昨夜は三島駅近くの「二葉」というお店で飲む。社内報取材飲みである。
最初っから焼酎ボトル。ガブガブ飲む。
お通し。お通しに串焼きとは、珍しいなあ。
脇に添えてあるのは、ワサビか?
と思ったら、ゆずコショウであった。やるな。
揚げタコヤキ。カリッ、トロッ、といった感じでしょうか。
チョリソー春巻。「激辛」と書いてあったが、そうでもなかったぞ。もっと、むせ返るような辛さを期待していたんだが。
写真、ちょっと上達したと思いません?
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ジャン=クリスチャン・プティフィス『ルイ十六世』(中央公論新社)、上巻をやっと読了。
上下で1200ページ以上あるんで、新書のようにはサクサク進まないのである。
ここまでの感想。
フランス革命の背景、「王・貴族と民衆との対立」という感はしない。
ルイ16世は進歩派・改革派であり、抵抗勢力はむしろ、特権・既得権にしがみつく貴族・聖職者層。
さて、下巻ではどうなるか。
例によって、いくつか引用。
《ある日ベリー〔幼いころのルイ16世〕が「雨が降るら!」と叫んだところ、プロヴァンスが偉そうな様子で「ああ! なんという無作法でしょう、お兄様。それは美しくありません。君主は言葉を知るべきです」と言った。》(p38)
おお、ルイ16世は静岡県東部出身だったか!
いや、「降るら」と言ってるんで。すいません地域限定ネタで。
しかし、美しくないってのは失礼だな。
ルイ15世が亡くなったとき。
《侍従頭のブイヨン公爵は(中略)「皆様方、国王が逝去されました! 国王万歳!」と知らせた。/自分たちの居室に避難をしていた王太子〔ルイ16世〕と王太子妃〔マリー=アントワネット〕は、雷鳴のような恐ろしい大音響を耳にした。》(p110)
ルイ15世、天然痘で亡くなったんで、ルイ16世たちはその病室にいなかったんですが、さて、何の「大音響」だったと思います?
《それは、波のように押し寄せる、廷臣、貴族、召使いの群れであった。彼らは新しい国王に賛辞を捧げるために、故人の控えの間から出て殺到したのである。》(p110〜111)
すごいっすね、これ。先王が死んだ瞬間、その死を悼むでもなく、新王のもとへ。どこの国でも、そうなんでしょうかね。
マリー=アントワネットはファッションリーダーだったそうで。
《髪に天然の花を挿しもした。》(p315)
これぐらいであれば、別に驚きもしませんが。
《生花のまばゆいばかりの新鮮さを保つべく、その茎を水を満たした小瓶に浸すことを考えた。瓶はデリケートにふくらませた髪のあいだに隠すのである。》(p315)
髪の中にビン!
アメリカ独立戦争のとき、フランスはアメリカを支援したのだが。
《アメリカ人の悪賢さが、ルイの熱意を少しばかり冷ましてしまった。彼らは大陸会議所有の一隻のフリゲート艦に、フランスが渡した一万五〇〇〇挺の小銃と大量の火薬とを積んで輸送する任務を帯びていたのに、密輸品を運ぶことを優先させてしまったのである(「この連中ときたら、骨の髄まで商売の鬼だ」とヴェルジェンヌは常々口にしていた)。》(p519)
資本主義を生んだのは、ピューリタニズムでしたっけ。
革命直前の時期について。
革命後のナポレオンの時代も、それ以降の王政復古も経験した人いわく。
《一七八三年の和平から一七八九年までの、その間のパリの華やかさに匹敵するものは、何一つとしてない》(p586)
パリではなく、農村はどうだったか。
《生きる喜びは(中略)どんな僻村においてすらも感じられたのだ。そこでは村人は単純な快活さのうちに、歌い、踊り、飲み、日曜やお祭りともなれば、互いに議論を交わしたのであった。》(p586)
ただ、急速な工業化の際につきものの、劣悪な労働条件や貧富の差の拡大、といったことはあったようです。
上巻最後に、革命が起こった、というか、ルイ16世が槍玉に挙げられた背景について、示唆的な一節がある。
《中傷、誹謗の恐るべき力、それは、今日、メディアを通じて著名人に襲いかかるときどれほどの効果を発揮するか誰もがよく知っている(中略)興奮状態があるレヴェルにまで達すると、世論という法廷は荒れ狂い、熱狂と欲動を結晶させ、著名人に向かって社会的制裁を集中させる。こうなってしまうと、その人間がたとえ何を言っても、また無実を叫び、それを証明するために、たとえどんなことをしても無駄で、ますます深みにはまり身動きが取れなくなってしまう。それはまるで罠にかかってもがき暴れる動物と同じで、人々はそれが死にいたるのを待っているのである。》(p664〜665)
著名人の社会的死(ルイ16世は物理的にも殺されてしまったわけだが)を、我々もメディアと一緒に、いわば“楽しんで”いるわけですな。