[2007年09月30日(日) ]
プロ野球の日ハムがリーグ優勝をはたした。昨年に続き、連覇である。国語力検定公式テキスト『ほんとうの「国語力」が身につく教科書』では、昨年のリーグ優勝の際の、ヒルマン監督とインタビュアーとのトンチンカンな会話をネタとして取り上げたが、今年の優勝インタビューは、どうだっただろうか。スタジアムの観客がイタい思いをするようなことは、なかっただろうか。
さて、週末である。土日と(とりわけ土曜)、朝刊に折込広告がどさっと入ってくる。パチンコ不動産求人エステ健康食品、要らん! ちょっと見ようかな、と思うのは、ヨーカドーとマックスバリュのチラシだけである。
かつて不動産チラシのポスティングのバイトをしていたとき、集合ポストの脇にゴミ箱を設置しているマンションがあった。DMのほとんどは、その場で開けられもせずにゴミ箱直行、ということなんだろう。このチラシのほとんども、同じ運命なんだろうな、激しく資源の無駄遣いだなあ、と思いながらポスティングをしていたことを思い出す。
新聞折込広告も、ほとんどの人にとっては、必要なのはその一部だけだろう。DMについては、エコロジーという観点から批判されることがあるが、新聞折込広告ってやつも、あんましエコロジーじゃないんじゃないかな。
もっとも、「折込広告は一切入れるな」という指定もできると聞く(同僚A嬢は、そうしているそうである。うむ、個人としてのエコロジー実践だな)。でも、ぼくは、ヨーカドーとマックスバリュのチラシまで要らん、というわけではないのである。弱ったな。個人としてのエコロジー実践も、なかなか簡単ではない。
紙媒体ではないが、アマゾンなどには、「あなたはこんな本が読みたいんじゃないですか?」的なオススメ機能がある。凸版印刷さんに見学へ行ったとき、完全な個別対応ではないが、対象の属性に応じて、DMの中味を差し替えるのを見た。できるだけムダ撃ちを避けるため、であろう。
新聞折込も、理想形としては、購読者ひとりひとりから「これとこれの折込だけは入れて、あとは入れないでください」といったリクエストを受けて、個々の購読者が必要な折込だけを届けるという、オンデマンド折込広告挟み込みシステムを導入すればよいのではないか。おお、エコロジカルだ。
……でも、これ、激しく反対する人たちがいるんだろうな。テレビ番組を録画する際のCMスキップ機能に、激しく反対する人たちがいるのと同じように。
[2007年09月29日(土) ]
週明けの10月1日より、いよいよ2007年度第2回国語力検定の申込受付開始である。今回は、ホームページで受検会場も確認できるようになっている(ただし、定員を超えると別会場になっちゃうので、お申し込みはお早めに)。
また、いくつかの書店では、店頭でも申し込み(受検料の払い込み)が可能になった。
[2007年09月28日(金) ]
電車の中で手帳をなくす。激しくショックである。毎日小学生新聞連載ネタが2ヶ月分ほどメモしてあったのに。しくしく。というわけで、石戸編集長、来月アタマにも年内分をお送りしようと思ってたんですが、少しくお待ちくだされ。
バックアップ方法を、ちと考え直さんとな。携帯からオフィスのパソコンにメールしておくか。……このブログのネタは、そうしてたのに、なぜになぜに毎小はそうしとかなかったんだ!またまた激しく後悔。
それだけじゃなくて、2002年ぐらいからの、簡単な日記代わりでもあったんだよなー。残念だ。一応、駅の人に伝えてはおいたのだが、きっと見つかるまい。もし見つかったら、ぼくは名鉄を激しく賞賛します!
とりあえず、早急に代替物を手に入れねば。来週いっぱいぐらいの予定はアタマに入ってるけど、それ以降はサッパリだ。
さて、またまた相撲が話題になっている。
問題とされている相撲部屋の親方さんや相撲協会の理事長さん、報道で見る限り、ご自分の言動が受け手にどういう印象を与えているのかについて、ひどく無頓着な気がする。大丈夫なんだろうか。おれが心配するこっちゃないか。
で、相撲である。
旅番組で、貴乃花親方を見た。お兄ちゃんと似てねーよなー、と思っていたが、現役時代のパンパンに太っている頃の顔を今見ると、意外と似てるじゃん、と思った。うん、兄弟兄弟。
貴乃花親方、今は、なんか不健康に痩せているように見える。あんまし痩せないほうがよかったのに。
ところで、その、今は痩せた貴乃花親方、キャロル解散直後の永チャンに、すげー似てません?
最近の読書。新刊本から。


[2007年09月26日(水) ]
朝日の記事はしばらくネタにしない、と言ったのは、もうずいぶん昔だったっけ。一昨日だって。すいません、おもしろい記事があると、つい取り上げたくなってしまう。
さて、2007年度第2回国語力検定だが、激しく出題内容検討中である。そして、徐々に出題内容が固まりつつある。
もちろん、それをここでオープンにすることはできないのだが、こういう傾向、というか、こういう力を試す問題も出ますよ、ということで紹介しておく。
知識に関わることではない(覚えればいいというジャンルではない)ので、不公平だ!なんてことは言わないように。
昨日の朝日新聞夕刊の一面に、こういうくだりがあった。
《衆参両院で首相指名が異なったのは、過去に芦田均(48年)、海部俊樹(89年)、小渕恵三(98年)の各首相がそれぞれ選出された例がある。》
どうですか、すーっと読めましたか?
ちょっと座りが悪いというか、落ち着かないというか、そういう気がしませんでした?
「異なったのは、……選出された例がある」。
2つの文を、無理やりくっつけちゃったような感じがあるんですね。
その結果、いわゆる「主述の対応」の収まりが、なーんかよくないように感じる。
……といった、文として収まりがいいか悪いか、ということを判断する問題も、出る。かもしれません。
首相選出やら組閣やらで、締切がギリギリになって、相当急いで原稿突っ込んだのかな。
[2007年09月25日(火) ]
国語力研究所には、あまり予算がない(えーと、福沢諭吉先生に怒られそうですが、だからお金を貸してくれ、と言っているわけではありません)。
したがって、ドカンと広告を打つ、なんてことは、とてもできない。
しかし、何とか国語力検定を世の中に広めたい、という気持ちも強い。
ジレンマである。
さてどうするか。
いくつかの新聞では、第1回の検定を記事にしていただいたな。そうだ、第1回の出題結果分析は、多少ともニュースバリューがあるだろう。それと絡めて、第2回の検定実施を記事として取り上げてもらえば、いいんではないか?
では、どこの新聞社に? 検定会場のある都市の人たちが多く読んでいる新聞、その地元版、「地元でこんなイベントがあります」的な形がいいだろう。我々の地元で言えば、静岡新聞だな。
というわけで、会場設置都市をカバーする、いわゆるブロック紙や地方紙に資料を送付してみる。
その1つ、仙台のほうの新聞社さんから、今日、電話がある。
……えらい怒られる。
「Z会? 国語力検定? ナニそれ?」
(って、お手紙に書いてあるんですけど。)
「突然こんなもの送りつけるなんて、失礼でしょ?」
(ははあ。)
「まず電話して、送っていいかどうか聞いて、それから送るのがスジでしょ?」
(ははあ、なるほど。国語力について教わるところ大。)
「広告してほしいの? じゃあ広告局に言ってカネ出して広告出せばいいでしょ?」
(おっしゃるとおりです、でもそのカネが手元不如意でして。)
「大体ね、新聞社へのコンタクトの取り方として、おかしいよ、あなた」
(ははあ、勉強になります。)
「とにかくこれ、捨てるから。そういうわけで」
……この作戦は、失敗だったか。
さて、どうしたもんだろう。
しかし、仙台のほうの新聞社さん、8月20日に共同通信さんの配信で、国語力検定の記事を掲載してるんだけどなー。まったく目にとめていただけなかったか。残念。
いずれにせよ、ご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした、河北新報社さん。
[2007年09月25日(火) ]
昨日一昨日の記事、「楳図かずおさん」のお名前を「梅図かずおさん」と誤表記していたことを、後輩ノンちゃんがメールで指摘してくれる。ああ、ありがたいことだ。さっそく直しておく。
今朝の朝日新聞の、なんと社会面全国版に、「Z会」の文字が!
なんだなんだ、と思って読んでみると、合格者「上積み」問題に関連して、某私立高校が受験料のみならず、Z会の受講費まで負担していた、という記事。
ちなみに、ネットのasahi.comの見出しでは「通信教育受講費用も」となっているが、新聞では見出しにしっかり「Z会」と書いてある。
なぜ、ネットと紙媒体とで見出しを変えたのか、国語力的には非常に興味深いところだが、その詮索はここでは措いておく。
むしろ、「入学金や授業料免除、受験料も学校負担、あまつさえZ会の受講料までも負担」という中での、「Z会までも」に込められたものを、国語力的に考察してみよう。
ここには、Z会に対するネガティブな意図があるのか、もしくはその逆なのか、それとも実はニュートラルなのか。
微妙だ。大学に合格するなら、やっぱりZ会か、というポジティブな見方もできなくはないが、個人的には、あんましいい感じはしなかったね。
まさか朝日の人が、こんなブログを読んでいるわけはないと思うが、朝日の記事をネタにするのは、しばらく自粛しとこうかな。
……おお、これが自主規制ってやつか。さすが第4の権力、マスメディア。激しく冗談です。
今日のことば:昨日に引き続き、石原千秋さんの『秘伝 大学受験の国語力』(新潮選書)より。

[2007年09月24日(月) ]
自民党の役員会の様子をテレビで見た。
新しい幹事長さんとか政調会長さんとかの、「ふふーん、どうよ?」的な表情と、その後のニュースで見た安倍さんの痛々しい表情とのギャップについては、ノーコメントとしておく。
役員会の様子で、「ん?」と思ったこと。
ぼくは喫煙者だが、Z会では15年以上前から会議室では禁煙だし、他社を訪問しても、会議室に灰皿があるところは、ほぼないと言ってよい。
それが時代の趨勢なんだろうな、と思う。ごくごくたまに、訪問した会社に灰皿があると、「珍しいですねー!」と、素直にありがたく思う一方、「いろんな意味で古い会社なんだろうな」とも内心で思う。
いずれにせよ、会議室には灰皿はない、というのが、すでに見慣れた光景なわけである。
自民党の役員会会議のテーブルの上には、「こりゃ高いんだろうなー」というようなクリスタルの灰皿が3つ、鎮座ましましていた。
テレビが映っているところぐらい、片付けときゃいいのに、と思った。
[2007年09月24日(月) ]
昨日の、楳図かずおさんが建てようとしている家の話の続き。
9月1日の朝日新聞の記事によると(《》は記事からの引用)、梅図さん、《大手不動産会社の吉祥寺支店によると、「都内有数の人気を誇る住宅地」》に新築する家の壁を、赤・白の縞模様にしようとしたところ、近隣の住民から《街の景観が壊される》《「乱痴気」「異様な建物」「身の毛もよだつ」》と反発を食らい、建築中止を求める仮処分申請を東京地裁に申し立てられた由。
申し立てをした1人のコメントも載せられている。いわく、《目と鼻の先で朝から晩まで見るのは耐えられない》。ふーむ、朝から晩まで、ずーっとオモテを見て暮らしていらっしゃるのかな、この人、などという余計なことは言わないでおきます。
一方、楳図さんご本人は、冗談ではなく、赤白の縞模様が「美しい」と考えていらっしゃる様子。
朝日の記事自体のトーンは、どちらに肩入れするでもなく、ニュートラルな印象。記者氏が実際に近隣を歩き、家並みの壁の色を調べた結果、《確かに、白、こげ茶、ベージュなど地味な色合いが多い。鮮やかな青、白とえんじの組み合わせ、薄い青紫などもあった》とあるのは、やや微妙だが。
国語力的に言うと、《確かに、白、こげ茶、ベージュなど地味な色合いが多い。しかし、鮮やかな青、白とえんじの組み合わせ、薄い青紫などもあった》と、間に「しかし」を入れたいところだが、それをやると、記述に色がつくかもしれないと(これまた国語力的に)考え、あえて「しかし」を入れなかったものとも考えられる。おお、久しぶりに国語力的な記事になってきた。
さて、第三者は、この対立を、どのように見るのだろうか。
記事では、色彩面における「街の景観」が論点になっているような書き方だが、ぼくは、ホントにそれだけかなあ、と思ったりもする。
たとえば、土地だけは何とか買えたけど、上物を建てる資金が足りなくて、じゃあ、シックな色のテント、あるいはシックな色のダンボールハウスにしばらく住みます!と宣言した場合、近隣住民はどういう反応を見せるだろうか。「なかなかシックなダンボールハウスですね」と、快く受け入れてくれるだろうか。
……決してそんなことはなく、「カネもないのにこんなステキな土地に住もうなぞとは、1万年早いわ!」的扱いを(少なくとも一部からは)受けそうな気がする。
快適な住環境を求める、というのも、もちろん否定しない。でも、こういう場合、オモテにはあまり出てこないけど、資産価値低下への懸念、というのが、一番大きいんじゃないかな、とも思う。
ヘンな家を建てられて・ヘンな人が引っ越してきて、この住宅地の人気が下がり、土地の値段も下がってしまったら困る、といったような。それはそれで、十分理解できる気持ちではある。
今日のことば:石原千秋さんの『秘伝 大学受験の国語力』(新潮選書)より。国語力検定メールマガジン4号では、《大学受験国語が求める「国語力」はひどく貧しいものだ》(p9)《大学受験国語においては、ふた昔前は小林秀雄の文章が「評論」であり、一昔前は中村雄二郎が「評論」であり、現在は鷲田清一の文章が「評論」なのだ。》(p42)という部分を紹介したが、ここでは、別の一節を紹介。
《僕は第一学習社という教科書会社で二十年近く高校国語教科書の編集をしていたが、この「国語総合」の教科書を作るときにはずいぶん苦労した。(中略)高校一年生が使う新しい「国語総合」のイメージがなかなかつかめなかったのだ。/当時の文部科学省もまた抽象的なことしか言えなかったのだろう。教科書会社には「新設される「国語総合」は、これまでの中学校二年生ぐらいの程度を考えてくれ」という説明をしたそうだ。結局、暗中模索をするしかない。(中略)そこで出てきたのが中学入試国語だった。高校一年で国語を教える教材としてそれらが参照され、ほぼこのレベルだろうということになったのである。》(p16)
前回の学習指導要領改訂(に伴う教科書改訂)(に伴う教材の改訂)の際は、ぼくは中学生対象の教材制作にどっぷりつかっていて、恥ずかしながら高校教科書にまで目配りする余裕がなかったのだが、こういうことになっていたとは!
確かに国語は、数学とか理科に比べて、「どう変わったのか」がわかりにくい教科かもしれない。しかし、文科省が教科書会社に「新しい高校1年の国語教科書は、従来の中2レベルで」と説明し、教科書会社がそれを受けて設定した高校1年の教科書のレベルが、中学入試のそれであったとは!
レベル:2003年以降の高校1年の国語教科書=2001年以前の中学2年の国語教科書=その当時の中学入試国語、ということになる。知ってました?
あら。2001年に中2で、2003年に高1だった子にとっては、中3→高1と、学年はアップしたのに、国語教科書のレベルはむしろ低下した、という事態が発生していたことになるな。ふーん。
[2007年09月23日(日) ]
あと一週間で、2007年度第2回国語力検定の申込受付開始である。と、一応、国語力検定ブログなので、こういうことも書いておく。
それから一週間後には、第1回国語力検定問題の解説・出題結果データを収録した、過去問題集が書店店頭に並ぶ予定である。と、これも、一応国語力検定ブログなので書いておく。
夏休みの予定は、脆くも崩れる。これが厄年なのか。まあ、いいのである。120歳まで生きる予定であるからして。なんか文体がヘンだな。
さて。「漂流教室」というマンガをご存知だろうか。同じ著者の「まことちゃん」という作品のほうが有名かもしれないが、ぼくは断然「漂流教室」を推す。小学生のころに読んで、ものすごく感動した。ていうか、怖かった。のもあるし、泣きもした。毎日小学生新聞の連載(「めざせ!国語力検定 きょうの一問」)で「ふるさと」という唱歌を一度ネタにしたが、そもそもその唱歌を知ったのは、「漂流教室」を通じてではなかったかな。
かつてカミサンと旅行した際、泊まったホテルのマンガコーナーに、「漂流教室」が全巻揃っており、
「これは読むべきである!」というぼくの主張に応じて読み始めたカミサンは、徹夜して全巻読破したものである(ちなみにぼくは、「沈黙の艦隊」を読みふけってました)。
えーと、はい、マンガコーナーのあるホテルなんてのは、いわゆる高級ホテルじゃあありませんね。リッツカールトンとかシャングリラとかコンラッドとか、ないですね、マンガコーナー。置きゃあいいのに。えーと、スーパーホテルとか、そういうとこです。
その、「漂流教室」の著者である、楳図かずおさん。
吉祥寺に家を建てようとしたが、そのデザインというか色が、一部の既存住民から反発を食らい、裁判沙汰にまでなっているそうな。
うーと、この先はそんなに長くないという見通しはあるんだが、酔っ払ってきたので、続きは明日。
今日のことば:一昨日も引用したが、内田樹さんの『狼少年のパラドクス』(朝日新聞社)、「第9章 1966年の日比谷高校生・吉田城と新井啓右の思い出」より。
《かけがえのないたいせつな友人が死んだあとに残されたものには責務がある。それは死者が占めていた場所を「誰によっても埋めることのできない空虚」として、精神的な「永久欠番」のように保持しておくことだ。/「もし、新井君がいたら、この仕事をどう評価するだろう?」「もし、新井君だったら、こういう場面でどういう判断を下すだろう?」そういった問いは新井君の死後もしばしば僕を訪れた。(中略)僕たちには、新井君を記憶する責任、彼がもう存在しないことがどれほどの損失であったかを痛感し続ける責任がある。(中略)そのような仕方で、レヴィナス風に言えば、「存在するとは別の仕方で」、死者は僕たちに触れ続けるのだと僕は思う。》(p224〜227)
うん。ぼくもそう思います。
[2007年09月22日(土) ]
今朝の朝日新聞より。
《日本高校野球連盟(脇村春夫会長)の「高校野球特待生問題有識者会議」(座長=堀田力・さわやか福祉財団理事長)の第5回会合が21日、東京都内であり、野球部員であることを理由とした特待生制度を条件付きで認めることで合意した。(中略)日本高野連は提言を受け、11月末に結論を出す予定で、脇村会長は「提言は尊重する」と話している。》
結局そうなったか。この問題、あとはあまり大きく取り上げられることもなく、ナアナアで行くんでしょうな。高野連も、勝ち負けでいうと、負けの感を持ってるだろうしね。
春先に、チクられたり、また正直に「野球特待生制度あります」って申告したりして、さんざ叩かれた学校、どういう思いで見ているだろうか。「叩かれ損だったじゃん!」だろうか。(「叩かれた」にとどまらず、個人レベルで社会的・経済的不利益を現実に被った人は、それこそハラワタが煮えくり返る思いだろうが。その際の不利益は、救済されるんでしょうかねえ。)
でも、今後は、おおっぴらにできるようになりそうで、よかったですね。
また、春の段階で、「ウチはそんな制度ありません、あるわけないじゃないですか! そんな制度、ケシカラン!」と言っていた学校が、今後どうするか、非常に興味深い。
そもそもそれらの学校が、「制度自体がケシカラン!」だったのか、「高野連がダメと言ってるからケシカラン!」だったのか、にもよるな。
後者だと、ほぼ確実に「え、野球特待生、いいの? へへへ、じゃウチでもやろうかな」あるいは「え、野球特待生、いいの? へへへ、じゃウチでもやろうかな(申告しなかっただけで、ホントはやってたんだけどね)」となるように思われる。つまり、春先に判明したよりも、野球特待生制度がある学校数は、確実に増えるように思われる。
春先からの流れを整理すると、「ルール違反の野球特待生制度のある学校が判明!」→「ケシカラン! ほかにもあるはずだ、調査せよ!」→「376校で、対象部員7971人と判明、なんとそんなにあったのか!」→(ここから、かつての金融機関のゴタゴタのときの、トゥービッグ・トゥーフェイル的様相を呈し始め、私立高校が高野連に噛み付き出す)→「善後策を有識者会議で検討してもらうということで、ここは一つ……」→冒頭で引用した記事→公式に野球特待生制度のある学校が「376校」以上になる、と。
なんだかなあ。