[2007年02月15日(木) ]
はこだてクリスマスファンタジー。
でかいツリーが、海に立ってます。幻想的な美しさですね。

が欠航する
とは、思いもしてなかった。
をくらった)は、ANA便で、出発予定時刻を2時間ぐらい過ぎたところで、「東京からの飛行機が着陸できませんので、欠航となります…」とアナウンスがあった。
)
)[2007年02月14日(水) ]
やたらアクセスが多いと思ったら、トップページに、ボケボケの富士山の写真が。
32万画素の4倍ズームだと、せいぜいあの程度です
さて、大渡海岸から、海パンいっちょで平和祈念公園へ。
(更衣室もシャワーもないからね。)


)、「なんかまだ体中しょっぱいなー」と思いながら、トイレの個室でスーツに着替えて帰りましたとさ。[2007年02月13日(火) ]
昨年秋の深夜、浦添市内を徘徊。
米軍基地のフェンス沿いにブラブラ歩く。

おっかなかったっす。
もそこそこ見られ、素潜り
にいいポイントです。駐車場もタダ
だしな。
出張ではありました。[2007年02月12日(月) ]
たまには、マジメな話を。
鈴木直『輸入学問の功罪』(ちくま新書)より。
《新東京の山の手に居を構えた新政府の官僚などは、江戸下町の庶民の世界から見れば、しょせんは無教養で野暮な薩長の田舎侍にすぎない。この新支配層が威光を放ち、庶民の敬意を勝ち取るために、外国語の知識や文明の利器ほど好都合なものはなかった。文明開化は新支配層の文化的コンプレックスを糊塗する絶好のアクセサリーとしても機能した。豊かなコミュニケーション・ネットワークを享受する下町庶民への対抗戦略として、山の手階級が西洋的教養を振りかざすという図式は、以後長きにわたって、日本の教養主義をめぐる基本構図となる。》(p118)
なるほどー。現代でも、たとえば都会で最先端のファッションを身に付けている人は、大概地方出身者だったように思う。ファッションも、自己表現という意味では、「国語力」の一要素か。
《学生たちにドイツ語を教えて生活している私は、学生たちが仲間うちで話している日本語が、私の使う日本語とはまったく別の言語として生き生きと進化(退化?)をとげていることに日々感心している。ところが彼らがいったんドイツ語のテクストに向かうと、その訳語はしばしば古代の化石のごとく固定化し、パターン化してしまう。それだけではない。およそ自分が翻訳した文章が、何を意味しているのかについての想像力がまるで停止してしまう。本人ですら意味のわからない訳文を平気で作る。「それはどういう意味なの?」と尋ねると「わかりません」と言う。「なぜそんなふうに訳したの?」と尋ねると、よく返ってくるのが「辞書にそう書いてありました」という返事だ。これは外国語教師ならば、必ずといってよいほど日常的に経験している対話だろう。》(p218)
これは、外国語についてだけだろうか。「本人ですら意味のわからない日本語を平気で書いている」ということは、ないだろうか。

[2007年02月12日(月) ]
[2007年02月10日(土) ]
昨年の4月に発足した、「国語力研究所」の様子です。
(昨年は「国語力研究会」という名称も用いていましたが、
今年からは正式に「国語力研究所」です。)
これは、4月7日、三島に勤務地を移した初日の様子ですね。

んですが、
で始まったのでした。
に向けて奮闘中なわけですが。)
です。
、これもまた「国語力」ではないかと思ったりするわけです。
を図る、[2007年02月08日(木) ]
2005年夏、中学コースやパルティオで人気者の「じょにー」君と釣りに行く。
朝5時、鎌倉駅前で待ち合わせ。
会議にも寝坊して遅刻するぐらいのじょにー君なので、
いささか心配していたが、ちゃんと時間どおりに待っていた。
じょにー君の外車
で、一路三浦半島を南下。
朝7時、浜からボートを漕ぎ出し、釣り開始。
釣れない。ので、ボートで寝る。
昼頃、さすがにこれではいかんと、釣り再開。
日向に放置していたイソメが、いい具合に弱っていたのか、
突然アタリが連発し始める。
で、本日の釣果(の一部)。

です。尺は大袈裟かな。でも25cmオーバーは確実。
[2007年02月07日(水) ]
去年の春まで、鎌倉に住んでました。
夏、泳ぎ
に行くのはもっぱら逗子でしたが、
材木座の和賀江島あたりでは、磯遊びもできます。
で、我泣きぬれて蟹とたわむれてみました。



[2007年02月06日(火) ]
波浮食堂で惨敗したヘタレ、と思われるのもシャクである。
先日は、沼津の「丸天」で、名物「かき揚げ丼」を完食した。
っと、これは沖縄ではない。ちょっと自慢したかっただけです
さて、沖縄のもう1つの名物食堂、「やんばる食堂」。
波浮食堂挑戦の翌日に訪問。
隣のテーブルでは、「大盛りにできる?」と尋ねた観光客らしき人が、
「うちはもともと大盛り」と、店のおばちゃんにかるーくいなされていた。
同行のS君は、中味汁定食700円なりを、余裕で完食
(本人談)。
僕が頼んだのは、ササミ定食、570円。

である。

と見た。[2007年02月05日(月) ]
去年の春に検定プロジェクトの専任となり、三島に引っ越してくる前は、
横浜事業所というところで通信教育の仕事をしていました。
で、本社のある三島へ出張、と。
横浜と三島なんで、原則日帰りなんですが、
やむにやまれぬ事情
で泊まっちゃうこともあり、下はその一コマ。




