうか。
ここは朝日社説と同意見なのだが、「77億もかけて、この程度の知見しか得られなかったのかよ」という感じである。
「新婚さんいらっしゃ〜い」の桂三枝師匠なら、イスごとドターッと転げる場面である。
朝ゴハンを食べると成績がよい、なんて見出しも出てて、記事をよく読めば、因果関係ではなく単なる相関関係、とわかるのだが、この見出しだけを読んで、朝ゴハンと成績を因果関係で結びつけちゃう人もいるのではないか。「朝ゴハンを食べる」から「成績がよい」、朝ゴハンを食べれば成績がよくなる、といったような。違うって。成績、ではないけれども、ぼくは大学生時代、朝ゴハンなんか全く食べなかったけど、大学受験生のころよりも勉強したぜ。
実は、Z会も、この調査に関して文科省が民間に業務委託する業者選定コンペに参加していたのだが、いやー、むしろ落ちてよかったんではないかな。負け惜しみではなく。だって、この調査、「世の中の役に立った」感が、あんまりないんだもん。
もちろん業者さんにとっては、あくまでビジネスだろう。だろうけど、やっぱり、少しは「世の中の役に立った」感がないと、ぼくはあんまりやりたいとは思わない。
国語力検定も同じで、せめてぼくと、ぼくの同僚と、業務上のパートナーの食い扶持ぐらいは稼げないと困るけど(ずーっと続けることができなくなるから)、より上位にあるのは、「日本語話者の国語力の向上」によって、「生きてて(住んでて・暮らしてて)楽しい社会にしようよ」ということである。
ああ、早く食い扶持ぐらいは稼ぎたいものだ。ぢつと手を見る。
さて、朝日つながりで。10月28日の読書欄。

[2007年10月24日(水) ]
チャールズ・フィッシュマン『ウォルマートに呑みこまれる世界』(ダイヤモンド社)を読む。

[2007年10月23日(火) ]
このブログの仕組みでは、1回に10コの画像しかアップロードできないそうだ。ということを、昨日初めて知った。
名古屋駅前の松坂屋地下2階の三省堂書店さん、昨日ご紹介できなかったのは、そのためです。

[2007年10月22日(月) ]
読売新聞の電話取材が、先ほど終了。
・若者の読書離れが指摘される中、「本を読むのが好き/どちらかと言えば好き」が過半数を占めたが?
→全国の3分の2の中学校が、「朝の読書」活動に取り組んでいる。人は、自分のやっていることを、「嫌いなのに」よりは「好きだから」と合理化したいもの。「本を読むのが好き、なぜなら自分は本を読んでいるから」という中学生が多いのではないか。むしろそういう子たちが、高校生〜大学生・社会人となって、本から離れていくのが心配。
・男子のほうが「本を読むのが嫌い」率が高いが?
→その年代なら、当然でしょう。とりわけ「今」に限ったことではないと思う。
・好きなジャンルの順位について、意外性があるか?
→推理小説が1位というのは、大人の世界も同じでしょう。それで「子供がカタい本を読まなくなった」といっても、あまり説得力がないのでは。大人の好きな本を、子供も好む、ということです。
・読書に関して、中学生へのアドバイスを。
→すーっと読める本だけを読んでいても、国語力は伸びません。語彙や表現に、「あれ? これは?」と、引っかかりを感じるものを読んでください。ミステリーやライトノベルだけじゃなくて、いわゆる古典と呼ばれるものを。また、文学だけではなく、社会科学・自然科学系の本も読むと、世界がより広がると思います。
大体、以上のような感じ。27日土曜日の夕刊に、調査結果に対するコメントとして掲載されるそうです。さーて、どの程度編集されるか。
日本語検定委員会から、第2回日本語検定の受検票が届く。
前回は試験会場、池袋だったな。どれどれ、今回は……なっ、なんと!
東京書籍本社ビル1階ホールときたもんだ!
3年ぶり? 4年ぶり? だろうか、東京書籍さんを訪問するのは。名刺持っていかなきゃ。ついでに東京書籍印刷さんにも寄っていこうかな。かつて、ずいぶんお世話になったし。
しかし、ホントに隠密同心みたいになってきたな。死して屍、拾うものなし。
さて、週末は、浜松・名古屋と回っていました。
浜松では、学校4つと書店3つ。
イオンモールという、バカでかいショッピングセンターの中の、谷島屋さんという書店さんを訪問すると。














[2007年10月21日(日) ]
林公『朝の読書 その理念と実践』(リベルタ出版)を読む。
うわ。マジメそうだな。マジメなんですけどね。いや、読売新聞から、中学生の読書傾向についてのアンケートに対する意見を求められていましてですね、ちっと泥縄的に(ウソです、多少の定見はありますがね)状況をおさらいしてみた一環なわけです(取材の顛末については、また明日にでも)。
朝の10分、本を読む。読む本は、本人の好みに任せる。それだけでも、十分だと思いますけどね。
来し方を思うに、中高生の頃なんて、そんなに本を読む時間、なかったでしょ、と思うのだが。強制でもされなければね。
朝起きる→メシ食って学校に行く→休み時間は友達とバカ話をする→放課後は部活、暗くなるまで部活→ヘトヘトになって帰宅→メシ食ってフロ入って寝る、というのが、少なくとも中高生時代のぼくの、基本的な生活パターンだったような気がする。ほれ、それ以外にも、いろいろやること、あったじゃないですか。
学校の勉強もろくにしないのに、本なんか読む時間があるかいな、というカンジである。
よって、中高生時代に、もっとも本を読んだのは、中3・高3のとき、すなわち部活を引退したあとである。部活がなくなって、でも受験勉強には飽きて、読書しましたね。
えーとですね、取材の前提に「若者の読書離れ」ということがあるようなんですが、で、その際に想定されている「読書」って、いわゆるマジメな本を読むことなんでしょうが、その意味での読書好きなんて、昔からほんの一部でしょう、という感想でした。