タクシーでのビール提供、国土交通省的には「社会常識の範囲内」ということらしい。てことは、これを国語力的に翻訳してみると、「ビールごときでガタガタ言うな」となる。
それはそれでいいのだが、こうなると、ビールをプレゼントされた職員を戒告なり譴責なりすることは、論理的に不可能になる。だって、社会常識の範囲内なんだから。
早々にこんなこと言っちゃってよかったのかな。「個別の事例を見ての判断が必要」とかのほうが、無難だったんではないか。
それに関連して、官房長官と首相が、そもそも深夜まで残業しなければならない状況に問題がある、そしてそれは国会運営に原因がある、野党からの質問はいつ来るかわからないので、数千人が深夜まで待機せねばならぬことになる、といった趣旨のことをおっしゃっていた。
ここで、ふと疑問がわいた。
・深夜残業代は、きちんと支払われているのだろうか?
・質問のために待機、ということは、質問がなければ帰れるということ、つまりは質問が来てから業務開始、となるのだろうが、待機している間、何をしているんだろう? ボーッとしてるのかな? 質問がなければ帰れるってことは、待機している間、仕事はないはずだよね。
国会議員も9時5時で働くってことにすれば、うまく収まるんではないか。
あるいは、国会の間は、省庁、8時間ずつの三交代勤務にするとか。
いずれも無理だとしても、深夜に帰宅して、それからまた翌日は定時に出勤するんだよねえ。過酷だ。そんなムリムリに帰宅するよりも、パートナー企業オザさんのように近くのカプセルホテルに泊まったほうが、大浴場サウナもあるし、よっぽど疲れがとれるのではないか。安上がりだし。
今、「使い捨て店長」「偽装管理職」って本を読んでいるんですが、国会期間中の官僚の人たち、まさに偽装管理職のようですね。
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アラン・ワイズマン『人類が消えた世界』(早川書房)再び。
人類が消えた世界を想像することによって、人類がいかに地球に負荷をかけているかを明らかにしようとした書、ということになるでしょうか。
今は二酸化炭素が話題のようですが、そんな問題は人間が地球上からいなくなれば(あるいは激減すれば)簡単に解決するらしいです。
自然にあるものだからね。その他、自然界にもともとあるものについては、そんなに心配することもない、人間がいなくなればいずれ土に還る、ということがわかります。
厄介なのは、人間が作り出した、もともと自然界にはなかったもの。
地球上から人間がいなくなっても、その他の生物に長く影響を及ぼしそうです。てことは、人間は簡単に除去できない以上、まずそれらを除去していくことが先決なのか。
プラスチック、放射性物質、フロン。この3つが怖いなー、と思いました。
いくつか引用。
《プラスチックが海を恒久的に汚したのは当然のなりゆきだと、彼は説明する。プラスチックの弾力と伸縮性、多用性(中略)などを理由に、漁網と釣糸のメーカーは天然繊維に見切りをつけ、ナイロンやポリエチレンのような合成物質へと乗り換えた。天然繊維は時間とともに分解するが、合成物質はたとえ破れて行方不明になっても、「ゴースト・フィッシング(投棄された網に魚介がかかること)をつづける。その結果、クジラも含めてすべての海洋生物種が、海に放置されたナイロン糸がもつれてできた巨大な塊にからめとられるおそれがある。》(p191)
すいませんすいません、ぼくも根掛かりで釣糸を海の中に……。
堤防で放尿ぐらい、根掛かりさせて釣糸を海中に放棄よりも、よっぽど罪はないってことか。
《一九六〇年代に、イギリスの大気科学者であり、化学者、海洋生物学者でもあるジェームズ・ラヴロックが「ガイア仮説」を唱えた。それによれば、地球は一つの巨大な生命体として機能し、土壌、大気、海洋が一つの循環系を構成して、それぞれに生息する動植物がその循環系を調整している。ラヴロックがこんにち恐れているのは、生きている地球が高熱に苦しんでいるのではないか、原因のウイルスは人間ではないかということだ。》(p251)
ウイルス、というよりも、宿主を殺して自分も一緒に死んでしまう、ガン細胞に近いのではないか。
《世界的に見ると、人口は四日に一〇〇万人ずつ増加している。だがこうした数字は実感しにくいので、人類は制御できないままに増えつづけ、やがて破滅するだろう。地球という入れ物に大きくなりすぎたほかのすべての種が、そうした運命をたどったのだ。そんなシナリオを変える唯一の手は、全人類が自分を犠牲にして自発的に絶滅するケースを除けば、私たちを特別な存在にしているのはやはり知性なのだと証明することである。》(p397)
少子化というのは、日本を含めた先進国という、全体のごく一部だけを切り取って見た場合、そう言えるってことですね。
さて、人類破滅を回避する唯一の手、知性を持つ人類だからこそ可能な解決策とは?
この部分、この本の結論部分にあたります。
《知性による解決には、私たちの知識の真価を試す勇気と知恵が不可欠だ。その解決法は、命に関わることはないが、さまざまな心痛や苦悩を伴うからだ。つまり今後は、地球上の出産可能な全女性に子供を一人と限定するのである。》(p397)
喧々囂々、侃々諤々の議論になりそうな結論ですね。
そしてその結果。
《いまから一〇〇年足らずのちの二一〇〇年までに、人類は一六億人になる。これは、エネルギーや薬や食糧の生産量が増えたことにより人口が倍増し、次いで二度目の倍増をする前の一九世紀以来の数である。》(p399)
その程度にまで人口が減少すれば、地球にダメージを与えず、かつ他の生物と共存しつつ、人類は持続可能、ということなんでしょう。
でも、ずーっと「全女性に子供を一人と限定」しちゃったら、いつか人類はいなくなっちゃうはずだよなあ。