酒巻久『椅子とパソコンをなくせば会社は伸びる!』(祥伝社黄金文庫)を、ようやく読み始める。
すいません、ようやくで。って、誰に謝ってんだか。
「まえがき」から、なかなか刺激的。
《実はどこの会社でも社員の多くは、パソコンに向かっている時間のうち約四割は仕事をしていない。その間、何をしているかと言えば、インターネットでニュースを見たり、ゲームをしたりして遊んでいるのだ。》(p4)
ギクーッ。……冗談ですよ冗談。
まあ、このブログ書きも微妙っちゃあ微妙ですけどね。
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先日の東京出張で、ある人から、新学習指導要領の問題点をいろいろと伺った。
学習内容・コマ数が増えて、でも、2002年にゆとりを徹底させたときの週5日制はそのまま。
そりゃ、どっかに無理が出てくるでしょう。
静岡では、すでに、昨年よりも今年は夏休み開始が遅くなり、かつ2学期開始がぴったり9月1日じゃないから、ヤヤコシイことこのうえない、という話も聞いた。
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それに関連して。
先日、スザンヌさんという21歳のタレントさんが新聞に出ており、「勉強し直しているんですが、小学5年生の算数や国語の問題になると、歯が立たなくて」といった趣旨の話をしていた。
これを読んだ文科省の人は、どう感じただろう。
いや、スザンヌさん、正直に言っているのかどうかはわからないが、もし正直に言っているとしたら、義務教育は中学までだから中学は卒業しているとして、小学4年生程度の算数や国語の知識でも、中学卒業ということになっているわけだ。
これは、文科省としても、織り込み済みの事態なんだろうか。
同一学齢の子どもが、中3までは横並びに、ほぼ落第することもなく進級していく、というのに、問題があるんじゃなかろうか、と思ったわけです。
中学までの学習課程は、社会で生きていく上で必要不可欠、という建前なのかもしれないが、実際は、そうでもなさそうだし。
必要最低限の知識というやつを、もっともっと絞り込んで(超ゆとり、とでも言いましょうか)、でもそれを習得するまでは社会に出さない、その標準期間を小4程度の年齢までとする、それ以降は必ずしも同一学齢の子どもが横並びにならなくてもよい、もっと自由に出入りできる学習機関を設置する、というやり方もあるんじゃないか、と思ったわけです。
義務教育は小4まで、学習内容を精選し必ず習得させる、卒業試験あり(もちろん落第もあり)、卒業後は複数のルートを選択可、ただしいったん選んだルートでずーっと行かなきゃならんわけではなく、変更可能、というような。ハタチぐらいで「やっぱ勉強しよう」と、小学5年に編入できたりするような。